150 視点が変われば
町の外が静かだな……ランクSは、まだ戦闘を始めていないのか?
それにしても、【失踪する怪談】とかいう変なランクA冒険者に、そこまで警戒する必要があるのだろうか――
元ランクS、ブライス・フィッシャーからの指示で、俺はレオノーレ・クーアの家に忍び込んだ。
『高ランク冒険者が警護していなければ、キキョウ・ミカゼは自力で脱出不能なぐらい弱っている』という情報は正しかったようだ。
いくらランクS相当でもそこまで弱っているなら、ランクCの俺でも止めを刺すぐらいはできるだろう。
相手は化け物揃い。ランクB以上では即座に侵入がバレる。
ランクCでもバレるかは運次第らしいが、ランクDでは弱すぎて殺せない。
大体、そこまで過剰に警戒しなくても、外にはランクSが八人も来ている。
誰が勝てるものか。過去の戦争でも、そこまでの戦力が投入された記録は無い。
地下室へ通じるドアを蹴り破って開き、階段を進む。
あの忍者が死ねば、この町を護っている冒険者の正義は反転する。
粛清されるのは奴らだ。【最強】を敵に回した時点で終わってるんだよ。
地下室のドアも蹴り破ると、そこには長槍を構えた少女が一人。そして、一体の変な人形が置かれていた。他に人間の姿は見当たらない。
なんだあれは……《ゴーレム》みたいにも見えるが、《ゴーレム》にあんな顔は無い。
「だ、誰ですか……?」
「お前こそ誰だ? ここにキキョウ・ミカゼが居るはずだ」
「え……居ませんけど?」
「なんだとっ!?」
「誰か知りませんけど、さ、刺しますよ?」
「笑わせるな! お前みたいな小娘に何ができる。おとなしくキキョウを出せ!!」
「だから居ないって言ってるのに……」
すると、怪奇現象が発生した。
さっきまでじっと立ったままだった人形が、いつの間にか紙を掲げている。
そこには【ころす?】と書かれていた。
どういう意味だ? ああ――なるほど。侵入者を留めおくための時間稼ぎか。
「こ、殺しちゃダメだよ? まいちゃん。涼平さんに『めっ』ってされるから」
「……」
「くだらない一人芝居だな。外の人間は誰も助からない。誰も来ない」
「誰も死にません……涼平さんが、居るから」
「ランクS八人だけでなく【最強】も戻る。ランクA一人で何ができるんだよ!」
え――?
いきなり刺しやがった。
俺はランクCだぞ? 勝てると思うのか?
長槍のリーチが鬱陶しい――腰のナイフを心臓目掛けて魔術で投擲した。
どのみち顔を見られている。始末するしかない。
だが、投げたナイフは胸の前で静止したあと、落下する。
何が起こった? こんな小娘が障壁を張ったところで、造作なく貫けるはずだ。
ふと、気配がしたので視線を落とすと、あの人形が俺のすぐ傍まで来ていた。
これは……本物の《ゴーレム》なのか!?
そう思った瞬間強い衝撃が走り、骨が砕ける音と共に俺の身体は宙に舞い、家をぶち抜いて吹っ飛ばされた――
§
新たなランクS、大久保祐さんは二十代の青年で、ランクSでは若い部類だ。
身長は俺より少し高いので百八十セマぐらい。黒髪、黒目の一般的な日本人。
腰の剣はクレイモアだな。『ヒルト』といわれる柄と鍔の部分がY字型で、鍔の両端に四つの輪の装飾があるのも特徴的だ。
ドウレスさんは巨大ハンマーではなく、重厚な戦斧を手にしている。
長年愛用していた戦鎚の代わりは、簡単には見付からないようだ。
そんな観察をしていると、町の方向から何かが飛んできた――人間だ。
ラファが重力操作で止めて俺達の前に下ろす。
腹を貫かれ全身の骨は砕かれている……誰と誰がやったのか一目瞭然だ。
更に腰に折り畳まれた紙が挟んであるので開いてみると、そこにはまいの文字でこう書かれていた。
【しんにゅうしゅ】
惜しい。最後は『ゃ』だぞ? まい。
それはともかく、レオノーレさんの家に族が侵入したのだ。
次から次へと面倒事を起こしてくれるなあ……。
ラファの遠隔障壁は座標固定でないと使用できないけど、防御力は高い。
低ランクが千人向かおうと心配ないが、レオノーレさんの家だけは心配だ。
こちらへ不安げな視線を向けるレオノーレさんと四人のランクSの協議も、ひと区切りついたようだ。
「その男は侵入者ですか?」
「はい。たぶん、家がぶち抜かれてるかと……すみません」
「人の命には変えられません。涼平――今から私が話すのは、変更が極めて困難な内容という前提で聞いてください」
「俺には権限はありませんから……なるべく反論しません」
「今、飛んできた男も含めて、彼らは全員処刑されます」
「えっ――!?」
操られていただけの者も居るだろうに、全員同じ罰を受けるのか……。
驚く俺に、言葉が続けられる。
「尋問はしますが、関係者を訊き出すだけです。釈明は聞きません」
「ランクA以下の冒険者もですか?」
「私は『全員』と言いました」
「うーん……それはちょっと厳しすぎるのでは?」
「全員の改竄された記憶を修復可能なのは、誰ですか? その負担が如何程かは、君にも分かるでしょう?」
「いえ、別に。口を挟んですみませんが、私を馬鹿にしているのですか?」
「そ、そんなつもりは……私はラファの労力を想って言っているのです」
「ラファ様。わたくしも、あれほどの数の冒険者を一人ずつ癒やされるのは、困難かと思いますよ?」
