019 ヨネ!
季節は巡り、異世界で二度目の夏を迎えようとしている――
ランクBの昇格申請までに、八ヶ月以上の月日が経過した。
その理由の一つは魔術の精度不足。
そちらは早々に上達したが、もう一つはなかなか厄介だった。
ミシュクトル国内では、本当に高ランク魔族が見付からないのだ。
国外に足を延ばしたくても師匠が許可してくれない。
師匠は言った――「常に『狩る側』でいられると思うな」と。
それは俺も身を以て経験している……もっと強くならなければ。
目撃情報を問い合わせて転々と探し回る作業に多くの時間を費やし、ようやく国内で歩行型巨鳥類の《ケレンケン》を発見した。
やはり地球ではK-Pg境界以降の生物だ。幻獣種も居るこの世界で、変に律儀というかなんというか。
巨大化しているため、体高は約五マト。その巨体に似合わぬ俊敏さを持つランクB相当の魔獣だが、数ヶ月間探す労力に比べれば、戦闘は一瞬の出来事だった。
捨てる部分がほとんど無いぐらい換金性の高い魔獣なので、その場で焼却処分せずに凍結させた巨体を荷車に載せて運んだ。馬車ではなく、荷車で……。
物を収納する魔術は条件が厳しすぎて、転生時に固有の【加護】として取得した天人以外には、扱えるものではないらしい。
そしてギルドで申請手続きを済ませた数日後――
「ミシュクトル国内でランクBになるのがこんなに大変とは……《グール》が対象から除外されてなければ、もっと早く昇格試験を受けられたんですけど」
「《グール》は『元が冒険者である』『集団が相手となる状況が多い』という二つの理由で除外されているからね……私も昇格には手間取ったものさ」
「功を焦った冒険者が無茶をしないように、という意味合いもありますから」
相変わらずにこやかなアルバトさんと並ぶ、受付のお姉さん。
俺は以前、その《グール》の集団の中に蹴り込まれたんだけどなあ……。
「あの、私の名前、もう覚えてくれました?」
「あーはい。……えーっと……マリーナさん!」
「アテリナです!!」
いつもの昇格試験用闘技場。
マテリナさんは懐中時計を手にしている。各ギルドへの寄贈品らしい。
彼女は魔術による体温調節はできないので涼しげな夏服姿だが、冒険者である俺とアルバトさんは長袖を着た上で、体温調節している。
「そろそろいらっしゃる頃合いなのですが、なにぶん多忙な方ですから……」
ハンカチで軽く額の汗を押さえながら、マテリアさんが言う。
ここは暑いから可哀想だなあ……と思った俺が、彼女の周囲に『ひんやり障壁』を構築していると、不意に建物上部の採光窓から声が響いた。
「お待たせしたネ! だが、焦れる気持ちをクールに保つのも冒険者の心得さ!」
俺は隣で変わらずにこやかなアルバトさんに問う。
「えーっと……あれですか?」
「ああ。彼が今回、君の試験官を担当してくれる――」
「【テクフレ】こと、アレキサンダー・リリーホワイトだヨ、よろしく!」
上から「とうっ!」という声が飛び降りてくる。
相手はランクS。隙など見せてくれないだろう。軽く挑発してみるか。
俺は剣を右に薙いでランクSが着地する位置へと斬撃を飛ばし、左手でその左右に炎の槍を飛ばすと、その反動も使って後退。正面に重力障壁を張る。
「僕達二人のあいだには、言葉など必要ないということだネ? 少年!!」
正面の壁が裂け炎が上がる中、まだ上から声がする。
ランクSは飛び下りて、だが飛び下りるのをやめたのだ。
非礼を咎めるでもなく飄々と受け入れた変な男は、挑発に乗るどころか、むしろ何をしても好意的に受け止めそうで恐い。
『ひんやり障壁』でガードしておいたテリーナさんが、急いで退場していく。
浅黒い肌に、ヒップホップ系の人がやるコーンロウのような、細かく編み込まれたヘアスタイルの男が地面に降り立った。カンフー服姿で武器を手にしておらず、何故か裸足だ。
「すみませんでした。カッとなってくれたら隙ができるかなーと思って、先制攻撃してみました」
「和やかな会話から戦闘が始まるとは限らないからネ! いい心掛けだヨ、少年。それでは始めぶ――っ!?」
和やかな会話から始まるとは限らないらしいので、とりあえず殴った。
結構いい右が入ったと思ったが、男は向かって左方向に飛んで衝撃を逃し、奇声を発しながら異様に長いリーチのパンチを放った。
謎の遠距離パンチをバックステップで躱すと同時に、相手の後方から先程破壊された壁の一部を重力操作で飛ばしたが、男は見ずにそれを避け、俺は自身を目掛けて飛来する破片を斬り払う。
「僕の『Jマンガパンチ』を初見でよく躱したネ!」
「何そのネーミングセンス……」
「昔ジャパニーズマンガで見た技だヨ!」
「そのまますぎる……それ、たぶんまだ連載続いてますよ」
「オゥ!? 僕は生きてても死んでたかもネ!」
「そんなになるのか……」
意外と没年齢が高そうだ――となると、容姿を変えてるタイプの天人か?
