185 塔の巫女
六体の塔の騎士は、三、ニ、一のピラミッドを形成して停止している。
ラファがやったのだ。
ルーとノーレは呆然としているが、祐さんは興奮気味に言う。
「コントロールを奪ったんだね!? こんなのは今まで聞いたことがないよ!」
「ハッキングしてみました。セキュリティが甘いようですね」
ラファは本当にヴィスティード人なんだろうか……。
試しに組体操の前をウロウロしてみても、微動だにしない。
元々そういう置物であったかのように静止している。
「さて、行きましょうか。これ以上は時間の無駄ですから」
あまりにも呆気なく、試練的なものがクリアされてしまった。
最上階に到着すると、腐女が炬燵に入って煎餅を齧った状態のままこちらへ振り返り、『パリン!!』と煎餅が割れる音が響く。
「なっ――!?」
プラチナブロンドの美少女が、炬燵で煎餅って……いいけど。
ラファが恭しく一礼してから、話し掛ける。
「お寛ぎのところ申し訳ございません。少々お話があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「さっき下のフロアに到着したばっかりよね? なんで!?」
「瞬殺です。戦ってすらいませんが」
「マジで!? そんなんじゃ、またわたくし殺されてしまいますよう……」
「いえ、殺しに来たわけではありませんので」
すると腐女は一度咳払いをしたあと、お茶で喉を湿らせた。
「ど、どういった用件でお越しになられたのでございましょうか?」
「契約前の、無垢の魔石をいただけないものかと」
「ギルドに予備が置かれているはずでございましょう?」
「あれは冒険者のためのものですから。横から奪うわけには参りません」
「何に使うつもりなのでございましょうか?」
「武器に――と考えております」
「それは不可能でございます。あの魔石は、人間に加工できるような物質ではございませんので」
「こちらに実例が存在しますが?」
ラファはそう言って俺の擂粉木を指し示す。
腐女は一瞬瞠目してから、「あー、そういう……」と呟いた。
そして「少々お待ちを」と言って炬燵を離れ、屋上への階段をパタパタと上っていった。
待つこと数分――
再びパタパタと階段を下りてきた腐女が、こちらを指差して言う。
「何、勝手に炬燵に入ってるんですか!? パリふわ煎餅まで食べて!!」
「まあまあ。一緒に入ればいいじゃないですか。あと、お土産に栗羊羹最中が」
「えっ!? そういうことはもっと早く……ではなくて、神託をお告げいたします。『魔族に奪取されればどうなるか、篤と勘案せよ』とのことでございます」
「あー。そりゃそうだよなあ。ジゼルさんはどう思います?」
『私は自分でどうにでもできるけど、通常の武器は奪われたら相手が使うわね』
「そこは考えてあります。だからこその魔石でもあるわけです」
『生体認証を組み込むつもりなのね?』
「はい。私以外の者が持った瞬間、それはもう大惨事となります」
「その場合、武器職人はどの段階まで関与できるの?」
ノーレは発案者ではないので不安げだ。
彼女も自分用に武器を作ってもらうために、どのような原理なのかは知っておかなければならない。
「生体認証は最後で構わないのです。要するに、ギルドで魔石に血液を落とすのと同じことですから」
「なるほど……」
「それで、二人分の武器を作るのに必要な魔石って、今すぐここで用意できるものなんだろうか?」
「それでしたら、置き場は別の場所ですので。問題はございません」
「取りに行くってこと?」
「いいえ。空間を繋げるだけでございます」
「いいなあ……それ」
「一歩間違えると肘から先が消失いたしますが、お試しになりますか?」
「やらないよ!?」
やっぱり空間接続系はそうなるのか……。
その後、ラファとノーレと腐女であれこれ話し合ったのち、腐女が謎空間を開いて必要な量の魔石を取り出し、ありがたく頂戴することができた。
神様の言うとおり、とにかく魔族やアホ冒険者の手に渡らないようにしなければならない。
「今回の武器って、ラファが居なくても作れるものなのか?」
「神域とのプロトコル解析ができていなければ、石の加工は不可能です」
「叩き砕いても、元の形に戻るからね」
「だけど、ダガネットさんは危険では?」
「ですから前準備として、技術の一部を私のほうで暗号化してあります。彼の脳を直接覗いても、暗号を解読できなければ再現は不可能です」
「『それなら殺す』となったら?」
「そういった事態を防ぐために、偽装用の短槍も同時進行で製作してもらいます。【フィオーレ・マネッテ】のお二人にも、そちらの話しか伝えていません」
「なんか申し訳ないなあ……」
「二人にも危険が及ぶからね。そこはしょうがないでしょ」
そこで、ずっと無言で俺達三人の話を聞いていたノーレが口を開く。
「貴方達って……ただ無茶苦茶なだけじゃなく、用意周到なところもあるのね」
「ラファとルーは俺に振り回されてるだけで、元々慎重なタイプなんだよ」
「いえ、涼平さんの選択はすべて完璧ですから。私は邪魔にならないように必要なものを準備するだけです」
「す、凄いのね……ラファって……」
ノーレも新しい武器を使いこなさなければならない。
