033 暗雲を射抜く光芒
「召喚儀式って、こんな夕方にもやるのか……」
「やや危険ではありますが、有り得なくはないですね」
召喚術士と警護の冒険者が集まっている。人数は俺のときと同じぐらいだ。
警護担当の冒険者が手抜かりなく俺達に気付き、こちらへ走ってくる。
儀式は既に終盤のようで、円陣の上空には光る球体が見えていた。
だが、その球体は不自然に収縮と膨張を繰り返し始め――――
「あれは駄目――失敗します! 術に干渉してみます!!」
声を置き去りに加速したラファは、こちらに来る冒険者をスルーして円陣に外部からの魔術干渉を行使する。
スルーされた男性冒険者も、後方の異常に気付き振り返った。
その時、巨大風船が割れたような低い破裂音と共に上空の光球が弾け、中から人が落ちてきた。
空から下りてきたのではなく、文字通り『落ちて』きたのだ……。
動揺で硬直したのか、召喚術士達はその様子を呆然と見ている。
ラファが即座に重力魔術で落下を停止させ、駆け寄って治癒を始めた。よくない状態のようだ。
「頑張ってください! 生きてください!!」
「……し……にた……く……な……」
召喚されたのは十代前半の少年だ。
やがて少年は意識を失い、開いた掌から『契約の魔石』が転げ落ちた。
「誰ですか! 責任者は!!」
ラファの問いかけに被せるようなタイミングで、離れた場所から声が飛ぶ。
「なんで!? それも二人揃って!!」
声の主に視線を移すと、そこに立っていたのは懐かしい顔だった。
「ルー!?」
俺が呆気にとられた瞬間、一人の召喚術士が突如炎に包まれる。
同時進行でいろんなことが起こりすぎる現場で、ラファだけは冷静に一瞬でその炎を消し、召喚術士の火傷を治癒した。
「なっ……何を!? 頼む、俺を死なせてくれ!!」
「絶対に死なせません。涼平さん、周囲の警戒を」
「ああ、分かってる」
「あの……あたし、ルベルムなんだけど……お、覚えてる?」
間が悪いと言ってしまうと可哀想だが、事実だ。
俺はルーに向けてサムズアップしてから、混乱したその場の状況を落ち着かせるべく、声を張って告げた。
「俺は通りすがりのランクA冒険者だ! この場の責任者は誰だ!!」
すると、ルーが指差したのは――さっきの炎上男だった。
「その人、ランクAなんだけど……ラファ、凄すぎでしょ」
「マジで!? なんか俺、凄くカッコ悪いんですけど……」
「いいえ、涼平さんはいつでも素敵です!」
「えーっと……そ、そういう関係……なのね」
ルーは何やら勘違いしているが、今はそれどころではない。
ラファは炎上男にあらゆる術的妨害をかけて、自殺を阻止している。
俺も周囲の警戒を続けたが、関係者は狼狽えながら状況を見守るばかりで、殺意や攻撃の意思は感じられない。
「この儀式の補佐役はいますか?」
「ごめん……それ、あたし。魔獣の気配がして少し離れたあいだに……」
なんかもう、あれだ。ごちゃごちゃだな……状況が。
とにかく炎上男を無力化してからでないと、話が進まない。
「ラファ、脳に障害が残らない程度に昏睡させられる?」
「もうしました」
「できるんだ……」
ならば炎上男はあとで目覚めさせるとして、状況の整理をしよう。
俺は現場に居た関係者に、ランクA権限で状況の終了と撤収準備を告げた。
もう気温が下がり始める時間だ。少年の体温の低下を抑えるため、手持ちの荷物から大きな布を出してくるんでおく。
どうにか命は繋ぎ留められたようで、弱々しく呼吸している。
「ラファはどうして召喚失敗すると分かったんだ?」
「あの男が、故意に術を暴走させたのです。あと少しで終わったのに……」
「なんでそんな――もし召喚儀式に介入しなかったら?」
「最悪の場合、この一帯が消し飛びました。殺してもよかったのですが……」
「そうだな、話を訊けるなら訊きたい」
「キミ達は、なんでここに? 誰かから要請されたの?」
「いや、本当に偶然通りかかっただけなんだ。教導担当者は来てるのか?」
「いいえ。来週ランクAが来る予定だったのよ……それまでの世話役は、ここにも来てるんだけどね」
「なるほど。いろいろと悪いほうに都合のいい状況だったわけか……」
周囲を警戒しつつ、関係者が乗ってきた馬車に少年を乗せて、サーシュの町へ向かう。
何が起こったのか報告しなければならないので、俺とラファも馬車に同乗させてもらい、ギルドまで同行する。
一つ気になっていたのは、まいとは違う個体の《ゴーレム》の存在だが、この現場には最初から来ていなかったようだ。
「久しぶりに再会したのに、こんなで……ごめんね」
「いやいや、ルーは悪くないだろ。炎上男が元凶なだけで」
「二人とも、ちょっと雰囲気変わったわね」
「ルーの変化のほうが驚いたよ。具体的な言及は避けるけど」
「もげ落ちてなかったのですね」
「前言撤回――全然変わってないわね。そんなことより、何がどうなってその早さでランクAなのよ!」
「ルーはサーシュのギルドに寄ったあと、何か予定ある?」
町に到着すると、そのまま冒険者ギルドに直行して身分の照会を済ませたあと、ルーも交えて状況を詳しく説明した。
炎上男の事情聴取は明日の午前となり、昏睡状態はラファにしか解けないので、警護も兼ねて俺達も立ち会う。
