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020 その名前は

 ランクBに上がっても『空を飛べない』『広域殲滅魔術が使えない』『高位ランカーと渡り合えるほどの武器が無い』――と、まだまだ足りないところだらけだ。

 つまり、魔王クラスと戦えば虫螻(むしけら)のように瞬殺される程度でしかないのだ。


 季節は秋へと変わったある日、魔獣討伐を終えた帰路――

 悩める俺の前に、格上ランクの相手が立っている。


「ツノはどうした? というか、いよいよ中身がどうなってるのか気になるぞ」


 もう、どこへ向かっているのか分からない……まいのツノがフェネックのように長い三角耳へと変更され、お尻の向こうには尻尾らしきものが揺らめいている。


「凄く可愛いけど、その耳に機能的な意味はあるのか?」

「…………!」


 相変わらずの優先順序だ。『凄く可愛い』に反応したのは分かるが、無表情だし喋らない。表情筋と声帯を実装するのは困難なのだろうか。

 一つだけ確実なのは、『可愛い』に執着心を見せていることだ。

 こうなると俺がしてやれることは少ない。男だからなあ……。

 腕組みして唸っていると、高速で近付く気配がした――師匠だ。


「なんじゃ()れは?」


 無音で降り立ち、一瞬だけ瞠目してから呟いた。

 まいはまだ『凄く可愛い』を反芻しているのか、尻尾をゆらゆらさせている。


「ワンランク上の可愛さを求めるまいに、何か助言がほしいんだけど」

「阿呆。相手は魔族じゃ」

「だって俺、男だし。男は協調、女は共感って言うじゃん」

「我が《ゴーレム》に共感するとでも?」

「そこは女子としてさ、オススメアイテムとかないかなーって」

「媚びを売るのは論外じゃ。好きにすればよかろう」

「よかったな、まい。ファションリーダーが『そのままの君でいい』ってさ」

「なっ!? 然様には言うておらん」


 するとまいは「よっしゃ!!」とでも言うように、ぐっと両拳を握り締める。

 そして、その小さな拳で――――俺に殴りかかってきた。


「なんでっ!?」


 意味が分からない。いや、まいに意味のある行動などあっただろうか?

 俺がギリギリでパンチを躱しつつ『女の子が暴力なんていけません!』と言ったらセクハラになるのかな……などと考えている間に、師匠が軽く跳躍してからまいに踵落としを喰らわせ、地面への激突音が大気を震撼させた。


「相手は魔族と言うておる」

「嬉しさのあまり噛む猫とか居るじゃん」

「噛み殺される相手なら?」

「避ける」

「其れには未だ足りておらん」

「うーん……そうだけどさあ……」


 俯せで身体をめり込ませたまま、尻尾でたしたしと地面を打ち付けるまいの姿を見る限り、本気の一撃ではない。


此処(ここ)で決着すればよかろう」

「うーん……それはちょっと……」

「真っ向勝負で勝てるとでも?」

「そこは愛でどうにか……」

「ならん」


 起き上がったまいは、おでこを両手で覆ったまま俺との距離を取った。

 そんなに嫌なのか……負けるのが。

 だが俺も、ここでちゃんと向き合わなければ。


「いいか、まい。そんなふうに襲いかかったら汚れちゃうだろ? 俺は、まいには強さより可愛さを追求してほしい。だから俺がもっと強くなったら言うことを聞いてくれるか?」

「…………」


 まいはおでこを押さえたまま俯き加減で黙考している。

 どういった葛藤かは理解できないが、いつも一生懸命に考えているのだ。

 そしてまいは、また飛び去っていった――


 島までの帰途は、まいの話題を避けて俺の強化の話に振り、『ミシュクトルに強い魔族が少ないので困る』から『状況的にこの国に魔人や魔王が現れると厳しいのでは?』に至る話の流れになった。

 

