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165 それが可能なのは

 結局のところ、ノーレ先生が俺達に付いてくる理由は誤魔化された。

 大人ってずるい。

 すっかり朝になってしまったが、まいは目を開けたままベッドに転がっている。

 眠る必要があるのかは謎だが、横になるのは好きみたいだ。可愛い。


 宿をチェックアウトして、ハウェイーシの町へ向かう。

 ラファの武器はかなり特殊なものになりそうなので、作ってもらえるかすら微妙だが、【ヴァーニー】のように技術の流出が世界全体の危機に繋がる武器は、実際に製作する前に様々な手続きが必要になる。


 そして特殊能力を有する武器の使用者は、ギルド連盟側も把握しておかなければならない。

 魔族化して敵に回るのは、元冒険者の天人なのだから。


「ギルド連盟って面倒な仕事をしてるんですね……」

「ルーの大太刀みたいに、特殊能力がなければ自由なんだけどね」

「俺の場合はどうなるんですか?」

「誰が【ブルレスケ】を手にしたかより、【ブルレスケ】が誰を選んだかがすべてだから、別格の扱いになるわね」

『フフーン!』

「今、胸を張りましたね? 俺の予想サイズは――」

『殺すわよ!!』

「そう言ってしまう時点で……それは置いといて、ラファの武器は神域の力を通せるようにするってことだよな?」

「はい。量子重力魔術を無効化させない方法は既に確立しているのですが、魔剣による打ち込みを防ぐためには、既存の重力障壁だけでは足りないのです」

「なるほど。頑張れ」

「キミも感覚だけじゃなく、原理まで考えなさいよ……」


 半眼になって呆れているルーは、買ってあげた服を渋々着てくれたのはいいが、やや猫背気味なのが気になる。


「ルー。そんな姿勢のままだと、大太刀を杖にして歩くようになっちゃうぞ?」

「な、慣れるまでは無理……」

「着てくれてありがとう。師匠も喜んでくれるぞ!」

「そうかしら……また嫌味を言われると思うんだけど」

「いえ、悔しがって泣くまで見せつけてやるのです」

「殺されるわよっ!!」

「そ、それほど恐ろしいのですか……魔人オクトは」

「胸は許されません。もぎ取られます」

「えっ!?」


 ノーレ先生が怯えている――ルーが無事な時点で大丈夫だろうに……。

 まあ、会ったことがない人からすれば、最強の魔人の噂だけがどんどん膨らんでいたのだ。さぞかし恐ろしい存在だったんだろうなあ。可愛いのに。


 会えるかは師匠次第ではあるが、ノーレ先生は俺達より長くこの世界で生き延びたのだから、是非一度会っておいてもらいたい。

 グダグダと雑談しながら歩いていると、朝から魔族討伐に向かう元気な冒険者の一団を発見した。


 男が一人、女三人というメンバー構成。

 ランクDの少年少女が三名と、二十代中頃の女性が教導担当者だな。

 こちらから手を振ると、向こうも応じてくれた。


「これから出かけるんですか?」

「はい。そちらも教導者と討伐――って【氷麗(ひょうれい)獅子姫(ししひめ)】!?」

「有名人なんですね、ノーレ先生は」

「す、すみませんっ! すぐに気付けなくてっ!!」


 スーツに眼鏡だもんな……。

 すると、相手パーティーの少年が、軽い調子で俺に問いかける。


「そっちもまだ単独で行動できないのか? 俺達はもうじきランクCの昇格試験を受けるんだ。そしたら師匠と離れて自由に行動できるようになるぜ!!」

「落ち着きなさい、レイフ。そんな口を利ける相手じゃないのよ?」

「え? 【氷麗の獅子姫】って人が教導――って他も全員ランクAかよ!?」

「すみませんでした! まだ遠くの町へ行けないので、世間知らずなんです!!」


 ああ、教導担当の女性は、俺のことも知ってるのか。

 ところが、ランクDの少女が俺を指し示して疑問を追加してしまう。


「なんで先生がそんなに頭を下げるんですか? 見たところ、そちらの方は私達とそれほど年齢が離れているようには見えませんが……」

「あのね、ルーナ。この人は【疾走する諧謔(かいぎゃく)】っていう二つ名で、それはもう悪夢のように強い冒険者なのよ?」

「そうは見えませんけれど……」

「まあいいじゃないですか、俺のことは。それより、魔族の討伐ですか?」

「は、はい。これから近くの森に《ダイアウルフ》の討伐に向かいます」

「昨日、グノレノクで新種が発見されましたから、くれぐれも無理なさらずに」

「ありがとうございます! お話できて光栄です!!」


 俺は年下だし、一応同じランクAなんだけどなあ……。

 それでも、こうして挨拶した仲だ。ヤバいのが現れたら、すぐ行けるように気を付けておこう。


 (いぶか)しげに俺を見る三人のランクDにも手を振って別れ、ハウェイーシの壁門前に到着すると、リヴィーさんが待っていてくれた。

 かなり前から俺達の気配を感知していたのだろう。


「お久しぶり――ってほどでもないけど、リヴィーさんが無事で何よりです」

「みなさんのほうこそ。あれほどの事態でしたから、無事を祈っておりました」

「今日はこの町で一泊しますから、ゆっくりお話しましょう」

「はい。師匠にも話はしてあります。【フィオーレ・マネッテ】のお二人も、まだ町にいらっしゃいますよ」

「あ。忘れてた……」

「怒られるから言っちゃダメよ、涼平」

「あれほど手伝ってもらっておいて……減点ですね」

「すみません……先生」

「リヴィーさん、エロティックな服を扱っているお店をご存知でしょうか?」