現在の見た目はまだ若い。三十代前半ぐらいだろう。
そんなことより、なんだあのパンチ。
「キックもあるヨ!」
また怪鳥のような奇声と異様な距離からの蹴りが迫る。
骨とかどうなってるんだ、あれ。
「重力操作だヨ、少年!」
あー、骨とか関節とか無視な…………分かる。
「いや、分からねーよっ!?」
俺は謎の攻撃を繰り出す怪鳥男と距離を置きつつ、軸足へと斬撃を飛ばす。
怪鳥男はニカッと笑いながら斬撃を躱して地面に片手を突くと、頭を下にしたまま独楽のようにぐるぐる回転しながら接近してくる。
「うわキモ……」
「失敬だネ君は! これもジャパニーズビデオゲームで見た技だヨ!!」
「だったらさっきの技も、ヨガの人でいいだろ!!」
俺は上へ飛んでそのキモ独楽を躱すと回転の中心に向け炎弾を放ち、怪鳥男に当たる手前で花火のように拡散させた。
範囲は広くないが、どの方向に避けても当たるはずだ。
ところが――俺よりも高い位置から声がする。
「面白い攻撃だネ、少年!」
「あの状態から上へ飛ぶかな……」
師匠との模擬戦では本気を出されるとすぐ負かされてしまうので、その異常さに驚く暇も無いが、こうしてランクSと戦ってみると、本当に人外なんだな……。
位置は気配で察する。顔を向ける時間で重力操作による超加速を使い着地、上に向けて地面から土の槍を突き立て、飛ばす。
怪鳥男は突き立った槍の穂先に裸足で乗って跳躍すると、再びJマンガキックを繰り出す。
「斬ってもいいのか?」と高速で剣を振るうと、それより速く足を引き戻した。
「マジキモいんですけど……」
引くというより、ゴムが縮む速度だ。
「邪魔だネ!!」という声と同時に地面の槍がすべて蹴りで薙ぎ払われ、闘技場の中央でキモ男が左手を背に回し、掌を上向きに差し出した右手で手招きする。
「さて、そろそろ最後のテストといこう」
「本気出すってことか? 上等!」
俺はこれまでより大きな斬撃を飛ばし、同時に加速して相手に仕掛ける。
真剣勝負なら使わない突撃技だが、これは試験だ。
「ほァたァぁぁぁぁぁッ!!」
キモ男は飛ばした斬撃を蹴り砕き、上げた足を振り下ろして地面を踏みつけた。石礫となった槍の残骸が舞い上がる。接近する俺目掛けて舞い上がった石礫を高速キックの連撃で飛ばし、その飛礫を迂回するように加速する。
「蹴った石より速く移動するのかよ!?」
背後に回られた俺は重力障壁で正面の飛礫を防御すると、右回りで反転して剣を振るう。しかしそこにキモ男の姿はなく、空振りで体勢を崩したところにしゃがみローキックをもらってしまう。
背中から落ちる前に、水平になった身体の足元に重力障壁を張って蹴り、強引な空中移動をすると、俺が落ちるはずだった位置にキモ男の踵が叩きつけられ、轟音と共に地面が大きく窪み、放射状に亀裂が走った。
「うーん、久しぶりにランクA以上の試験官を見たが、やはり外でやるべきだったようだね……」
障壁を張った向こうで、アルバトさんのにこやかが引き攣っている。
「オゥ!? 僕も失念してましたネ! これは申し訳ない」
破壊の限りを尽くしたキモ男が反省している。
俺はそんなに壊してない――こともないか……。
「ならばここで試験終了とするか、少年!」
「エレキなんとかさんがそれでいいなら」
「【テクフレ】ことアレキサンダー・リリーホワイトだヨ!! 少年!」
二つ名も謎だが、実名も厳ついんだか可愛いんだか。
ともあれ、ランクB昇格試験の模擬戦が終わった。
「いやあ、いいものを見せてもらったよ。エデルクアの昇格試験で、ここまでの戦闘はなかなかお目にかかれないからね」
「僕もちょっと殺す気でやったからネ!!」
「俺なんか『試験だウザくても我慢だ』って自分に言い聞かせてたのに」
「すると少年は全力ではなかったんだネ!? 素晴らしい!」
「……疲れるんで、もう帰ってもらっていいですか?」
「オゥ!? 多忙な僕のことまで慮るとは、心優しい少年だネ!」
正しい会話が成立しない珍妙な生物【テクフレ】さんは、その後アルバトさんとギルドマスターの部屋に向かった。
苦労して探した魔獣《ケレンケン》は既に換金手続きを済ませてある。あとは結果を待つだけだ。
その後、然程待たされることもなく、アルバトさんと受付のお姉さんが受付フロアに現れ、星が三つの徽章と登録カードを渡された。無事、ランクBに昇格だ。
ランクAは一つの大きな星、ランクSは星ではなく昇龍を象った『S』が徽章になるため、星はもう増えないのが少し残念。
【テクフレ】さんはギルドの前で「頑張りたまえ、ジャパンの少年!!」と言葉を残して瞬時に姿を消し、ギルド付近に居た低ランク冒険者は、舞い上がる土煙から聞こえた声が遠ざかるという、超常現象の体験者となった。
「ランクAどころかBの試験だし、全然実力なんて出してないんだろうな……」
珍生物でもランクSだ。今の俺が敵う相手ではない――遥か彼方へ消えていく姿を目で追いつつ、痛感する。
俺が日本人と知っていろいろやってくれたみたいだし、いい人ではあるんだろうけど、変に疲れる相手だった……魔獣と戦う方がよっぽど気楽だ。
さて、帰ろう――
「毎回待たせるのも悪いから、来なくていいって言っといたのに……」
エデルクアから少し歩いた場所に、ぽつんと立つ小さなシルエット。
駆け寄りながら自然と笑みが溢れてしまう。
「今日はステーキだっけ?」
夕飯が楽しみだ。




