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197 怨嗟の矛先

 中央大陸の北西部にある島国のブトルアは、目に余るほど強欲な国だ。

 昔から戦争ばかり繰り返したせいで、『ギルド連盟がランクSを置かない国』としても有名で、『勝手に自滅しろ』という扱いらしい。

 魔族が暴れても誰も助けに行かないわけではないが、すぐ駆け付けてくれるかは冒険者の良心に(ゆだ)ねるしかない。住んでられるか、そんな国。


 その強欲国家の思想に染まった【蘇芳(すおう)の魔王】の首は、声を出させるために身体の上に乗せておいただけで、神経伝達もカットしたから自爆もできない。


 俺を恨み、呪いながら死んでいけばいい。身近に呪いの専門家も居るし。

 『お前を殺してやる』なら何度でも受けて立つが、『お前の仲間を殺す』などと言う相手は、機械のように冷たい目で殺す。殺意を向ける相手が違うだろ。


 誰も反応できない速度で【蘇芳の魔王】の身体を上空に蹴り上げ、障壁で覆ってから最大威力の爆炎魔術で灰にした。

 同時に【ロベール・ル・ディアブル】が、すべての魔獣を細切れにする。

 舞い踊る真紅の花弁(はなびら)を呆然と見つめていた冒険者達に、八百四十本の【ヴェクサシオン】が突き刺さり、全員失神した――


 その中にはランクAの井硲哉太(いさこかなた)も居たようだが、あと一人、ジゼルさんに攻撃を避けるように伝えておいた人物が残っている。

 気配を隠して潜んでいた冒険者だ。


 井硲君の【魅了】など俺には効かない。【蘇芳の魔王】も俺がカウントを始めた瞬間に何かしていたが、あんなものは効かない。

 精神操作系など一番に対処する。


 そして潜んでいた冒険者はおっさんだった。何やら余裕顔だが、魔王に操られていた冒険者が余裕顔しても恥ずかしいだけだ。


「俺はランクA【叛戻(はんれい)巌牟(がんぼう)】フロル・クレシェフ。貴様に勝てば俺が世界一だ」

「いや、俺の上に二人と最古の幻獣が控えてるんで、その上が世界一ですよ?」

「ひとつずつ潰していけばいいだけだろう」

「まあ、そういうことになりますね」


 彼は操られず、自分の意思で参加したみたいだな……農場行き確定だ。

 武器は巨大な金属製の棍棒。普通の剣で打ち合えば一撃で折られるだろう。

 彼の妙な自信が【加護】によるものなら、精神操作系ではないことだけは分かっている。俺が姿を見せてから今まで、何もしてこなかった。


 棍棒の硬度を上げたところで、俺にとっては木の棒と変わらない。

 なので、率直に訊いてみる。


「どんな【加護】を持っているんですか?」

「知りたければ全力で攻撃してみればいい」

「いや、それだと一撃で死ぬので、そちらから攻撃してください」

「ならば手加減して攻撃してみればいい」


 うん、バカだなこの人――つまり、ダメージ反射系の【加護】だろう。

 とりあえず一発殴ってみると、やはり俺が殴ったダメージが俺に返ってきた。

 こんなのが俺に対する『切り札』のつもりか……やっぱり分かっていない。

 フロルが自慢げに胸を張って言う。


「俺を攻撃すればするだけ貴様は弱っていく。何もしなければどんどん時間が経過していく。その意味が分かるだろう?」

「今のは神域の力をカットして殴ったので。次はもっと強いのをいきますよ?」


 殺さない程度に、かなり強めに殴った――

 城まで吹っ飛び尖塔を粉砕してまだ飛んでいく。

 ぼーっと見ているとどこまでも飛んでいってしまうので、追い付いて元の場所へ連れ戻し、肋骨を砕かれ口から血を流しているフロルに問う。


