172 ややこしい人々
どこに間者の耳があるか分からない。テッドさんには悪いけれど、何も教えずに惚けたまま帰ってもらった。
あの国が何をしようとしているのか、あたし達は確かめなければならない。
そうでないと、ふんわりちゃんをドゥトクアへ戻らせていいのかも決めかねる。
翌日――早朝からミシュクトルでメイクを直してもらったあたしは、次の難題に取り掛かった。
「イ・ヤ・で・す!! 絶対何か酷い目に遭うことになるんだからっ!!」
「ノーレ姉様……そんな子供みたいなことを言わずに、ご一緒しましょう?」
【ファーシカル・フォリア】の一員が町に入れば怪しまれるし、ブレンダさんは気軽にルズーレクを離れられない。
ただの消去法なのに、何故かノーレ姉様が怯えている……。
「ですから、あたしがあれこれ嗅ぎ回るわけにはいかないので、姉様にお願いしたいだけなんですけど?」
「ま……巻き込まない?」
「大丈夫。姉様のお胸に誓って」
「誓わないでっ!!」
あたしが背を反らせて張った胸は、ノーレ姉様から型をとったものだ。
樹脂を覆う皮は魔獣から採取されたもので、叩いて部分ごとに絶妙な厚みの違いを生み出す匠の技で仕上げられ、あたしの肌の色に合わせて染色されている。
イスクラさん曰く『完璧に再現』されているらしいけど、先端部分は自主規制で消されてしまったので、あとからあたし好みに加工しておいた。
凄く背徳的だったけれど、これも美の追求よね。
身体に接着したあと、肌との境界はコンシーラー的なもので消してくれた。
さすがに裸は誰にも見せられないけど。下は未加工だし。
訓練施設に連れて行かれる犬みたいなノーレ姉様を、みんながどうにか説得してくれたおかげで、二人でクーナシムロドへ出立。
ラファとルーは居残りではなく、ルズーレクとクーナシムロドの二国のあいだに挟まっているドゥトクア王国で待機してもらう。
あたしは召喚儀式の際に使うローブを羽織り、ノーレ姉様に付き従うように壁門を通った。
気配は完全に消さずに低ランク程度まで落とし、冒険者の登録証はラファに偽造してもらったものだ。
まず、マーシャル商会と同じパターンに陥っていないか確認するために、ヴィアレジアギルドを訪問。
ギルマスはノーレ姉様と顔見知りのようで、二人で奥の応接室へ入っていった。
壁に背を預け、ギルド内の会話にぼんやり耳を傾けていると、こちらをチラチラ見ながら話す、二十代前半ぐらいの男性冒険者二人の会話が聞こえてくる――
「声かけてみろよ?」
「一緒に来た相手がヤバいって。変装していたが、あの胸は【氷麗の獅子姫】だ。俺には分かるんだよ!」
「自慢げに言うことかよ!? 俺が訊いてやるよ」
あたしも同じ胸なんだけどね……。意図は不明瞭だけど、声をかけてきた。
「どこかで召喚儀式でもあるのか?」
「いえ……あたしは見習いですから。レオノーレ姉様と一緒にこの町に寄っただけなんです」
「やっぱりそうだったのか。【氷麗の獅子姫】は低ランクの魔獣しか居ない国に、なんの用事で来たんだろうなあ」
「ギルマスともお知り合いのようですし、ただの挨拶だと思いますよ?」
「もうじき別の町に飛ばされるみたいだから、それで来たのかもしれないな」
「そうなんですか……」
「この町――いや国は、もうダメだ。俺達も離れる。よかったら君も一緒に世界を旅しないか?」
「すみませんが……ノーレ姉様が許してくれません」
「やっぱり、あの噂は本当だったみたいだな……」
「噂?」
「い、いや、なんでもないよ。またどこかで会おう。それじゃ!」
ギルドの奥から話を終えたノーレ姉様がこちらへ戻ってくる。男性二人は慌てて手を振り、去っていった。
「何? ナンパされてたの?」
「情報収集を。あまりよくない感じですね……」
「ええ。ここじゃ話せないから、人の居ない場所で」
妙に早かったのは、内容を秘匿するために高速言語で会話したのね。
あたし達はギルドを離れると、空へ上がった。
ノーレ姉様に手を引かれて飛んだように見せかけながら、高高度まで上昇する。
「半分ぐらい君のせいでもあるのよ。ランクSが減っちゃったでしょ?」
「その機に何かやらかすつもりなんですか?」
「詳しい計画までは分からないけど、古くから居る冒険者を追い出したあと、この町の冒険者はヴィスティード人だけにするつもりみたいね。言わば、私兵ね」
「魔族化しない兵隊……いよいよもってキナ臭いですね」
「ただ、ランクAが千人居ても一人のランクSに勝てないのが、この世界のパワーバランスだから、兵を集めても無意味としか思えないのよね」
「それはそれで、謎の【加護】使いの能力と関係ありそうですね……」
そして、シモン大統領のランクA昇格時の試験官も判明した。
觜崎麗華、二十三歳。ランクAの天人で、元日本人の女性。
転生したのは六年前。あたしが言うのもなんだけど、成長速度が早い。
魔術はあまり得意ではなく、【肉体強化】の【加護】を持っているらしい。
現在は表立って冒険者活動はせず、寡頭的共和制国家で参謀役を担っている。
ポジションが胡散臭すぎる。
政治には興味無いので、問題はこれから何をしようとしているかだ。
やはり鍵となるのは、シモン大統領の【加護】か。
ギルマスも、シモンのランクA昇格は『唐突だった』と認識している。
ただ、觜崎麗華の強さは本物で、ランクAでも上位レベルだとか。
