151 後始末 その一
「其処の小娘の記憶を、再現可能な部分のみ書き出した」
「ありがとう、師匠。頼ってばかりでごめん」
俺は一人で師匠の島に来ている。
師匠の治癒魔術は、すべてにおいてラファより上だ。
それでも哀れな女忍者の改竄された記憶は、元に戻せないようだ。
カルナァトにも大量の患者が居る。その相談も師匠にしてみたが、「救えん」のひと言で終わってしまった。だが、そこに「其れが本当に、【加護】によるものであればの」という言葉が付け加えられた。
なるほど……バタバタしていたせいもあって、そこまで頭が回らなかった。
【加護】ではなく、一般的な手法による洗脳か。
だとしたら不思議なことがある――
何故ランクSの面々は、誰もそこを指摘しなかったんだろうか?
「力には相応の思考力が要求される。貴様は経験が足りておらん」
「どういうこと?」
「其れ程の力を振るえる者は、警戒される」
「『あいつ、ヤバくね?』ってことか……ジゼルさんも気付いてたんですか?」
『当然。襲撃者の中で誰が本当にヤバいのかも、分かってるわよ?』
「俺とラファは『なるほど。全員殺しましょう』って言うかどうか、試されていたんだな……」
「力で敵わぬ相手をどう教育するか――弱者なりの苦肉の策じゃな」
「弱者って……相手はランクSなんだけどなあ」
瞬間瞬間に最善を導き出すのは難しい。だから俺は世界を廻りたかった。
世直しツアーをしたかったわけではないのだ。
それでも、目の前をぼんやり見つめている状態のキキョウ・ミカゼを、そのまま放ってはおけない。
「結局決めるのは俺ってことか……」
「然様。選択から逃げるな。他人に委ねるな」
「うん、そうだな。俺はキキョウ・ミカゼをジィスハへ帰らせてあげたい」
師匠に手渡された紙を眺める。
そこにはジィスハでの修業の日々や、ゲンナイさんとの仲睦まじい日々の、断片化された記憶が綴られていた。
彼女がリアンと出会ってから六年――そこがすべて空白期間になる。
それは血と謀略の日々だ。幸いにして素顔を見せた相手はリアンのみで、恨みを抱いた人物に、生涯追われ続ける事態は避けられそうだ。
俺が迷っていたら、この女性は永遠の悪夢に囚われたまま、処刑される。
カルナァトに戻ってからも、同じ問題が待っている。
迷うな。力を持つ者の責任を果たせ。
だから俺は、師匠にある提案をした――――
§
カルナァトに戻ると『嘘発見器』の選別作業は終わっていた。
やはり危険人物もしれっと混じっていたようで、その場で昏倒させられている。
「お疲れ、ラファ。ありがとう」
「ベロチューをしましょう」
「何から俺を護ってくれるんだ?」
「え? 普通に他の女性ですが?」
「ラファより攻撃的恋愛観の持ち主は居ないと思うぞ?」
「そこは重要ではありません。千人居ようと私が千であればいいのです」
「そうだな……俺達はやっぱり旅をしなきゃならない」
ラファの表情からは、さすがに疲労が窺える。脳の疲労は肉体の疲労より回復に時間を要するのだ。
『安全』と見做された冒険者が集められて、レオノーレさん達から今後の説明を受けている。今後下手なことを誰かに話せば、その誰かと一緒に消されかねない。
事件はまだ、何も解決していないのだ。
「ラファは少し寝ておけ。全容解明にはまだ膨大な時間と労力が必要になる」
「キキョウさんは、どうされたのですか?」
「この場では言えないだろ?」
「迂闊でした……少し眠ります」
俺はラファを抱いて、穴の空いたレオノーレさんの家まで送り、再び町の外まで戻ると、ルー達は集まってくる雑魚魔獣を狩っていた。
「手伝おうか?」
「大事な話があるんでしょ。こっちはいいから行きなさい」
「俺達にも仕事させてくれよな!」
ありがたく任せておこう。
まずはレオノーレさんに、キキョウ・ミカゼの処置について伝えた。
「彼女の罪を裁かないと気が済まない人は、俺と殴り合いするってことで」
「なんでも暴力で片付けようとするから、大人に信用されないのよ?」
「処刑はどうなんですか? 俺は『全員は厳しすぎる』と言いましたよね?」
「そ、それは……」
「お前は精神が未熟すぎる。挑発的な態度を改めなければ、危険人物としてマークされることになるぞ?」
「ドウレスさん、そこはもう堂々巡りにしかなりません。俺はランクS全員集めて訊きたいぐらいです。『なんでみなさんは、魔族だけチクチクと斃していれば平和だと思えるんですか?』って。こんな事件が起こってしまうのがおかしいんです」
「やはり少年の考え方は面白いネ!! 確かに、駒同士で潰し合っている状態を停滞というなら、我々は何も変えようとしない駒のままだネ!」
「だが、【加護】以外の神域の力を自在に使える者が魔族に堕ちれば、誰にも止められん」
「それを止めるのが最古の幻獣です。つまり、最古の幻獣に勝てなければ、獰神の手下になっても瞬殺されるだけなんですよ」
「なんだと……!? 一体、どういう情報なんだそれは?」
「僕も初耳です。教えてもらえるかな? 滝原君」
