140 破天荒
「えっ? 滝原……さん!?」
「まさかここで会うとは。お久しぶりです、リヴィーさん」
レオノーレさんの家に招かれてリビングに通されると、そこでは何故かマックスの元教導担当者だった褐色さんが、お茶を入れていた――
おそらく、家の主の帰宅に合わせてお茶を用意していたのだろう。
トリネーブで別れて以降、彼女の情報は耳にしていなかったので、驚きだ。
「やはりレオノーレさんは大百合さんだったのですね……安心しました」
「なんでもいいけど、あたしを巻き込まないでよねっ!」
「違いますっ!!」
「大百合ってなんでしょうか?」
家の主は真っ赤になって否定し、リヴィーさんは珍客の謎会話に首を傾げた。
全員ソファーに腰を落ち着けてから、あの一件のあと、リヴィーさんがどのように過ごしていたのかを聞かせてもらうと、更に意外な話に繋がっていく――
リヴィーさんの元教導担当者が、ラファがオリジナル武器の制作を依頼しようとしていた職人で、この町にも武器を提供している人物だったのだ。
名前はダガネット・オルセン。年齢は五十六歳と、そこそこ高齢だが現役。
エルベリアから一つ国を跨いだ西南にある、ルズーレク王国で武器職人をやっているらしい。
「なんか俺達って、いつもこんなふうに話がぐちゃっとなるよな……」
「キミでしょ? あたしは巻き込まれてるだけだからね?」
「涼平さんは、この世界の中心ですから。運命を引き寄せるのは必然なのです」
「あの……ダグ師匠をお探しだったのですか?」
「はい。ラファの武器を作ってもらえないかと思って」
「ですが、その前に『契約の魔石』についての疑問を解消しなければなりません」
「ああ、そうか……神託の塔に行かなきゃだよな」
その名前が出た瞬間――レオノーレさんとリヴィーさんの顔色が変わる。
師匠も神託の塔の話をするときは渋面を浮かべていたが、具体的にどんな問題があるのかまでは話してくれなかった。
眉根を寄せた表情のまま、レオノーレさんが問いかけてくる。
「行くつもりなのですか?」
「はい。何か問題でも?」
すると、大百合の二人が顔を見合わせてから嘆息した。
「だから違うって言ってるでしょっ!」
「なんで心を読めるんですか!?」
「ある時期を境に――って、それは置いといて、神託の塔へ行くのはあまりお勧めできないわね。特に君のような若手の実力者は、避けるべきです」
「そうですね。一口両舌の魑魅魍魎が集う場所ですから」
なるほど。変な腐女の居る妖怪タワーってことか……居心地良さそうだな。
「ひょっとして『契約の魔石』の出処も、胡散臭いものなんでしょうか……」
「神の力がなければ、ただの石と変わりませんよ? あれで何をするつもりなのですか?」
「武器を作れないものかと」
「魔石で武器……ですか?」
意味が分からず首を捻るリヴィーさんの隣で、レオノーレさんが軽く左右に首を振ってから言う。
「あのね……【ブルレスケ】のようにはいかないのよ? ジゼル・トゥオネラは、『稀代の天才』と謳われた人だからこそ可能だったと考えるべきです」
『モットホメナサイ!! チチオンナ!』
「セクハラですよっ! 聞こえてますからね、ジゼル・トゥオネラ!!」
「ラファはヴィスティード人では最高の才能の持ち主ですから、大丈夫ですよ」
「確かに、ヴィス人がその若さでランクS昇格を意識できるのは、凄いことです」
「モットホメテクダサイ!!」
『マネスルナ!!』
いつの間にか、ラファもジゼルさんの声が聞こえるようになってるし……。
いよいよもって脱線が常態化するなあ。
するとレオノーレさんが、一旦話を落ち着かせてくれた。
「今すぐ行くつもりではありませんよね? まずは見聞を広めなさい。本来の用件があるのでしょう?」
「はい。こちらのビーチェを、音楽の仕事に携わっている人に引き合わせてもらいたいんですけど……ライブハウスの店主とかでも構いません」
そこからビーチェの話題に移行するところまではよかったのだが――
「何故、誰も彼女の歌を聞いていないのですか!?」
俺達は至極当然の質問への返答に窮する。
「うーん……そこを聞かれると困るというか……」
「この人達、頭がおかしいんです……聞いてないのに『絶対上手いから』とか」
ビーチェは毒舌だが嘘は言っていない。ただ、そこには理由がある――
「だって、歌わせてから『なんだ、この程度か』って顔したら失礼だろ?」
「こ、殺してやるっ……」
「私の家を殺人現場にしないでね? でしたら――【ファーシカル・フォリア】の三人を殺す前に、一度歌ってもらいましょう」
「こ、ここで……ですか?」
「貴方は歌手になりたいのでしょう?」
「だけど……みんなが見てる前でなんて……」
レオノーレさんは、口を横に開いた面白い顔で俺を見た。
このままでは、俺達がなかなかのピエロっぷりを披露しただけになるので、一つ提案として、レオノーレさんにお願いしてみる。