「現時点ではそれらの情報プラス、『総合的に国力を上げようとしてる』ってことぐらいしか分からないのよ」
「現状の情報から、ノーレ姉様はどんな狙いがあると推理しますか?」
「単純に他国への侵略かしら……それと、『シモンの【加護】はランクSでも防げない』と考えておくべきかもしれないわね……」
「でも、それだと魔族大統領になってしまうから、殺せませんよね?」
「魔族になったら大統領じゃなくなるわよ!? つまり、『殺意』が鍵ね」
うーん……ということは、『アレ』かなあ……。
もし、あたしの予想どおりの【加護】なら、事前に防げなければ戦闘力はあまり関係ない。ノーレ姉様でも危ないかも……。
ここは一旦、ドゥトクアのラファ達と合流してもらおう。
「危険な相手なのに、君一人残して離れるなんて……」
「大丈夫です! ノーレ姉様のお胸は、あたしと共にあります!!」
殴られた。
実際問題、防げそうなのはラファぐらいだ。
ノーレ姉様には空から町を出てもらい、あたしは人の居ない場所に着陸して宮殿へ向かった――
「あの……滝原様から、『こちらへ行くように』と仰せ付かって参りました」
被っていたフードを下ろして顔を見せ、門番さんに声をかけてしばらく待つと、中に冒険者が居るからか、あっさり入場させてくれた。
高ランクの気配は三つ。一つはシモン大統領で、その他二つは昨日来たときには感じなかった。一人はかなり強い。
昨日は国外に出ていたのかしら……だとしても、かなり遠くだと思うけれど。
昨日と同じ部屋で待っていると、三人の男性がやってきた。
どうやら觜崎麗華は、宮殿から離れた場所に居るみたいね。
「あの、はじめまして。あたしはクルフラ・フォールフィールドと申します」
挨拶を交わしてから、羽織っていたローブを脱いだ――
絞られたウエスト、ビスチェで強調される胸。両サイドに深いスリットの入ったスカート。破壊力抜群だけど、師匠デザインなので下品ではない。
大統領だけでなく、残る二人もだらしない顔になった。
「世界各地に現地妻の居る好色男と聞いたが、なかなかいい趣味をしているな」
「まあ、座ってくれたまえ。お茶を用意させている」
「はい……」
お茶を飲みながら『どこから来たのか?』、『どんな仕事をしているのか?』といった他愛もない質問が続き、最後に『彼は君のことを大事に思っているのか?』と訊かれた。
「『どんなに離れていても俺達は一つだ』と、涼平様は言ってくれました」
「そうか。そのぐらいでないと来てもらう意味が無いからな」
「あの……あたしはなんでもしますから、彼に酷いことをしないでくださいね?」
「向こうが何もしてこない限り、彼と君の身柄の安全は保証する」
「あたしはこれから、どうすればよろしいのでしょうか?」
「まず、ある人物の邸宅に向かってもらう。そこでは君のような女性が何人も暮らしている。安全な場所だ」
「何か仕事をしなくてもよろしいのですか?」
「ああ。のんびり過ごしてくれたまえ」
こんな雑談を続けていても、時間の無駄よね……。
なのであたしは、大統領以外の二人に部屋から出てもらうようお願いした。
三人の中で一番年齢の低いシモンが格上扱いだ――当然よね。大統領だし。
「すみません。二人きりでお話がしたくて、無理を言ってしまいました」
「構わないよ。君のような女性に来てほしいと、お願いしたのは私だ」
「これから向かう邸宅の主様は、こちらにお見えになるのですか?」
「いや、こちらから馬車で君を送らせる。今回は特別だ」
「あたしが特別なのでしょうか?」
「君と、滝原君の両方だね。彼は化け物じみた強さと聞くが、それでも私には勝てないよ」
「閣下自らも、お強くていらっしゃるのですね」
「君も何か武器を持っているね? ただの棒のようだが……」
「あら、見つかってしまいましたね。これは、その……このような場所で口にするのは憚られると申しますか……プライベートな物で。夜は、これがないと……」
「ああ、すまない。つい興味本位で訊いてしまった。礼を失する質問だったね」
なんだと思ったのかは、訊かずにおこう……ジゼルさんが彼の首を刎ね飛ばしてしまう。
ついでにもう一つ、探りを入れておく。
「町で随分多くの冒険者を見かけましたが、これから何かあるのでしょうか?」
「何かあっては困るから冒険者が居る。安心するといい。私が居る限りは魔王でも何もできないさ」
「まあ、頼もしい! あたし、安心して暮らせそうです」
ドアが荒くノックされて、外の二人が入ってきた。
「残念ながら、迎えが来ましたよ? 大統領閣下」
「チッ、早すぎるだろ? 待たせるわけにもいかない。クルフラさんを馬車へ」
「一緒には行けないのですか?」
「私にも職務があるからね。また会えるさ」
「ひ、酷いことはされませんよね……?」
「相手は女性だ。大丈夫、酷いことなどされないよ」
あたしが乗った馬車は、広大な庭園と噴水のある邸宅に到着した。
どんな人物が出てくるのか――と待っていたところへ現れた女性は、地球ならば十七~十八世紀頃の貴族のような服装。しかも何故か、男装をしていた……。
觜崎麗華はあたしを一瞥すると、苦々しい表情で吐き捨てるように言う。
「シモンめっ! 私が一番嫌いなタイプをっ!!」
これは……ガチの小百合さんかもしれないわね……。