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135 今は遠い背中でも

 この世界の年末も、見ず知らずの人々と集まって大騒ぎするより、家族や仲間達と共にゆったりとした時間を過ごす地域が多いらしい。

 刹那的な高揚感を求めるかは人それぞれだが、年末を迎える気分というものは、地球と大きな差はないように思う。


 俺はイスクラさんの家で大騒ぎしたあと、一人で師匠の島に向かった。

 ラファは珍しく付いてこようとしなかったが、今回は特訓への感謝の意を込めたプレゼントを渡すための訪問なので、遠慮してくれたのかもしれない。

 「ゴムを」などと下品なことを言った口には、イスクラさんから貰ったマスクを装着させておいた。赤で×印の書かれた特別なものだ。


 師匠へのプレゼントは、詩人にボロボロにされてしまった人形の代わりとなる、完全新作の人形だ。

 今度のは可愛くできたと思ったのに、何故か師匠は不満げな顔で言う。


「前作は不細工でも丹心を感じたが、今回は雑念が混じっておる」

「えー。そうかなあ……」

「特に頭部がいかん。なんじゃこの毛髪は」


 ビーチェの髪を拝借したものだ。人毛のほうがリアルでいいと思ったのに。


「師匠もルーみたいに怪談話が苦手なタイプなのか?」

「違う。女子(おなご)の毛髪など不要と言うておる」


 仕方ないので、一緒におこたで蜜柑タイムをまったり過ごして、帰り際――


「あ、一つ忘れてた部分が!? 俺は完璧主義者だし、直してまた持ってくるよ」


 そう言って、あからさまに怪訝な顔の師匠から、人形を一旦返してもらう。

 師匠は『女子の毛』と言ったのだから、やるベきことは決まっている。

 俺は、靴下に間違ったプレゼントを捩じ込んで立ち去るサンタではないのだ。


 そして、年が明けた。


 再び坊主頭になった俺を、「まだ初日の出が! ありがたやー」と拝む真愛。

 その意味が分からず首を傾げるフリシー。

 「やっぱり嫌い……」と、初日の出に批判コメントを述べるビーチェ。

 そんな三人の特訓の総仕上げを始める。


 まず真愛とフリシーの二人とライカで、連携の特訓だ。

 ライカは最大二十マトまで巨大化が可能で、能力もランクA相当になった。

 巨大化すると、愛らしい容姿から狼のような凛々しい姿に変化する。

 火炎系と凍結系の魔術は使えないが、量子重力魔術と自然魔術を使えるようだ。 防御魔術や治癒魔術も使えるライカの存在によって、真愛達の成長戦略も大きく変化することになるが――


「それでも中央大陸行きは、真愛がランクB、フリシーはランクCに昇格してからだな」

「えー。このまま一緒に行っちゃダメなんですか?」

「ライカは仲間になったばかりなのに、負担をかける前提で考えちゃダメだろ?」

「真愛――ふわふわと地に足が着かない状態で中央大陸に向かえば、わたくし達は短命に終わりますわよ?」

「あ、焦っても……必要な時間は変わらないと思う」

「うう……ごめんなさい……確かに私って、まだランクDなんですよね……」


 ビーチェの言うとおりだ。『どうしても必要な時間』というものがある。

 【ファーシカル・フォリア】で言えば、俺は例外だとしても、他の二人にとって足りない部分を強化するには、やはり一年、二年という期間が必要になるのだ。


「最後にもう一回、徹底的に叩きのめしておかないとな」


 怯える三人と一匹を笑顔で町の外へ引き摺り出す。最後の特訓だ。

 何故かイスクラさんも『休みで身体が(なま)る』と言って、特訓に参加した。

 まず『三分後にこちらから一撃だけ撃ち込むが、攻撃手段が何かは教えない』という条件で、延々と攻撃を続けさせる鍛錬を約三十分。

 次に『一分間止めずに攻撃を続け、治癒を終えたら今度は二分間。それが終わったら今度は三十秒。その次は何分続けるか教えない』という条件で、延々と防御と回避を続けさせる鍛錬を約三十分。


