184 杖球
ランクAの男性が「やめろ」と少年を制止した。正しい判断だ。
ギルド連盟の体制変更に伴い、『精神面が脆弱』と判断された冒険者が活動するためにはランクAの同行が必須条件となり、個人の活動は制限される。
あの二人は、その新制度の適用例だろう。
当然ながらランクAの数には限りがあるため、常時同行するのは難しい。
暇を持て余し不服を唱えた者は、冒険者資格を剥奪される。
情緒不安定で攻撃的な性格は、この世界では災いの種にしかならない。
俺達も構っていられない。相手のランクAに挨拶して、その場を離れた――
西隣のメネチトアまでは一瞬で到着。
壁門ではぎょっとされたが、一応すんなり入れてくれた。
そして一番に【翡嵐の刃】大久保祐さんの気配があるギルドへ向かう。
「お久しぶりです、祐さん」
「やあ、涼平。ノーレも一緒に来たんだね!」
「い、一応【ファーシカル・フォリア】に正式加入するから」
「おめでとう、ノーレ。涼平、ノーレを末永くよろしくね!」
「幸せにします……って、これでいいのかなあ」
真っ赤になってフリーズするノーレを余所に、祐さんにメネチトアの近況を尋ねると、リアンの襲撃事件のあと戻って来た冒険者も居るが、余所から来た冒険者も多く、所謂『元からのやり方』というものがあって、いろいろとややこしいことになっているらしい。
メネチトアも隣のイゴエルラと同様、町は一つしかない。
その町を束ねていた人物が、【豪炎舞麗】レジーナ・ベルギルだ。
彼女は現在、いい笑顔で農民をやっているが、この町の守護者であっただけに、『それはよかった』と受け入れられない者も少なからず居るだろう。
あの場に居合わせた冒険者で、【ファーシカル・フォリア】に突っかかってくる者は居ないが、伝聞だけでは信じない者も居る。
なので俺はギルドから外に出ると、町中に響き渡る大声で宣言した――
「レジーナ・ベルギルを楽しい農場送りにしたのは、この俺だ! 文句のある奴はギルド前まで来いやあぁぁ!!」
ルーとノーレは頭を抱えているが、『気に喰わない』『あいつのせいで』みたいなモヤモヤした感情には、ここでケリを付けてしまうべきだろう。
やがて二十名を超える冒険者と、それよりも多い一般人が集まってきた。
「さてみなさん。悪いけど一人ずつの言い分を訊いていく時間はありませんので、せーのでそれぞれの思いの丈をぶち撒けてください。三、ニ、一、せーの!!」
総勢六十人ほどの怒号が飛び交う――
うんうん、一人ずつの言葉が聞こえる。要は脳の並列処理だ。
概ね一致している部分は、『何故あんなに優しいレジーナさんを!』という怒りだが、そもそも彼等はレジーナが何をするつもりだったのかを知らない。
魔剣で魔族を増殖させ、ノーレも殺し、果ては最古の幻獣にエルベリアを消滅させる前提で状況を進め、それを俺に防がせるつもりだったのだ。
全員殺される覚悟で。
そういった事実を知らなければ、強くて職務に忠実だったランクSが突然ロディトナの農場送りになったのだから、納得できるはずがない。
祐さんもある程度説明はしているだろうが、事実を知るのと納得するのは違う。
「みなさんの言いたいことは、よーく分かった! ではこれから、みなさんに杖球というゲームをしてもらいまーす!!」
「まさか……」
「そう。そのまさかだ、ルー。ゴールを作って欲しい」
どうすれば彼等に理解してもらえるのか――ほとんどの手段が脅しになる。
脅しても納得するはずがない。だからここはスポーツでいい汗を流してもらう。
町の中に二ヶ所ゴールを設置し、俺はセンターラインに立って言う。
「専用の道具はありませんので手近な棒や武器などを使い、『俺』を互いの対面のゴールに入れたチームが勝利となりまーす!!」
「それになんの意味があるんだよ!! お前をリンチしたって意味ねーんだよ!!」
「こんな単純なルールも理解できないほどバカなの? 『スポーツっていいね!』以外になんの意味も無いぞ?」
俺はそう言って、呆然とする人々の前で膝を抱えて丸まった。
するとモップを握り締めたラファが、「記念すべきファーストゴールは私が」と全力で俺をふっ飛ばす。
『あ。キーパーの存在忘れてたな……』などと思いながら、ゴールネットを揺らした俺は、即座にセンターラインまで飛んで戻る。
祐さんは実況席を設置。解説席にノーレを座らせた。なかなかにノリがいい。
「解説のノーレさん、今のは微妙にドライブがかかっていたように見えましたが、どのような意味があるんですか?」
「えっ!? えーっと、そうね……ラファは非力だから、直線軌道だとゴール手前で涼平がバウンドしてしまうのを嫌ったのかもしれないわね」
「なるほど。涼平の軌道を緻密に計算したゴールだったわけですね!」
「まあ、フィールドホッケーならロングシュートはノーゴールなんだけど」
「えっ!? そうなの?」
知らなかった……。
そして俺は、ルー選手を挑発する。
「ヘイヘイ! そこの小百合さんは長物担いで勇ましいけど、身体の一部が邪魔でへっぽこショットしか打てないんじゃないのー?」
「言ったわね!? このバカ涼平!!」
次は反対側のゴールに俺が叩き込まれた。これもノーゴールで0対0だ。
再びセンターラインに戻り、挑発する。
