029 だから、いつもと同じように
「まだ男に弱いんですねえ……」
「うるさいっ! あれは、その……そういうのじゃなくてだな」
「ここまで入れ揚げるなんて珍しいですね」
「その表現はやめんか! 暴力に訴えるぞ?」
「子供ですか、まったく。見た目以外も変わりませんね? ――オクト」
最後の一言だけは音に出さず、口の形だけで言う。
あたしと、この国の恩人であり、けれど彼女は人ならざる者――
彼女からの『お願い』なら、なんでも聞いてあげたい。
まさか弟子を持つなんて、驚天動地の出来事だった。
けれどそれは、全世界に秘匿すべき機密事項なのだ。
誰よりも厳しく、そして優しい彼女を、あたしが盾となって守らなければ。
「あの少年は、この世界を救えるでしょうか?」
「分からん……が、端倪すべきではない。楽しそうだろ? それでいい」
「そうですね。あんなに楽しい模擬戦は初めて見ました」
「お前も戦ってみたくなっただろ? ハース」
「あははっ、そうですねえ」
馬車がギルドに到着した。
協議など必要ない。結果は既に決定している。
彼女が認めるか、認めないか――それだけなのだから。
§
「エデルクアギルド代表ハースティア・コルトナは、ここに以下二名のランクA昇格を承認する――
【弄炎の茨姫】ラファイエ・アルノワ
【疾走する諧謔】滝原涼平
――ランクA昇格、おめでとう。今後も弛まず努力精進に励みたまえ!」
俺とラファは、大きな星の付いた徽章を受け取った。
ギルド内は、職員と冒険者が集まって大騒ぎになっている。
「うわあ……二つ名あ……というか、ランクA程度でこんな馬鹿騒ぎしちゃって、大丈夫なのか? この町のギルドは」
「あんたが心配するこたないんだよ! おめでとう、【疾走する諧謔】」
「やめて! 恥ずかしさで悶死するからやめて!!」
「あんな模擬戦やる男が、今更何を恥ずかしがるんだい? さあ【弄炎の茨姫】も飲みな!!」
「うっ……あ、あの私、お酒は、あまり……」
「おめでとう。滝原君、ラファイエ君。私も感無量だよ」
「おめでとうございます。私の名前も覚えてくれたら完璧です!」
「おめでとう涼平!! この町からランクAだからな。俺達も誇りに思うぞ!」
「なんせ前回は何十年前って話だからな。おめでとう、涼平!」
「ありがとう、アルバトさんにアテリナさん。【カヤラク・ルク】のみんなも!」
この町を去るのが寂しくなるなあ……などと感慨に浸っていると、ギルドのドアが荒々しく開け放たれた。
「ここに『リョーヘイ』という名の冒険者は居るか?」
えーと、あの服装は……そうだ、警察隊の制服だ。
中年男が、しかめっ面のままギルド内を見渡す。
嫌な予感がする……。
「【氷の戯曲】こと、リュック・ハウアーの件で聴取したいことがある」
「はあ? 警察隊如きが! あたしのギルドにずけずけ入ってきて、何様のつもりだい?」
「いや、ハースさん。これは重要案件ですから……被害者は――加害者でもありますが――仮にもランクAなんですよ? このギルド内にも、彼の反道徳的な行いに加担した者がおりましたし……」
「あの色ボケの馬鹿女は、ケツ蹴っ飛ばして留置場にぶちこんどいただろ!」
「ですが、公文書偽造、偽証事件と、今回の件とはまた別の問題でして……」
「そっちが言ったんだろうが! ひょっとしてあんた、警察隊がギルドより偉いとでも思ってんのかい?」
「い、いえ滅相もない。私はただ、『リョーヘイ』という冒険者から話を訊きたいだけでして……」
「お前――名前は?」
フィルだ。というか師匠……軽く【鳴弦】使ってるな!?
