032 野良冒険者(フリースタイル)
翌朝。
アデメリアの町を出た俺達は、隣の国ルトクーアを目指すべく近隣地域の描かれた地図を開く。
「国土面積に対して人口が少なすぎるせいで、地図も大雑把だな」
「一つの国に人口を集中させてしまうと、別の問題が起こりますから……」
「広域殲滅攻撃ってやつか……難しいところだな」
「過去には世界地図を書き換えることになった惨劇もありますし、人口密度の調整には、どの国も頭を抱えているでしょうね」
「人口密度を上げる利点と人口が激減する欠点とが、表裏一体だからなあ」
東の大陸最大の面積を誇る、ルトクーア共和国。
【ブルレスケ】がある東端の町までは、地球ならばユーラシア大陸横断のようなもので、疲労と魔族の出現頻度を考えると一日で走破するのは難しい。
疲れている状態で高ランク魔族とぶつかるのは危険だ。俺達は無理のない速度で進む。
修行を兼ねて街道を使わずに移動していると、上空から何かしらのランドマークを見付けては地図と見比べるという、かなりアバウトな移動になる。
「ん、そろそろ国境だと思います」
「勘?」
「いいえ。香りの変化です」
言われてみれば、ではあるが、その国の香りというものはあるように思う。
ミシュクトルとはまた違う香り――例えるならハーブの種類が違う感じ? だろうか。二人で鼻をくんくんさせながら歩くことしばらく――
見晴らしのいい草原に辿り着いた。
「本当に国境を越えたっぽいな」
「ルトクーアには、これまでとは異なる種類の魔獣がいます。警戒が必要ですね」
「いくらなんでも国境ギリギリでガラッと変わったりは――」
これはフラグってやつか?
魔獣の話をしながら歩いていると、遠くの街道で馬車が巨鳥に襲われている様子が見えた。
「あれは……探すのに苦労したやつじゃん!」
「ランクB相当の《ケレンケン》ですね」
急いで馬車の近くまで行くと、二人の冒険者が応戦していた。
それにもう一人、離れた場所にも人間の気配がある。
「ラファは、魔獣を引き付けてから跳んでくれ。あとは向こうの意向を訊いてから俺がやるよ」
「分かりました」
ラファは冒険者と魔獣の間に土の壁を形成すると、距離を取って陽動に移行。
俺は跳躍で壁の向こう側へ回り込み、冒険者に問いかける。
「俺はランクA冒険者の滝原といいます。お二人だけで勝てそうですか?」
「た、助けてくれ……俺達はランクCなんだ……」
青息吐息の返答に、俺は荷物を置いて剣を抜く。
壁の向こうでラファが高く跳躍した――その直下を目掛けて、目の前の壁を水平に切断しながら低い軌道の斬撃を飛ばし、走る《ケレンケン》の足を切断すると、即座に跳躍。着地と同時にまだ暴れ回っている首と胴体を分断して、討伐完了。
そこへラファがふわりと降下する。僅か数秒間の出来事だ。
切断された壁がずるりと滑ってから、音を立てて倒れた。
その向こうで呆然と座り込んでいる冒険者に、声を飛ばす。
「負傷者はいませんか? もう一人離れた場所に居るのは、仲間ですか?」
「え? あ、ああ。負傷者は居ないが……俺達以外は馬車の中の一般人だけだ」
「なるほど。あっちの人は無関係ですか――お二人は警護の仕事ですよね?」
「そうだ。この先の村までの警護で来たんだが……」
馬車の幌を覗くと数人が固まって震えていた。
相手はランクB相当だ。俺達が来なければ、無残な結果になっていただろう。
知らない男が声をかけても恐がられるかもしれないので、ラファにケアを頼んでおいて、俺は冒険者の話を聞くことにする。
「普段はお二人で問題無いような場所なんですよね?」
「そうなんだ。普段はランクDの魔獣ぐらいしか現れない場所だからな」
「だとすると、人為的な要因かもしれませんね……」
冒険者は『なんでも屋』であって、素材収集のために狩りをする『ハンター』とは行動目的が違う。今回のケースは後者だろうか?
