171 哀れな犠牲者は
「まさか、あたしに行けって言うんじゃないでしょうね!?」
「ほうほう。小百合さんは、背が高くおっぱいが大きく腰が細く唇が薄いと?」
「だ、だって、キミがこっちを見ながら話すからっ……」
「それは大百合さんに失礼なのではないでしょうか?」
「ちょっとラファ!? なんで私が引き合いに出されるのよ!?」
「ノーレ……そうやって反応すっからこいつらも面白がるんだろ?」
いつもの混沌状態だ。
俺は少しミシュクトルに寄り道してからブレンダさん宅に戻り、バカ大統領とのやり取りについて説明した。
現在この家に集まっているのは、家主と【ファーシカル・フォリア】と、まい、ノーレ先生、そしてふんわりちゃんの計七人だ。
リヴィーさんと【フィオーレ・マネッテ】は来ていない。
「……」
「いや、まいが行くと別の意味でパニックになるから、お留守番な?」
すると、スケッチブックに【のうさつ】と書いた。
ラファだな、変なことを教えたのは……まいが行ったら撲殺してしまう。
「さて、それじゃ行こうか、ルー。嫌だったらノーレ先生でも大丈夫です」
「あたしは行かないわよ!」
「『でも』って何よ!? 『でも』って!!」
「まずはイスクラさんのところへ」
「まさか、態々メイクだけのために、ミシュクトルまで行くつもりなの!?」
「うん。綺麗にしたほうがいいじゃん」
「絶対行かないからね!!」
「だそうです。ここで代打に燻し銀、レオノーレ選手の登場です」
「誰が燻し銀よ!? 私をシモン・フェレールのところへ行かせるつもりなの?」
「え? エロ大統領のところへ行くのは、俺――いや、あたしよ?」
ラファとまいとふんわりちゃんを残して、他三人は数メートル後退した――
そしてラファが膝から崩れ落ち、この世の終わりみたいな顔で言う。
「特殊……性癖……」
「違うよ!? この世界でもあるのか知らないけど、囮捜査的なやつだよ!!」
「即バレすんだろ……そんなもん」
「だからメイクのプロにアドバイスを受けようかと」
「顔だけ化けても無理でしょ……」
「それは一旦置いといて、何故ルーか私が同行する必要があるのよ?」
「え? そりゃあ、型取りと柔らかさの確認が必要でしょ?」
殴られた。二人に。
「あたしは絶対行かないからね!! ノーレ、お願いします!」
「私だって嫌よ!! ルーのほうが若いんだから適任でしょう」
「いや、二人の中間というのも……」
殴られた。
このままではいつもの如く話が進まない。
「とにかく身体を作らないと服を合わせられないので、さっさと行きましょう」
「よく分かんねえけど、お前のそのガタイはどうするんだよ? 声とかも」
「気合で」
「そんなもんで、どうにかなるのかよ!?」
整形というか変形というか、とにかく身体はどうとでもなる。喉仏も破壊して、あとから治す。痛覚を切った状態で、無茶苦茶なことをするだけの話だ。
声は裏声ではなく、声帯を縮めて高い声にする。
どうにもならないのはおっぱいと、俺の股間の俺だ。
もぎ取るわけにはいかないし、テープで貼るぐらいだな。
そんなことよりおっぱいだ。
既にイスクラさんに罵られたあと、どうすればいいか打ち合わせてある。
型をとって合成樹脂でぷるんぷるんのやつを作る。あまり不自然だとバレるので硬さを確認しなければならない。
「ああ、ちなみに硬さチェックするのは俺じゃないので、安心して委ねてほしい」
「委ねるとか言わないで!!」
「さあ、駄々捏ねてないで、乳を捏ねられに行くわよ、ノーレ選手!!」
「誰が選手よっ!? 誰か助けてっ!!」
全員手を振っている。仲間って、無情ね……。
そして手を引いて外に出てしまえば、あたしには必殺技があるのよ。
瞬時に抱き締めて、飛んだ――
§
「まさかノーレが来るとは。ノリノリね」
「違っ……助けて、イスクラさん……」
「前金は受け取った。仕事は完璧にやる。紗苗との約束」
素晴らしい――プロの鏡ね。
硬直したままのノーレ選手をイスクラさんに預けて、あたしは鬘を誂えてもらうことにしたわ。色はブルネット。
髪が邪魔ね……ビーチェに認識されなくなるけど、それ以前の問題になるから、今回はしかたないわね。また坊主頭になっちゃったわ。
そこからは、何か大事なものを失ったようなノーレ選手を余所に大変身が進み、残る問題は服だけになったわ。言葉遣いも、もう少し直さなきゃね。
とりあえずイスクラさんに大きめのサイズの服を用意してもらったけど、ここはやっぱり完璧にしておきたいわ。
だからあたしは師匠の島へ、とんでもない姿のまま向かったの。
「貴様……なんじゃ其の、女装とは言い難い完璧な女装は」
「あら、ありがとう師匠。あとはお洋服だけなのよ」
「まだ不要なものが付いておる」
「それだけはダメよ!?」
下半身を押さえて取り外しを拒否したわ。
事情を説明すると、あっという間に一着作り上げてくれたの。
さすが師匠。適度にエロティックで男心を擽る服をよく分かってる。
ブルーのカラーコンタクトまでくれた。相変わらず悪ノリが好きなのね。
いつものテーブルで向かい合って座り、師匠が言った――
