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021 敵の敵も敵

 【天人狩り】との戦いのあと、私は冒険者としての活動を減らし、エデルクアの南にある安宿に籠もって魔術の研究と鍛錬を続けていた。

 また近接戦闘は(おろそ)かになるけれど、今更付け焼き刃の近接戦など無意味だろう。


 術の鍛錬で脳に負荷をかけすぎると猛烈な頭痛に襲われるため、宿の従業員に部屋まで食事を運んでもらい、生死の確認を頼んでおいた。

 遠方への警護依頼に応諾する以外では外出もせずに引き籠もり、『いろんな町に行けば偶然彼と出会えるかも』などと淡い期待を抱くも、あらためて世界の広さと必然の意味を思い知る結果となった。

 出会いは必然だ。偶然は認識のゆらぎにすぎない。


 季節は秋――もう二年になる。本当に彼は戻ってくるのだろうか……。


 しかし、今はそれどころではない。『奴』が、再びエデルクア付近に現れた。

 被害者は駆け出しの冒険者。幸いにして命を取り留めたが、焼き付いた恐怖までは治癒できない……慙愧(ざんき)の念で胸が締め付けられる。

 個人の私怨のために見逃した結果がこれだ――――もう、次は無い。


 討伐隊に即時参加を申し入れ、【氷の戯曲】と合流して被害者が遭遇した現場に向かう。

 既に現場付近からは遠ざかっている可能性もゼロではないが、地形を利用する魔族は、一度有利と知った場所に再出現する確率が高い。


 《ナウシズ》――奴は【天人狩り】などと呼ばれる前から、ただ殺戮を楽しむ魔人だった。あの男がどのような理由で魔人に堕ちたのかは知らないし、知る必要も感じない。

 天人の魔石は激しい憎悪でも暴走するが、私は平気。たった一つの幸運だ。

 すべてを失ったあの日から、怒りだけが私の生きる糧となった――――



§



 私が九歳の時、母様が魔獣に襲われ他界した。町に出掛けた帰り道の出来事で、小さな村では珍しくもない話だが、私は泣きながら父様に当たり散らした。

 父様は天人で、転生当初は冒険者として生活していた。ある戦闘で片足に怪我を負った際、魔術による治癒を固辞して冒険者を引退し、防壁に守られた大きな町ではなく、隣国との辺境にある小さな村で暮らすことを選んだ。


 朝から集会所で勉強を教わって昼過ぎに家に戻り、父様から異世界の話を聞かせてもらいながら畑仕事を手伝う――そんな穏やかな日常。

 内向的な性格で、いつも父様の後ろを付いて回ってばかり。けれど、私はなんの不満も感じていなかった。


 母の死から二年が経過したあの日。

 小さく平凡な村に、突如悪夢が訪れた――――


 遠見台から警鐘が響き、暮れ始めた空に遠方から視認できるのか疑わしい狼煙(のろし)が三本昇っていく。

 『襲撃者』の知らせだ。

 僻地の村に、常駐する冒険者など一人も居ない。


「なんでこんな村に魔人なんかが来るんだよ!」


 村人が叫ぶ。

 魔族は人口密集地を目指して動くため、魔獣すら滅多に現れない土地だったが、盗賊のような襲撃者から、女性と子供を優先的に逃がす訓練は行っていた。

 父様が提案したのだ。


「ラファ、お前も逃げなさい! じきに強い冒険者が来てくれる。どんなことがあっても振り返らずに走るんだ」

「嫌! 母様も父様も居ない世界に、私が生きる意味なんてないもの!」

「そんなことを言うもんじゃない。お前が父さん達の希望なんだ」

「私の希望は、どこにあるのですか!?」

「きっと見付かる、出会えるさ」

「嫌です! 父様の居ない世界に希望なんてありません!!」


 泣きじゃくる私の肩にそっと置かれた手はとても力強くて、きっとみんなを守ってくれる、だから私は逃げる必要なんてないと思った。


「ラファ。あの歌を覚えているか? 『手を引く重みを恐れるな』――お前は強くなって、手を差し伸べる側になりなさい。これが冒険者として最後の戦いになる。だから父さんが全力で戦えるように、お前は皆と一緒に逃げなさい」


