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001 投げられたのは賽か匙か

 ぱちん。と左頬を叩かれて目を開き、身を起こした俺を正面から見据えるのは、カナリートルマリンのような黄色の瞳。

 銀色の長髪、奇妙な服。人形のように無表情な少女が正座していた。

 視界の奥には、うっすらとぼやけた神殿の柱のようなものが見える。

 これは――エロい夢だろうか?


「もう一度平手を差し上げたほうがよろしいでしょうか? この野郎」

「スッキリ目覚めました! 俺にはそういう倒錯性癖はありません!!」

「ではまず自己紹介を。わたくし、巫女(ふじょ)です。自己紹介は以上となります」

「腐女ってなんだっけ? 聞き覚えがあるような……えーっと、俺は――」

「合コンではございませんので不要です。ちなみにわたくしは腐っておりません。そして貴方様はわたくしの説明を静聴していればよろしいのです」


 少女の口から発せられたのは、どこか珍妙な日本語だった。

 俺は多分死んだ――夢でなければ、ここは所謂霊界というやつだろうか?

 あらためて腕と足を眺め、額に手を当て確認する。

 知らない服だ。お約束の白装束に三角頭巾ではない。

 あんなのお化け屋敷の衣装ぐらいしか着る機会がないので、少し残念。


「ガチで時間がございませんので要点を申し上げます。貴方様は異世界に転生することになりましたので、怠惰(たいだ)な想像力を働かせ、状況のご理解を早めるよう希求いたします」

「へ? 気球?」

「疑問をスルーします。本来の召喚者に付与される予定であった特別な【加護】ですが、仔細を説明する時間はございませんが付いてますお得です。問題は【すてーたすういんどう】とやらですが、わたくしぶっちゃけイミフなのですが、いりますかね貴方様、これ?」

「げ、ゲームとかの? あの、俺にはそれ以前にイミフなことが――」

「時間が、もう。ですので、アレです。説明困難案件は回避で。他はフィーリングと気合みたいなアレでどうにかなりますでしょう?」

「はい。って、そうじゃなくて、これ今どんな状況? 召喚って?」

「アナタ死んだ神ヨコドリしたワタクシ神の使いアナタ異世界ワタクシ見届けモウジカンナイ」

「切羽詰まり過ぎてバグってる!?」

「ダイジョブ、ミンナ最初ハコンナ感じジャ……ナイ?」

「顔! 角度!」

「ゴメーン、テチガイ。マタ死ヌナヨー」


 こてん。と斜めに傾けた無表情が、最悪のキーワードを残して消えた――


 俺、滝原涼平(たきはらりょうへい)は事故によって十五歳で早逝し、異世界で生き返る……のか?



§



 場所が変わった――そう理解すると同時に、新たな混乱が発生する。

 まるでドミノ倒し、あるいは点火された導火線だろうか。


 俺の身体は、空に浮かんでいた。


 周囲は広大な森だ。空には所々大小の岩や、それ以上に巨大な島のようなものまで浮かんでいる。近くには巨大な山があり、町らしきものは見えない。

 そして眼下の広場には、数人の円陣を中心に二十人ほどの人々が集まっている。

 もしやこれが噂に聞く――――幽体離脱して自分の葬式を見下ろす光景か。

 「出してくれー」って棺桶をガタガタやるやつ。下に俺の死体はないけど。


 不思議と頭は冷静だ。受け入れてしまえば超常現象も楽しいものだ。

 とにかく今は下に降りて、自分が幽体なのか生体なのかを確認しなければ。


 ローブを纏った怪しい集団が、円陣中央の何もない空間に向けて念を送っている様子が不気味だったので、少し離れた場所に降下する。

 誰一人としてフライングヒューマノイドに気付かない。俺の姿は見えていないようだ。


 円陣の周囲を見渡すと、武装した人々が一ヶ所に固まらず点々と立っている。

 物々しい武器に対して服装は意外と軽装備で、重甲冑など一人も居ない。

 普通すぎて逆につまらない。半分乳が出てたりパンツ丸見えの女子も居ない。

 由々しき事態だ。肌の露出は眼福を招くだけではなく、人生への礼賛なのだ。

 君よ俺よありがとう!! と、ただそんな気分になれるのに――残念無念。

 『男だけは全裸で首からアヒルの玩具を吊るしている世界』ではないぶん、まだマシと考えておこう。


 長物の武器を携えた人も居るが、特に目立つ武器を持つ一人に目が止まる――

 背の高い美少女だ。

 その瞳はアクアマリンのような薄い青色で、ストロベリーブロンドの長髪をサイドで捩ってバレッタで留め、肩から前に垂らしてある。

 そんな美少女が、日本ならば神社に奉納されているような全長二メートル以上の大太刀を立てて、がっしりと掴んでいる……あんなの一人で抜けるんだろうか?

