023 手を振り、手を伸ばす
「なっ!?」
《ナウシズ》の低音が、間抜けに響く――
涼平さんが一旦身を低くしたため、次の動作は跳躍だと予測したのだろう。実際にそう動けば胴体が分断される位置に斬撃が飛来していた。
けれど、彼は跳躍していない。瞬時に消えた――地中へ。
私が初手に放った巨大な土の槍。その土は今、彼が落ちた穴にあったものだ。
「よし。ちゃんと自然に立ってるように見えてたみたいだな」
穴の中から声がする。
彼は木の葉の蓋に立って――というより、浮いていたのだ。
【天人狩り】は、不意に耳元で囁かれた声に驚いた相手の、次の動作に攻撃を合わせる。しかし、『異常な速度で落ちる』という動きは選択肢に無かったようだ。
私は斬撃が放たれると同時に、その位置に投擲ではなく魔術による超加速で短槍を放っていた。それは予測していた位置であり、手応えの有無は低く呻く魔人の声によって知ることができた。
顔のすぐ横で声が聞こえるのは、おそらく有線による遠隔発声器だろう。
通常ならばターゲットにされた者は不意に至近距離で響く声に驚き、即座に回避行動を取ろうとするため、そのトリックを看破する前に致命傷を受ける。
もう通用しない。そして、もう二度と通用する相手と奴が戦うこともない。
「お前らあぁぁっ! 殺してやるうぅぅぅっ!」
凄まじい数の斬撃が飛来し、魔人の声が轟く――
「こんなものでえっ! このボクを殺れると思ってんのかあぁぁぁっ!」
もう私達は《ナウシズ》の位置を正確に把握している。それでもあの斬撃が飛来する中を接近するのは容易ではない。どうしても遠距離戦が続いてしまう。
すると、穴からひょこっと顔を出した彼が口を開く。可愛い。
「ラファ、止めは任せる」
「何をするのですか?」
「相手の足も速いから、遠距離戦では埒が明かない」
「そうですね……でも、どうすれば?」
「だから俺がぁぁ! 囮になってぇぇ! 奴を引き摺りだあぁぁす!!」
穴から瞬時に飛び出した彼は、何故か一帯に響き渡る大声で言った。
「危険です!」
「いやー。俺、持久力に自信なくってさ。そろそろ終わらせないとヤバいんだ」
私は、またしても冷静さを欠いていた――
彼はこの現場に来るまでにも、遠距離を全力疾走しているのだ。
「すみません。私、自分のことばかりで……」
「仇なんだろ? 冷静になんかなれないって。さあ、行こう」
「お前らあぁぁっ! ボクの前でイチャイチャしてんじゃねえぇぇぇっ!」
「あーうるせえっ!」
彼が走り、斬撃が飛来する。どうするつもりだろうか?
すると彼は斬撃を見もせずに躱し、剣に炎を纏わせた。それは十マトほどもある火炎の刃だ。
「ラファは右な?」
言うと同時に炎の剣が弧を描き、向かって左側の森が焼かれる。木々は燃え盛りながら薙ぎ倒され、狭かった空が、その面積を拡げていく。
何故? 先程、囮になるって……森をすべて焼くつもりだろうか?
慌てて私も向かって右側の広範囲を爆炎魔術で焼く。魔人は行動の選択肢を失いつつあるが、煙はこちらにも流れてくるため双方の視界が悪化する。
それが狙いか――と、ようやく理解する。
私もやろうと考えていた。けれどあの状況では敵に多くの選択肢があり、味方も味方ではなくなっていたのだ。
今は【ナンバー・スリー】が発動しているため、煙は向こうにも流れている。
この状況で実力差を過信している魔人が次に取る行動は、容易に想像が付く。
「殺してやるぅぁぁぁっ!」
巨大な斬撃を飛ばしながら、煙の中を《ナウシズ》が突っ込んできた。
長身の痩躯。その隻腕の右肩には、短槍が突き立ったままだ。
私は瞬間加速で距離を取ろうとするが、足に糸が絡みバランスを崩してしまう。
「遠隔発声器用の糸っ!?」
「つーかまえたっ」
しかし、背後から抱き付かれたのは《ナウシズ》だ。
煙による視界不良は、どちらにも等しく障害となる。
「お前ぇっ!? 囮とか言ったくせに隠れてるんじゃねえぇぇぇっ!」
「如何にも何かやりそうだったらバレるじゃん?」
「ボクに抱き付くなあぁぁっ! キモいんだよ、この卑怯者があぁっ!」
「お前がそれを――」
言いかけた彼が《ナウシズ》から手を離し、ずるりと滑り落ちた。
魔人と正対する私の位置からでは、何が起こったのか見えない。
その《ナウシズ》も、挙動がおかしい……私を気にせず瞬時に背後を振り向いたまま、硬直したように静止している。これは――――【鳴弦】か?
