表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/322

025 駄々甘々

 俺が知らないあいだに俺は既婚者になっていた。


「妻なら家で子育てに専念するがよい」

「考えが古いですね。今時の妻は子育てと魔族討伐を両立するのです」


 いや無理だろそれ……というか師匠も面白がってるな、これ。

 いつの間にか子供までいる設定になってるし。

 まあ、会話で親睦を深めるのはいいことだ。俺だけ蚊帳の外だけど。


然様(さよう)に脆弱では子育てには適わん」

「経験者のように言いますが、子育てしたことはあるのですか?」

「我にかかれば造作無い。其処(そこ)にも大きな子供がおるじゃろ」

「では、私のお義母様ということですよね?」

「雑魚から逃げ回る娘など不要」

「もっと強くなってみせます!!」


 なんの話か分からないまま、話がふりだしに戻ってきたような……。


 そもそも二人の舌戦の口火が切られる直前、俺は最近の『行き詰まり感』を打破するためにも、旅に出るべきなのでは? と考えていた。

 確かに師匠との生活のおかげで色んなことを知れたし、少しは強くなれた。

 だが、こうしているあいだにも獰神(どうじん)が動き出すかもしれない。今の俺では路傍の石のようなもので、魔王にすら瞬殺される。

 走り続けなければ、止まっているのと変わらない――――


「俺のさ――」


 まだ口論している二人に言う。


「俺のやりたいことって何かな? って考えたんだよね」


 二人は黙って聞いてくれるようだ。


「ヴィスティードに来てもうじき二年。まだ弱いのは自覚してるけど、そろそろ世界を見たいかなって。師匠には話したけど、俺の母親、写真家なんだよね。世界中飛び回ってて。たまにひょっこりと帰ってきても、変わった宝石だの変なお面だの置いて、また飛んでいっちゃう。別に腹も立たないし、むしろ誇らしかったんだ、それが。……俺もさ、やっぱりその人の息子なんだなあって」