「あ、あの、ステービル・ライトであります」
「ミシュクトル警察局長官の名前は?」
「あの、なんの関係が……」
「奴に私から話すことがある。それだけだ」
「え、えっとあの……また日を改めて……」
「お前、家族は居るのか? ここはいい町だな?」
「居ます! いい町で、家族も気に入ってます!!」
「この町を去るか、残るか。どうしたい?」
滅茶苦茶だな……危うく気絶しかけた警察隊の中年男さんは、意気消沈したまま帰っていった。
ごめんよ。ウチの師匠、暴力に訴えたとしても既に魔人なんだよ……。
するとギルド内は「フィル様に乾杯!!」と、更にヒートアップ。落ち着くまでにかなりの時間を要することになった。というか、有名人だったのか……師匠。
ひとしきり騒いだあと、俺とラファは世話になった人達に再度挨拶して、エデルクアで知り合った人々に見送られながら、馬車の通る大きな壁門を出た。
大袈裟すぎるとは思うが、悪い気はしない。
こんな世界だからこそ、楽しめるときは楽しんで、惜別も笑顔で。
『お互いを守りますように』と願いを込めた言霊が、「また会おう!!」という、ありきたりな言葉に乗せて行交った――――
町を離れてしばらく歩くと、いつもの小さなシルエットがぽつんと立っている。
師匠は師匠に戻っていた。
「あれはずるいって師匠。カラコンとかあるのかよ? この世界」
「『からーこんたくと』は自家製じゃ」
「まさかギルドに顔出してるなんて……それにあの口調……ないわー。違和感しかないわー」
「既に我の虜となった証であろう」
「何故か全面否定できない俺がいる……まあ、『バカ』は新鮮だったけどさ。もう一回言ってよ? 『バカ!!』ってぐふっ!!」
「何か言ったかの? 【疾走する諧謔】」
ストマック・クローされた。……ダブルの効果で胃に厳しい。
そんなやり取りを、頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべたまま聞いていた人物が、約一名――――
「え? え? どういうことですか!?」
「……ラファにはあとで説明するよ」
おそらく、認識阻害の魔術を使っていたのだ。
師匠は不老なので、何年も少女の姿のままギルドに顔を出せるはずがない。
島と町の往復時にも気配遮断の魔術を使っていたが、姿を隠すだけでなく、別人に見せる方法もあるのだろう。
そして俺には効かなかったのではなく、その術をかけなかったのだ――
師匠の家に戻った俺達は、あらためてささやかな二次会を開いた。
結果的に自作自演みたいなものだった昇格のお祝いよりも、『師匠への感謝と、しばしお別れの会』がメインで、テーブルには食事ではなく各種スイーツが並んでいる。
「師匠、いつも美味しい料理をありがとう! これは俺からのプレゼントな」
そう言って俺は、一マトほどある大きな手作りの人形を渡す。
「裁縫教えてもらったから作ってみたんだ。不格好だけど、検針済みだから」
「そうじゃな……これは酷い」
「うるさいなー。上達したらもっと可愛いの作るから、今はそれで勘弁してよ」
「あの、不要でしたら私が貰いますが?」
「やらん」
手を伸ばすラファに、師匠は不細工な人形を抱き締めて半身になる。
ラファは残念そうな顔をしているが、あんなの抱いて旅なんかできないって。
「すみません……私はなんのお礼も用意していません……ですが、涼平さんの身辺のお世話は万全を期す所存でおりますので、お任せください!」
「いらん」
「師匠……言い方……」
なんだかんだで賑やかな二次会を終え、それぞれの部屋に戻るべく席を立つ。
ここ数日は、ラファが俺の部屋、俺はキッチン脇の部屋に木箱を並べた上で寝ている。
「其の前に――小娘、我の部屋に来い」
「なんだよ女子会か? 俺だけ除け者か?」
「涼平は寝ておれ」
「ちぇー。ずるいなあ」
§
「それで、私にどんなご用でしょうか?」
私が呼ばれた理由が分からない。
