035 暴風圏内
ラファが放った爆炎魔術が広範囲に熱を拡散させる。
その直撃を避けた魔人は形勢不利を察したのか、じりじりと後退を始めた。
「逃がさない!」
ルーの大太刀を収めていた鞘が二枚に分かれ、重力魔術で高速回転すると、風切り音を立てながら魔人に襲いかかった。
魔人が三又槍で片方の鞘を弾き、鈍い金属音が響く――あの鞘、金属製なのか!?
総重量が気になる俺の眼前で、もう一枚の鞘ブレードによって魔人の左足が斬り飛ばされた。
鞘であの切れ味か……分割されて和包丁のような片刃構造になった二枚の鞘は、刃物ほど鋭利ではなくても、回転速度で切断力を生み出すのだろう。
俺も加速して接近戦に持ち込む。魔人は片足のままで高速の連続刺突を放ってくるが、既に威力は貧弱だ。跳躍と同時に斬撃を飛ばして槍を切断後、そのまま着地せずにもう一段上に跳ぶと、つられて見上げた魔人の胴体がルーの大太刀で上下に分断された。
まだ魔人は何か喚いている――命乞いではなく悪態だ。
俺とルーが離脱すると同時に、ラファが再び爆炎魔術で止めを刺す。今回は空間障壁の中に閉じ込めている。
更に火力が上がり、魔人は骨も残さず消し炭と化した――――
俺はバッタみたいに跳ねてただけで終わってしまった。女子二人、強いな……。
「ま、魔人をこれほど呆気無く……」
彼等の居る場所まで戻ると、ランクAの女性が口を開けたまま驚嘆していた。
リーダーらしき少年は、怒り心頭といった表情で喚く。
「お前ら、なんの真似だよこれは!? 獲物の横取りじゃないか!! 骨まで燃やしやがって……」
「ですがマックス、通常、魔人を骨まで燃やすことは至難の業なのですよ?」
「す、凄かったね! 私、こんな戦闘初めて見たよ!!」
「マックスは悪くないよー。わたしはちゃーんとマックスだけ見てたからー」
また横取りクレームか……なんだか奇妙なパーティーにかち合ってしまった。
討伐というより戦闘訓練でもするような、歪な編成だ。
「ごめん、悪かった。怪我してる人が居たから、早めに終わらせたほうがいいかと思ったんだよ。俺は滝原涼平。よろしく」
「うるさいなハゲ! 俺達だけでやれたって言ってるだろ!!」
「なるほど――それは頼もしいですね」
冷たいラファの声。マックスと呼ばれる少年だけが気付いていない。
彼の頭上、触れるか触れないかの位置に穂先を向けて短槍が浮いている。
まさに一触即髪――じゃなくて即発か。
短気なラファに、慌てた様子で褐色の女性が駆け寄った。
「あ、あの、私が謝りますから、どうか許していただけませんか」
「先程から呆然と眺めているだけで、誰もこの方の腕を治癒しない――もし、別の魔族が遠距離攻撃を放ったらどうするのですか?」
言うと同時に、ラファが一瞬で褐色さんの腕を治癒した。
「えっ!?」
「そちらのパーティーでは誰が治癒担当なのですか?」
「わ、私が自分で治癒するつもりでした……貴方の治癒魔術、凄いですね……」
それにしても……本当に魔人を斃す気でいたのか? このパーティーで。
「少し落ち着いて話そう。俺達は偶々通りかかっただけで、喧嘩しに来たわけじゃない」
俺は地面を人数分隆起させて固め、簡易の椅子を作った。
相手パーティーで一番若そうな女の子がそれを見て、「ほわあ!」と不思議な声を上げる。
「あのあの、今のって自然魔術ですよね! いいなあやってみたいなあ」
「このぐらいだったら、ランクCになる頃にはできるようになってるよ」
ほわあ少女は背が低いこともあって、まるで小型犬のようだ。
俺の妹と背丈は近いが、性格は正反対だな。
「その程度、俺でもできるっての!!」
また苛々少年が苛々し始めたので、無視しておくことにした。
ルーも少し苛ついているようで、いつもより冷たい口調で言う。
「確認しときたいんだけど、そちらのリーダーはキミでいいのかしら?」
「ああ。俺は【戯れの狂飆】のリーダー、マクシミリアン・ルプレヒトだ。キミとか言うな。二つ名も近いうちに手に入れてみせる」
「ふ、ふーん……凄いね……」
ルーは口を横に開いたまま動かさずに声を出した。器用だな。
二つ名ってそんなに名誉なものかなあ……俺は恥ずかしいだけなんだけど。
面倒臭そうに手を振って『あんたが喋れ』という合図を送り、ルーは座ったまま身体ごとそっぽを向いてしまった。俺だって面倒なんだけど……こんな相手。
「ファクシミリ・ルプヒトさん。さっきの魔人だけど、もしあれが正式な討伐依頼なら、君達に依頼を出したギルドに話を訊きたい」
「……マックスでいい。 依頼なんかじゃない。俺が他人の指図で動くかよ」
「近くにある湖の付近で目撃情報があったため、私達で斃しに来たのです……」
「ギルドからの依頼ではない?」
「しつこいな! あんな奴ぐらい、俺達なら連携で斃せたんだよ!!」
「それはすまない。事実関係をはっきりさせておきたくて。だけどそこの彼女は、まだランクDだ。ちょっと無理をさせすぎじゃないか?」
「うっ、ごめんなさい……三ヶ月も経ってまだランクDなんですよう」
ほわあ少女は落ち込んでるが、早いから! 俺だって四ヶ月だぞ?
