表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/322

026 乙女は虫ではなく花だそうです

 児戯――――


 そう表現されるのは、これまでの鍛錬を嘲笑されるようなもので、つらい。

 傷に塩を擦り込まれるように、自分の現在地を痛感させられる。


「あれでまだ全然本気出してないからなあ」

「化け物ですね……そもそも魔人ですが」


 ランクB二人掛かりだろうと、軽くあしらわれるだけだ。


 人が来ることのない広大な平原を選び、師匠対俺とラファの模擬戦を開始した。

 ランクが上がれば距離感も広くなる。視力と聴力も人外レベルになっていくが、指向性を持たせた音声を飛ばす魔術もある。

 俺とラファと師匠は、それぞれが数十マト以上離れていても会話が可能だ。


「旅に出れば、死する可能性が増す」

「もっと強くならなかったら、どのみち死ぬじゃん」

「修行が足りんと言うておる」


 師匠は構えてもいないのに、斬撃が飛んでくる。

 跳ね返すことも受けることも不可能な威力だ。避けるしかない。

 ラファは近接戦では相手にならないので後方で援護に徹してもらうが、魔術による攻撃も師匠の動きが速すぎて牽制にすらならない。


「長引かせても俺達が不利だ。アレをやってみよう」

「わかりました!」


 俺達の後方にある溜池から空中へ、直径十マトほどの水球が浮かび上がる。

 『ラファと打ち合わせしたいから先に島から下ろしてほしい』と頼んで、二人で平原に穴を掘って準備しておいたものだ。


「朝早うから何やら仕込んでおったようじゃの」


 水球から棘が突き出し、一本、二本と球体を離れた槍が師匠に狙いをつける。

 実戦ならそんな様子をじっくり眺めることなど有り得ないが、これは模擬戦だ。

 むしろ、じっくり眺めてくれたほうがありがたい。


然様(さよう)な脆い槍で、何を貫ける?」


 ありがたい。師匠はこちらの思惑通り、火炎魔術を使ってくれた。

 凍結させても槍はそのまま飛来する。高熱で蒸発させるつもりなのだ。

 雲丹(ウニ)のような水球に火球がぶつかり――――消えた。


「障壁で覆ったか――無意味じゃな」


 今度は氷の槍が、水球と謎の液体の槍を目掛けて飛んだ。

 師匠は近くに水源がなくとも、付近の地面と大気から水を集め、氷の槍を作るまでの工程を一瞬で行える。

 液体の槍は氷の槍で消し飛ばされたが、水球に触れた氷の槍は水蒸気と化した。


「成程の。先程の熱を吸収させておったか」


 空に浮かぶ水球は、ラファ曰く「地球では『イオンゲル』と呼ばれている物質に近い高分子ゲルの一種で、凝固点(融点)は低く沸点は高い」らしい。その十倍は解説してくれたのだが、『ある樹木から採取した樹液と特殊な液体の混合物』ということ以外、俺には何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 唯一言えたのは、「ラファさん凄い!!」だけだ。


「面白い玩具ではあるが、時間の無駄じゃの」

「そうかな? 謎の液体なんだぞ?」


 再度氷の槍を飛ばそうとする師匠に、俺は瞬間加速で接近戦を挑む。

 『あの水球の成分は何か?』と考える雑念が、一瞬の判断を鈍らせる――


 ――なんてことは起こらず、俺の打ち込みは剣すら使わず体捌きのみで躱され、背中に強烈な回し蹴りを喰らって数十マトの距離を吹っ飛ばされた。


 そこまでは計算通りだ。

 そのあいだに水球は上空で投網のように広がり、師匠目掛けて降りかかる。

 躱すのは造作無いだろう。だが、地面と平行に移動すれば、周囲には同じ液体で作られた網が取り囲む。そしてこの液体は粘性が高いのだ。


「名付けて『師匠ホイホイ』」


 師匠の動きは目で追いきれなかったものの、一部の網に引っ掛かったようだ。


「よし。掛かった!」


 ところが――謎の液体の網に引っ掛かっていたのは、土の塊だけだった。


「あの一瞬で!?」

「乙女を害虫扱いしおって!」


 俺は顎を下から垂直に蹴り上げられた。


「ふむ。同時に身体を浮かせても、滞空時間をどうする?」


 遥か上空で顎をさすりながら見下ろすと、ラファが師匠に両足を掴まれて豪快にジャイアントスイングされている――

 背の低い師匠が相手の頭を一度も接地させずにやるため、やられた側の感覚としては、いきなり身体が水平になって回転し始めるという、恐ろしい技なのだ。

 適度に目を回したところで両手を離されるんだよな……あれ。


「近接戦が不得手な者と組むには距離感が命。誤れば(ともがら)を失う」


 ラファを手放すと、落ちる俺にも斬撃を飛ばす。

 空中に重力障壁を作って蹴りながら回避し、着地位置を把握させないように複数の場所へ爆炎魔術を放ち、土煙を舞い上がらせる。

 土煙は師匠が剣を一振りするだけで晴れてしまうが、同時に俺も仕掛けた。


「ほら師匠。さっきのベトベトだぞーっ!」


 顔面に向けて水球を飛ばすと師匠は剣ではなく土の盾で受けるが、それはただの水で、ワンテンポタイミングをずらして足元へ謎の液体を飛ばす。


斯様(かよう)な物質を戦術に組み込むなっ! 阿呆が」

「実はこの剣も……」


 煩わしそうに避けた師匠に向けた剣が、ぐにゃりとその形を歪める。


「我の教育に瑕疵(かし)があったか……」

「行くぜ師匠、必殺トリモチソード!」

「いや、死なんじゃろ」


 俺はトリモチソードで打ち込むと、ネバネバが苦手な師匠は表情を歪める。


「ひっ! や、やめんか!」


 ネバネバが飛び散るので剣で受けることもできまい。

 一方で俺も有効打を当てるのは難しい。かくなる上は――


「ネバネバハンド!」


 右にトリモチソード、左は謎の液体を纏ったネバネバハンドで(にじ)り寄る。

 遠くでラファが呆れている……顔は見られないが空気でわかる。

 俺だってこんな悪役怪人みたいな戦闘は不本意なんだぞ? いやほんとに。


「これで決着だ!」


 俺はイソギンチャクのように変形させたトリモチソードを正面、右、上の三方向に伸延させ、左には手からネバネバネットを飛ばして回避方向を制限すると、剣を手離し、高速横回転しながら師匠目掛けてネバネバハンドを伸ばす。

