030 理由なんて、あとから知ればいい
旅の最初の目的地は、ミシュクトルの東隣に位置する『ルトクーア共和国』だ。
師匠の話によると、魔剣【ブルレスケ】はルトクーアの東端の町にあり、剣に選ばれる者が現れない限り、絶対にその場所からは離れないらしい。
無理に触ろうとしたら斬られて、最悪死ぬとか……恐ろしい剣だ。
「最短ルートで行こうか? 街道を外れることになるけど」
「あの、その前に……少し寄り道しても構わないでしょうか? 私の生まれ育った村なのですが……」
「ああ、全然構わないよ。行こう!」
ラファの出身地はミシュクトルの北東にある町、アデメリアの近くらしい。
北の国ハツァリト寄りの位置にある、エデルクアよりも大きな町だ。
これも修行なので、やはり馬も馬車も使わない。
冒険者が短時間で長距離移動する際には、跳ぶか飛ぶ移動がメインとなる。
バタバタ走っていると、早々に靴がダメになる。俺も経験済みだ。
ランクS【テクフレ】は常に素足だが、それもまた理に適っている。靴より素足のほうが丈夫で軽いのだから。
だけど一般的な感覚なら、ランクSは化け物の最終形態ではないのだ。ちゃんと靴を履きたい。恥ずかしい。
跳躍ならば着地時の接地は障壁で緩衝できるので、靴にも優しい。その際の地面と周辺のダメージを逃すのも、俺達レベルには修行になる。
獰神に抗う冒険者には、物理法則の超越を当然のものとして要求される。
『発生と同時に消滅させる』――そのための魔石であり、神の力の一部なのだ。
ここは地殻に魔石が生成される代わりに、石油が存在しない異世界。
惑星としての地球よりも、蛇と亀と象の上に乗っている世界のほうが近いのかもしれない。
「そういえば俺、馬に乗れないままなんだよなあ……既に意味が無いといえば無いんだけどさ」
「乗り物に縁のない生活だったのですね」
「ゲスト参加以外、ずっと自力移動だったからなあ。ミシュクトル国内を何周したか……飛行魔術も低空をふわふわ飛べるぐらいだと、ただの未確認生命体だし」
「フライングヒューマノイドですね」
「なんで知ってるんだよ!? 《ガーゴイル》とかも居る世界なのに」
「ノスタの『地球のオカルト特集号』に載っていました」
「誰だ編集長は!? 是非会いたいぞ」
「編集長ではありませんが、ルトクーアに監修をされている方が居るそうです」
「一番偉い人か!? 楽しみが一つ増えたぞ」
話題に出た《ガーゴイル》は、ランクA相当で人型の飛行型幻獣種だ。
魔族はランクA相当でも飛行型が存在し、それらはすべて幻獣種に属する。
その一方、人間である冒険者が空を飛ぶには、自重と空気抵抗の軽減や血流操作だけでなく、防御より回避を重視するため、遠視と動体視力、神経伝導速度、更に気配を感知する能力の向上も不可欠となる。
骨や筋肉の強化だけでなく細胞レベルで、俺達の身体は人ならざるものへと変異していく。魔人や魔王と戦うのだから、当然といえば当然だ。
俺は男だし、見た目が人外にならなければ構わない。だが――――
「ラファはいいの? ランクSになると、もう人間と言えるかどうか……」
「それは『どんなふうに死にたいか?』と、同じような質問ですね」
「まあそうなるよな。普通に暮らして普通に死にたいなら、冒険者なんかやらないもんな」
「私は復讐のためだけに冒険者になりました……ですが今は、私が誰かの手を引いてあげられる『希望』になれたなら――と、考えています」
自分のためではなく、誰かのためか……。
今まではひたすら強くなろうと精一杯で、なんのために生きるのかは思考の外に置いてしまっていた。
そもそもラファとルーに救ってもらったことが切っ掛けなのに、冒険者を続ける理由が『自分が生きるため』では、初心を忘れてしまったも同然だ。
「希望かあ……それ、俺も乗っかっていい?」
「いえ、涼平さんは既にそうなっていますから。そのままで」
「え? なってるって、誰かの希望に?」
「はい。私や師匠さんにとって、大きな大きな希望です」
「師匠も? 女子会で何か言ってたの?」
「いいえ。涼平さんのことは何も――ですが、私には分かります」
むず痒いものがあるな……まだランクAだし。
「そ、それじゃ俺は、もっと沢山の人の希望になってやろうかな!」
「なれます! 涼平さんなら」
「照れ隠しに開き直ったのに、追い打ちかよっ!?」
