024 空の上で炸裂するのは花火か火花か
上空一キマに浮かぶ島――そこに私は居る。
ふらふらと浮遊島の下に辿り着き、涙と鼻水にまみれた顔の私を見て、オクトは眉根を寄せながら平坦な声で言った。「飛べんのか?」と――
私は飛行魔術など修得していない。筋力による跳躍で上がれる高さでもない。
立っていることすらできず地べたに座り込み、涼平さんの足にしがみ付く私を、オクトはまるで虫でも取り除くように引き剥がし、そのまま島へ放り投げた。
蒼天を舞いながら思い出したことがある。
冒険者になりたての頃の教導担当者が、「浮遊島に住みたい」と言っていた。
彼女は優秀な冒険者だ。今頃はランクSになって、どこかの浮遊島で暮らしているのかもしれない。
涼平さんとオクトは現在、彼等が『下界』と呼ぶ場所に下りている。
私は『足が遅すぎる』と置いていかれた。けろりと回復した涼平さんは、生存者の確認後、魔人討伐の状況報告のためにエデルクアギルドへ向かう。
彼は『持久力に自信が無い』と言っていたが、それは私に掉尾の勇を奮わせるための方便だろう。そして、隙を見せた相手に対して不必要と思える行動を選択した理由も――――
その恩義に報いるために、私に何ができるのだろうか……。
ぼんやりと故郷の村のある方角を眺めながら、過去と未来に思いを巡らせているあいだに二人が帰ってきた。そんなに時間が経過していたのか……。
まず涼平さんが島より高く上がってからゆっくり着地すると、いつの間にかその隣にオクトが並んでいる。これがいつもの日常風景なのだろう。羨ましい。
二人の後を追って家に入ったとき、不意に重要なことを思い出した私は、家の主に声をかける。
「あの、私……大事なことを忘れたまま来てしまったのですが……」
「案ずるな。【第三番】であろう?」
「はい。【ナンバー・スリー】を発動したままなのです。止めに行かなければ」
「我が止めた。現場に戻る必要はない。証拠隠滅も完遂したからの」
「証拠隠滅!? まさか……」
おそらく【氷の戯曲】だ。証拠隠滅とは――つまり、そういうことだろう。
相手は悪人とはいえ、やはり魔人。容赦がない。
「あ、シュークリームだ。ラファも食べなよ?」
そう言いながら涼平さんはテーブルに着いて、暢気にお菓子を食べ始めた。
「もう一つ、っと」
「阿呆。我が二つ。涼平と小娘は一つずつじゃ!」
彼の手をぴしゃりと叩き、オクトが皿を取り上げた。
なんだろう、この長閑な光景は……。
一方は約二年ぶりの再会を果たした人物で、もう一方は伝説の魔人だ。
約二年前――
私とルベルムさんはオクトに置き去り――もとい、命を救われた。
ルベルムさんとは微妙な空気のまま町まで同行してから別れ、ギルドでは深刻な案件であることから、ギルマスと直接面談となった。
ありのままを話せるはずもなく、「物凄く強い人が『鍛えてやる』と言って彼を連れて行った」などと曖昧な報告をしておいたのだが、そんな胡乱な内容にも拘わらず、厳しく追求されずに月日が経過した――――今思えば、当たり前だ。
連れ去られた本人がギルドに現れたのだから、訊くべきは当人になる。
ギルド上層部がどのように処理したのかは今でも謎だが、『本人が生きているので不問』と結論したのかもしれない。
それにしても、エデルクアからこんなに近い場所で暮らしていたなんて……空の上では近いとも言い難いけれど。
「ほら、ラファも食べなよ? じゃないと師匠に食われるぞ?」
「我は二つで充分じゃ」
「一つでいいじゃん! 俺、結構頑張ったのに」
「無様に落命寸前であったがの」
「頑張って死にかけたんだよ!!」
「あの……私は結構ですから。涼平さん、食べて下さい」
「我が出した菓子など食えぬと?」
「食べといた方がいいぞー? 師匠は根に持つタイプだから」
「また下界に蹴落とされたいようじゃの」
『また』って言った。ここから? 滅茶苦茶だ。
「まあよい。積もる話もあるじゃろう、我は席を外そう」
そう言ってオクトは二階へと上がって行った。お菓子を持って。
「美味いだろ? 師匠のシュークリーム」
「はい。とても」
言いながら、何故か涙が零れた――
いけない、彼が心配している。けれど涙は止まらない。
「ありがとう……ごじゃいました」
噛んだ。最悪だ……彼は苦笑いしている。
「いやいや。こちらこそ、だよ。何度も助けてもらったのにお礼も言わずにさ」
「いいえ! 私のほうこそ助けてもらったのです」
「いやいや。俺のほうが助けてもらったね!」
「いいえ、私のほうです!!」
「……やめよう、不毛だ」
「そうですね……すみません」
しばらくの沈黙。
そして、ふと彼の腕に付けられた徽章に目をやり、その星の数に驚愕する。
「強いとは思いましたが、もうランクBなのですか!」
「え? ああ、そうだな。ラファとお揃いだな」