「其奴単独の謀と考えるのは早計じゃ。世界の危機に直結する事案でもなかろう。急いて首魁を逃しては、其の変装も戯れに終わる」
「確かに、疑問に思う部分は幾つかあるのよね……シモンは傀儡大統領? 影ボスが昇格の試験官を担当したパターンかしら……」
「貴様は違和感の塊であろうと、相手の違和感は見落とすな」
あの悪趣味な宮殿や部屋と本人の雰囲気、『選べるのか!?』と言ったときの反応など、振り返ってみると違和感はあったのよね……。
あたし個人にまったく無関心だったのも、不思議な感じがする。
【最強】を農民にして、世界に喧嘩を売った冒険者なのに。
宮殿へ行く前に、事前調査しておくべきかもしれないわね。
一人で行こうと思っていたのだけれど、ノーレ先生を連れて行こうかしら。
「ありがとう、師匠。あたし、いきなり宮殿を訪ねるところだったわ」
「色情小娘を差し向ければよかろう?」
「ラファはあたしより暴れん坊だから。相手はただのバカ大統領かもしれないし」
「貴様に勝てる馬鹿はおらん。鏡を見るがよい」
「ナルキッソスの泉になっちゃうわよ? じゃあ、終わったらまた来るわね」
ラファは髪を戻してくれないから、このままだとまたビーチェに初対面の挨拶をされちゃうわ……だけど、今の姿のままなら同じことね。
ついでに真愛達にも会っておこうかしら。
気配を探知すると宿に居たから、訪ねてみることにしたわ。
部屋のドアをノックすると真愛が応答したけど、ここからどうすればいいかしら……このままじゃ、ただの不審者よね。
「どなたですか?」
「あたし、滝原涼平よ」
「えーっと……私の知人に女性の滝原涼平さんは居ません。お引取りください」
「包丁はちゃんと手入れしてるかしら? あと、メリンダさんとメイドさんが出没していないかしら? 戦闘はライカに頼りきってないかしら? 女同士だからって油断して、七のゾロ目がブラもしないでウロウロして――」
「二セマ増えました!!」
ドアが開いた直後、「やっぱり誰ですか!?」という不思議な言葉が飛び出した。
まあ、そうなるわよね。
そもそも気配で分かってほしいのだけど、まだそのレベルに達していないから、証明するのが難しいわね。
番犬ライカが飛びかかってこないのは、ちゃんと分かってるのかな?
あたしは黒い子犬にそっと手を伸ばした。
「ライカはおりこうさんね?」
噛まれた。
「やっぱり涼平さんだ!」
「どんな確認方法よ!?」
「その子、他のどなたにも、いきなり噛み付いたりしませんもの」
なるほど……納得いかない。
二人に事情を説明すると、目をキラキラさせながら揉まれたわ。
「これで私も将来は安泰です!! 涼平さんは巨乳しか眼中にないので、どうしようかと焦っていたので!」
「そんなことないわよ? 二人は今のままでも、とってもチャーミングだから」
「わたくし……何か違うものに目覚めてしまいそうですわ……」
「そうだねフリシー。これはこれで……」
「元に戻れなくなっちゃうでしょ。それじゃ人を待たせてるから行くわね?」
二人と一匹に別れを告げて、イスクラさんの店に戻った。
代打選手は、まだ凄いことをされたショックから抜け出せていない。
「帰りますよ、ノーレ選手。今回のことは、十匹の子豆柴に揉みくちゃにされたと思って忘れましょう」
「それなら幸せだったのに……」
「私は満足」
イスクラさんは、むふーっと鼻から息を吐いた。
かなりこっ酷く揉まれたのね……おかげでいいデータが取れたみたい。
というか、あたしの胸ってノーレ選手から型取りされたものなんだけど、そっちはいいのかしら?
「ど、どうにかして殺す……どんなに困難でもやり遂げてみせる……」
「はいはい。帰りますよ、ノーレ姉様」
「だ、誰が姉様よっ!!」
すっかり脱力してしまって自力飛行できない姉様を抱き締めて、カルナァトにも寄ってビーチェと初対面の挨拶を済ませ、ハウェイーシに着いた頃には、既に日が暮れていた。
メイクが崩れないように、このまま明日まで過ごすべきかと思ったけれど、よく考えたら明日もう一度イスクラさんのところへ行けばいいだけね。
「さあ、それでは涼平子さん。女同士お風呂へ参りましょう」
「行かないわよ、ラファ? まだ付いてるし」
『切っちゃえばいいじゃない。どうせ使わないヘタレなんだから』
「ジゼルさんも『切りたガール』ですか?」
『変なネーミングしないで!!』
ルーとブレンダさんは唖然としている。
ふんわりちゃんは「どなたですか?」と、ナイスリアクションだ。
ここで確認しておこう。
「あたし、綺麗?」
噴飯ものの女装などではなく、完璧な女体化なのだ。一部を除いて。
全員が静かに頷いた。
その時、ブレンダさん宅にテッドさんが近付く気配が――
新たな武器の完成報告に来たのかしら?
リビングに招き入れられたテッドさんが、あたしを見て惚けた顔をした。
「あの……そちらの方は、どなたですか?」
軽くウインクしてから挨拶しておく。
「はじめまして。あたしは、クルフラ・フォールフィールドよ」
「あ、どうも……は、はじめまして。テッド・スウェインです」
うん、完璧ね。名前は今テキトーに考えた。
テッドさんたら、頬を染めちゃって。マチルダさんにチクッておくからね?