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028 謎の少女は2×4

「まあ、今更あんた達には驚かないけどねえ」


 彼女はエデルクアの町に三ヶ所あるギルドの代表者、ギルドマスターだ。

 しゃんと伸びた背筋と鋭い眼光は、老齢であっても風格を感じる。

 多忙な人で、俺はこれまで会うことすらなかったが、今回は『特別』らしい。


「それで、試験官は誰なんでしょうか?」

「そう()くな。ここじゃ壊されちまうからね。あっちの馬車に乗りな」


 どうやら前回の反省からか、試験会場は別の場所になるようだ。

 馬車は二台用意されていて、俺とラファはギルマスと同じ馬車に乗り込む。


「ずっとお世話になってるのに挨拶もなしで、すみませんでした……」

「構わんよ。相手が気になるのも分かる。なんせ弱小ギルドだからね」


 そう言って、かかっと笑う。


「あたしはハースティア・コルトナ。ハースでいい。ラファは知ってるな?」

「はい。いつもお世話になっています」

「ああそうか。ラファに聞けばよかったんだな……ギルマスのこと」

「私のほうも既に会っていると思っていたもので……すみません」

「あんた達は新婚さんなのかい?」

「そのようなものです。むしろ、そのものです」

「違うよっ!?」


 またかかっと笑ってから、ハースさんは「ちょっと前までは模擬戦もあたしが相手してたんだけどねえ……」と少し寂しげに呟いた。

 決して口には出さないが、見た目は七十歳を超えているように思う。

 ランクAとはいえ、無茶するなあ。


「模擬戦の相手は、あたしの友人でランクS相当の実力者だ。普段は冒険者としての活動はしていないけどね」

「俺はちゃんとした相手なら誰でも構わないです」

「前回の試験官、【テクフレ】の二つ名を付けてやったのも彼女さ」

「でしたら、かなりキャリアが長い方なのですね」

「うん、まあ……そうなるかね」


 ん? なんか変なニュアンスだな?

 そんな会話をしている間に試験会場に到着したようで、馬車が停まった。

 町を出てから然程遠くまで来ていないが、馬車を降りてみると見慣れない風景が広がっていた。

 そういえばいつも西の壁門ばかり使ってたっけ……などと思いながら周囲を見渡している俺の心情を察したのか、ハースさんが言う。


「ここは町の南門側から出た場所だからね。あまり知られてないんだよ」

「こんな場所、あったんですね」

「あんたも国を出るんだろ? もうちょっとゆっくりしていきゃいいのに。冒険者ってのは、やっと馴染んだと思ったら離れちまうのが悲しいねえ」

「なんかすみません。でも、ミラチさんみたいに生活拠点にする人もいますし」

「気にしなくていいよ。寂しいぶんだけ平和ってことさ」

「私がギルドに立ち寄ったときには、また会ってくださいね」


 笑顔で言うラファに、ハースさんは照れくさそうに手を払う仕草をする。

 そんなやり取りを、遠くでぽつんと立つ人物が見ていた。

 あれが試験官か? でも、あのシルエットは……。


「今日はよろしく頼むね、フィル」

「ああ、ハース。彼等が今回の相手か?」

「ウチのギルドでは最強の若手さ」

「そうか。よろしく、私はフィル・ユイットだ」


 俺達に向けて手を差し出したのは、青い髪にエメラルドの瞳の少女だった。

 髪はポニーテールに纏めてあり、手と足だけ金属甲冑を装着している。


 だが、その少女は――――


 どう見ても師匠なんですけど!?


 ハースさんは正体を知っているんだろうか?

 というか、なんで師匠がここに居るんだよ!

 隣のラファを見ると――「よろしくお願いします」と、普通に握手していた。

 続けて俺にも手を差し出したので、とりあえず握手しながら顔を近付けて言う。


「何してんの、師匠?」

「ん? 初対面だぞ?」


 しらばっくれやがった!!

 俺はまた隣のラファを見ると、首を傾げている。なんで気付かないんだ?

 挙動不審な俺を不思議そうに見る三人と、別の馬車で来たアルバトさん達ギルド関係者……変な空気になってしまった。


「ルールはこれまで同様、フィルが『よし』と言うまで。何か質問はあるかい?」

「……いいえ、ありません」

「私達は、一人ずつでいいのでしょうか?」

「二人同時でも構わないとさ。強いからね、フィルは」


 そしてギルド関係者は広場の端へと離れていく。

 ここでもう一度。


「いや、師匠だろ? 分かるぞ俺には」


 ラファはきょとんとした顔で、俺とフィル(と名乗る師匠)を交互に見る。

 するとフィル(と名乗る師匠)は、にやりと笑って言った。


「しつこい男は、女に嫌われるぞ?」


 ――模擬戦開始である。


 地面に突き立てられたフィルの武器は、美しい装飾の(ほどこ)された両刃の剣で、背の低いフィルの胸のあたりまで剣身がある。その服装と装備も相まって、テレビCMで見たファンタジーゲームのキャラのようだ。

