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155 烏兎は待たず、人が待つ

 無茶苦茶だ……。

 今までの約二十年で、こんな冒険者は見たことがない。あってたまるか。

 ランクSに強制労働させるなんて。

 それも、働けば働くほどいい笑顔になっていく、恐ろしい強制労働だ。


 私は滝原涼平という少年を、完全に見誤っていた――

 ただのお調子者で、感情の一部が欠落した人格破綻者の一種とすら思っていた。

 違う――清濁併せ呑む包容力を持っている。

 『薄雪荘』の大家、佳恵(よしえ)さんみたいだ。ずるい。なんでこの子はこんなに……。


 そして、次に何をするのか見ていたくなる人物なのだ。

 ビーチェもそう言っていた。

 悔しいけど、何もかも敵わない。私の二十年は、ただこの子を待つだけの時間にすぎなかったのだ。

 だけど――それでいい。私はずっとずっと待っていたのだから。

 普通ではダメなのだ。それでは今後もリアンと同じ考えの人間が現れる。


 安易に強さを求め、悲惨な末路を遂げた冒険者を数多く見てきた。

 いきなり強くなれるような都合のいい【加護】には、必ず落とし穴がある――

 『そこから引っ掛けが始まっている』と、転生時に気付かなければならない。

 不可能だ。つまり彼は、本当に努力してあの強さを手に入れたのだろう。


 生きていてよかった。こんな人物を見られるなんて。

 願わくば、この先も見たい。……それじゃビーチェとおんなじね。

 だけど、そういう人物なのだ。やっぱりずるい。


「八号さん。何を涼平さんに熱い眼差しを向けているのですか。まさか、スーツと眼鏡を買い揃えるつもりなのですか?」

「なんの話よ!?」

「縦ストライプのやつな。会議とかで着てください、先生」

「だからなんの話よっ!?」


 押さえても浮力で浮き上がってくる、お風呂の玩具みたいね。この二人は……。



§



 とりあえず家の建築資材と窒素固定細菌入りの腐葉土と各種野菜の種、トイレ用のオガクズ、そして当面の食料と水と浄水器を運び込んだあと、立ち去った。


 数回往復するあいだに、彼等がどんどん農業愛を募らせていく様は面白かった。

 『風防も作りたい』『野菜だけでなく樹木の苗も欲しい』『石灰も必要だ』と、どんどん具体的な要求が増えていくのだ。

 好奇心と向上心を満たすための専門書も数冊置いてきた。

 『こんなもの!』と思った瞬間、猛烈な農業愛によってページを(めく)る手が止まらなくなる。


 ラファさん凄い……。


 そしてカルナァトに戻って今後の打ち合わせを済ませ、次は師匠の島へ向かう。

 ここで【フィオーレ・マネッテ】の二人とはお別れだ。

 またルズーレクで会うかもしれないけど。

 大量の冒険者の処置はラファとリリアさんに任せておいた。

 事後の警護は祐さんが担ってくれている。ありがたい。


 師匠の島に到着すると、キキョウ・ミカゼは眠らされていた――


「どんな感じ?」

()の前に、派手に暴れたのであろう? ハースに聞いたぞ」

「ややこしいランクSを一掃しただけだよ」

「リアンか……自壊の一途を辿っておったからの」

「現在進行系でもっと壊れていってるから。主に農業に傾倒してる」

「成程の。あの色情小娘の仕業か」

「またそういう本当のことを……とにかく元凶は壊滅させたから、キキョウさんをジィスハまで送ってくるよ。記憶修正はどんな感じ?」

「疎漏は無い。()れど、涼平は其れで構わんのか?」

「ああ。俺はジィスハが好きだからな!」


 目覚めないようにそっとキキョウさんを抱き上げ、俺は師匠の島を離れた――


 彼女はカルナァトを襲撃した冒険者とは扱いが違う。

 ずっと覆面をしていたため、大きな記憶改変が可能なのだ。

 彼女には帰りづらくなった故郷がある。空白を埋めながら異国で暮らすよりも、ジィスハへ戻るべきだろう。

 なので俺は師匠に頼んでリアンの記憶を消すだけではなく、別の記憶を挿入しておいてもらった。


 そのシナリオはこうだ――


 ランクA相当でジィスハを出た女忍者は、さらなる強さを求め中央大陸で冒険者登録してみたものの、集団戦闘には不慣れだ。暗殺のほうが向いていると判断し、なるべく隠密行動をとるために野良冒険者になった。


 そこまでは元々の記憶どおりで、その先がリアンに書き換えられた部分の修正となる。


 彼女はリアンとは出会わず隠密任務を続けていたが、自分の二つ名、【朦蟾(モウセン)】を(かた)っていた《ストリゴイ》という謎の魔王との戦いで頭部にダメージを受け、大陸に渡ってからの記憶の大半を失ってしまった。

