179 なりたかった自分へ
謎の動きのトリックは、漫才師の武器にある。
前回の戦いのあと訊かなかった俺が悪いんだけど、ただの棒っきれだと思ったら伸縮自在なのだ。孫悟空の如意棒だな。
しかし足一本失ってでも、バカ宮殿を壊したいものなのだろうか……?
ルーも一本足の漫才師に疑問を呈する。
「あの中、誰もいない蛻の殻なんだけど、壊して楽しい?」
「はあ? 中に人が居ようが居まいがムカつくから潰すだけや!!」
そういえば、前もアリムズで建物を破壊してたな……。
あれか。他人が作った砂山を壊して喜ぶ子供みたいなものか。
いずれにせよ、こいつは俺も殴っておきたい。もう斬ったけど。
そもそも、こいつがルーとノーレに『個性が無い』などと暴言を吐いたせいで、二人は俺好みの服を着るようになってくれたのだ。
あれ? ……いい奴なのでは?
そんなわけがない。魔王化は『気分で、なんとなく』起こるものではない。
この場はルーに任せて問題無いだろう。
ルーの努力は俺が一番よく知っている。ブレンダさんとも真っ向から打ち合って負けていない。
「ルー。俺は大量の飛行型魔獣を片付けるから、そこの漫才師に『お前はせいぜいクラスのお調子者程度で消える才能だ』と教えてやれ」
「全部聞こえとるわボケ!! 誰がお笑いの頂点目指す言うてん。俺はムカつく奴をぶっ壊すだけや! 自分かて、女に助けてもうて情けない思わんのかヒモ男!!」
無視して魔獣の群れのほうへ移動する。
足だけ斬った意味を理解していない時点で、ただのアホだ。
飛行型魔獣の種類はバラバラだがすべて幻獣だ。
《ドラゴン》や亀には遠く及ばないが、打ち漏らしがあってはならない。
ふと、魔獣が向かっている方向が気になった――クーナシムロドより南だ。
模擬戦をやっていたときの魔王と、同じ方角を目指しているように見える。
ブレンダさんが調査に行くと言っていたが……これは本当に何かあるのか?
「何をするつもりかより、どこへ行くつもりかが重要なのかも?」
『そうね。ここは時間をかけずに終わらせるわよ』
「【ムーア・オブ・ムーアホール】!!」
数十キマに及ぶ広範囲が、一秒もかからず楕円形の球体に包まれた。
その中には、数百を超える飛行型魔獣が閉じ込められている。
そして楕円の球体は、一瞬で収縮した――
球体を解除すると、細粒と化した魔獣がさらさらと海面に落ちていく。
魔石まで粉砕されて何も残っていない。討伐証明もへったくれもない。
他の冒険者が見れば『デタラメだ』と驚くかもしれないが、そもそも物質の最小単位まで魔術で操作する世界なのだ。
『神の領域』は、その上にある。魔王程度では到底辿り着けない。
俺はルーを振り返ることなく、南東へ飛んだ。
§
任される――
それがこんなに嬉しくて誇らしいなんて。
そして涼平は、魔王の気配を察知する前からこちらへ向かって飛んでいた。
あたしが一方的に苛々していただけなのに……また気を遣わせている。
宮殿の閉鎖を告げるのは簡単。働いていた人達に、次の職場を考えてあげるのが大変なのよね……。
そこにあのバカ魔王が来た。片足を斬られただけで済んだのがどういう意味か、まだ分かっていない。『この獲物はやる』という屈辱的な扱いなのに。
町から離れた荒野に、片足で着地した魔王に問いかける。
「足を拾ってくっ付けたいなら待ってあげるけど?」
「前回勝てなかったくせに、どの乳がほざいとんねん」
「そっちは修行してるの? 一方的に攻撃して逃げ回ってるだけでしょ?」
「勝てる相手潰して回っとったら勝手に強なる。勝てへん相手に真っ向勝負とか、漫画やないねん。普通は普通に死ぬ。冒険者は夢見とるアホばっかりや」
「それで、お前はこのあとどうしたいのよ? また逃げる? それとも助っ人でも呼ぶつもり?」
「俺は女を慰みものにはせえへんで。負けてピーピー泣いとる女にこう言うんや。『せやから女如きが冒険者なんぞ、やめとけって言うたやろ?』ってな。女は家で無駄毛の手入れでもしとったらええんや。自分かってボーボーやろ?」
「ほんっとに下品ね!!」
「アホか自分。脱がしたときの男のショックを知らんから言えるんや! 無駄毛がボーボーやったら『冒険者やめろや!!』ってなるわ! ボーボー女!!」
「あたしはつるっつるよ! 治癒魔術の使い方も知らないバカ魔王!!」
言ってから、涼平の気配が遠ざかっていることに安堵した――
世界は広い……下には下が居るものね。
涼平なんて赤ちゃんみたいにおっぱいおっぱい言ってるだけだから、可愛いもの――じゃないけど、まだマシよね。
「ほんなら、トゥルントゥルンの肌を見せてもらおか?」
「見せるかバカ!!」
あの棒は魔剣だ。硬いだけでなく、異様な速度で伸縮する。
【加護】と同じで、魔剣使いも魔剣の性能に依存する傾向がある――
逃げ足の速さも魔剣に頼ったものだ。どうでもいい。あたしが上回ればいい。
身近に居る化け物達の領域に行けなければ、ずっと事務処理要員だ。
過保護な涼平は、あたしを同等以上の相手とは戦わせてくれない。
けれど、任された相手はきっちり仕留める。それがあたしの役割だから。
弾丸のような速度で迫る棒を斬り付けてみたが、やはり斬れない。
近接戦に持ち込もうとすれば、こちらに棒を突き出しながら一気に伸ばして距離を取る。相手は一撃で殺すつもりはないみたいね。
