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183 廃城に想う

 騒然とする店内――何故か土下座勝負の様相を呈してしまった。

 だが、悪いのは俺だ。師匠の島が破壊された事実は(おおやけ)にできない。そうなると残るのは俺がちっちゃなダガーで巨体ハンマーを破壊した、屈辱の事実のみだ。


「すみませんでした。俺がうっかり大事な武器を破壊したせいで、ドウレスさんには赤っ恥をかかせてしまいました。強すぎてごめんなさい」

「いえいえ、そんな。私こそ、夫が久しぶりの遠出で張り切ってしまって、他国で破壊の限りを尽くしたと聞き及んでおります。申し訳ございませんでした」

「男は遠い異国でハメを外したくなるものなんですよ。ドウレスさんを責めないであげてください。それよりドウレスさんの武器が。俺が強すぎるせいで」


 周囲の男衆から『なんかこいつムカつかね?』『やっぱ全部こいつが悪いだろ』などと、俺の誠意がまったく伝わっていないとおぼしき声が聞こえる。


「途轍もないバカね。涼平は……」

「いえ。事実を言っているだけです」

「貴方達、よくこんなのと旅して来られたわね……」


 あれ? 何故か愛しき仲間達からも中傷されているような……。

 だが俺は土下座をやめない。そしてイネスさんに言う。


「イネスさんが顔を上げてくれないなら、俺は『こういう生物』として、この町を徘徊し続けますよ? この姿勢のまま超高速で動き回ります。飲食店にとって大変迷惑になりますから、どうか顔を上げてお立ちになってください」


 ルーが店の奥に「殺虫剤あるかしら?」と聞き、ノーレは新聞を丸めている。

 俺に毒は効かないし、新聞紙程度では殺せない。

 さあ、どうする? この店が大事じゃないのか? ……あれ?