「で、どんな【加護】か説明してくれるんですか?」

「ぐ、グボッ……」

「ぐぼって何? とりあえず治癒するので喋ってくれますか?」


 一瞬で治した。

 こんなコントに付き合っている場合ではないのだ。そろそろ移動したい。


「あのですね……あんたは遊び感覚で最強を目指してたんだろうけど、俺は本気で頑張っている冒険者を嘲笑うような冒険者は許さないので、農場へどうぞ」

「ま、待て!? 俺だって本気で世界一になりたいと思っている!」

「魔族と手を組んで、なんのための最強なんだ。バカですかあんたは?」

「貴様っ!! 俺はこの【加護】があれば――」


 さっきより強めに蹴り上げた。

 今度は上空二十キマぐらいまで飛んでいったので、また飛んで捕まえて井硲君も掴み上げ、ラファのところまで運ぼうと思っていたら――先に来てしまった。


「もう片付いてしまったのですか?」

「うん。折角来てくれたのにごめん。【加護】の封印は、とりあえずこの二人だけお願いできるかな? あと白目剥いて失神してる連中は、そのまま昏倒させといてもらいたい。それと転がってる生首から情報収集を。いろいろ頼んでごめん」

「謝る前にキスを。そしてまいさんにも」

「すっかり仲良しになったな」

「頼もしい仲間であり、恋のライバルですから」


 まいも戦ったんだな……腰に手を当ててドヤァポーズをしている。可愛い。

 そのまいとラファに軽く口付けをしたあと、俺はノロノロ魔王を追って東の大陸へ飛んだ。ラファ達とは後程ジィスハで合流する。


 師匠はノロノロ魔王に苛々したのか、既に島を離れ西へ移動中だ。


 あ、攻撃した――


 【笏拍子(しゃくびょうし)】の超遠距離攻撃によって、ミシュクトルとルトクーアへ向かっていた魔王四体が瞬時に消滅。当然の結果だろう。

 このぐらいのタイミングなら、俺がやったようにも見えるので丁度いい。

 師匠は一応、隠れた存在なのだから。

 【笏拍子】を腰に収め、ちっちゃなシルエットが腕組みして空に立っていた。


「師匠も気が短いなあ。俺に任せてくれてもよかったのに」

「貴様が遠距離から仕留めておれば済んだ」

「だって、師匠が熱烈歓迎モードだったから……」

「阿呆。譲り合いなどしておれば、仲間が死ぬ」

「師匠は死なないじゃん」

「早う()け!」


 尻を蹴られた。

 残るはジィスハだけだが、問題は噴火のタイミングだな……。



§



 キキョウ・ミカゼは偽りの記憶を与えられている――


 それでも今は変な迷彩装束を纏っているということは、また忍者として活動しているのだろう。

 《ベールゼブフォ》による透明化は使えなくても、個人の戦闘力は高い。

 高ランク冒険者の居ないジィスハにとっては、貴重な戦力となる。


「ちょっと、聞いているの? 町で出会った美人冒険者を、片っ端から仲間に引き入れようとする色欲魔なのよ? あの男は」

「キキョウさんもお綺麗ですからね。また一緒に冒険の旅に出ますか?」

「お断りよっ! お前みたいな百合淫乱女に身体をまさぐられるのも御免よっ!!」

「ちょっと!? 誰が百合淫乱女よっ!!」

「わ、私は違うからねっ!」


 おのれオクト! いったいどんな記憶を……あと、ノーレは何を言ってるのよ。

 そんなコントに呆れたのか、忍者達の後方から一人の女性が前に出た。

 アヤメさんだ――


「のんびり立ち話をしていられる状況ではありません。魔族が多数、このジィスハに接近しています。キキョウ――貴方の仕事は、救援のために訪れた冒険者のみなさんに、喧嘩を吹っ掛けることなのですか? 答えなさい」