といっても神域の力が厄介なのは、魔族より冒険者なんだけど。
次々召喚されるからしょうがない部分はあるが、アホ出現頻度が高すぎる。
そこで腐女に訊いてみる。
「『獰神は自殺を唆してこの世界に呼んでる説』があるんだけど、本当?」
「はい。死ぬのは個人の勝手でございますので」
「ドライだなあ。それを止めるだけで厄介者の流入はかなり減ると思うんだけど」
「亜神ではあっても神は神。神様が止めなければやりたい放題でございます」
「腐女さんも振り回されてるんだなあ……」
「お待ち下さい――わたくしは腐っておりません。失礼でございましょう?」
「え? だって腐女でしょ?」
「脳内変換に誤りがございます。わたくしは巫女であって腐女ではございません」
「マジで!?」
「大体、腐女ってなんのつもりだったのよ?」
「それは――――ああ、思い出した! BL好きな女性のことだ!!」
「それは腐女子でございます。わたくし、NLが好みでございます」
「そんなことまで知ってるんだ……」
「地球の漫画や小説なども、チラ見いたしております」
面白いな。腐女――じゃなくて巫女さん。
更にもう一つ質問をしておく。
「俺達は『魔神』と呼んでるんですけど、女神様の一部が移された擬体の女性は、ここに来ることはありますか?」
「偶に来られますが、苦情だけ申されて即座に立ち去ります。ここは獰神様も監視しておりますので」
「苦情って……どんな?」
「主に『変な地球人を呼ぶな』といった内容でございます」
「ああ……それはなんかごめんなさいって感じだな」
「神様は『慎重に選んでも死ぬから一緒』と申されております」
「それもそうか……強い擬体用意しても魔族化したら意味無いし、難しいよな」
「わたくしなど、何度この場で冒険者や魔族に殺されたか……『地球へ帰らせろ』などと申されましても、あちらにはあちらの神がおられますので、瞬殺されるだけでございますのに」
「最古の幻獣より強いなら、勝てるわけないよな」
「それで――そちらの方は何故この場にいらっしゃったのでございましょうか?」
巫女さんが指し示したのは、まいだ。
何故と言われても、仲間だから一緒に来ただけなんだけど。
すると、まいはスケッチブックに【なぞのおんな】と書いた。可愛い。
「なるほど……わたくしの関与するところではございませんので、ご自由に」
「魔族だけど大丈夫ですか? 神様に怒られませんか?」
「それは皆様の基準でございます。神様にとってはすべてが愛しき存在なのでございます」
そうだよな……万物を創り出してる存在だもんなあ。
こうしていろんな話を聞けたのは、実に有意義だった。
バカな冒険者と殴り合うよりよっぽど楽しい。
そこからはそれぞれが訊きたいことを訊いて、俺達は塔を下りることにする。
「そろそろ帰りますね。長居しちゃってすみません。また来てもいいですか?」
「ご自由に。お土産などがございましたらお茶ぐらいは用意いたしますので」
「ありがとうございます。なるべく変なのに殺されないように、巫女さんのことも護るように気を配っておきます」
「まさか、わたくしまでハーレムに加えるおつもりでございましょうか?」
「なんで!? いや、美人さんですけど、そんな下心はありませんから」
「お土産をお忘れになりませんように」
「は、はい……次も何か持ってきますね」
急につれない態度になった。いろいろとストレスが溜まってるのかな……。
地球人を招いて遊んでる神様とは違うし。
俺達は炬燵を出て、神託の塔最上階をあとにした――
「祐さん、巫女さんって面白い人なんですね」
「うん。だけどいつもはあんな感じじゃないけどね。炬燵とか見せないし」
「ああ、片付けそこなったんですね……悪いことしちゃったかな」
「後半は普通に馴染んでたし、いいんじゃないかな。それも君の魅力だよ」
「祐さん……俺はノンケだとあれほど……」
「だから違うって!!」
塔を下りたらすぐさまルズーレクへ戻るつもりだったが、残念なことに異変を感知してしまった。
「これは――また厄介なことになってるんじゃ……」
「そうね。行きましょう。ラファとノーレは魔石を抱えてるからゆっくり来て!」
ルーが先行した。
強烈な魔族の気配ではなく、ランクA冒険者が何かに追われている。
そして追っているのは……どうやら冒険者のようだ。
気配のした現場に到着すると、そこには今朝方出会ったランクA冒険者が手足を負傷した状態で、ヨロヨロと走る姿があった。
もう一人の少年が居ない――
嫌な予感どころか、確実にアレがやったのだろう。
急いでルーがランクAに駆け寄り、治癒を施す。
「大丈夫ですか!? 何があったんですか?」
「あの馬鹿が……『これからは一人でやっていく』って……」
「だけど魔石が暴走してるんじゃ……」
「あいつが武器を使って攻撃してるんじゃない。武器が単独で俺を攻撃し始めた」
「どういうこと?」
「ルー。俺の予想どおりなら……アニメみたいな奴が来るぞ?」
「何それ?」
ああいう手合いのやることは決まっている。
自分は安全に、なるべく強力な攻撃方法で――となれば答えは簡単だ。
俺達の眼前に、二十マトほどあるロボットが下り立った。