「大変だから殺すというのは間違っています。少なくとも、変態に記憶を改竄されてしまった人達は被害者です。救済するべきではないでしょうか?」
「レオノーレさん――俺に考えがあるんですけど。他のランクSのみなさんも少し聞いてもらえますか」
この場で野戦病院のように次々と治癒して回っていたら、ラファも疲労困憊してしまうだろう。
そこを考慮してくれたのはありがたいが、全員処刑は後味が悪すぎる。
彼等は【掃除屋】のように、人殺しを生業としていたわけではないはずだ。
だから俺は、昏睡状態にしたまま数日、あるいは数週間をかけて、少しずつ治癒を施す方法を提案してみた。
それでもレオノーレさん達は、渋面のままだ。
「数十人の罪人の面倒を誰が見続けるのですか? 警護も必要です。それに、この世界には地球のように、大量のベッドが並ぶ施設は存在しません」
「人の命が軽すぎます」
「だからこそ冒険者は、刃を向ける相手を誤ってはならないのです」
「そちらの言い分は分かりました。ですが――彼らを戦闘不能にしたのは涼平さんとジゼルさんです。私は涼平さんにとって最良の選択に従うまでです」
「何か妙案はありませんか? ジゼルさん」
『無理ね。冒険者同士で禍根が残ることまで、計算尽くでしょ』
悪党ってのは、つくづくエグいことを思い付くなあ……。
そこで黙って話を聞いていた大久保さんが、俺達に近付いて話し始めた。
「どうしても治癒を試みるなら、僕の知ってる冒険者に面白い子が居るよ?」
「どんな人ですか? 大久保さん」
「祐と呼んでくれて構わないよ。ゲームみたいに、飲むだけで回復できる薬を作る研究をしているんだ。彼女なら何か思い付くかもしれない」
「その治癒薬は成功したんですか?」
「いやそれが……何かが足りないみたいで、未だ完成してないんだよ」
「話になりませんね。時間の無駄でしょう」
「祐さんが提案してくれたんだし、一度会ってみてもいいんじゃないか?」
「女性でなければ、会うのも吝かではないのですが……」
「なんだその目は!? 俺のことなんかなんとも思わない女性のほうが、圧倒的多数だぞ。ですよね? レオノーレさん」
「わ、私に訊かないでっ!?」
そこは『そうですね』と冷静に返してほしかったのに……。
ラファが半眼になったまま睨んでいる。
すると、レオノーレさんが一つ溜息を吐いてから、いつもの困り顔で言う。
「分かりました……収容施設はどうにかしましょう。但し、ランクSは戦闘能力が高すぎて危険です。処分は変更できません」
「それは私が調べてから判断します。何を勝手に決めているのですか? 涼平さんに決定権を渡すべきです」
「あのなあ……ラファ。俺みたいなガキに任せられるわけがないだろ?」
「いいえ。涼平さんは、神をも見下ろす存在になる人物なのですから」
「ならないよ!? 俺は神様と本格派しゃべくり漫才をしたいだけだから!」
レオノーレさんが頭を抱えている。俺も同じ気持ちだ。
この場面で強さなんて意味が無い。ただ、俺も言っておきたいことはある。
「洗脳された側にも問題があったのかもしれませんけど、脅威ではないです。あの程度、ジゼルさんなら瞬殺します。俺が居ないほうが強いぐらいなので」
『手加減が難しいのよねー』
「【幻砂の白鳥】にそれを言われると、何も言い返せないんだけど……」
「それと、またこんなことが起こらないように、最善の策を考えてください」
「ええ。それは私達も同じ意見よ」
「そうだネ。魔王出現のタイミングと被ってしまったら更に混乱するからネ」
そしてドウレスさんも続ける。
「今回の事件で欠員が出た国もある。お前達も他人事ではないからな」
「えー」
「私もカルナァトに居続けられるか、微妙な状況なのよ?」
「じゃあ一緒に逃げましょう!」
「えっ!?」
時々少女みたいな反応するなあ。本当にルーが二人居るみたいで面白い。
まあ、今後のことは一旦落ち着いてから考えればいい。
当面の問題は、一旦落ち着けそうにないってことだな。
キキョウ・ミカゼの処置も保留中だ――しばらくは誰にも居場所を明かせない。
まあ、バレたところで誰にもどうすることもできないけど。
師匠の島に置いてきたからな。
そしてラファは、ルーと【フィオーレ・マネッテ】の二人に協力してもらって、わけが分からないまま連れて来られた冒険者達の、『嘘チェック』を行う。
そのあいだに俺は家で待つ二人の様子と、家の破損状況を見に行く。
町に入りレオノーレさんの家に到着すると、やはり屋根に大穴が空いていた。
そして予想どおり、その穴は地下室から一直線に貫かれている。
「二人とも、ごめんな。変なのが来たんだろ?」
「恐かったです……刺すつもりで刺しました……」
「……!!」
「まだまだ警戒は必要だ。まいは絶対に殺しちゃダメだからな?」
「……」
スケッチブックには【うらばかり】と書いた。『おもてなし』か。
まいのコメントは頓知が利いてるなあ。
「そうだな。殺さない程度にもてなしてやれ――って、悪党の台詞だこれ」
「あの……頑張った……ご褒美は?」
「デコチューでいい?」
「はい……口でも……」
「まいはほっぺな?」
「……!!」
このぐらいラファも許してくれるだろう……たぶん。