191 予感か予測か予知か
翌日。
他のみんなには飲食店で待機してもらって、俺とノーレの二人でギルドを訪ね、ジーマさんと新しいギルマスに挨拶しておく。
「『当代最強』が、こんなところに来るとは。何かあったのか?」
「いえ、観光旅行みたいなもんです。中央大陸には一瞬で行けますから」
「相変わらず旅を続けているんだな。ガルシア達は町から出ているが、君が来たと知ったら残念がるだろう」
「あの三人組には、『いつでも殴り合い大歓迎』と伝えておいてください」
「伝えておこう。それで、ベアトリーチェは元気にやっているのか?」
「はい。既に大人気ですから、この町まで噂が届くのも時間の問題ですよ」
「それは何よりだ。ギルマスにも会っていくか?」
「そのつもりで来ました。レオノーレ・クーアと二人で会います」
「【氷麗の獅子姫】か……もう君が誰と知り合いで誰と殴り合っても驚かないよ」
ギルマスの待つ応接室へ通された。
新しいギルマスは初老の男性で、落ち着いた雰囲気の中に、冒険者としての威厳のようなものも備わっている。
「ようこそ。ラーナーチのギルドマスターに任命された、デニス・フェッセルだ。【氷麗の獅子姫】と【疾走する諧謔】が来るとは、何事かな?」
「旅の途中で立ち寄っただけです。低ランクの仲間を連れているので、観光がてらゆっくり移動してるんですよ」
「なるほど。例の事件の際には滝原君に世話になったようだね。ジーマ君から聞いているよ」
「悪党をぶっ飛ばして断頭台に乗せただけです。デニスさんも、無意味にふんぞり返ってるだけで機能していないと分かれば、農地が待っていますよ」
「ちょっと涼平!? どうして君は、誰が相手でも喧嘩腰なのよ?」
「はははっ、元気で結構。私は冒険者を引退していたんだが、よく分からないままこんなところへ引っ張り出されたんだよ。慣れるまで時間をもらえないかな?」
「何も問題が無ければ骨になるまで居てもらって構いません。俺はとにかく無意味に死ぬ冒険者を減らしたいだけなので。日々駆け回り戦うみんなのことを、どうかよろしくお願いします」
「噂に違わぬ性格のようだな……私は私にできる精一杯をやるつもりだ。安心してこの町を任せてほしい」
「老人になっても農業は楽しめますから。お互い頑張りましょう」
「そうだな……【氷麗の獅子姫】も、滝原君のことを頼んでおくよ。彼を失えば、世界はまた速度を落とすだろう」
「はい。一緒に世界を変えてみせます!」
新しいギルマスのデニスさんは、ギラギラしたところが無い代わりに、冷めすぎてる感じがする。『外で殴り合いするか!』みたいなタイプなら気楽なんだけど。
挑発にも乗らないし悪い人では無さそうなので、あとはこの町の冒険者に任せておこう。
『何かあれば、俺とラファが殺しに来る』と宣言してあるし。
ジーマさんに「また来ます」と挨拶して、ギルドを出た。
みんなを待たせている店に入ると、ラファ達の席の周囲には誰も座りたがらないのか、奇妙な空き方をしている。
狂犬ズ・グレーは、今でも恐れられているようだ。
「新しいギルマスは、『ふんぞり返る系』ではなさそうだったよ」
「それは何よりです。ギルマスが無能だと、町も荒れていきますから」
「涼平様は、既にそれほどの権限をお持ちなのですわね……」
「いや、喧嘩売って回ってるだけだぞ?」
「だから真愛ちゃんとフリシーは、日に日に変な事件に巻き込まれる危険性が高くなるのよ? 気を付けなさい」
「はい、ルーさん! なるべくぶっ飛ばしていくようにしますね!!」
「ノーレ……これが涼平の直系の弟子です」
「ミュリエルさんのことを、どうこう言えないわね……」
双子が何か言っているが、気にしない。
真愛の性格を矯正する必要はないし、止めるのはフリシーの役目なのだ。
そうやって二人で強くなってもらいたい。
足を噛まれた――
「ごめん。ライカも二人の大事な仲間だな」
町を出た俺達は、観光がてら東へ移動せずに南へ下ってみる。
南には、今は使われていない『ジャイサルメール』のような巨城遺跡がある。
岩山を利用した高台に作られた、南北の端から端まで二キマほどの城塞だ。
「ほわあぁぁっ!! 無意味に巨大です!」
「無意味って言うな! 昔は今みたいな高威力の魔術がなくて、天人も居なかったから、普通にワーッって集団で戦う戦争をやってたんだってさ」
「へー。その時代に転生してたら、知識チートでマウント取れたかもですね!」
「マウント取れてもランクSの魔族は昔から居るからな。どの時代でも大変なのは変わらないと思うぞ?」
「そんなもんですかー」
「無双状態の涼平が言ってもね……」
「いやいや。俺だって最古の幻獣クラスが数体同時とかなら瞬殺されるし」
「そんなに居ないでしょ……」
「ですが、可能性としては考えておくべきです。最悪、宇宙での戦闘まで想定しておかなければ。神域の力とはそういった領域ですので」
「息止めの練習しなきゃですね!!」
「そういう問題なのかしら……」
やっぱり真愛が居ると面白い。更に師匠も加わると最高に楽しいだろうな。
そこは結局俺次第なのだ。頑張ろう。
少し東に移動すると町があったが、ここも『なんでもカレー味』と聞いていたのでスルーしてしばらく進むと、ランクAを筆頭に多数の冒険者の気配がする。
召喚儀式だ――