 私が生まれたころに西の国で流行した、題名の無い地球の歌――――

 父様が畑仕事をしながらいつも口ずさんでいた。幼い私には歌詞の意味は分からなかったけれど、あの歌を歌っている父様が大好きだった。


 近所のおばさんに手を引かれ、私達は走り出す。


「もっと速く! そしたら父さんは凄い技で魔人をやっつけられるからな!!」

「私、頑張って走るから! 父様、そいつをやっつけて!!」


 その会話を最後に、義足を引き摺りながら父様は悪夢に立ち向かっていった。


「バーカ。お前如きがボクに勝てるわけないだろ? バカだから死ななきゃわかんないのかなあ?」


 魔人のせせら笑う声。釣り上がった目。青い肌に金色の長髪。


 忘れない。お前を、許さない――――



§



「君の父親も冒険者だったらしいね?」

「はい。二年で引退しましたが」

「それがいい。無理をしても不幸な結果にしかならないからね」

「…………そうですね」


 討伐隊の合流と打ち合わせを終え、魔人《ナウシズ》が潜伏すると思われる、森の奥への道程――

 森の手前に停車した馬車から降りると、そこから先は魔獣にも警戒しながら徒歩で進んでいく。


 【氷の戯曲】に同行するのは二度目だが、黒い噂が付き纏う人物だ。

 『勝てる相手としか戦わない』それは当前で、負けは死と直結するのだから絶対条件とすら言える。その一方で、『他の者を盾にしてでも有利になってから戦う』といった噂も耳にした。


 冒険者の噂など話半分に聞くべきだろう――それでも、この男の相棒であるベルンハルトも胡乱(うろん)な人物なのが引っ掛かる。大振りの剣技と平凡な魔術操作技術は、昇格時の試験官が誰なのか訊きたくなるレベルだ。

 二人がこの国にウロウロと寄り付くのも腑に落ちない。西へ行けばもっと簡単に稼げるはずなのに……。


「いいかガキ。お前が相手を誘き出せ。俺達は近接戦闘担当だからな?」

「そうだね。私も援護するが、大事なのは距離感だ。君は奴と戦った経験がある。距離感も分かっているだろう?」


 具体性に欠ける戦術――この二人は戦力として計算に入れられない。けれど上位ランクは三名のみ。他の冒険者は志願者であってもランクC以下なので、後方支援に徹するよう勧告しておいた。


 オクトに受けたダメージが大きかったのか、国内外を問わず魔人《ナウシズ》の【天人狩り】としての行動は長期間鳴りを潜めていた。

 しかし、こうして同じ場所に戻ってきたのだ。以前より強化している可能性も考慮すべきだろう。


 作戦行動に出ようかというタイミングで、私の横を一閃の光が通り過ぎる――

 最後尾に居た冒険者から悲鳴が上がり、前腕部が切断されていた。


「どこからの攻撃だ!?」

「これは……以前戦った時よりも、遠距離から放たれたようだね」


 なるほど――――この男はギルド職員を抱き込んでいるのか……。

 幾つかの点が結び付く。

 【氷の戯曲】は過去の討伐隊への参加について、ひと言も話さなかった。

 伏せておく理由など無いはずなのに……職員にも口止めしていたのだろう。

 先程の会話もそうだ。おそらく、父様が《ナウシズ》に殺されたことすら知った上で、白々しく口外した。私を煽り、軽挙に出るよう仕向けたかったのか?