「私はいつだって真剣ですよ?」
ほんの少し、ラファがどんな人物なのか分かってきたような気がする――
師匠は最低限のことしか語らなかったが、一緒に暮らしていると重い過去が垣間見えた。魘されている声を聞いたのは、一度や二度ではない。
そんなとき、俺は何もしなかった。してあげられなかった。
過去に対して人は無力だ。相手が話したくなければ、俺は何も訊かない。
せめて今の日常風景は変えないように、いつもと同じようにしていた。
ラファは自分の過去と向き合った上で、顔を上げて進むと決めたのだ。
「それもまた、強さなんだろうな」
「え?」
「ラファさんかっけー!! ってことだよ」
「△?」
両手を合わせて三角形を作り、首を傾げたラファに、俺はあらためて訊いておくことにする。
「これから二人で行動するにあたって、一つ確認しておきたい」
「なんでしょう?」
「ラファは俺のこと、本当に好きなの? からかってるとかじゃなく」
「ど……」
「ど?」
「どストレート過ぎますっ!!」
ラファは何故か振り返って師匠の浮遊島を見上げたり四方を警戒したり、不思議な挙動であわあわしている。
無神経極まりない質問だが、これから旅する相棒は、師匠とは違うのだ。
俺もノーマルな男だからこそ、はっきりさせておかなければならない――
互いの気持ちの置きどころを。
「変なこと聞いてごめん。だけど、今後は冗談で済まないこともあるだろうし」
「それは……どういう?」
「そもそも俺、恋愛感情ってものがよく分からないんだよ……」
「えっと……私もそれほど、その……分からないです」
「だから、距離感とかがさ?」
「そうですね。結婚しましょう」
「飛躍!!」
師匠は師匠だから距離感もへったくれもなかったので、互いにからかったりしていたし、性別ではなく所謂『男女関係』を意識する相手ではなかった。
ところが相手がラファになると、その辺が微妙なんだよなあ……。
「一応訊くけどさ。俺のこと、そんなに信用して大丈夫なの?」
「それは『襲ってもいいか?』という前向きな提案でしょうか?」
「いや、襲わないし提案もしない。冗談抜きに、命を預け合う関係として」
「襲わないのですか!?」
「論点!?」
まあ、大丈夫かな。そう思っておきたい――今は。
出会ってからの合計日数にすれば、ほんの数日程度なのだ。今後お互いの気持ちがどうなるかは分からない。それでも今は、こんなふうに冗談を言い合いながら、楽しく旅ができればいいなと思う。
「あの、私からもいいですか?」
「うん、どうぞ」
「私も恋愛熟練者ではありませんが、涼平さんが好きです」
「うん。ありがとう」
「涼平さんは、それでいいのでしょうか?」
「そうだなあ……問題は『お互いが、どのぐらい』って部分だからなあ」
「むむ……難しいですね……」
「難しいよな……恋愛って」
たぶん俺が状況に甘えているだけで、本当は『好きじゃないならそこはきっぱり拒絶すべき』と考えたほうがいいのかもしれない。それでも、『嫌いじゃないなら拒絶する理由が無い』のもまた事実で……保留にするしかないのだ。
「というか、俺もラファのことは好きなんだけど」
「相思相愛ですね!」
「そうなんだけど、ニュアンスが違う気がするんだよ……熱量みたいなものが」
「むむ……難しいですね……」
「難しいよな……恋愛って」
グダグタ会話しながら東側の大きな湖に沿って北東方向へ歩いていたが、こんなペースでは、アデメリア方面に着くまでに何日もかかってしまう。
正確な距離は分からないが、日本列島縦断よりも遠いのは確かだ。
「ラファは全力で一日どのぐらいの距離を移動できる?」
「あまり単独移動はしないのですが……ミシュクトル横断ぐらいなら」
「うーん、それだと俺がラファを抱えたほうが移動は速くなるなあ……」
「それでは私の修行になりません」
「だったらまずは基本ってことで、走ろうか?」
「走りましょう!」
街道から逸れた広大な荒野を、俺達は何故か「わーっ!!」とか叫びながら、青春ドラマみたいに走った。
例えば幼児が奇声を発するのは、かまってほしかったりストレスの爆発だったりするのかもしれない。
俺達が叫ぶのは、ただ雰囲気に酔い痴れているだけなのだ。
だけど本当は――幼児と同じ理由なのかもしれない。
分からないことばかりだから、俺達は旅をする。