 隣の女性と会話していたので二人の視線の先を見ると、そこには高さ一メートルほどの石像があった。


 頭部周辺は逆レインドロップ型で身体は細かい横縞……まるでオカルト本で見た『宇宙服姿の土偶』だ。確か、ハマ・コアケ文化の土偶だったかな。

 ただ、土偶ならば顔のある部分には、大きな黒い石が嵌め込まれている。

 あの石像は儀式に必要なものなんだろうか……?


 待っていても変化が起こらず退屈になってきた俺は、引き寄せられるように謎の石像に歩み寄る。近くで見ると、意外と愛嬌のある姿に思えた。


「こういうのって、たぶん気軽に触れたらダメなんだろうな……」


 その時――俺の身体が光に包まれた。

 新たに追加された超常現象に驚いた俺は、石像の頭部に手を乗せてしまう。


「あっ!?」

「えっ?」

「おいっ! 何者だ?」

「いや、どんなタイミングだよこれ!?」


 謎の発光現象と同時に、俺の姿は周囲からも視認可能になったようだ。

 このままでは不審者として斬り捨てられるかもしれない。

 俺は一つ深呼吸してから、武装した男性に話しかけた。


「あの、俺、ここに召喚されたみたいなんですけど?」

「へ? な、なんで!?」


 それは俺が訊きたい。

 理屈は分からないが、互いの言葉が通じるようだ。

 明らかに聞いたことのない言語なのに、相手の発する言葉の意味が分かる。


「なんか……手違いがどうのって言われたんですけど」

「は? え?」

「本当は俺じゃなかったみたいです」

「お、お前――!? 触れたのか、それに」

「えっ? あ、やっぱり触っちゃダメなやつですか?」


 俺は慌てて石像の頭に乗せていた手を離す。


 静かだった先程までとは打って変わって、周囲は怒声が飛び交い戦々恐々とした雰囲気になった。

 中には物凄い速度で走って離れていく人も居る。

 まさかこれ……この一帯が吹き飛ぶ爆弾の起爆装置とか!? ……無いよな?

 などと思っていると、少し離れた場所に居たガラの悪そうなおっさんが声を張り上げた。


「てめえ、何やってんだよ!! 俺達まで殺す気か!?」

「ベルンハルトさん、少し落ち着こうか?」


 真っ赤な顔で怒鳴るおっさんの隣に歩み寄った中年紳士は、ガラの悪そうな赤いおっさんより立場は上のようだが、その顔は青褪めている。


「あの、ちょっと待ってください……俺には何がなんだか――」


 異様な雰囲気に狼狽(うろた)える俺を無視して、青い中年紳士は周囲一帯に響き渡る声で告げた。


「総員緊急離脱! 《ゴーレム》に接触!! 繰り返す! 総員、緊急離脱!! 今回の護衛任務は遂行不能とする。以降は各自の判断で行動せよ!!」


 男は懐から封筒のようなものを取り出すと地面へ投げ捨て、こちらを一瞥もせずに(きびす)を返すと、人間とは思えない距離と速度の跳躍で、この場を離脱した。

 ガラの悪そうなおっさんも、慌ててその後ろを追走していく。


 まだ近くに残っている人達に、慌てて訴えかけた。


「と、とにかく安全な場所に連れて行ってもらえませんか?」


 ローブ軍団も、この場から脱兎の如く逃げ去ろうとしている。

 その中の一人から怒声が飛んだ。


「お前がここを危険な場所にしたんだろうがっ!!」


 本当にここで何かが起こるようだ……何が起こるのかを知りたい。


「俺が理解する前に状況が進んでるじゃないか……」


 そんな理由の分からない窮状の中、視線の先にある森から何かが姿を現す。

 頭部、前肢、胴体、後肢、尻尾……スローモーションのように感じるほど、ゆっくりと全貌を現したその生物は――――


「スミロドン!?」


 早起きの家族と楽しく会話してから家を出るいつもと変わらない朝サーベルタイガーは新生代マカイロドゥス亜科の絶滅種彼女と沢山思い出を作ってから死にたかったマカエロイデスはエロいのかスミロドンはエロくないというか俺彼女居ないし演劇部のみんなごめんよ変な役担当が死んじゃったぞぼーっと歩いてた眼鏡君は無事だったのかな家族に隠してたエロ本とか見られるのかな巨乳好きでごめん俺は二度死ぬのかおっぱいかあおっぱいなあまあどうでもいいかよくない――――


 混乱は、顛末の狭間で踊る導火線などではなかった。


 混乱は、やがて弾けるまで高速回転する鼠花火だ。

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