「もうトリックは通用しない。重力障壁を突いて瞬時に距離を空けているだけで、本体の移動能力は高くない。あたしは追い付ける。自信があるなら打ち合ってみなさいよ?」
「自分のほうこそ、俺が本当の力を隠して戦ってると気付いてへんだけやろ」
ハッタリだ。
これが魔王の限界。弱い相手だけ探して逃げ回る卑怯者の末路。
「俺が手の内を全部見せたと思っとんのか? ナメくさりよって。全裸にひん剥いてトゥルントゥルンチェックしたるから覚悟せえや!!」
「もうそういうのはいいから……遅すぎて相手にならないわよ?」
「っ――!?」
残るもう一本の足を切断した。相手は崩れ落ちる前に飛行魔術を使う。
これで少し身体が軽くなったぶん、速度を上げるだろう。
もっと速く――涼平の遊びの打ち込みですら、こんなものではない。
悔しいけど感謝しかない。いつでも彼は、あたしが強くなる方法を考えてくれている。
マシンガンのように繰り出される突きを躱しながら、タイミングを合わせて逆にこちらは徐々に接近していく。
ここが自立思考型の【ブルレスケ】とは違うところだ。脳で『伸びろ』『縮め』と命令を送る時間がロスになる。
あたしは本能の赴くまま加速して、【加密列】を突き込んだ。
腹の真ん中を貫かれた魔王は、それでも不敵に笑う。
「この刀を奪ったらそれまでやろ。武器に頼っとるのは自分かて一緒や」
そう言って縮めた棒を一気に伸延させ、今度はあたしが鳩尾への刺突を喰らう。
一気に数キマ吹っ飛ばされ、赤い岩山に激突する。
「痛覚なんぞ切っとるわボケ。俺が一撃で殺せる武器を使わへんのは、こうやって相手がナメてかかるからや。惨めにトンネル工事でもやっとけ――」
「侮っているのはそっちでしょ。涼平と模擬戦をしたら、あの程度の強度の攻撃は遊びレベルなのよ」
「なんやと!?」
背後から突き出た【加密列】の刀身を握り締め、そのまま斬り下ろす。
自分の愛刀だ。自分自身を斬れるかどうかも制御する。
この領域になると魔術が無意味なのと同様に、金属も硬さや鋭さより通せる魔力量が重要なのだ。
それこそが、ジゼル・トゥオネラも追求した神域の切断力になる。
魔王は再び背後に棒を突き伸ばすが、読めていたので躱す。
手放された【加密列】の柄を片手で握り、振ろうとした魔王の腕を蹴り飛ばしてやると、いい音がして折れた。
【加密列】に超重量を加えてやったのだ。
呻き声を上げながら手落とした【加密列】を掴み、片手で突きこまれた棒を弾き上げ、何か言おうとした魔王の首を切断。そして多重障壁に閉じ込め、爆炎魔術で止めを刺す。
涼平が斬り落とした右足も探し出し、細断後に焼却。
そこに涼平の気配を感じた瞬間、隣に立って言う。
「弱かっただろ?」
「そんなんだから『傲るな』って怒られるのよ……」
「だって、俺の基準は師匠と《レヴィアタン》だし」
「間近に化け物が居ると感覚がおかしくなるわね……あたしはキミとラファよ」
「うん。焦らなくてもルーは強くなってるから、ゆっくり妖怪になるといい」
「あたしは人間のまま強くなるの!!」
宮殿の瓦礫を片付けながら互いの状況報告を交換し、あたしの「クーナシムロドは観光地としてやっていけばいいと思う」という意見に、彼は賛同してくれた。
「本当は、あの悪趣味な宮殿を宿泊施設にするといいかもって思ってたんだけど、豪華絢爛なものに価値を与えるのって、あの女の思惑どおりになるから嫌だなって思ってたら、これよ……」
「あの漫才師は『気に入らないものは破壊する』とか言ってたけど、俺達にとっては僥倖を得られた相手だったのかもしれないなあ」
「まあ、利用しようとしてできるものじゃないけどね。魔族だし」
「それでルーは、ぽんぽん撫で撫でしなくて大丈夫? 吹っ飛ばされてただろ?」
「しなくていいわよ!! っていうかどこから見てたのよっ!?」
まさか……その前の会話まで聞いてないでしょうね……。
すると彼は、ごく自然体に言う。
「いや、仲間がピンチならすぐに駆け付けるし。勝てる相手だとは思ってたけど、ひとしだきでもされたらルーより前に俺が殺すからな?」
「その言葉を脳から消しなさいよ!」
「だってルーは俺の大事な人だからな。何度だって言う。誰にもしだかせないと」
「もうっ!!」
だけど、そう言いながら、彼はあたしには何もしてこない。
してほしいわけじゃなくて、彼に気を遣わせているのはあたしなのだ。
頬が熱い……なんでこんなにグイグイ来るのに、その一方でガラス細工みたいに扱えるんだろう。
すると彼は小さな箱を差し出し、受け取ったあたしに深々と頭を下げた。
「ごめん。俺も巨乳になってみて胸が大きい女性の苦労が分かった。足元は見づらいし男の視線もよく分かる。だけど俺は、美をコンプレックスに感じる必要はないと思うんだよ。小百合さんがなりたかったルーは綺麗だ。そこは誇るべきだ」
顔に血液が集まってしまう……バカ涼平に背中を向けたあたしは箱の中身を取り出し、『それ』で唇をそっと撫でた――
振り返り、まだ水平に頭を下げたまま俯く彼に、言う。
「キミはちょっとエッチだけど、わたしの誇りなんだから、そんな格好はしなくていいのよ。だから……これからもよろしくね」
そう言って、少し驚いた表情の彼に口付けした――