 そして至極真っ当な剣術と魔術で攻撃してくる。


「それでも強いんだから厄介だな!」

「涼平さん、少し離れますねっ!!」


 ラファが後方に下がった。近接戦は不利だもんな。というか師匠相手だし。

 俺は魔術よりも剣術で攻撃をいなしながら攻略法を考える。

 双剣を使わないだけマシとはいえ、木刀一本でも瞬殺されてたからなあ……。

 今日は仕込みも無いから変則技も使えない。それならそれで、できる精一杯をやるしかないだろう。


「ラファ! 俺を気にせず背中から狙え!!」

「信じます!!」


 炎を纏った土の矢が俺の横を通り過ぎる。今からはこれを撃つってことだな。

 フィルは一瞬だけ口の端を上げると、高速の剣戟戦に持ち込む。

 長さは普段の双剣の二倍以上あるが、剣を切り返す速度は変わらない。


 師匠はルーの持っていた大太刀や長巻のような武器も、槍も戦斧も自在に扱う。

 そういったリーチのある武器の攻撃を避けるときは、瞬間的に大きく動く。

 そのため先に人外の身体を作らなければ、高速戦闘には耐えられない。

 更にこの世界の剣術は量子重力魔術も使う。低ランク冒険者が調子に乗って魔術を併用すると、手首から先が千切れたり、骨が飛び出るような骨折もある。


 それ、俺だ――足も急停止で何度も骨折している。

 師匠が師匠でなければ、早々に冒険者を続けられなくなるほどボロボロの身体になっていただろう。


 時折、背後から炎の矢が飛来するが、俺がブラインドになっておいてギリギリで躱しても、目の前のフィルもあっさりと矢を躱す。当然だ――速度は師匠が遥かに上なんだし。それどころか剣で俺の方に跳ね返したりするせいで、更に複雑な回避動作を要求されることになる。


「君は視覚に頼りすぎている。敵は私だけだ。私だけを感じればいい」

「そんな愛の言葉を(ささや)かれても困るよ」

「っ!?」


 フィルの頬が紅潮し、俺との距離が開く。そこにラファが炎の鳥を飛ばす。

 振り払おうとしたフィルの剣に、鳥から蛇に形を変えた炎が絡み付く。

 その剣を上空に投げたフィルがパンッ! と手を合わせると、空中の剣を這う炎の蛇は消えてしまった。


「重力障壁で挟んで消したのか!? だけど素手になったよな!」


 即座に斬撃を飛ばし接近、ラファはフィルの両側面へ炎の矢の軌道を操作する。フィルは跳躍で斬撃と矢を回避しながら剣へ手を伸ばすが、炎の矢はそれを追尾。同時に別の矢も剣に向かっていた。

 掴む前に剣が弾き飛ばされる――だが、次の行動を予測した俺は、ラファの居る方向へ加速移動する。


「こうだよな? 師匠!!」


 手刀で炎の矢を叩き折ったフィルが、間髪入れずに数十本の氷の矢を放つ。狙いはラファだ。息を吸う間に放たれた大量の矢をすべて薙ぎ払い、俺は再びフィルに向かって加速する。


「ラファ、俺の正面を目掛けて槍な!」


 言語も高速化されている。一般人が聞いたら早送りの変な声だ。

 意図がちゃんと噛み合うといいな……と思いつつ走ると、剣を手に着地したフィルの背後から、木の根の槍がこちらに向けて大量に突き立てられた。完璧だ。


 森は近くにあるが、広場に木は無い。それでも硬質化された数百本の槍が、地中から飛び出してフィルに迫る。ラファさん凄い!!

 地面を穿つ音を立てながら背後に迫る大量の槍を、ジャンプ台のような形状の土の壁で跳ね上げて防ぐフィル。それでも左右は伸長した槍で覆われている。

 フィルはそのまま正面からこちらへ突っ込んできた。真っ向勝負だ。


 だから俺は剣を捨て両手を広げ、フィルにだけ聞こえる声で囁く。


「愛してるよ――師匠」


 フィルは失速して剣を下げ、俺の胸にすとん。と身体を預け――――次の瞬間、俺は強烈なアッパーを喰らって吹っ飛んだ。


「馬鹿!! 死ね!」


 ボクシング漫画のように宙を舞いながら、「バカ」って言われるのも新鮮でいいなあ……としみじみ思った。

 空中から、そんな様子をぽかんと口を開けて眺めるラファが見えた。視界の外に居るギルド関係者も、きっと同じような表情をしているのだろう。


「…………よし」


 物凄く不満げな終了の合図と共に、模擬戦は終了となった――


「フィルとの剣戟とラファの自然魔術は、なかなか見応えがあった。だが、最後のあれはなんだい?」

「愛ですよ愛。最後は愛こそが武器になるんじゃないかなーと思って」


 ハースさんは呆れ顔のまま納得していた。

 フィル(と名乗る師匠)は「馬鹿が馬鹿が馬鹿が……」と、まだブツブツ文句を言っている。


「いやあ、やっぱり君の戦いは面白いね。こんな模擬戦は初めて見たよ」

「実戦でやったら死んでますからね……あれ」


 顔馴染みのアルバトさんと受付のお姉さんの反応だ。

 そして大量の槍を土に変える作業を終えたラファは、未だに不思議そうな顔で、俺とフィルを交互に見ている。

 もう、彼女は知らないままでいいのかもしれない……。


「結果はギルドで。帰りの馬車はあたしとフィルが同乗する。あんた達はアルバト達と来ておくれ」


 それぞれ馬車に乗り込み、ギルドへの帰路に就く――――


「君達がこの町を去ってしまうと、私も寂しいよ」

「アルバトさんには、最初の昇格から見てもらってましたね。ありがとうございました」

「あ、あの……私の名前、覚えてくれましたか?」

「えーと、うーんと……ドリーナさん? にも、大変お世話になりました!」

「アテリナです!! わざとでしょ、もう!」

「別に覚えなくても問題ありませんよ? ……ふふふ」


 ラファ……アドリナさんが引いてるぞ。

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