そこからは高速言語で、師匠の名前を伏せて『壮大な夫婦喧嘩説』を、ランクSとレオノーレさんに聞かせた。
世界の安定装置が機能しているからこそ、複雑な状態になっている。
従来の『最古の幻獣は獰神の駒』という考え方をしている人達と、話が噛み合うわけがない。そこを理解してもらわなければ話は堂々巡りで、『お前は危険だ』といつまでも言われ続ける。
危険とかじゃなく、みんなでもう一つ上のレベルに行かなければならないのに。
話を聞き終えた祐さんが、うんうんと頷きながら言う。
「真実がどうであれ、その観点からの考察は面白いね。確かに、僕達はランクSになって『これで魔王と対等に戦える』と安堵していた部分はあると思う。だけど、それは用意されたシナリオにすぎない。滝原君の説が正しいのかもしれないね」
「まさに目から鱗だな……誰から聞いたかは問わんが、いつかお前の師匠に会ってみたいものだな」
「ドウレスさん……分かってて言ってるでしょ、それ」
「え? なんの話よ?」
レオノーレさんには話しておくべきだろうか……。
その前に、状況を収拾させなければならない。
リュクロワへ進んでいた魔王は、様子を見に行ったら既に討伐されていた。
この町を目指していたのかもしれない。操っているのは獰神だ。
やはり、リアンが使役していた魔王は、何かがおかしい――
エルベリアが消滅の危機に曝されていたのは間違いない。あの男は一体何がしたかったのだろうか……。
「ここは少年と【幻砂の白鳥】が居れば問題無いネ? 僕は行くヨ!」
【テクフレ】は、ランクSの抜けてしまった地域の穴埋めに向かった。
ドウレスさんは一度活動拠点にしているイゴエルラ王国に戻り、国際ギルド連盟の代表者を緊急招集するための準備に取り掛かる。ランクSの配置バランスを変更しなければならないのだ。
そんな彼等には、こう伝えておいた。
『俺はただ旅をしたいだけなので、放っておいてほしい。文句があるなら誰とでも戦うので、どしどしご意見ご感想をお待ちしています』
俺が恐れられようと、知ったことではない。
何度だって言ってやる――『俺は仲間と旅をしたいのだ』と。
そして、嘘発見器にかけられた冒険者達にも言っておくことがある。
「みなさんは善意からここに招集されたのに、とんだ災難でした。原因は俺です。【加護】で相手を操るキス魔こと、全然強くない【最強】が、俺を恐れていたみたいです。弱いですね、【最強】。ですが、俺はまだ最強ではありません。模擬戦はどしどし受け付けていますので、今すぐでもいいですよ?」
「誰がやるか!!」
「あの針のやつだけはやめて」
「リアン様がこんなバカに……」
すると、テッドさんが呆れながらフォローしてくれた。
「涼平はバカだけどいい奴だ。俺の師匠を助けてくれた。彼はただゆっくり世界を旅したいだけなんだ。みんなもなるべく面倒をかけないでやってほしい」
「そうね。魔人や魔王化したら、これが殺しに来るのよ? 嫌でしょ?」
「毒舌!!」
「先程話したとおり繊細な問題です。みなさんの軽挙妄動が仲間を殺します。くれぐれも、言動に責任感をもってくださいね?」
レオノーレ先生の言葉に、全員が神妙な顔で頷いている。
さすがは年の功だな。しっかり纏めてくれた。俺だったら延々とコントを続けるところだった。
「はーい、みなさーん! それでは解散したあとは、戦技訓練に入りまーす。俺に捕まえられた人は、夜明けまで模擬戦ってことで。三、二、一、スタート!!」
みんな蜘蛛の子を散らすように走って闇の中へ消えていく。
レオノーレ先生は教育方針の不一致からか、俺を一瞥して溜息を一つ。
「本当に、無茶苦茶ね……君は」
「先生も今後はタメ口でいいですよ? でないとずっと先生って呼びますから」
「あの、滝原君……僕を忘れていないかい?」
「ああ。居たんですか、先生」
忘れてた――
ジェイは地べたで寝ている。基本的に人間のゴタゴタには興味が無いのだろう。それでもラファを手伝ってくれた。いい子だ。
「朝になって商店が開いたら、ジェイにチョコを買ってあげますね」
「いや、僕も情報収集に飛ぶよ。また来るからその時に頼めるかな?」
「分かりました。先生は何がお好きですか?」
「僕は塩気と甘いのと両方」
「一番太るやつですよ……それ」
お菓子プレゼントを約束して、彼等も飛び立っていった。
そして祐さんは、このまま現場に残ってくれるらしい。
「滝原君とも少し話がしたいからね」
「残念なお知らせがあります――俺にはそっちの趣味はありません」
「違うよ!? いや、本当に似てるなあ……雅人君に」
「そうかしら。ここまでバカじゃなかったと思うけど」
「ノーレはラブラブ補正がかかってるからね?」
「ちょっと!? やめてよね! 見なさい、この悪いことを思い付いた顔を。どちらかといえば静香のほうでしょ?」
「ハイブリッドなんだね。滝原君は」
「あとでいろいろ聞かせてください」
「何も話さなくていいからね? まだまだやることは山積みなんだから、仕事に取り掛かりなさい」
「はーい、レオノーレ先生」
「それはやめなさい!!」