 (いぶか)しげな視線を向けた私をちらりと横目で見て、男が言う。


「ああ、失礼。私は訊かれていないことは話さない主義なのでね」

「それでも、重要な情報の共有を軽視すべきではありません」

「文句言ってる時間で動けよ、ガキ」


 話にならない。噂に違わぬクズだ。

 クズ二人はどうでもいい。他の冒険者が犠牲になる前に手を打たなければ。


「みなさん、退いて下さい。広域魔術を使います!」


 自然魔術で硬質化した蔓の棘を、前方の広範囲に突き立てる。

 眼前には広大な棘の林――それでも、どこからかあの低い声が響く。


「おやおや? 死に損ないが居るねぇ。折角生き残ったのに、そんなにボクに殺してほしいのかな?」


 やはり姿を現さない。どうせ発声位置に意味は無い。


「死ぬのはお前よ、《ナウシズ》」

「その名前で呼ぶなんて、やっぱりボクのこと好きなんだろ?」


 無視して攻撃を重ねる。木の葉を硬質化させたものを旋風に乗せて飛ばす。

 太い樹木を薙ぎ倒すほどの威力は無いが、刃の嵐が棘と広範囲の枝を切り払い、視界を拡げる。


「おう、なかなかやるじゃねーか」

「まだです!」


 光る斬撃が飛来し、また後方の冒険者から呻き声がする。


「奴を(おび)き出せないものかな?」

「探知が難しいようであれば、森ごと焼き払うしかありません」

「向こうが風上だろ!」


 だから『探知が難しければ』と言ったのだ――他に有効な攻撃は無い。


「あの魔人、女性を嬲り殺すのが趣味らしいね?」

「今、そんな話を――」


 嫌な予感がする。この男の近くに居てはいけない。


「凍て付け――大地よ」


 動く前に足を地面ごと凍結させられた。

 ベルンハルトと本人を残し、周囲一帯の地面が凍結している。


「何を!?」

「引っ張り出すんだよ魔人を! 分かるだろ、そんぐらい」

「奴を始末したら助けるから、心配はいらないよ」


 嘘だ。


 後方に残した冒険者からも怒号が飛ぶ。私と同じことをされたのだ。

 全員を囮ではなく生贄にするつもりか?

 これがこの男のやり方――その間にも、声と斬撃が飛来する。


「仲間割れかなあ? なんでもいいけど男は皆殺しだよ? その子だけは有り難く頂こうかな」

「んなこたあ分かってんだよ!」


 ベルンハルトが手にした剣で目の前の地面を斬りつけると、大量の氷と土砂が舞い上がり、前面一帯が土砂のカーテンで覆われた――――

 しかし、目隠し程度で撹乱できるような相手ではない。

 逃走するベルンハルトの身体は、左右それぞれ別の方角に向かって崩れ落ちた。


「逃げるなら最初から来るなよ、バーカ」


 その隙に【氷の戯曲】は魔人との距離を広げる。

 腐ってもランクAか。広範囲に凍結した地面でも、逃げ足は速い。

 相棒のベルンハルトすら、(はな)から見捨てるつもりだったのかもしれない。


「それでどうするんだよ、バーカ」

「お前は女が欲しいんだろ? 『それ』を持っていくといい」

「冒険者のくせに、勝てないと分かったら逃げるのかよ?」

「勝てる相手としか戦わないのは、お前も同じだろう」

「あはは! 最低のクズだな。いずれ()()()()に来るだろうなあ、お前」

「なんとでも言うがいいさ」


 それでも《ナウシズ》は警戒しているのか、姿を現さない。

 私も一帯の凍結を溶かし、前面に大量の角錐が突き出た岩石の壁を形成すると、そこから角錐の槍を扇状に掃射し、続けて爆炎魔術を放とうとした瞬間――背後から低い声が言う。


「逃がさないよ?」


 反射的に瞬間加速で上空に跳躍すると同時に、その悪手を悔やむ。

 奴が自ら接近するはずがない――分かっていたことなのに。


「ひひっ。ゲームオーバーぁぁぁ」

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