そして、こちらもまだ苛々が治まらない様子のラファが口を開いた。
「ランクC二人とDが一人、そこにランクAが一人。討伐対象のランクは、もっと落とすべきです」
「あー説教とかいらないんで。もう行っていいか?」
「そうだな。怪我も治ったみたいだし、もう俺から訊くことはないかな」
「あ、あの、すみません! 元々は私が教導担当だったのですが、至らぬ点は反省して今後に活かします!!」
なんでそんなに低姿勢かな……というか、おかしいのはマックスって奴だろ。
当の赤髪少年は俺を一瞥することもなく、ラファとルーに問いかけた。
「あんたら、名前ぐらい言えよ?」
「ラファイエ」
「ルベルム」
ぞんざいな返事だな……。すると向こうの女性陣も名乗り始めた。
「私はリヴィー・ルセンタです」
「わ、私は雛竹真愛です! 日本人同士ですよね!!」
「サーフェア」
あちらも最後の一人はぞんざいだった。
だが、元日本人がいるのか! 同郷として話したいところではあるが、マックスが立ち上がって急かすので、俺達は慌ただしく別れの挨拶を済ませ、それぞれ荷物を手に無言で歩き始めた――――同じ方向に。
「なんでお前らが付いてくるんだよ!」
「いや、行き先の方向が同じなんじゃないかな……」
「みなさんの目的地は、どちらなのですか?」
褐色さんの質問に、俺達は顔を見合わせてから『エイネジア』とだけ答えた。
「『エイネジア』ってアジアっぽいですよね!」
「やっぱそう思うよな!」
えーっと、雛竹――なんとかちゃん。
この子だけ普通なんだよなあ。無邪気で可愛い。
可愛いと言っても妹とか犬っぽいとかであって、一目惚れとかではないんだが、そうは思っていない人物が隣でぐるるる唸っている……こっちにも犬が。
「そっちはそっちのやり方があるんだろうけど、無理するなよ?」
「みんなで協力しあって頑張ります!!」
いい子なんだけど、それだけに何であんなのと一緒に居るのか不思議だ。
ラファとルーは何か違和感を感じたのか、二人とも硬い表情をしている。小声で「どうしたの?」と尋ねると「あとで話すから」とだけ返ってきて、その後は次の町トリネーブに到着するまで、会話らしい会話も無いまま歩き続けた。
「じゃあな。また会うことがあれば日本の話をしよう」
「はい! ありがとうございました!!」
なんかこう、健気なだけに心配だなあ……と、駆けていく雛竹ちゃんの後ろ姿を見送った俺を、半眼になった二人が見ていた。
「坊主頭でもナンパするのね」
「髪が召されてもモテモテですね……」
この二人は通常運行だな……召されてないし。
髪の話は置いといて、二人の違和感について尋ねる。
「やっぱ何かあるのか? マックスには」
「うーん……具体的なことは分からないけどね」
「あのランクです。魔術ではありません。【加護】の可能性が高いかと」
「確かに【加護】は、有り得るわね」
「え? どういうこと?」
訊くと、二人には精神に干渉されるような違和感があったらしい。
彼女達はそれを跳ね返せるぐらい意思が強いが、そうでなければ催眠術や洗脳に近い状態すら起こり得るという話だった。
「ヤバいやつじゃん、それ」
「可能性の話よ? 先に言っとくけど。あたしはたぶん【魅了】じゃないかなって思うんだけど」
「しかも女性限定でしょう」
「それって、天人ならヤバいことしてるんじゃないの?」
「そこが抜け穴っていうか、『神様にどう頼んだのか?』なのよ」
「例えば『女性にだけ超絶魅力的に見えるようにしてほしい』とか?」
「それのもっと回りくどい版ね……『魅力的に見える』だけなら実害は無いし」
「うーん……野放しにしといて大丈夫なのか? そんな人物」
「今まで問題を起こさずにやってこれたのが不思議なぐらいよ」
「女性の敵です! 懲らしめましょう!!」
え? 俺達がやるの!?
あんなの二度と相手したくないんだが……そうも言ってられないか。
何より、確証も無いのに他人には頼めない。
「とりあえずギルドに行って、危なそうな依頼はチェックしておこう」
「そうね。あの手合いは懲りずに同じことするでしょ」
「不可解な自信の根拠も気になります。本当に魔人を斃せるのでしょうか?」
「問題は【魅了】だけじゃないってことか……」




