149 夜空の下で寸劇を
殺気が心地いい――みんなが俺を見ている。
あれ? 俺ってそんな趣味あったっけ……まあいいや。
「俺は最古の幻獣に勝てるほど強くなりたい。ここを襲撃したみなさんは、最古の幻獣の仕事を知ってますか? このままだとエルベリアは一瞬で消える――それが狙いなら、全力で邪魔させてもらう」
返事がない――俺の独演会か。
「言っとくけど俺は弱い。たとえ亜光速でも惑星の裏側まで『時間』の概念の中を移動する。つまり、今ルトクーアのエイネジアで誰かがピンチでも間に合わない。なんたる弱さだ!! だから、冒険者のみなさんには頑張ってほしい。どうにか量子テレポーテーションしてもらいたい。物質ではなく『魂』という概念の移動です。生体組成なら全裸で出現するのかもしれないけど、遠距離連絡が円滑になる」
「なんの話をしてるのよっ!?」
「相変わらずだな……涼平は」
「安心したわよ。強くなりすぎて変になったのかと思ったら、元々だったわね」
「はい、そこの毒舌ランクA! 目の前のランクSをどう思いますか?」
「折角そこまで強くなったのに、空に浮かぶバカにすべてぶち壊しにされる気分はどうなのかなーって」
「はい、マチルダさんありがとう。ではそこのランクS! 答えて!!」
「知るかバカ野郎!! お前らが俺達を止められると思ってるのか?」
「はい、ありがとう。名前知らない人。みなさんは、ランクAがランクSになれる理由を考えたことはありますか?」
「修行して鍛えて、高ランクの魔族を数多く斃したからじゃないのか?」
「ありがとうテッドさん。残念、ハズレです」
「えっ!?」
全員余すところなく驚いている。
そう――俺が驚くべき早さで強くなっている理由は、当然『天人だから』という理由もあるが、もっと重要な要因があるに違いないのだ。
「神様も獰神も、ずっと待ってるんです。強くなって状況を打破できる冒険者を。だから『そこに行きますね?』と心の底から思える冒険者は強くなれます」
「マジかよ!? ラス先生でもそんなことは言ってなかったぞ?」
「今、思い付きました」
「ガキが! 死ね!!」
ランクSのおっさんが叫んだ。殺意をありがとう。
まず変な武器の人が襲いかかってきた。なんだあれは。カヤックのオールか?
だけど遅い。【ブルレスケ】は既に地面に突き立ち砂で岩を形成している。その岩をコーティングして飛ばす【マズルカ】が腹に神速で打ち込まれ、白目を剥いて落下していく――はい、一人終わり。
キス魔が邪魔なので、瞠目している詩人の近くに置いていく。
変な巨大扇子を持ったケバいお姉さんが、遠距離から斬撃を飛ばしてくる。
全部避けた。狼狽するお姉さんの背後に着地、殺さない威力の手刀で一撃。
これで白目が二人。
ルーの前にいた短剣を持った男と、【フィオーレ・マネッテ】の前に居た日本刀を持った女性――日本人だろうか? 驚愕してる間にボディーに一撃ずつ。
大鎌。カッコいいけど使いにくい武器だ。魔剣ではなかったのか、擂粉木の一撃で砕けてしまった。これで白目は五人。
気絶させられていたはずの女性が、リクライニングの椅子みたいに直角に身体を起こして何か叫ぼうとしたので、【ブルレスケ】が顔を覆って酸欠で窒息。
殺してはいない。白目が六人。
でかい大剣を持っていた男の剣は既に【テクフレ】に砕かれていた。さすがだ。
槍を持ったお姉さんが音速で突き出した穂先を擂粉木で砕き、白目が八人。
それらすべてに五秒もかかっていない。そして――
「その他のみなさーん! 今から凄く痛い場所に針が刺さりますけど、死にませんから思いっきり痛がってください!!」
【ブルレスケ】が八百四十本の針に変形する、【ヴェクサシオン】だ。
俺に殺気を向けた冒険者にだけ、既に刺さっている。
叫び声の大合唱が始まった。
同業者に対して簡単に殺意を向ける冒険者は、魔族予備軍だ。
失神するまで神域の力による激痛が続く。相手はジゼルさんだ。容赦しない。
「【しっかり恐妻】さん、【テクフレ】、【フィオーレ・マネッテ】のお二人も、助太刀感謝します。気配を消して、ずっと見てました」
「見てないでお前がやれよ涼平!?」
「『人の厚意を無駄にしちゃダメ』と、母に言われて育ったもので」
「私は【悉皆噛砕】だ。妻は今日も柔らかな春の風のように送り出してくれた」
「すみません。愛妻家のドウレスさんでいいですか? 舌噛みそうなので」
「構わん。短期間で更に腕を上げたな」
「僕達は必要なかったみたいだネ?」
「誰が来てどう動くのか見極めたかったので。すみませんでした」
「僕が少年の敵に回るワケないヨ! もっと恐い人を知ってるからネ?」
「そうですね。あとでボコってもらいます」
「オウ! 愛の鞭だネ!!」
「遅ればせながら只今参上!!」
闇夜に映える青のライン――プロディジーだ。シンまで来たのか。
「早く変身解かないと、ジェイが来ちゃいますよ? あと頑張ってください」
「ありがとう。君の応援が私の力になる! とうっ!!」
「どこ行くのよ……シンは」
やがて巨大な荷物を後肢で掴んだ状態のジェイがラファと一緒に飛来し、荷物を下ろしてから着地する。