 そんなタイミングで変なパーティーと出会う。

 そのパーティーのリーダーから『俺と勝負して、負けたら俺のパーティーに加入しろ』と戦いを挑まれる――そのリーダーは俺だ。


 俺に敗れたキキョウさんは数日間行動を共にするが、女と見れば片っ端から手を出そうとするリーダーに嫌気が差して脱退。

 いつまで冒険者など続けるつもりなのか……抜け忍の身なれど故郷へ戻り、己を見つめ直すことにしよう――


 ――という筋書きに書き換えられている。


 目覚めた瞬間、そこまで自力で移動してきた記憶になっているため、どのルートでジィスハ入りしたかも師匠と打ち合わせてある。

 今後俺に対して思うところがあろうと、そこは構わない。

 俺が次にジィスハを訪れるときは、なるべく大人数で行けると効果的だろう。

 周りは全員女性なのだから。


 俺はジィスハの中央政府にも立ち寄って、本物の【朦蟾】への嫌疑をすべて晴らしておく。国家の中枢に居ながら俺の話に耳を貸さない者など、ただの一人として居ないはずだ。

 もう世界中にあの大事件のニュースは広まっているし、広めさせた。

 ここから先についてはなんの要望も提示しない。ジィスハではあらゆる面で人材が不足しているので、悪いようにはしないだろう。



§



 長い夢を見ていた――――

 忌々しい、あの小僧の顔が浮かんで目が覚めた。


 ここは――ミウヤトク村の近くだ。寝惚けている場合ではないわね。気配で察知できるとはいえ、魔獣も居るのだから。


 あの色欲魔……美女とみれば片っ端から手を出そうとする。

 いかがわしいことをされる前に、淫乱女ばかりのパーティーから抜けた。

 どこでも逃げてばかりの人生だったわね……。


 冒険者になどなるものではない。脳が下半身にあるような男ばかりだ。特にあの滝原という小僧……性欲の権化みたいな男だ。気持ち悪い。

 けれど強かった。あんなもの、誰が勝てるのよ。

 私だって六年間鍛えて、野良冒険者としては希少なランクS相当の強さまで辿り着いたというのに、それをあっさり打ち負かすなんて。


 これから、どう生きていけばいいのかしら……のこのことジィスハに戻ったところで、抜け忍としての罰は甘受しなければならない。

 鍛えて、負けて、結局罰を受ける――なんて人生だ。

 あのままジィスハに残っていればどうだったのかしら……鈍い頭痛がする。

 変な魔王と戦って以来、昔のことを思い出そうとするとこうなるのよね……。


 私の二つ名を騙り、ロディトナを果てなき欲望の国へと導いた魔王。

 それもあのバカが(たお)した。なんだか凄い技だった気がする――

 あれは魔剣の力だ。あの色欲魔単独なら、そこまでの強さではない。

 忍術で操っていた《ベールゼブフォ》もあっさり斃された。

 なんの情もなかったけれど、希少で便利だったのに。

 たった一人の少年に、人生の軌道修正を余儀なくされてしまった。

 恨みはないけれど、あんな変態とは二度と会いたくないわね。


 さて、これからどうしようか――と思っていると、数人の気配がする。

 ここは中央政府のあるミウヤトクだ。接近しているのは御庭番衆だろう。


「ほ、本当に【朦蟾】――いや、キキョウで御座るか!?」

「何、その口調……貴方もなんだか不思議な服装をしているわね、【鼈鏡(トチカガミ)】」

「これは()るお方からの助言を得て、改良された忍装束で御座るよ」


 全員が緑を基調とした、奇妙な柄の入った忍装束を着用している。


「今時赤とかないわー。ププッ!」


 笑っているのはサザンカね。私がジィスハを出るときは、まだ子供だったのに。

 みんな、成長している……私だけが時間の中に置き去りにされてしまった。

 変な忍装束以外に一人、普通の服を着た人物が居る――御屋形様(おやかたさま)だ。

 六年の歳月を経て、更にお美しくなられて……。

 ぼんやりと見惚れる私に、御屋形様から声がかかる。


「よく無事で戻りました。大陸はどうでしたか?」


 私は平伏(ひれふ)して答える。


「やはり中央大陸には強者がおります。冒険者の真似事をしてみましたが、この私如きでは、手も足も出ないほどの人物がおりました」

「そうですか……大陸での生活は、楽しかったですか?」

「い、いえ、楽しいと思えるようなことなど、何一つ。そのような目的で大陸へと渡ったわけではございませんので。如何な罰でも受ける所存にございます!!」

「罰ですか。そうですねえ……当面は、中央に寄り付かせるわけには参りません。私の居住地に来なさい。万に一つ、監視の目から逃れようとすれば、大陸からある人物を招き、厳しい責めを与えてもらいます。覚悟なさい」

「ある人物とは――まさか、魔人オクトですか!?」

「いいえ。女性同士よりも恐ろしい相手です。覚悟なさい」


 誰のことだろうか……御屋形様はこんな場面では冗談を言わない。本気だ。

 私も忍の端くれ。男が相手の責めといえば、何をされるか容易に想像できる。

 けれど、その程度でいいのだろうか……死罪も有り得ると覚悟していただけに、

(いささ)か拍子抜けな気もする。


「あらゆる嫌疑をかけられると自覚なさい。その嫌疑を晴らすために、何をすべきか考えなさい。貴方も強くなったのでしょう? 皆に技を、防御策を伝授なさい」

「はいっ!! この【朦蟾】、全身全霊を尽くして、御屋形様の寛大な御心に報いる所存にございます!」

「【朦蟾】を名乗るのは禁止します。大陸で悪名が広まっていますから」

「そ、それは偽物で! わ、私では敵わず……別の冒険者が討伐いたしました」

「ええ。ですから、今後その名を口にすることは許しません」

「そ、それでは今後、私はどうすれば……」

「しばらくはキキョウ・ミカゼとして暮らしなさい。厳命です」

「は、はい。御屋形様の仰せのままに!」


 二つ名も剥奪されてしまった……ただの一般人扱いだ。

 何もかも失っていくだけの、無駄な六年間だったな……。


「キキョウ。よく無事でジィスハに帰りました。私はそれ以上、何も求めてはいませんよ? だからしばらくは、ラギナトゥナで一緒に暮らしましょうね?」


 涙が溢れた――

 それでよかったのだ。それだけで。

 私が馬鹿だった。ずっと御屋形様の傍でみんなと暮らしていれば……何も必要なものなどなかったのに。

 今後はすべてをジィスハのために費やそう。この国が、力強く歩みを進められるように、そのための最善を考えよう。


 御屋形様――アヤメ・サムラ様と一緒に。

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