「我との修行より、世界を旅したいと?」

「そうじゃなくて、師匠はいつまでも俺の師匠でいてほしい。だけど師匠の立場を分かってる俺が、無責任に『一緒に国を出よう』なんて言いたくないんだ」

「強くなりましょう、涼平さん。皆で世界を旅することができるぐらいに!」

「小娘、貴様では――」

「私も強くなります。貴方にも負けないぐらいに!」


 師匠は顎に手を添えて黙考する。

 ラファはラファで、日常の中で、ここまで感情的になることもあるんだな……と驚くぐらいの興奮状態になっている。


「涼平の心情は解しておる。我は異端者。永年、斯様(かよう)な生活は続けられん」

「でしたら……」

「貴様は足手纏(あしでまとい)じゃ」

「まあまあ、師匠。ラファだって頑張ってるんだからさ」


 『足手纏』という言葉に、ラファは花が(しお)れるように俯いてしまった。

 俺の言葉も追い打ちでしかなかったようで、なんだか申し訳ない。

 これでは立場が逆だ。俺も最初は(まご)うことなき足手纏だったのだ。

 だから俺は言う――あの日救ってくれたラファのために。


「だったらこうしよう! 俺とラファで師匠と模擬戦をやって、師匠が認めてくれたら俺達は旅に出る!!」

「時間の無駄じゃの」

「私からもお願いします!」


 師匠はラファを睨め付けてから、「好きにせい」と外に出て行ってしまった。


「ごめん、ラファ。ちょっと俺、師匠と話してくるから」

「はい。大丈夫です、きっと分かってくれると思います」

「ああ。だって俺の師匠だからな!」


 俺は外に出て師匠を探すと、普段模擬戦を行う広場の隅に休憩所として作った、簡単なテーブルと椅子がある場所で肘を突いて座っていた。


「師匠、本当にありがとう。感謝なんて言葉じゃ表現出来ないぐらい、凄く、凄くお世話なりました」

「当前じゃ。言葉など翩々(へんぺん)たるものよ」

「俺には対人戦の経験が足りない」

「分かっておる」

「だけど、俺は魔王と戦えるほど強くない」

「そうじゃの」

「それでも、だからこそ、俺は旅に出るべきなんだと思う」

「うむ。()くがよい」

「軽いな!?」

「あの小娘が余計なだけじゃ」

「ラファはいい子だぞ?」

「分かっておる」


 まるで駄々っ子だ。

 だけど、ちゃんと認めてくれてるんだな。流石師匠だ。

 既に旅の許可は得たものの、「小娘には現実の厳しさを叩き込まねばの!」と、ノリノリの人物が約一名いるおかげで、やはり模擬戦は避けられないようだ。


「模擬戦は明日でいいかな?」

「当然じゃ。今日は休め」


 俺達は家に戻り、順番に入浴してから食事の用意を始めた。


 師匠は手早く鳥の照り焼きを作り、作り置きの南瓜の煮付けやサラダと一緒に、テーブルに並べたのだが……ラファの皿だけ鳥の量が少ない。その差は一目瞭然。

 当人は野菜好きだし何も言わなかったが、俺の背中を嫌な汗が滑り落ちた。

 二人の冷たい視線の交換に怯えつつ、俺は話題を振ることに徹する。


「そ、そういえば、あのあとルーと合流したんだよな?」

「エデルクアまでは二人で帰りました。町で別れたあとの詳細は分かりませんが、相変わらずソロ活動がメインで、討伐隊などに参加することもあるようです」

「そっかー。元気ならそれでいいんだけど」

「涼平……貴様は女子(おなご)懸想(けそう)しておる暇などなかろう?」

「懸想って。そういうんじゃないよ」

「ないのですか?」

「ラファは喰い付かないで……また話が(こじ)れ――あ! そういえば……」


 俺はふと、完全に頭からすっぽ抜けていた『あること』を思い出す。


「エセ紳士!! 忘れてたーっ! ギルドでも『猛ダッシュで逃げるのを見た』って事実だけ話して、その後のことは有耶無耶にしてたんだよ」

「【氷の戯曲】ですか? 彼なら、師匠さんが……」

「え? どうしたんだ?」

「非常に申し上げにくいのですが、『証拠隠滅した』と」

「まさか殺っちゃったのか!?」

「殺っとらんわ!」


 師匠が言うには、エセ紳士に瀕死のダメージを与えたのは、魔族である《ゴーレム》――というか、まいの仕業らしい。

 エセ紳士をタコ殴りで殺してしまう前にまいを止めた師匠は、凍結保存してあった虫型魔族《シュバルツ・クーゲル》を解凍してぶつけてから、彼の傍に転がしておいたのだ。

 だが、まいの拳と《シュバルツ・クーゲル》では、サイズも攻撃方法も違う。


 証拠隠滅のために、まず意識を失ったままのエセ紳士の打痕を治癒してから、魔獣による衝突痕を付けて、立ち上がることすら不可能な状態のまま、現場に放置されたようだ。

 現場へは他の冒険者が確認に向かったが、二度も痛烈なダメージを受けたのだ。エセ紳士は見るも無残な有り様だろう。

 ギルドは仲間への背信行為を許さない――脳を弄られて洗い浚い自供させられる可能性もある。あの男がやったことは最低だが、いっそ【天人狩り】に瞬殺されていれば、今後の辛苦を知らずに済んだかもしれない。


「《シュバルツ・クーゲル》ってランクB相当だよな……偽装とバレるのでは?」

「結果としては、その程度の魔族にやられたということになりますね」

「うむ。相手は石人形。肝要なのは自供より状況証拠じゃ」


 ああ、なるほど。まいはランクSだもんな……『何か黒い影が急接近してきた』程度の記憶しか残っていないだろう。自供など参考にならない。

 一方の《シュバルツ・クーゲル》はコーカサスオオカブトが巨大化した魔獣で、低ランク冒険者なら身体に大穴を開けられて即死するほどの攻撃力だが、ランクAの実力があれば勝てる相手だ。


「だけど、師匠は偶然そんなものを捨てるつもりだったのか?」

「そもそも石人形が想定外じゃ」

「そうか――――最初からエセ紳士を……ごめん、そしてありがとう、師匠」

「仕留めたのは石人形じゃ。礼などいらん」


 素っ気なく言って師匠はデザートを取りに行った。その足音は軽やかだ。

 相変わらず俺は足りてない……不自然な荷物で気付くべきだった。


「涼平さん、あの《ゴーレム》とはどのような関係なのですか?」

「懐かれてるというか『もっと可愛がれ』と要求されてるというか……」

「不思議な関係なのですね」

「可愛いやつなんだよ。今回は助けてもらったし」

「はい。無表情でしたが、静かな怒りを感じました。思わぬライバルの出現です」

「確かに、まいは強いからな! 今度会ったら褒めてあげないと」

「いえあの、そういう意味では……」


 まいが本気になれば、こそチキ魔人など瞬殺してしまう。きっとあの場での最善を考えてくれたのだ。煙に紛れて操られる腕を抑えたのも大きい。俺やラファには厄介な攻撃手段だ。


 それはさておき――

 エセ紳士に関しては、討伐隊の生存者による証言だけでなく、ギルド職員に口止めしていた内容と理由も明らかになれば、襲われた状況の事実確認は後回しになるだろう。彼はもう冒険者ではない。ただの犯罪者なのだ。


「ただ……最初のやり取りを聞かれていたなら、俺は捨て置いてもらえないな」

「そう、かの?」


 プリンを手にして戻った師匠が、かくん。と小首を傾げて言う。

 そうなることまで予見していたな……このわざとらしい反応は。


「いや、俺は『師匠』と呼ぶ人物に師事してるんだからさ……」

「助けた冒険者達も涼平さんの姿を見ていますから、一応事情聴取される可能性はありますね」

(しか)らば『涼平があの(ゴミ)を掃除した』でよかろう」

「俺の清掃活動だと思われると面倒だなって話をしてるんだけど……」


 悪人とはいえ、因縁浅からぬ相手。独断による私刑を疑われるかもしれない。

 そこに師匠から(とど)めのひと言が飛んだ。


「我を頤使(いし)しようなどと考えるからじゃ」


 バカな俺もようやく理解した。なるほど……そういうことか。

 前言修正――――師匠は俺に甘い。甘すぎる。


 俺があの時、大声で師匠にお願いしたのが間違いだった。

 あれがなければ、何もかも秘密裏に処理してくれたのだ。

 しかし、そんな師匠の想定の枠にも収まらないのだから、まいは凄いな。


「まあ、なるようにしかならないか。明日は模擬戦だし、今日は早めに寝よう」

「いざというときには一緒に逃げましょう! 夫婦の逃避行です」


 うん、ラファさん? いい笑顔で何を言ってるのかな?

 俺達、結婚してないからな? ……してないよな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