 今の俺にとって最速の動きだ。しかもこの近距離、いくら師匠でも躱せまい。


「ひゃんっ!」


 ん?

 師匠の口から発せられたとは思えない可愛らしい声が?

 あらためて左手の先を見ると――


「あれ? ラファ!? なんで?」

「ごめんなしゃい……そしてあいがとおごじゃいましゅ」

「何で感謝?」

「貴様……」


 二十マトほど離れた場所から、大きな目を半眼にした師匠が睨んでいる。

 俺のネバネバハンドはラファの胸を掴んでいた。

 あの一瞬で、ラファと入れ替わったのか?

 左の掌からは、『幸せ』の大合唱が全力疾走で脳に駆け上がってくる――これがクラウドナインというやつか。


「凄すぎるだろ師匠……これもう瞬間移動じゃん」

「早う手放せ、発情猿が」

「いやそれがその、簡単には離れなくてですね……雲級がですね……」

「然様なものを我に使う気でおったのか……」


 ラファは急激な血液移動のせいで、意識が朦朧としているようだ。


「わ、わらしでごめんなしゃい……」


 そんな変な空気の中、模擬戦はグダグダの終了となった――――


 島に戻った俺達は、まず風呂に入って身体を洗うことにして、最初に出た俺がキッチン脇のテーブルで(くつろ)いでいると、先にラファがやってきた。

 着替えの服は、師匠から貰ったものらしい。


「似合ってるじゃん。着れるサイズがあってよかったな」

「はい。まさか師匠さんが【たゐにや】のデザイナーだったなんて」

「あの店、知ってるの?」

「有名店ですから。以前は時々覗いていました。最近は籠もりっきりでしたが」

「ラファがずっとエデルクアに居たとはなあ」

「そ、その話はもうやめましょう!」

「さて、結論だけ言うが――」


 唐突に師匠が割って入ってきた。せっかちだな……俺は結論知ってるし。


「――涼平だけなら許可しよう」


「ちょっ!? 師匠?」


 そりゃあ「二人で」と念を押したわけではない。ないけれど、それにしたって俺だけって……と、正面に座ったラファに視線を戻すと、瞳からは光が失われ、何か早口で呟いている。


「そうですよね私なんか為す術も無いまま両足掴まれてぐるぐるぐるーですから私なんて存在する価値も無いオガクズとぐるぐるー混ぜて分解処理するしかない生ゴミなのです更に言えばこの言葉をぐーるぐる発する口にもオガクズを詰め――」


 なんか、己の存在とオガクズとの境界を失いつつあるんですけど!


「冗談じゃ。模擬戦で勘所(かんどころ)は得たであろう?」

「ああ。距離感な」

「常に意識せねば、単体の相手にすら劣る結果となる」

「師匠相手じゃ俺が百人いても勝てないと思うけどな」

()れを超えねばならん」


 無理。――では話が終わってしまう。

 これまでもそうだった。これからも死なずに生きるために強くなるしかない。

 だから俺は旅に出る。

 ラファは今、ゆっくりとオガクズとの距離を取り戻しつつあるようだ。


「世界を、人を、己を知れ。そして走り続ける意味を感得するがよい」

「そうだな。冒険者は世界を駆け回ってるもんな」

「わ、私も……涼平さんに同行して構わないのでしょうか?」


 人に戻ったラファが、それでも不安げに問いかける。


「二度は言わん。()くがよい」

「ありがとうございます! お義母様!!」

「誰がお義母様じゃ!!」


 いいテンポの漫才の横で、俺は視線を巡らせて部屋を見渡し、もっと居たかったような居続けてはいけないような、不思議な感情と折り合いをつける。

 またここに来たって師匠は追い返したりしないだろう。

 ただ――「強くなれないから守ってください」だけはダメだ。


「師匠。俺、強くなるからな?」

「うむ」

「私も、必ずランクSになってみせます!」

「知らん」


 そこからまた嫁姑ごっこが始まったので、俺はそっと席を立って外へ出た。


 秋の風が頬を撫でる。

 ヴィスティードでは大半が北半球側に暮らしていて、赤道を跨いで南半球に面するのは数カ国だけだ。

 その南半球側には、二体の『最古の幻獣』が存在すると言われている。

 千年前――この星の人口を半分にまで減らし、唐突に姿を消した幻獣だ。


 俺は南の空を見つめて、独りごちる。


「もう少し、そこでじっとしててくれよ……」


 ヒーロー願望なんかない。どんなふうに生きても死ぬときは死ぬ。

 俺はこの世界で、もっといろんなものを見たい。だから強くなりたい。


 ふと気付くと、横に師匠が立っていた。


「家に戻れ。話がある」

「ラファのことは、もういいのか?」

「涼平より頭の出来が悪い者がおるとはの」

「そんなことないって。俺より下はそうは居ないからな!」

「鍋底に穴が空くこともある」

「上手いこと言うなあ」


 笑いながら家に戻ると、お茶を入れていたラファがこちらを見て、不思議そうに首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