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138 惹かれ合う強さ

 ボスのおかげで壁門は速やかに通過できた。

 ルーは門番から見える位置で戦闘していたらしい。わざとだな。

 その足でギルドへ向かい、『いきなり襲われた』と報告しておいた。


 ギルドと警察隊に協力して丘海賊の連中を留置場に叩き込んだあと、俺とルーでボスを尋問する。ラファはビーチェ達と一緒に宿探しだ。


 海賊はクーフスナを根城にしていたわけではなく、『運び屋』を立前に世界各地を転々と移動しつつ、おそらくは悪事にも手を染めていたのだろう。

 ギルドから討伐依頼は出ていないが、『要警戒対象』としてマークされていたようで、総勢三十人規模の組織の『誰が、どの程度』の部分で、締め上げるのは難しかったのかもしれない。


 強めの【鳴弦(めいげん)】で朦朧とさせた状態で、『新たなボス』が今後も続々と現れないかを問い質し、その後マーシャル商会の残党の情報を訊き出しているとき、ボスの口から厄介な名前が出た――【朦蟾(モウセン)】だ。

 『可能性』から『確定情報』になった……やはり存命だったか。


 【朦蟾】は今回の襲撃に直接関係はないが、【鼈鏡(トチカガミ)】こと、ゲンナイさんが言うにはジィスハの抜け忍らしいし、間接的ではあっても因縁のある相手だ。

 俺自身は恐れていないし、さっさと見つけ出してマーシャル商会絡みのゴタゴタを終わらせてしまいたい。

 ただ、ビーチェに危険が及ぶことのないように、万全を期すべきだろう。


 その後、海賊の事後処理はギルドと警察隊に任せて、ラファの気配を辿って宿へ向かう。


「もし、ランクS相当が絡んでくるとなると、ビーチェが心配だな……」

「今後の予定に再考が必要になるかもしれないわね……ひとまず明日はエルベリアまで行くんでしょ?」

「うん。イスクラさんの友人のレオノーレさん次第で、その先の予定も変わるな。ランクAって聞いたんだけど?」

「【氷麗(ひょうれい)獅子姫(ししひめ)】は、ランクSへの推薦を蹴っただけで、実力はランクS相当と考えていいと思うわよ?」


 宿でラファ達と合流。部屋割りはツインが二部屋で、俺とラファの部屋にまいも一緒に泊まることになった。


「マーシャル商会の残党は雑魚ばかりらしいし、どうとでもなる。問題は【朦蟾】とかいう女忍者がどう出るかが、まったく読めないところだな」

「涼平さん。女忍者ではなく『くノ一』ではないのですか?」

「それは『十の島』と同じで、文字を解体した言葉遊びみたいなもんだよ」

「てっきり、エロスな技を使うのがくノ一なのかと……ガバァッと」

「生々しい擬音禁止。まいの教育に悪いだろ?」

「……」


 まいはスケッチブックに【あほおんな】と書いて、俺の後ろに回り込んだ。

 言語変換を経由しているのに、正解が分かるとは……天才か。

 ラファは背後に暗黒の手を生やしながら、「おりこうさんですね」と笑った。


 ミシュクトルには師匠が居る――何がどう転んでも【朦蟾】では勝てない。

 問題は【メトゥス・ゼロ】と同じ西回りでルトクーアに入られると、ティルス家が危ない。

 どう動くか……あるいは、動かないなら、今どこに居るのか……。


「涼平。ビーチェを不安がらせてどうするのよ? あたし達が居れば女忍者なんかには負けないんだから、重要なのは情報収集。今にも飛び出しそうな顔する前に、まずやることがあるでしょ?」

「そうだな、ルー。まずは晩御飯だろ?」

「あたしがお腹空いてるみたいに言わないでっ!?」


 食事を終えて宿に戻ると、まいがベッドの上でごろごろ転がって往復していた。

 まいは何も食べないのでお留守番してもらったのだが、どうやら部屋を出るときにやっていたのと同じ行動を、延々と繰り返していたようだ。

 よっぽどベッドが嬉しかったんだな……。


「では、あのベッドはまいさん専用で、私と涼平さんは一緒にベッド・インして、しっぽりと一夜を過ごす以外、選択肢が存在しませんね?」

「あるよ!?」

「あのように転げ回っては、空気がすべて逃げてしまい、クッション性が失われています。従って、選択肢が存在しませんね? しっぽりと、一夜を」

「あるから!!」

「……」


 動きを止めたまいが、申し訳なさそうにしょんぼりしている。

 俺はそんなまいを抱き上げ椅子に移動させて、ぺったんこになったマット部分を元に戻す作業を行う。


 この世界では、マット部分に金属のコイルを用いたベッドは普及していない。

 ポリウレタンに近い合成素材は存在するが、それも単体でマットに使用するのは個人向け商品で、宿ではベースが薄めのマット、その上にふかふかの敷布団が乗せられ、シーツで覆われるという構成が多い。