邪魔をしないように視認距離まで近付くと、黒いローブを纏った集団が居た。
気配を消して眺めていると、空中に光の球体が発生した――もう終盤だ。
やがて一人の少年が光の中から現れ、ゆっくりと地上へ着地。
どうやら問題無く儀式を終えたようだ。
「俺達は部外者だし、そっとしておこうか」
「ちょっと待って……何か様子がおかしいわよ?」
ルーの言葉に現場へ視線を移すと、静かだった召喚現場が怒号の飛び交う状況になっていた。
これはさすがに放ってはおけないか……。
よく見ると、召喚されたばかりの少年が短剣を手に暴れている。
儀式に集まった冒険者達を、あんなものでどうにかできるわけがない。
暴れてどうしようというんだ? しかし、更に不思議な光景が発生する。
ほんの僅かに短剣が掠めただけの冒険者の腕から、大量の血が吹き出した――
「あの剣か? それとも――」
「【加護】かもしれません」
だが、ラファの言うように【加護】だったとしても、ランクAも居るのだ。
すると少年の叫び声が轟く――
「こいつを殺せば文句無いんだろうがあぁぁっ!!」
少年が襲いかかった相手は、《ゴーレム》だ。
まいではなく、召喚現場を監視に来た個体だろう。顔にあたる部分には逆レインドロップ型の黒い石が嵌め込まれている。
あんな短剣では傷一つ付けられない。《ゴーレム》が反撃すれば少年は即死だ。相手はランクS相当なのに、無茶苦茶だな……。
少年は羽交い締めで引き離されるが、その際に足で《ゴーレム》を蹴りつけた。
その程度では微動だにしないが、召喚儀式に集まった一同は顔面蒼白になる。
「ラファ、危ないと思う?」
「《ゴーレム》の内部で神域の力が急激に増大しています」
「やっぱり自爆するのか!?」
「まあ、止められますが」
「止められるのかよっ!?」
逃げ惑う冒険者の中、一人のランクAがこちらに気付き、凝視している。
逃げないということは、これから何をするのか分かるのだろうか……。
そしてラファは《ゴーレム》に瞬間加速で接近すると、周囲を障壁で取り囲み、僅かな時間で自爆を停止させた。
『異世界爆弾処理班』の誕生である――
先程のランクAは俺達に一礼したあと、暴走少年を追っていった。
「なんか変な感じだったな……あのランクAの人」
「ラファさんが自爆を止められるって、分かってたみたいでしたよね?」
「一番最初に『そいつに武器を渡すな!』と叫ばれたのも、あの方でしたわよ?」
フリシーもよく見てるなあ。
敵意や悪意のようなものは一切感じなかったので、善良な冒険者だとは思うが、不思議な能力を持っているのかもしれない。
「【加護】かな?」
「おそらく。『予知系』ではないかと」
「ランクAになってるぐらいだから、正しく使ってるってことか」
「見たところ年齢も二十代中頃だったし、変な使い方をしていたら、その年齢まで生きられないでしょうね」
それはそれで心強いな。強い冒険者はどれだけ居たって構わない。
あの少年もすぐに捕まるだろう。もしくは魔獣に殺される。
変な【加護】を持っていても、身体能力が平凡ではどうしようもない。
『なんでも解決屋』ではない俺達は、再び東へ向けて歩を進める。
「ラファとノーレの武器も慣らさないとな。丁度魔王とランクSがこちらの方向に向かって来てるけど、どうする?」
「虫取りみたいに気軽に言わないでっ! 一応見に行きましょう」
ラファとルーには真愛達と一緒に東へ進んでもらって、俺はノーレと魔王の気配がする方向へ飛んだ。
エノレパドの東隣にあるテアリワ王国に向かって、南のマシュフーレ共和国から高速移動している。
ランクSが追っているので問題は無いと思うが、魔王の強さにもバラつきがあるので、念の為に見ておく。
「向こうのランクSは、ノーレの知り合いかどうか分かる?」
「いいえ。会議には出てこないタイプかもしれないし」
ノーレも武器を待つあいだに、ラファから気配遮断術を学んだらしい。
なので俺達は、なるべく気付かれないように接近すると、まず魔王が何も攻撃をしないままテアリワの海岸に着陸した。ランクSを迎え撃つ気満々ということか。
ウェーブのかかった長い黒髪の女型だが、隆々とした筋肉の巨漢だ。
そこへ問答無用の一撃――巨大な斬撃が飛来する。
数キマに亘って大地が割れ、海水が流れ込む。だが、魔王はそれを躱した。
魔王が爆炎魔術を放とうとした瞬間、無効化で打ち消される。
このレベルになると、もう近接戦になるだろう。
遥か彼方から飛来したランクSは、特徴のある武器を手にしていた。
武器というより巨大な板で、形はイトマキエイに似ている。
彼はその武器を担ぐのではなく、上に乗って飛んできた。斬新な飛行形態だな。
一方の魔王が両手で握り締めているのは巨大なメイスで、柄の先にある出縁型の頭部は、人間の頭の二倍以上はあるだろう。
どちらも使い勝手の悪そうな武器だ。
「あれはおそらく【滅紫の魔王】――アリムズで目撃された個体ね」
「そこから断絶の大海を越えてきたのか……何がしたいんだか」
「魔王は大半が獰神に動きを操られているから、狙いは君かもしれないわね」
「『存在そのものが迷惑』になってるんだな、俺達は」
「私を含めないでっ!!」
「つれないなあ……俺達は一心同体になった仲なのに」
「へ、変な表現しないでっ!?」
また眼鏡が曇っている……感情表現の可能なハイテク眼鏡だな。