 現にエデルクアでは、教導者が付き添わなくても低ランク冒険者がやっていける程度の危険度なのだ。ミラチさんのような兼業冒険者も少なくない。

 だから高ランクを目指す冒険者は町を、国を離れていく――

 そうなると、国の安全性と防衛戦力の維持とのバランスが崩れてしまう。

 危険な魔族が居ないせいで国が危険になる――という矛盾が発生する。


「実はこの国って、ヤバいのでは?」

「安寧は警急への意識を(ゆる)める。世の常じゃ」


 【天人狩り】はその辺りを理解した上で、この国に潜んでいたのだろうか。

 まあ、師匠が居る時点で魔族には地獄だろうけど。


「高ランク冒険者を厚遇して常駐依頼とか、難しいのかな?」

「応需すれば成長は停滞する」

「俺も成長したい冒険者なんだけど……一度ギルマスとも話してみたいな」

「次は大星章(だいせいしょう)の昇格試験じゃ。会談の機会もあろう」


 この国の内情がどうであれ、今の俺はランクAを目指すのみだ。

 ランクAの昇格試験は模擬戦のみで判断されるので、気楽といえば気楽かも。


「だけど、やっぱり停滞感があるんだよなあ」

「魔術制御に手慣れると、今度は剣技で行き悩むとはな」


 師匠も不思議がっているが、同じ種類の魔獣ばかり狩っていると成長が偏るのは分かるとして、「なんでこっちが?」という要素も伸びたりするのが意味不明だ。

 ある程度は書き出して比較検討もしているのだが、ミシュクトルの国内だけでは魔獣の種類は限られている。

 師匠は「やはり国を出るべきか……」と唸っていたが、魔人が国家間を移動するのは危険を伴う。


「なかなか簡単にはいかないもんだな……」

「明日は息抜きに武具でも見に()くがよい」

「それじゃ息抜きにならないって」



§



 日を跨ぐと気分も変わるものだ――


 目覚めて食事を済ませた俺は、エデルクアの町に行ってみることにした。

 下界も丁度いい気候だし、たまにはのんびり散策するのもいいだろう。


 普段は小遣い制なのに、今日は蝦蟇口財布を手渡されたのには理由がある。

 三本目の剣が、そろそろ買い替えを検討するタイミングなのだ。

 二軒目の武器屋を覗いた後、少し休憩しようと入った軽食屋で、思い掛けない人物と出会った。


 あの時の二人か――


 俺が初めてこの世界に来た日、なんの説明もせず置き去りにした冒険者だ。

 あれからもうじき二年になる。向こうは忘れてるかもしれないし、挨拶するのもどうかと思った俺は、そっと徽章(きしょう)を外して離れた席に座ろうとしたら、何故か向こうから話しかけてきた。


「おう、兄ちゃん。武器屋で剣なんぞ見てたが、お前も冒険者か?」


 やはりあのおっさんだ――赤鬼青鬼の赤いほう。同じ武器屋に居たのか。

 俺は面倒事を避けるために初対面を装う。


「はい。武器選びって難しいですね。このあと別の店も覗いてみます」

「武器なんざ壊れるんだ。適当なのでいいんだよ」


 前半は同意。後半はそれが前半の原因だな。


「いやいや、ベルンハルトの旦那ぁ。その人はにぃねんもかからずランクBに昇格してぇ『エデルクアでは最速のランクA到達者なるだろう』とまでぃ言われてるぅ冒険者れすよぅ?」


 横のテーブルから別の客が口を挟む。まだ昼だというのに酩酊しているようで、呂律が覚束ない――というか、誰だ、そんな個人情報を広めた奴は!?

 これは駄目なパターンだ。もう店を出て逃げようか……と考えていると、赤鬼が続ける。


「おいおい。二年でランクBなんて、天人でもぶっ壊れたり魔人化した奴以外では居ないだろ?」

「そうなんですか!?」


 つい喰い付いてしまった。師匠の話か!? と思ったのがいけなかった。


「無茶するバカは身体か頭ぶっ壊れて終わりだぜ」

「じゃあ俺もバカなんですかね」

「そうだろお前。もう身体ボロボロなんじゃねーか?」


 相変わらず口が悪い。そして向かいの席に座ったエセ紳士も相変わらずだ。


「ベルンハルトさん、そのぐらいに。我々はこれから任務があるからね?」

「ああ、そうだな。のんびり駄弁ってる場合じゃねーよな」

「君も若いのだから無理をするな。焦っても、得るものより失うものが多い」

「あ、はい」

「ランクB程度で巧言令色(こうげんれいしょく)に乗せられていると、同業者に足を(すく)われるぞ?」

「おいおい、俺もランクBなんだぜ?」

「いや失礼。正当な努力で得たものと、不正で得たものは違うさ」


 赤鬼のおっさん、アルバトさんと同じランクBだったのか……俺もか。

 しかし本当に何も変わっていない二人だ――だから俺は言うことにした。


「俺も師匠から『ランクS以下は児戯だ』と言われていますので、頑張ります」


 俺をひと睨みした二人は目配せすると侮蔑の冷笑を浮かべ、どちらも無言のまま席を立った。

 その去り際――


「あのランクBの女は、まだ来てないのかよ?」

「ラファイエ・アルノワは、東側ギルドで招集した冒険者三名を呼びに向かった。合流後、直ちに【天人狩り】討伐に向かう」


 ラファ!? この町に居たのか!


 おっさん二人に掴み掛かって訊きたくなる衝動を、どうにか堪える。

 今は無事であることが分かっただけで嬉しい。問題は――その先の台詞だ。

 【天人狩り】……勝算はあるのか?


 ラファに会うべきか、会って止めるべきか……考えているあいだに二人は立ち去ってしまったので、まずギルドに走り、依頼内容と討伐隊の構成を聞いた。

 やはりあのランクA【氷の戯曲】が討伐隊長か…………不安だな。

 俺が手助けしようにも、ランクA以上でなければ魔人討伐隊への飛び入り参加は認可されない。義勇で使えない人員が増えても無意味なのだ。

 討伐隊長による指名か、本人の志願による事前登録が必要になる。


 いずれにせよ、今の剣では心許無(こころもとな)い。新しい剣を購入して師匠の島まで全力疾走で戻り、下から帰宅の合図を打ち上げた。


「早かったの」

「ラファが! ――俺の恩人が、また【天人狩り】と戦うみたいなんだ!!」

「あの(わっぱ)が、先日この国に戻ったのは知っておる」

「それを教えてほしかったよ!?」

「高位の魔獣と戦って死する者もおる」

「だけど! ――――そうだな……師匠一人であらゆる場所に出現する魔族と戦うわけにはいかないもんな……ごめん」

「往くがよい」

「えっ!?」


 驚く俺に、師匠は一つ嘆息してから言う。


所縁(ゆかり)ある相手。助勢してやるがよい」

「ありがとう! 師匠は?」

「我も見ておく」

「なら安心だな」

「見るだけ、じゃからの?」

「そんなー」


 その代りに――と、【天人狩り】との戦い方を教えてもらった。


「それでも相手はランクA相当だぞ?」

「案ずるな。『とりっく』さえ看破すれば造作無い」


 話を終えた俺達は島を降り、討伐隊の向かう場所へ急ぐ。


「師匠、その荷物は?」

(ゴミ)じゃ。行き掛けに捨てておく」


 背中の大きな袋に首を傾げながら、俺は師匠の後を追った――

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