 ふかふかの構成要素の大半が日本人には馴染み深い、綿(わた)の入った敷布団なのだ。


 ファンタジー世界であっても綿は綿だが、復元力はまったく違う。

 俺はベッドの上にあるものをすべて移動させてから、敷布団部分に水を噴霧してから宙に浮かせ、重力障壁で包んで障壁内部を適度に暖めながら空気を送り込む。

 同じことを宿でもやっているのだが、それだけでほとんど元通りの状態になる。

 シーツと枕を元に戻し、まいを椅子からベッドに移動させた。


「どうだ、まい。ふかふかに戻っただろ?」

「……!!」


 今度は控えめに二、三回ほど転がり、俯せになってふかふかを満喫している。

 可愛い。

 そして、ずずっと右にずれてから左手でベッドをぽんぽん、と叩く。


「ん? 一緒に寝るのか? 『起きたら人間の姿になってた』とかじゃなければ、全然構わないぞ」


 すると、背後のもう一つのベッドでも動きがある――見なくても分かる。

 ラファが左側に寄って、右手でベッドをばんばん叩く。


「さあ、しっぽりと」

「ん? まいと寝たいのか? ラファも母性本能を(くすぐ)られたか」

「いえ、私達もそろそろ実子を――と」

「誓約書にサインしたよな?」

「あれは偽名でサインしたので無効です」

「何してんの!? っていうか本名は?」


 ラファが紙に鉛筆を走らせる。

 そこに書かれた文字は――【滝原裸婦愛】だった。


「ダメージが全方位に及ぶ名前だな!? イエはどこに行ったんだよ?」

「置き手紙を残して出ていきました」

「……」


 まいが【いえてい】と書いた。雪男ではなく、『家出』だな。

 俺達が愉快な大喜利大会を催していると、ドアを叩く音がする――

 ルーが仲間になりたそうにやってきた。


「違うわよっ!? ビーチェがキミと話がしたいって。行ってあげて」

「涼平さん。下半身を置いていってください」

「いいか、ラファ。この宿だけホラーハウスとして繁盛すると、組合から非難されるのは俺達になる」

「早く行きなさいよっ!!」


 ルーは気が短いなあ……。

 ビーチェが待つ部屋を訪ねると、いつものおどおど顔がドアを開けた。


「あらたまって話ってなんだ? 黒髭を書いてきたほうがよかった?」

「刺しませんから……たぶん……」

「なんでそれとなく殺したがるんだよ」

「だって、一緒に居られなくなるから……いっそ、ひと思いに……」

「さては、俺を殺して髪を奪うつもりだな!? ビーチェは妖怪『髪切り』なのか」

「む、無神経極まりない……殺してやる……」


 なんで怒るんだ……。

 だが、真っ赤な顔のおどおどビーチェは、懸命に何かを訴えようとしている。

 ちゃんと話を聞いてあげなければ。


「俺は死なないぞ? ビーチェが歌ってるところを見られなくなるじゃないか」

「だけど……『もう殺される』ってなったときに、来てくれないし……」

「そうだな、不安だよな。だからビーチェには安全な場所に居てほしい」

「矛盾してます……一緒に居たいです……好き、だから……」

「そんなに俺の髪が気に入ったのか。別れる前に剃髪して渡そうか?」

「嫌いです……」

「どっちだよ!?」

「体温……下げられるじゃないですか」

「うん、調節できるけど?」

「好きです……それに、強いじゃないですか……」

「うーん……まだまだだけどなあ」

「好きです……それに、性欲がヨワヨワじゃないですか……」

「うーん? そりゃあ、我慢してるだけであって――」

「好きです……」


 あれ?

 これって、おかしなことになってないか?

 ひょっとして、ビーチェの『好き』って……そういう!?


「髪……あったほうが千倍いいです……好き」

「ありがとう。だけど、たぶん吊り橋効果的なやつじゃないかな……しばらく離れてみたら、『なんであんなの……』って思うかも」

「離れ、たく……ないです……っ……」


 大きな瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる――

 俺が悪いのか? なんか変なフェロモンとかが出てるんだろうか。

 それでも、これだけは言っておかねばならない。


「ビーチェ。俺はビーチェが思っているよりもエロ野郎だぞ?」

「はい……おっぱいばっかり見てます……」

「ばっかりって言うな!!」

「私は……魅力がありませんか?」

「俺なんかには勿体無いぞ?」

「じゃあ……一緒に居たいです。一緒に行ったら……私は死にますか?」

「うん。今の俺では護りきれない」

「だったら……嫌になるぐらい何度も来てくれますか?」

「ビーチェが歌ってくれるなら、何度でも」

「聞いたことないじゃないですか……」

「聞かせてくれるんだろ?」

「この……変態……」

「なんで!?」


 ゴネてみせただけなのかもしれないな……。

 本当はどうするかなんて、とっくに決めている。やっぱり強い子だ。

 ビーチェは立ち上がり、空を飛ぶときのように両手を広げた。

 手違いで招かれた俺でも必要としてくれる人が居る――ビーチェとは裏表の関係だからこそ、俺は勝ち続けなければならない。

 本当の強さを分けてもらうために、ぎゅっと抱き締めた。体温を下げて――


「ありがとう、ビーチェ。歌を聞いたらきっと俺はメロメロになるから、殺せるかもしれないぞ?」

「『歌ってメロメロ冒険者』は、辞退しましたから……」

「そうだな。だから、みんなのために歌ってくれ」

「はい……大好きです……」


 ドアの隙間から黒い手が侵入してきた――軽くホラーだ。

 いろんな愛情の形がある……それでも、俺はまだ道半ばなのだ。

 いつか何もかも解き放ってしまえる日がくれば、みんなにありったけの気持ちを話そう。

 嫌われたって構わない。それはハーレム野郎が負うべき責任なのだ。

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