「もし、ライブハウスみたいな場所があるなら、オーディションをしてやってもらえませんか? ビーチェは俺達が居ると期待が重圧になるんです。その重圧が極限に達したとき――彼女は服を脱ぎ捨て、全開で走り出してしまうんです」
「なっ!? ちがっ……人前で、全開とか……さ、刺し殺してやる……」
長槍ではなくスティレットを握り締めてぷるぷると震えるビーチェに、困り顔を浮かべるレオノーレさんは、【透明化】の【加護】のことを知らない。
そこでリヴィーさんが助け舟を出してくれた。
「ノーレ。みなさんを信じてあげてください」
「分かっています。親しい友人からもお墨付きを得ていますから。ただ、この無茶苦茶なところが『ある人物』に似ていて、少しイラッとしただけです」
「やはり大百合……」
「苛々は肌荒れの元ですよ? ビタミンCを摂りましょう」
「そういうところよっ! この二人はっ!!」
「分かります」
何故怒る? そしてやはり小百合さんは大百合さんと気が合うようだ。
その後、子牛のような目をしたビーチェがレオノーレさんに伴われ、町のライブハウスへ引き摺られていった――
リヴィーさんは「凶暴な子なのですか?」と心配するので、「そもそも内に閉じ籠もって、感情を外に向けることすらなかったです」と説明すると、目を輝かせて「やはりみなさんは凄い方々なのですね!」と感動されてしまった。
おそらくレオノーレさんの感じたものが正解で、リヴィーさんは過大評価だ。
それから真愛がランクC昇格を果たした話をすると、目に涙を浮かべながら聞いていた。
短い期間といっても、俺達より長く一緒に居たのだ。感動も一入だろう。
「真愛は俺達に追い付きます。そこは何も心配してません。何より、拗らせることなく立派な冒険者に育ったのは、リヴィーさんのおかげだと思います」
「そう言ってもらえると救われます……自責の念から、逃げるように別れてしまいましたから」
「傷心をレオノーレさんに慰めてもらっていたのですね……」
「いえ、師匠の品を納品に来たついでに立ち寄っただけですから。みなさんに会えたのは本当に偶然なのです」
「ラファの目的地も分かりましたし、あたし達も会えてよかったです」
「中央大陸では、東の大陸ほど長閑な環境で指導していられないので、付いていけない子はつらい目に遭います。見かけたら助けてあげてくださいね」
俺達三人が頷く。やはり真愛達を連れて来なくて正解だな……。
そんな中、まいはスケッチブックにエーデルワイスの絵を描いている。
あとで『それは苞葉で、花は別にあるんだよ』と教えてあげよう。
「それにしても、あの時と比べてもみなさんの成長速度は凄いですね。レオノーレさんも相当強い冒険者なのですが……」
「大百合さんは、魔王に勝てるのですか?」
「え? は、はい。勝てます。むしろ今の滝原さんに勝てる冒険者のほうが、居るかどうか……」
「当然です。涼平さんは、神に夫婦漫才を強要する存在なのですから」
「ラファもだろ?」
「あたしは部外者です」
「おい!? 小百合さんは獰神を凹ませるという重要な任務があるだろ?」
「何で凹ませるのかは訊かずにおくわね……あと、斬るからね」
「ついでに斬るなよ!?」
そんな会話をしていると、小百合さんに匹敵する大百合さんが帰宅した。
「誰が大百合ですかっ!? それより――感知していますか?」
「たった今、感知しました。魔王ですね」
同時に全員で家を飛び出し、レオノーレさんが相手の爆炎魔術を消滅させる。
間髪入れずに二撃目が放たれた。
「次、私がやります」
そう言ってラファが、二撃目を上空で完璧に防御する。
レオノーレさんは、ほんの一瞬眉を上げてから「こちらは私が。任せます」と言ってくれたので、俺はその場から消えた――
§
なんて速度だ。
まったく目で追えなかった……メリンダさんとイスクラさんが、揃って『次世代最強』ではなく『停滞を終わらせる存在』と、手紙を寄越したのも頷ける。
「彼一人に任せて大丈夫なのですか?」
「私の剣は破壊されちゃったから。あの子なら心配無用でしょ?」
「そこの百合ップル。私の夫をなんだと思っているのですか。あの程度では相手になりません。秒で斃して戻ってきます」
「誰が百合ップルよっ!?」
「ラファ、次が来るわよ――って、もう終わったみたいね……」
魔王にも力の差はある。
魔人より少し強い程度の相手から、ランクSが苦戦する相手まで、いろいろだ。
今回の襲撃は、ランクSなら難なく斃せる相手。おそらく『無色』だ。
攻撃が止んで一分も経たないうちに、視認外距離から首が飛んできた。
赤い肌。魔王だ。
全員がそこに視線を向けた瞬間、元魔王だった塊を封じ込めた重力障壁と共に、少年が家の前に戻っていた。
これが彼の本気の速度……。
「自爆不可能な速度で斬り刻んだ。問答無用で攻撃してくる相手だし、これでいいですよね? レオノーレさん」
この少年の残虐性は、あの人――鹿生雅人とは、少しも似ていない。
どちらかといえば、異世界に馴染みすぎていた変人を思い出す。
いずれにせよ、あの騒々しい一週間を想起させる人物だ――
「やっぱり、おかしな人が来ちゃったのね……日本から」