ラファ曰く、『麻酔のようにただ意識不明にするのではなく、永遠に迷路の中を彷徨う幻覚を見ているような状態』らしい――ラファさん恐い。
その後、少年が運ばれた治療室に行くと、召喚儀式の現場にも居た、ランクBの女性冒険者が付き添ってくれていた。
元々彼女が教導担当者が来るまでの世話役だったようだ。
見た目は四十代ぐらいで、穏やかな表情とふくよかな体型とが相俟って、『この人に任せておけば安心』という雰囲気がある。
「お疲れ様です。その後、容態に変化はありましたか?」
「まだ意識は戻らないけど、容態は安定してるよ。それにしても……ランクAでも図抜けた才能だねえ。あれほどの治癒魔術でなければ、この子は人としての形すら留めてなかったかもしれないよ」
「いえ。術の暴走を捻じ伏せられなかったのですから……まだまだです」
曇った表情でラファが答える。
だが、あの場に居た全員の命を救った能力の高さは評価されて然るべきで、非難する者など居ないだろう。俺が一人で駆け付けても何もできなかった。
もう一度ラファが少年の状態を確認したあと、「また明日、見に来ます」と女性冒険者に告げて、俺達は治療室を出た。
「生きててくれてよかったな」
「はい。今回は召喚術士に全責任がありますので」
「あたしもね。ギルドでもかなり叱責されたし……」
「そんじゃ食事はルーの奢りってことで!」
「ことで!」
「わ、分かったわよ。……仲良さそうにしちゃってさ」
ランクBとなった今でも、ルーは相変わらず裕福ではなさそうだ。
可哀想なので食事代は俺が先に払っておこう。
俺達は三人の再会を祝して食事をしながら、そして宿屋で――互いの空白期間を埋めるべく語り合った。
そうして夜が明け、一睡もせずに宿を出ると、まず召喚された少年の様子を確認してからギルドの留置場へ向かい、ラファが覚醒させた炎上男に「すべての動作を制御できる」と警告すると、男は抵抗を諦めこちらの質問に応じ始めた。
【断滅の嚇刃】ロアザン・ネルドークは天人ではなく、ヴィスティード人だ。
南方のスドレアという国を拠点に暮らしていたが、半年ほど前に、愛する家族と親しい冒険者仲間を一度に失った。
相手は魔王化したランクSの天人で、現在は【黒橡の魔王】と呼ばれている。
その恨みと『召喚術士である自身も忌むべき存在』という葛藤から、今回の召喚儀式ですべてを清算するつもりだったようだ。
「だけど召喚された天人は、生産系の仕事を選んだかもしれないだろ?」
「お願いだ、殺してくれ……私もあの時、家族や友人と一緒に死ぬべきだった……それが唯一の報いだったんだ……」
俺の――俺達の言葉で説得できるような相手ではない。
隣で目を見開き口を結び、怒りに震えるラファに言う。
「ラファ。気持ちは分かるが、俺達にはどうすることもできない」
「ですが……」
その時、ずっと黙っていたルーが口を開く。
「何で魔王を斃そうとは考えなかったの? 戦って死になさいよ」
「何もかも失い、振るうべき武器も砕かれた絶望が、お前に分かるものかっ!!」
「分かるわけないでしょ? 普通は死ぬから、それ」
「違うっ!! お前ら天人は、魔王は――――」
「勝つわよ?」
「千年に亘る因縁を、帰趨へ導けると嘯くつもりか? 余所者に何が分かる!!」
「勝つわよ。そのために異世界から召喚されたんだから」
そうだ――俺達は死ぬためにこの世界に来たわけじゃない。
あんなふうに妨害される謂れはないのだ。
「あなたは黙って見てればいいのよ」
「勝てるはずがない……お前ら、なんかが……」
「だったら私達が死ぬまで見てなさい。楽しみが一つできたでしょ?」
久しぶりに会ったが、やはり彼女は尊敬すべき人物だと再認識した。
直情型に見えるのに思慮深く、最適解への道筋を知っている。
しばらく沈黙したあと、男は絞り出すように声を発した。
「……勝ってみせろ」
「当然!」
「はい」
「そのつもりです」
男はそれ以上、何も語らなかった――
この世界では、悪質な罪に対する罰が過剰なまでに厳しい。
故に、結局は男の望み通りになってしまうだろう。
弱体化した冒険者を断罪するのは容易だが、彼の心は誰にも救えない。
願わくば――それは叶わぬことであっても……そう思ってしまう。
やりきれない感情を抱えたまま留置場をあとにすると、俺達は今後の予定を話し合う前に、宿に戻って少し眠ることにした。
そんな雰囲気を変えようと思ったのか、ルーがわざと拗ねたような口調で言う。
「それにしても、二つ名まで持っちゃって、ずるいわ」
「ずるいってなんだよ!? あんなの恥ずかしいだけだぞ?」
「自分で選んだんでしょ?」
「勝手に決められたんだよ……」
「あたしは絶対自分で選ぶわよ!」
「そうですね。でないと【狂暴する駄肉】とかになるでしょうから」
「意味は分かるけど、どういう意味よっ!!」
「ですが、先程はありがとうございました」
「え?」
「ああ、そうだよな。ルーには感謝しないとな」
「な、何よ二人して……気持ち悪いわね」
「ですので、今晩は私達が奢りますね?」
ルーは照れながら「別にいいけど!」と、どちらとも取れる言い方をする。
俺とラファは顔を見合わせて笑い、三人それぞれの部屋に戻った。