魔獣は人間に追われて逃げたりはしない――《ケレンケン》が馬車に向かう前に対峙していたのが、もう一人の気配か。
馬車のほうに視線を移すと、ラファが頭の上に両手で輪を作った。
「こっちは大丈夫」という意味だろう。
「おい! それはオレの獲物だぞ!!」
ラファが二人の冒険者の疲労を治癒したところで、遠くから接近していた気配が声の届く距離まで到達した。冒険者にしては足が遅い。
モタモタ走ってくる様子に、「コントか!?」とツッコミを入れたくなる気持ちを堪える俺の横で、ラファがぼそっと言う。
「落とし穴を掘る時間がありましたね」
「それは本当にコントになるからやめてあげて」
ようやく俺達の前に到着して息を切らす男は、俺と同い年ぐらいだ。
全身黒尽くめで、変わったデザインの服を着ている。
黒髪にスモーキークォーツのような明るいブラウンの瞳、腰には日本刀。
そして目立つ場所に徽章は無い。
「あの……必要なら持っていってもらって構わないんですけど、運べます?」
「え!? ありがと――いや、施しを受けるつもりはない!」
いるのかいらないのか、どっちなんだ。
黒い男は一つ咳払いをしてから言う。
「オレはワヤルハだ。あんたらは冒険者だろ? いつまでギルドの道具で居続けるつもりだ?」
「俺は滝原涼平、こちらはラファイエ・アルノワです。そう言うハヤルワさんは、何をやってる人なんですか?」
「ハヤルワではない、ワヤルハだ。フリーで魔獣を狩っている」
「なるほど。野良冒険者なのですね」
「そこの女、野良って言うな。フリースタイル・ハンターと言え」
うわぁ……面倒臭い。
俺とラファは先程襲われていた冒険者を促して、目的地に向かってもらった。
そもそも最初から無関係の相手だ。付き合わせる理由も無い。
「じゃあ俺達もこれで」
「これで」
「ちょっ、待てよ!? 《ケレンケン》を斃したぐらいで調子に乗るなよ? 元々はオレの獲物だ。馬車が来たせいで、突進していったんだよ!!」
「だから置いていきますよ。肉は美味いけど、食事なら町まで行けばいいし」
「気軽に言うな。町までどれだけあると思っている。数日かかる距離だぞ?」
「お互い基準が違うようですね。貴方は足が遅いので数日かかるのでしょう」
「おい女!! オレに勝負を挑んでこい!」
「いや、逆だろそれ?」
「わかりました」
言うと同時にラファは踏み込むと、黒い男が刀を抜く前に右手で柄尻を押さえ、左手の掌底を顎に打ち込む。黒い男は顔を仰け反らせた姿勢のままで抜刀したが、刀は空を斬る――ラファの重力魔術で飛ばされ、既に間合いの外だ。
それなりに頑丈なのか、倒れてすぐに起き上がった黒い男が言う。
「合図なしに攻撃とはな……そういう、ことか……」
どういう、こと?
何かに納得した黒い男が抜き身の黒い刀を俺に向けながら、言葉を続ける。
「あんたと勝負してみたくなったぜ」
「どんな心理状態か教えてほしいんだけど!?」
「『ひょっとしたら勝てるかも』ということではないでしょうか?」
「俺……わざと負けてもいいかな?」
「いえ、ここはうっかり殺す感じを狙いましょう」
「『うっかり』と『狙う』って両立するの!?」
「どうした? 来ないならこっちから行くぜ?」
「最初からそう言えって……」
徽章は付けていないが、ランクC以下だろう。無茶するなあ。
だが漫画に出てきそうな漆黒の刀だけは、『ちょっとカッコいいかも』と思ってしまった……俺も男の子なのだ。
『ただ、奇を衒いたがるのがなあ……相対的な価値基準で個性を決めるタイプか。刀の持ち方からして奇策があるのがバレバレ。ピッチングフォームで今から変化球を投げるだろうな。ってバレてたら効果が激減するような――』
「おい、あんた……全部、声に出てるぞ」
「心の声の元栓がバカになってた!?」
黒い男の顔が赤い。俺も小っ恥ずかしい。
ラファが「なるほど、こういうのも――」などと意味不明なことを口走っているが、無視しておこう。
赤い黒い男が構え直した漆黒の刀を打ち込んできた。
彼の過去に何があったのかは知らないが、これでは野良冒険者どころかチンピラ魔人と大差ない。
天人は格下の冒険者が突っかかってきた場合、なるべく模擬戦として応戦する。先手を譲り、制することで、魔石の暴走を抑制しなければならない。
右構えから軌道を変え、柄尻を握った左手一本で振り下ろされた刀を躱し、黒い男の右側面から後ろに回り込むと、その左手を後ろから掴んだ。
「実戦は競技とは違う。今のは体制を崩したあと、追撃に使うべきだ」
「なるほどなるほど、そういうのも――」
ラファが何か言っているが、無視しておこう。
この状態で力量差を理解できないほどバカではないのか、黒い男は短く降参を告げたあと、立ち去るために荷物を拾い上げた俺達に向かって言う。
「あんた、何者だ? このオレを圧倒するほどだ――ランクSだろ?」
「いや、徽章見ろって! ラファにも圧倒されてたよな!?」
「なるほど……身を偽っての旅。ワケありなんだな」
「疲れる相手は世界中に居るんだな……」
すると、また遠くから声が飛来する。女性だ。
「まだ生きてんなら戯れてねーでこっち戻れし! この中二病!!」
巨大な荷車を引いてこちらに向かってくる人物を見て、ハヤルワ君が「ひっ!?」と小さな声を上げた。それが二人の力関係を物語っている。
ぽんぽんっと黒い男の肩を叩いたあとラファに目で合図して、俺達は瞬間加速でその場を離れた――
「最初からこうするべきだったな……時間をゴミ箱に捨てた気分だ」
「いえ、私は眼福でしたから問題ありませんよ?」
「何が?」とは訊けないまま、俺達は次の目的地であるサーシュという名の町へ向かう。邪魔は入ったが、日が暮れるまでには余裕で間に合うはずだ。
街道の両脇が森になると魔獣の出現率も上がり、『斃して焼いて移動』の繰り返しを続けながらしばらく進むと、ふと不自然な脇道が目に入った。
しかも、その先には人の気配がある――確認するために進んだ先には開けた平地があり、馬や馬車が繋ぎ置かれた場所から二百マトほど奥には、多くの人々が集まっている。
それは俺にとって、あまり思い出したくない光景だった――――