「ぞろぞろ集まって女子二人にゲームさせて見学か? あれだけ啖呵切っといて、みんな女子のぷるんぷるんおっぱいを眺めていたいだけの変態かよ?」
「この野郎!!」
「美少女二人にぶっ飛ばされて、それはそれでちょっと羨ましいじゃねーか!」
「次は斬るからね!!」
「お、俺は純粋にスポーツとして見ていたぞ! ぷるんぷるんとか見てないし!!」
「う、羨ましくなんかないんだからねっ!!」
みんなやる気になってきた。一部特殊性癖が混ざっているが気しない。
そこからは白熱したゲーム展開になる。
「素晴らしいパスワークから相手ゴールを脅かす赤チーム! おっとここで涼平がインターセプトされた!! 一気に赤チームのゴールに涼平が打ち込まれる!!」
「シュートを狙ったところに隙ができたわね。あの場面ではもっと斧の振りをコンパクトにしないと、涼平は簡単に奪われてしまうのよ」
「おっと、ここで白チームの剣士が刺突の構えだ! ビリヤードの如く一気に相手ゴール前まで涼平を突き飛ばすつもりか!?」
「あれではカウンターで棍棒使いに打ち返されるわね」
「涼平が棍棒で高く打ち上げられた! これはミスショットか!?」
「上にはルーが居る。相手選手の居ない空中から直接涼平を打ち込むつもりね」
「だが白チームのゴール前では、ラファがモップをフル回転させている! あれでは涼平が通る隙間が無いぞ!!」
「いえ、あれはシュートではなくパスよ!!」
「これは見事な連携だ! ゴール前で待ち構えていた赤チームの選手が、僅かな隙間に大剣で涼平を叩き込んだーっ!!」
大いに盛り上がった。20対18で赤の勝ち。
試合後、白熱しすぎた選手の骨折などを治して回る。
「なんで剣や斧で殴られ続けたあんたが、一番ケロッとしてるんだよ……」
「全世界のランクSと同時に戦っても俺は負けないので」
「その力を誇示するためにレジーナさんを……」
「彼女は死のうとした。殺せるのは俺ぐらいだ。それだけの話だよ」
「どうしてそんな……優しい人だったのに……」
「みんないろんな方法でこの世界を変えたいと思っている――やり方がまずかっただけで、世界が変わるところをみんなに見せたかったんだろう」
「あんたには……それができるってのか?」
「さあ? それは分からないけど、彼等が何を考えていたのかは聞いた。この町のみんなの熱い思いも聞いた。俺は他人を背負わないし、誰も甘えさせない。だけどいろんな人の考えを聞きたい。知りたい。それだけなんだよ」
ここでもう一度念を押しておく。
「さてみなさん。ナイスゲームでした! 俺に文句のある人は、何度でもこうして集まって、杖球を楽しみましょう!!」
みんなうんざり顔をして、手でしっしっと払う仕草をする。
あんなに楽しそうにしてたのに……つれないなあ。
「いやあ、やっぱり涼平は面白いね! 僕も参加したくなっちゃったよ」
「祐さんの実況あってこそですよ。全然関係無いギャラリーも盛り上がってましたから」
「なんで私まで……以前にもこんなことがあったような……」
あんなにノリノリだったのに、何故か釈然としない表情のノーレに言う。
「さて、神託の塔に行こうか」
「元気ね……」
「何を言っているのですか、レオノーレさん。その涼平さんの夜の相手をするのは誰ですか? そう、私達なのです。体力を付けましょう」
「ラファ、レッドカードな」
【∞】
「まい……今の流れで出しちゃダメなやつだ、それは」
神聖な場所へ行く前に、なんというふしだらな。
その神託の塔は、町の壁内には無い。
周囲に何もない荒野にぽつんと建つ塔の最上部は尖塔ではなく、上がれるようになっているらしい。
仮に魔王などに破壊されても一夜で元に戻り、中に居る腐女は何度死んでも即座に生き返る。塔がある場所そのものが神域なのだろう。
塔の高さは約五百マト。異常に高いというほどではないが、上空からは侵入不可なので、ちゃんと一階から階段を上らなければならない。
祐さんは上がったことがあるらしく、今回も同行してもらう。
「今は変なのは居ないんですよね。特別な許可は必要ないんですか?」
「最上階以外は誰でも上がれるよ。最上階の手前のフロアには鎧姿の『塔の騎士』と呼ばれる人形が居て、それに勝てなければ巫女には会えない」
「うわー。それっぽいなあ……強いんですか?」
「ランクSなら勝てる。涼平なら瞬殺しちゃうだろうね」
「じゃあルーで」
「い、言ったわね!! やってやるわよ!」
「いえ、ここは私が。試したいことがありますので」
「塔の騎士を取り合いするって、なかなか見ない光景だね……」
一番用事があるのはラファだし、それがいいのかもしれない。
外部でも内部でも魔族や人に出会うことなく、あっさりと最上階の手前のフロアに辿り着いた。
一つ謎なのは、まいがごく自然に同行している点だ。いいのか、神託の塔……。
眼前には、欧風甲冑を着込んだ塔の騎士が六体並んでいる――
中身は空っぽらしい。どういう原理で動いてるんだか。
まず、どんな相手か確認しておこう。
「魔術は使ってくるんですか?」
「いや、物理攻撃オンリーだけど、速い。こちらの魔術は無効化されるから、彼女には一番相性が悪いタイプかも」
確かに。そこはラファも分かっている。
『試したいこと』を試せる相手が欲しかったのだろう。
ところが、塔の騎士とラファの対決は――――始まる前に終わった。