「い、いいえ御屋形様(おやかたさま)! 私の命はすべて御屋形様のために!!」


 ノーレもこちらを見て頷いた。悔しいけど、まだあたしは探知できない距離だ。


「滝原涼平の指示で、あたし達はジィスハの噴火への対応と拠点警護のために来ました。以降はジィスハ側の指示に従います。なんなりとお申し付けください」

「ありがとうございます、ルベルムさん。私は余暇に中央政府の御側御用取次(おそばごようとりつぎ)などもやっているのですが、総裁からは『滝原君の邪魔をしないように』と言付かっておりますので、どうぞ、ご自由に行動していただいて構いません」

「えっ!? 御屋形様、私はそのような話は一度たりとも……」

「キキョウ。貴方は現在どのような立場にあるのか、自覚していますか?」


 するとキキョウ・ミカゼは、ダンゴムシのように丸まって土下座をした。

 やっぱりアヤメさんは、ジィスハのみんなにとって畏怖の対象なのね……。

 そしてノーレが軽く咳払いをしてから、状況を整理する。


「まず噴火ですが、おそらく数時間以内。そして魔族は一定の距離で停止しているので、噴火にタイミングを合せるつもりでしょう。そのあいだに涼平が来ると思いますが、不測の事態に備えて彼は計算に入れません」

「そうね。どこかで足止めを――って一瞬で(たお)すだろうけど……」

「彼は『中央大陸側が怪しい』と言っていた。当たるんでしょ、彼の勘は?」


 確かに。ノーレの言うように、彼は向こうに引っ張られる可能性はある。

 それでも一瞬で終わらせると思うけど。

 アヤメさんも指示を出す。


「当面は噴火対策ですが、魔術を使用しての防御については、冒険者のみなさんの能力が我々を凌駕しますので、噴石の直撃を防いでいただければ助かります」

「そちらはルーに任せるわね? 私は噴煙を封じます」

「分かりました。近隣の地図など見せてもらえますか?」

「よ、余所者に地図など!!」

「キキョウ――」

「で、出過ぎた発言を、申し訳ございませんでした!!」


 うん。これはありがたい。話が前に進む。

 噴火は近い――火山の近くにノーレを残し、あたしはアヤメさん達と移動して、情報収集と危険箇所の絞り込みを始めた。



§



「うーん、まさかの展開だなあ……」


 ジィスハを目指して東の大陸を飛んでいた俺の前で、ランクS冒険者が不自然に浮かんでいた。どうも様子がおかしい。

 魔族化寸前といった状態なのだ。こんなのは見たことがない。

 とりあえず訊いてみるしかないか。


「あの、どういったご用件でしょうか?」

「お、お前は……俺の大事な女を……こ、殺した……」

「誰のことですか?」

「シビル・ダロンドを……殺した……」


 誰!?


 よく分からないけど、このままだと確実に魔族化する――

 今ならまだ助けられるかもしれない。


「落ち着いてください。あなたが魔族化したら、もう話ができなくなるので」

「うるさいっ!! お前さえ居なければ……彼女は、狂わずに居られた……」

「そうかもしれません。とにかく降下して話をしましょう」

「こ、殺す……お前を……」


 ダメだこれは……もう間に合わなくなる。

 腹をぶん殴って気絶させようとしたら、ジゼルさんの声が脳内に響いた。


『ダメ!! 【加護】持ちよ!』

「えっ!?」


 拳を寸止めしたが、吹き飛ばされた。


「【物理反射】の【加護】か!?」

「うう……殺す……コロス……」


 この状態から止められるのだろうか?

 次は神域の力でぶん殴ってみたら、白目を剥いて地表へ落下していく。

 何がなんだかさっぱり分からないが、このまま放置して魔族化が始まったら周辺住人には大迷惑だ。


「これはラファのところへ戻るか、来るまで待つしかないか……」


 現在地から数秒でジィスハなのに……。

 向こうも噴火と魔族襲来のタイミング次第では、面倒なことになる。先に潰しておきたかったのになあ。

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