布に包まれた荷物は、おそらく向こうで襲ってきた冒険者と魔王だろう。
ラファも軽量化させてフォローしていたとは思うが、お疲れ様だな。
「ごめんな、ジェイ。ゴミの運搬させちゃって」
「ほんと迷惑だよ!! だけど友達だからな! これぐらいはやってやるよ」
「ありがとうジェイ。あとでお菓子買ってあげるよ」
「ガキ扱いするなっ! 中身キャラメルのチョコな? ピーナツのじゃないぞ?」
更に、俺のあとを追ってきたランクSが到着した。敵意はなさそうだ。
「凄いなあ!! 君はまだランクAなんだね? 僕はランクS冒険者の【翡嵐の刃】大久保祐だ。よろしく! ノーレとは顔見知りなんだよ」
「ヤトリエス方面から、後ろを付いてきた方ですよね? はじめまして。俺は滝原涼平です。ヤトリエスは放置しても大丈夫なんですか?」
「もう一人ランクSが居るんだよ。こっちが面白そうだから見に来たんだ」
「祐は転移事件の当事者の一人なのよ」
「ああ、熱中症の?」
「話が長くなるから、あとにしましょう。まず、この状況をどうするつもり?」
集められる死体――ではなくキス魔と白目ーズと、その愉快な仲間達。
冒険者の中には、何がなんだか分からずに眺めていたお客さんもいたので、彼等には「あとでちゃんと説明します」と告げて、一ヶ所に集まってもらった。
当然ながらラファの取り調べが終わるまでは、勝手に離脱させられない。
まず、軽く五十を超える悪党の山をどうしたものか……。
するとラファが心底面倒臭そうに言う。
「穴を掘って埋めましょう」
「たぶん普通に出てくるわよ?」
「確かに。ルベルムさんの指示どおり、口に塩を詰めて縫っておきましょう」
「言ってないわよっ!?」
「ゾンビでしょ、それ……」
「こっちも相変わらずだな……」
「おやおや、ラブラブカップルのお二人ではありませんか。相変わらずやることはやっていらっしゃるのでしょうか? 羨ましい限りです」
「久しぶりに会って最初にかける言葉がそれなの!?」
「それが、実際は君が思っているほどでは――」
「答えなくていいのよっ!!」
防衛側の面々とお客さんで、合わせて十一人と一匹――話が進むわけがない。
するとレオノーレさんがキリッとした表情になって、場を落ち着かせてくれた。
「せ、セクハラですっ!!」
思ってたのと違った……。
とにかく、混沌としている状況を整理しなければ。
俺がキス魔にかけておいた強制睡眠を確認したラファが、平然とした表情のまま「これ、死にますね」と恐いことを言うので、ちゃんとやり直してもらう。
ただの打撃で気絶させたランクSは、全員昏睡状態に移行。自力で解除しそうな面倒臭いタイプは、『解除しよう』と試みる意識までカットされてしまった。
これほどのカオスはレオノーレさんでも未経験なのか、俺を放置してランクSの四人と、審判団のように協議を始めた。的確な判断だ。俺は邪魔でしかない。
そこに、どったどったと走ってシンが戻ってくる。
「やあみんな。大変なことになったね」
「先に着地しといて、どこ行ってたんだよ? オレが着いたときには全部終わってたぞ?」
「いえ、ジャバウォックさん。プロディジーさんは――」
俺とルーでラファの口を塞ぐ。
「先生、俺はのんびり世界を廻りたいだけなのに、なんで厄介事が次々と飛び込んでくるんでしょうか?」
「残念ながら滝原君は、今後も火の粉を払い続ける旅を覚悟しておいたほうがいいと思うよ。悪意はラディッシュのように容易く育ってしまうものなんだ」
「それだと低ランクの仲間と合流できないんです……今回、魔王三体とランクSが十人ですよ? こんなの護りきれません」
今回は運が良かった。
キス魔を利用して敵意を向けさせると、自信過剰な彼らが引っ掛かってくれた。最初から俺を警戒されていたら助けられない。
「うーん……」と唸ってから、ルーが言う。
「ここまで極端な事件って、そうあるものじゃないでしょ?」
「有史以来、初めての大事件だろうね。これほど大掛かりな騒動は」
「そうでないと困るんですよ。このあと警告したいので」
「滝原君は最初からそれを前提に仕掛けたんだね?」
「はい先生。止むに止まれずそうなった感じです」
【次世界の縄墨】が何をしたいのかは知らないが、リアンがやったことは結果的にロディトナ消失に繋がった。他にもこんなのが居るなら、人間の営みはどんどんこの星の地表から消えていく。
『死を想え』――それは天人なら言われなくても考えることだ。
なのに他人の命を弄ぶクズが現れる。
俺一人が強くなって、どうにかできる問題ではない。
師匠も魔人としてどこまでやれるか、長い年月を費やしながら考えたのだろう。
そんな師匠とみんなと、世界を楽しく旅したいのだ。
「俺はみんなで、みんなが強くなるために何が必要なのかを考えたい」
「はい。私も涼平さんが量子テレポーテーションしたときに、さりげなく紛れ込む方法を考えます。『素粒子デレ』です」
「また新たな流行らないジャンルを!?」
「怪奇映画でしょ……それ」
隙あらば俺と一体化しようとする、素粒子妖怪対策も考えなければ。