無邪気に笑う彼に、思わず頬が熱くなる。
いや、今はそんなことよりも――
「そのように急速な成長で、身体への負担は問題無いのですか?」
父様は転生から二年目に、ランクCで引退した。私は十一歳で冒険者になるための鍛錬を始め、三年目にランクBに到達できたけれど、難易度の高い召喚魔術を修得していなければ、戦闘力のみでの昇格は難しかっただろう。
魔術に特化した鍛錬でさえ、何度も昏倒して死の淵を彷徨うことがあったのに、体術主体で魔術の練度も上げると、負担は更に大きくなる。
「なんか全然大丈夫なんだよ。ちょっと普通じゃないみたい、俺の身体」
「やはり、涼平さんは特別な人なのです。……私にとっても」
「そうかなー。そうだといいんだけど」
鈍い。最後の言葉をあっさり流されてしまった。
これから苦労しそうだな……これから? 涼平さんは、これからどうするのだろう……などと考えていると――
「ラファはこれからどうするの?」
先に聞かれた。私はまだ考えの纏まっていない思考を巡らせる。
「そ、そうですね、私は……もし……可能であれば、涼平さんとパーティーを組めれば……と」
「あれ? もう組んでるんじゃなかったっけ?」
「いえあの、そういう意味ではなくてですね……」
しどろもどろになっている自分が恥ずかしい。そうだ、一番最初にそんなことを言ったような気が……。
顔から火が出そうになるのを堪えて言葉を続ける――
「正式に、パーティーとしてギルドに登録する。という意味です」
「ああ、なるほど。そっか、登録とかあるんだったな」
「正式に登録していれば、何かあったときにギルドが動いてくれるのです」
「それは確かに重要かもな」
正式に登録していないパーティーの場合、仲間が怪我で動けなかったり、何者かに狙われていて助力が必要なときなどに、ギルドから無償で人員を派遣してもらうことはできない。つまり、『仲間を助けて下さい』という依頼を出さなければならないのだ。
登録しておけば、報酬はギルド側の支払いで人員を派遣してもらえる。
他にも正式に問い合わせれば、パーティー加入希望者の素行や経歴を知ることも可能だが、どこまで情報開示されるかは問い合わせた人物の信用次第で、誰が誰について何をどこまで聞いたかは、すべて書面に記録される。
それでも各地を移動する冒険者にとって、信頼できる仲間は何よりも重要だ。
飲食店や魔族討伐に居合わせて意気投合した程度の相手を、気軽にパーティーに加えようとするならば、そんな人物も仲間としては信用に値しない。
ただ――私は二人でいい。
「それなら、ルーにも声かけてみないとな」
「えっ!? 必要でしょうか?」
「うーん……仲悪いの? ルーと」
「そういうわけでは……ですが、私は別に二人だけでも問題ありませんよ?」
二人がいい。
「ラファとルーって、結構いいコンビになりそうな気がするんだけどなあ」
「いえあの、私とルベルムさんのことはどうでもいいのですが……」
まずい。これはよくない方向へ舵を切られた。
正直言って、ルベルムさんはソロでいいんじゃないかな? 楽しそうだし。
それに、もう涼平さんのことなんて忘れているのでは? うん、そうだ。きっとそうに違いない。
彼女は好人物ではある。けれど、涼平さんのこととなると話は別だ。
『あの胸――もとい、あの女は危険』と、女の勘が告げる。
そもそも彼女は、置き去りにされかけた天人を哀れみ、救いたかっただけだ。
運命的な何かを感じて、心音が聞こえやしないかと焦ったりしていないだろう。
きっと彼女は、こんな感情に――――苦しんだりはしていないだろう。
不思議そうに首を傾げる涼平さんの前で私が懊悩していると、いつの間にか二階から戻っていたオクトの平坦な声が告げる。
「涼平はやらんぞ?」
真紅の瞳と目を合わせる。相手が相手だ。冗談とは思えない。
言葉通りの意味――つまり、このあと一人で立ち去れと言っているのだ。
けれど、私だってここで引き下がるわけにはいかない。
「どういうことですか! 返すと言いましたよね!?」
「貴様が脆弱なのが悪い」
「もしや――既に男女の仲なのですか!?」
「なんの話じゃ」
「涼平さんは私が貰うという話です」
「やらんと言うておる」
まさかルベルムさんよりも前に、真の意味で最強の壁が――――
それでも、またここで放り出されてしまえば、私にとっては死と同義。
せめて真意を問わねばならない。
「貴方は涼平さんの所有者なのですか!」
「貴様も赤の他人であろう」
「わ、私は……」
「涼平単独であれば、楽に勝てた」
「っ――!?」
「貴様の仇討ちを優先した結果が、あの無様じゃ」
「ちょっ、師匠!? 俺が手を抜いたみたいに……」
「命を賭す場で、最善を放棄する意味を考えよ」
「私は…………」
「気にすんなって、ラ――」
「私は、涼平さんの妻です!!」
「ふぁっ!?」