「それが最優先なのかよ!?」


 エロ服の前に、リヴィーさんの師匠であるダガネットさんの工房を訪ねる。

 武器屋と兼任ではなく武器製造専門職のようだ。

 俺達を出迎えてくれた初老の男性は、身長は二マトほどだが体の線は細く、腕力よりも魔術を使用して武器を作っているのが分かる。


「お前が【疾走する諧謔】か。リヴィーが世話になった。助けてもらった恩義には報いたい。なんでも言ってくれ」

「かなり難しい注文になると思いますけど、こちらのラファイエ・アルノワの話を聞いてやってください」

「まず――エロい服はどこで売っているのでしょうか?」

「優先順位がおかしいから!!」


 頭の中がエロで一杯になってるな……ならば釘を差しておかねば。


「ラファ。ここで新たな武器の製作が絶望的となったら、師匠の島に戻って近接戦の特訓を続けてもらうぞ?」

「私にエロスより武器を選べと? それなら武器など必要ありません」

「ダガネットさんは俺達を待ってくれてたんだぞ? 『武器なんか必要ない』とか言っちゃダメだ」

「そうですね……すみませんでした。早急に余談を終わらせます」

「全然反省してないだろ!? エロい服はちゃんと買ってやるから、集中しろ」


 どんな会話だ……。

 神託の塔へ行く前に話し合わないと、実現不可能なら構想からやり直しになる。

 ラファが求めているのは、魔剣に匹敵する武器だ。

 簡単に作れるものなら、ランクSは全員魔剣を持っているだろう。

 エロ妖怪を工房に残して外に出ると、【フィオーレ・マネッテ】の二人が待ってくれていた。


「事後処理も片付いたみたいだな! 涼平もすっかり有名人になったなあ」

「誰からもサインとか求められないんだけど……」

「悪い意味での有名人だから。『下手に関わると農場送り』ってね」

「ユー達も農場へ?」

「どういう質問だよ!?」

「行かないわよ!! まだ武器もできてないのに!」


 ああそうだ。二人も新しい武器を求めてやってきたんだっけ。


「ごめん。ウチの妖怪がダガネットさんに話があって、手を止めさせてる」

「構わないよ。【ファーシカル・フォリア】は、俺達とは次元が違うとこで戦ってるし、武器も大事だろ」

「お互い進む方向は同じだから、優先とかはないよ。今日は話だけで終わるから、そのあとは作業に戻ってくれると思う」

「そうか。すぐに町を出るわけじゃないんだろ?」

「今日は一泊していくつもりだ」

「【氷麗の獅子姫】は、君が農民を増やさないように監視してるの?」

「いや、旅の仲間だよ」


 まいは【∞】と書いたスケッチブックを縦にした。


「違いますっ!!」

「変人コンビに振り回されて苦労しますよ? ルーは馴染んだみたいだけど」


 そう言ってニヤニヤ顔のマチルダさんが、ルーの服を見つめる。


「ぜんっぜん馴染んでないからっ!! これは無理矢理……」

「着せられたの?」

「自分で着たけど……そういう意味じゃなくて……」

「いい加減素直になりさないってー。ほんとはラブラブなんでしょ?」

「テッドさん、これからは一人で生きてね……」

「大太刀抜かないでよっ!? 冗談だから!」

「『服は着ても人斬るな』って今月の標語を忘れるなよ? ルー」

「ドヤ顔で言わないでっ!!」


 その時――町の近くに突然強い気配が現れた。


「いきなり出現した!? 幻獣種かな?」

「ええ。だけど、これは《ドラゴン》じゃないわね」


 そう言ったノーレ先生も、過去に《ドラゴン》を単独討伐している。

 まさかの二日続けての新種か?


「さっき出会ったパーティーが向かった森林地帯の方向よ。行きましょう」

「俺とノーレ先生で行く。怪我人が出るかもしれないから、ルーはラファを連れて来てくれ。まいとリヴィーさんと【フィオーレ・マネッテ】は、町の警護を!」


 そう言い残して俺はいつもの癖で、ノーレ先生を抱き締めて飛んでしまった。

 「ちょっ!?」という言葉が後方に置き去りにされる――


 距離が近いので到着までは数秒だが、魔獣はこの付近で突如出現した。

 やはり先程のパーティーが来ていたようだが、教導者の気配だけ消えている。

 そして俺の視線の先には――四肢で立つアズダルコ科の翼竜。


 体高は約十マト。大きすぎる。いろいろと謎はあるけど、こいつは魔獣だ。

 恐鳥類はこれまでにも数種確認されているが、翼竜はゼロだった。

 そして中生代の生物……やはり主神か獰神(どうじん)が、何かを始めたのか?


 《ベールゼブフォ》のように、元のサイズとはかけ離れた巨大さ(ゆえ)に幻獣種認定された種族とは違い、アズダルコ科の翼竜には元から巨大な個体が存在する。

 《メガネウラ》も幻獣種と認定される可能性が高いので、K-Pg境界ルール的には微妙な範囲だったが、更に混迷を深める個体が出現した。


「これは、恐竜の出現もあると考えたほうがよさそうですね」


 ノーレ先生にそう話しかけると――曇り眼鏡に真っ赤な顔で硬直していた。

 今までどんな人生を送ってきたんだ……。


「揉みますよ? 先生」

「せ、セクハラよっ!?」


 戻った。ルーと同じなので扱いやすいな。

 問題は気配の途絶えた教導者だが、嫌な予感しかしない……。

 ノーレ先生が行方を訪ねると、顔面蒼白の少年が震える声で言った――


「あいつに……丸呑みされました」

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