《ナウシズ》は、動きたくても動けないのだ。
「涼平さんっ!!」
足に絡んだ糸を断ち切り状況を視認できる位置まで移動すると、立ち込める煙の中に、短い両腕を上げて何かを掴んだ《ゴーレム》が立っていた。
小さな両手が掴んでいたのは、短剣を握り締めた状態で硬質化された腕だ。
それがオクトに切断された《ナウシズ》の右腕なら、近接戦で使うための、文字通り『奥の手』だったのか? ならば《ゴーレム》は一体……?
その《ゴーレム》は、驚愕の表情で振り返った《ナウシズ》を、無表情でじっと見据えたまま、微動だにしない。
見据えて? おかしい――《ゴーレム》なのに人間の顔がある。
更には何故か耳と尻尾まで……なんだこの個体は?
プギオと呼ばれる幅広な両刃の短剣の剣先からは、血が滴り落ちている。尻尾が逆立っている。理解の域を超える状況だ……誰が、何を、どのように――?
その時、どうにか口だけを動かして《ナウシズ》が叫ぶ。
「なんで《ゴーレム》がボクの邪魔をするんだよっ!! お前だって獰神様が作った人形――」
言い終える前に我に返った私は、何本もの土の槍で《ナウシズ》を貫き、同時にその槍を発火させた。
青い肌に金色の長髪、釣り上がった目――右腕を失った痩身は、とてもランクA相当の魔人とは思えない容姿。
けれどそれは、私の記憶に焼き付けられた悪夢そのものだ。
炎で焼かれながら《ナウシズ》は、まだ悪態を吐く。
「おまえら、このていどじゃ……いずれ………………よわすぎ……」
魔人の肩から抜いた短槍を、その喉に突き立てる。
「もう喋るな。お前と私の苦しみも怒りも、ここで終わる。私は――私達は、お前のようにはならない」
《ナウシズ》は音の出ない口で『バーカ』と言い残すと、更に火力を上げた炎に包まれ、崩れ落ちた。
相手は魔人だ……骨まで燃え尽きるかは分からない。
謎の《ゴーレム》は、同じ魔族の腕を無造作にその炎へ投げ込んだ。
「貴方が……それを、止めたのですか……?」
少なくとも今は私に明確な敵意は向いていないし、戦って勝てる相手ではない。
そんなことよりも――
「涼平さんっ!」
急いで治癒を行う。致命傷を免れただけで無傷ではない。
「ごめん、うっかりミス……それより、まいが……」
「舞い? 出血が多いので、会話は控えてください!」
「だから対人戦の経験が足りんと言うたであろう」
唐突な言葉に顔を上げると、目の前にオクトが立っている。
いつの間にか、私達を中心に周囲の煙は吹き飛ばされていた――
「だって……師匠とやりまくってたし……」
「やりまくっていたのですか!?」
「阿呆が!!」
魔人の無慈悲な一撃によって、彼は気を失った。
先程の【鳴弦】は、やはりオクトだろう。何故、もっと早く……。
いや――彼女はずっと見ていたはずだ。《ゴーレム》が現れた瞬間も、何をするか分かっていたのだ。
彼とオクトと変な《ゴーレム》は、どのような関係なのか……もどかしい。
彼女は天候操作で雲を作り、延焼する森に滝のような豪雨を降らせ、一度冷たい目で私を睥睨してから視線を切り、口を開いた。
「小娘、貴様も来い。石人形、貴様はよく堪えた」
「あの……《ゴーレム》は、味方なのでしょうか?」
「知らん。我に訊くな」
さっぱり分からない……。
見ると《ゴーレム》は私に対して拳を軽く突き出しては引き戻す動作を、何度も繰り返している。これは挑発なのだろうか? さっぱり分からない……。
そしてオクトが涼平さんを私から引ったくるように掴み上げて、凄まじい速度で駆け出した。私もバネ仕掛けのように立ち上がって後を追う。
《ゴーレム》は後を付いてくる様子もなく、その場に残るようだ。
煙る視界、叩きつける雨。そんな森の中を異常な速度で走る魔人を、私は不可解な状況でぐるぐると混乱した頭のまま、追い縋る。
肺が痛くなるほど必死に走るのは、人生で二度目だ――――
『お前が父さん達の希望なんだ』
酸素が足りていない……苦しい……。
『きっと見付かる、出会えるさ』
足が縺れ、腕も上がらない……体術の鍛錬を疎かにした罰だ。
『仇なんだろ?』
あとで全身の筋肉が千切れたって構わない。もう、置いていかれるのは嫌だ。
『その足を踏み出せ――』
父様の歌が、聞こえる。意識が、朦朧とする……。
『さあ、行こう――――死が二人を分かつまで』
母様、父様、見付けました。会えました!!
彼が、私の――――