 そこに上から声が降ってきた。


「お前達は何をしてるんだ……」

「む。この声は旦那さんですよイネスさん! ここは一つ、俺が旦那さんに駆除されて一件落着にしませんか?」

「そんな!? 悪いのは夫ですから!!」


 (らち)が明かないので俺は土下座の体勢のまま店内を駆け回り、ドウレスさんによじ登って「ひっ!?」という声と共に、外の湖まで放り投げられた――



§



「申し訳ございませんでした。滝原さんはあの場が荒れるのを鎮めようとなさっただけですのに……」

「イネスさん。完全に悪ふざけですよ、あれは……」


 半眼になったルーが言う。バレたか。

 魚の魔獣に(かぶ)り付かれたまま湖から上がった俺は、現在ドウレスさんの自宅にお邪魔している。

 長い黒髪をアップに纏め、フリシーより深いサファイアの瞳を揺らせながら狼狽(うろた)えるイネスさんに、夫のドウレスさんが優しく声をかけた。


「イネス。この男の行動は、我々の常識で考えてはならない。幸い繁殖力は低い。本体を仕留めれば増えることはない」

「人を害虫みたいに言わないでください」

「それならどれだけマシか……お前は誰にも殺せないからな。この町に入ったのは感知していたが、神託の塔へ行くつもりなのか?」

「はい。魔神についても調べたいので」

「なるほどな……メネチトアは少々荒れているぞ」

「それは治安面ですか?」

「町の冒険者が入れ替わってしまったからな。あまり農民を増やすなよ?」

「俺達に殺意を向けなければ何もしませんよ」

「でしたら、先程のお客様も……農民に……」

「あれはイネスさんを思えばこその行動でしょう。むしろ心配なのはドウレスさんでは?」

「妻に手を出せば魚釣りの餌にするだけだ」

「農民より酷いじゃないですか!?」


 ドウレスさんは本当に愛妻家だな。若くて美人さんだもんなあ。

 俺達は明日、神託の塔へ向かうことを告げると、「家に泊まっていけ」と言ってくれた。


「妻に手を出せば、相打ち覚悟で殺す」

「出しませんよ!?」


 その後、町に出てのんびり散策していると、先程店に居た男性客数名が俺達の前で土下座した。この町でも土下座はカジュアルなものなのかな……。


「先程はすみませんでしたっ! ど、どうか農場だけは……俺達はこの町が大好きなんです!」

「そんなふうに怯えさせるために冒険者をやっているわけではないので、仲良くしましょう。どこか観光名所とかありますか?」

「廃城の島ぐらいですね。大昔の戦闘で、このウィニレアの町とその島しか残らなかったので。橋はかかってないから船でしか渡れませんけど……」

「ああ、俺達は全員飛べるので大丈夫ですよ。見に行きますね。ありがとう!」


 呆然とする彼等を残し、俺達は教えてもらった廃城を見学に向かった。


 本当に城しか残っておらず、周囲は崩れて水没している。

 ここも余裕があれば観光地にするといいんだろうけど、クーナシムロドに比べると魔族が多い地域なので難しいか……。

 孤島なので魔獣も住み着いておらず、放置せずに修繕すれば残せるのになあ……などと思っていると、それを察したノーレが眼鏡をクイッと上げながら言う。


「例えばここに橋を渡して宿泊施設なんかにしたら、上空から狙われやすい場所になるから常駐警備が必要でしょ? 仕方がないのよ。そういう世界なんだから」

「『折角残った場所だから勿体無い』って考え方も、ある意味贅沢なのかもなあ」

「湖に沈んだ場所にも多くの人が住んでたと考えると、なかなかね……ビジネスに繋げるのが悪いとは言わないけど、地球の感覚とは違うわね」

「中央のウィニレアのみ残ったのも、誰かが護った結果でしょう。犠牲と涙の歴史は、百年、五百年と時間が経過してもまた繰り返されます」


 ルーとラファの言うとおりだな。

 日本も血で血を洗うような殺し合いのあった場所が観光地になるまでには、長い時間が経過し、表現は悪いが他人の死は娯楽と化している。

 今では『無念』という言葉の意味も軽い。


「こうして異世界の歴史に触れるのは、本当にいい経験になるなあ」

「ほんとは真愛ちゃん達も一緒だとよかったんだけどね」

「また来ればいいさ。何度でも世界を廻ればいい」


 適当にぶらぶらしたあと、俺はまいと二人でビーチェのところへ向かい、ルーは人質を国まで送り返しにクーナシムロドへ向かった。


 再びドウレスさんの家を尋ねた頃には、イネスさんが俺達のぶんまで夕食を準備してくれていた。

 俺が捕獲した魚の魔獣も調理済みだ。


「ありがとうございます。ルーはあまり急げないので、まだ戻ってこれないと思います」

「いろんな国で事件を解決なさっておられるのですね」

「偶々なんですけどね。結果そうなっているだけで」

「それも実力が伴ってこそだ。ギルド連盟の状況も好転しつつある」

「ドウレスさんは監査の理事でしたよね? 上手くいきそうですか?」

「素人が入ったのだ。そう簡単にはいかないが、新しい感性と視点は面白い」

「夫は意外に変わったものが好きなんですよ。家でも滝原さんの話ばかりで」

「それって、俺は珍生物だと言われているような……」

「土下座したままカサカサ走り回る時点で珍生物でしょ!!」


 ノーレは嫌なものを思い出したかのように両腕を抱いて言う。ありがとう。


「どこを見てるのよっ!!」

「なるほど、そのように武器を見せつける技を会得したのですね」

「なんの話よっ!?」

「武器といえば、ドウレスさんは戦鎚を新調しないんですか?」

大鎚(おおつち)は速度への対処がネックだからな……お前と戦って痛感した。ハルバードで魔剣に相当するものがあれば、いずれ持ち替えようと考えている」

「ラス爺さんとお揃いですね」

「それが嫌だったんだが、そうも言っていられないのでな。私も更に高みを目指すつもりだ」

「あまり無茶しないでください。イネスさんが居るんですから」

「まあ。滝原さんは、お優しい方なのですね」

「イネス、騙されるな。この男はそうやって何人も口説き落としてきたのだ」

「まあ。滝原さんは、プレイボーイでいらっしゃるのですね」

「もう、なんとでも言ってください……」


 ルーが戻るのを待ってから、全員でテーブルを囲む。

 さすが飲食店で働いているだけあって、ちゃんと温め直せる料理ばかりだ。

 ルーは限界速度で飛んできたようで疲労困憊していたが、目の前に肉料理が並ぶとすぐに復活した。


「そういえば、ノーレも肉料理が好きなんだろうか?」

「え? どういう意味?」

「ノーレ! 訊き返しちゃダメですって!!」

「当然でしょう。タンクが空になっては目も当てられません」

「タンクって? ……いや、訊かないからね!!」

「慣れてきちゃったなあ」


 ドウレスさんは咳払いして、奥さんに睨まれている。

 俺はそういう意味で訊いたんじゃないんだけど……ラファが居る時点で無駄か。

 だけどルーとノーレは幸せそうな顔で肉を頬張っているので、やはりそういうことなのではないだろうか。


「あとで斬るからねっ!!」

「今日はせいぜいルーに斬られるぐらいの、平和な一日だったなあ」

「お前達は普段、どんな日常を過ごしているんだ……」


 穏やかな夕食会を終え、俺はいつものようにまいと二人でベッドに横たわった。


 そして翌朝――

 イゴエルラの橋を渡って少し進むと、朝から魔族と戦っている冒険者を発見。

 相手はランクB相当の魔獣《アーヴァンク》。ビーバーのような齧歯目(げっしもく)の生物が魔獣化したものだ。あの湖に生息していたのかもしれない。


 戦っているのはランクAの男性とランクCの少年の二人。

 教導者と弟子だろうか? ランクCのほうは面白い武器を使っている――銃だ。 ところが《アーヴァンク》は観戦していた俺達に気付くと、猛烈な勢いでこちらに向かってきた。


「どういうこと!?」

「《アーヴァンク》は……何故か女性冒険者を執拗に狙うのよ」

「エロ目的?」

「そういうのじゃなく、ただ女性を殺すのが好きみたいね……」


 ノーレ先生が嘆息しながら解説してくれた。

 とはいえ、このまま(たお)せばまた横取り騒動になってしまうので、俺は猛ダッシュしてくる体長四マトほどのビーバーを蹴り飛ばす。

 《アーヴァンク》は再び元の位置に戻り、きょとんとしていた二人が攻撃を再開する。


 ランクAは手を出さず銃使いが弾丸を撃ち込むが、あまり効いていない。

 すると少年の手にあったオートマチックタイプの銃が(まばゆ)く光り、更に大きな口径のリボルバーに姿を変えた。


「あれも形状変化ですか、ジゼルさん?」

『一から作り直しているだけね。おそらく【武器創造】の【加護】でしょ』

「そんなのもあるのか……」


 少年は巨大なリボルバーで、格上となるランクB相当の魔獣を仕留めた。

 彼はランクBに昇格する寸前なのかもしれないな。

 そして、その少年が俺達に向かって叫ぶ。


「てめえらが邪魔しなければ、もっと早く殺れてたんだよ!!」


 あー。またそういうタイプか……。

 天人って、どんだけダメエリートが多いんだ。

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