それでも、彼女の雰囲気から重要な話であることは伝わってくる。
「猛烈な頭痛に悩まされることはあるか?」
「え? はい。ありますが、術で負荷をかけすぎた場合だけですね」
「貴様、死ぬぞ?」
「え!? 死期が分かるのですか?」
「其処に座れ」
私が座ると彼女もベッドの上に乗り、両手で私の頭を掴んだ。
しばらく親指でぐりぐりとやっていたが、ふと、その動作が止まる。
「果然、腫瘍が出来ておるな」
「なっ!? 本当ですか?」
「治癒はしてやるが、己で治せるようになれ」
「自分の脳をですか……それはかなり高度な技術ですね」
「近接戦の得手なら不可欠。あの涼平でさえ覚えた。貴様の場合は、経年の負荷が限界に達しておる。出来ねば遠からず死ぬ」
「は、はい。覚えます! できるようになります!!」
「まず、自身の血液の流れを完全に把握せねばならん――――」
腫瘍の治癒は一瞬と言っても過言ではないほどの僅かな時間で終わり、そこからは治癒魔術講義に多くの時間を費やした。
部屋に戻った私は、これまで彼女に対して抱いていた偏見を悔いる。
すっと頭が冴える感覚。それは治癒によるものだけではなく、彼女がどのようにして魔人となり、何故人間と敵対せずにいられるのか――その端緒に触れたことによるものかもしれない。
神の御業の如き高度な治癒魔術を使える魔人。不思議でならなかった。
この世界で絶えることのない、数多の痛みと怒りと絶望――
そして――――悲しみを知る者。
彼女は、これまで多くの助からない命を見てきたのだろう。
思いを馳せるだけで感情が震え、見上げた天井がじわりとぼやけていく。
きっと彼女にとっても、涼平さんの存在は――――
§
夜中、ふと人の気配がして目を覚ますと、師匠が外に出るところだった。
「もう夜は冷えるぞ、師匠」
手にした毛布を、小さな肩に被せる。
「余り、感じなくなっておるからの」
「そうか。でも暖かいだろ?」
「……そうじゃな」
そのまま無言で月を眺める。
「また帰ってきてもいいかな?」
「是認はせん」
「そうだな。『亭主元気で留守がいい』って言うもんな」
「誰が亭主じゃ!!」
「でも、帰ってくるから」
「好きにせい」
どこからかギリギリとハンカチを噛む音が聞こえる――俺達は立ち上がり、音の発せられた場所へ戻った。
そして翌日早朝。
俺とラファは荷物を背負って、東への旅に向かう。
師匠からは例の蝦蟇口財布にたっぷりの現金と、俺名義の銀行通帳を貰った。
唐草模様の蝦蟇口財布には、いろんな思い出があって使えない。お守り替わりにしよう。財布はまたどこかの町で購入すればいい。
住み慣れた小さな家とも、しばしお別れだ――
「降ろそうか?」と尋ねる師匠に「大丈夫」と告げて、ラファを抱えて下界へと飛び下りる。
別れの言葉は必要ない。東の国での用事が終われば、またここを通って中央大陸へ向かうのだ。お土産買ってこないとな。
「――あ、しまった。一つ忘れ物が……ちょっと待っててくれるかな」
「はい。でも、師匠さんがいなくても上がれるのですか?」
「ああ。もう大丈夫なんだ」
跳躍で足りないぶんは障壁を蹴って、島まで辿り着けるようになったのだ。
そして、家に戻ると――
「あの……なんかごめん」
「なっ――――!?」
師匠が人形を抱き締めていた。
これは完全に気を抜いてたな……。
普段ならば絶対に有り得ない姿を見られた俺は感無量だったが、師匠は首から上に昇る血流を制御する前に、身体ごとくるりと反転してしまった。
忘れ物を手にした俺は、見慣れた小さな後ろ姿に声をかける。
「いや、ラファに買ってもらった剣を置いたままだったから……」
「折れとるじゃろ」
「うん。だけど、大事な物なんだよ。これも」
「そうか……そうじゃな」
「師匠」
「うん?」
「俺をオカズにしてもいいからな?」
華麗な回し蹴りによって、俺は再び島を離れた――――
第一章完。
まだまだ続きます。