 それらを三セット繰り返して休憩を挟み、最後は三対四+一匹による乱戦だ。


 やがて、踏まれたガムのように地べたにへばりつく四人と一匹。

 ガムを人間に戻し、これにて約三週間に亘る強化期間の終了となった。


「弱すぎて話にならないな。俺達と別れた次の日には死ぬんじゃないか?」

「うう……ランクS目前のランクA三人が相手とか、厳しすぎますよう……」

「ですが……わたくし達も、いつかはその領域に……」

「キュゥ……ン……」

「わ、私は……冒険者はやらないって言ってるのに……こ、殺してやる……」


 確かに。ビーチェは巻き込まれ事故だな。

 いくら殺しに来ても構わないが、死なれるのだけは困る――

 イスクラさんも、フリシーの身を案ずる気持ちは同じだからこそ、こうして特訓に参加したに違いない。


「冒険者に復帰して……タキハラの首、刎ね飛ばす」


 ただの私怨だこれ。


「あの……小母(おば)様。涼平様は、首ゴロンから平然と生還なさったのですわよ?」

「お・ね・え・さ・ん!!」

「そちらが重要ですの!?」


 また追っかけっこが始まった。

 イスクラさんには女性を笑顔にするために、時間を有意義に使ってもらいたい。


 真愛のランクC昇格試験は、明日俺達と別れたあとエデルクアで行われる。

 そちらはなんの心配もしていない。試験官もよく知っている人物だ。


 そして、今までミシュクトルを出なかったまいは、俺達に同行する。

 『ミシュクトルのほうが安全だ』と説得したのだが、頑なに【いつしよ】と書かれた紙を掲げ続けるので、こちらが折れた格好だ。

 まいも自身の今後について、思うところがあるのだろう。

 多少文字を扱えるようになっても、核心部分への質問には答えてくれない。

 それは構わない。まいはミステリアスな女なのだ。


 ランクSに討伐される危険性は付き纏うし、町にも入れない――課題は多いが、師匠曰く『元々ミシュクトルに居たわけではない』らしいので、今回は本人の意思を尊重してあげたい。


 お別れ前の最後の一夜もイスクラさんの邸宅の一室に集まって、賑やかな夕食会となった。

 ひと通りの話題が落ち着いた頃合いで、真愛が切り出す。


「まだ二人とライカだけでは活動できませんけど、みんなにも協力してもらって、パーティーネーム決めました! 【リーラ・リラ】です!!」

「どういう意味? 『シンナーには気を付けろ』とか?」

「違いますよう!! それだったら【らりらりらー】とかにします!」

「違いが分からない……」

「『紫のライラック』という意味だそうですわよ?」

「ドイツ語とフランス語を組み合わせた造語なのよ。和名だと『紫丁香花(ハシドイ)』になるけど、『リラ』『ライラ』って言葉の意味を限定しないほうが面白いかなって」

「『夜』『暗い髪』など別の意味もあるのは、多言語の面白さですね」

「他にも【蒔絵(まきえ)】とか候補があったんですけど、やっぱり師匠に(なら)って変なほうがいいのかなって」

「変って言うな。パーティーの中核を担うジゼルさんに怒られるぞ?」

『チガウ! ガイブカラノショクタク!!』

「ジゼルさんは嘱託社員だったのか」

「社員って何よ……」


 いつもと変わらない賑やかな一夜。

 いつもと違うのは、最後に俺と真愛とフリシーを残してみんなが出ていったことだが、イスクラさんだけはラファに引っ張り出されるまで気付かず、しばらく普通に座っていた。

 性格はきついけど、こういうところは天然っぽくて面白い。


「俺とラファとルーは出会ってすぐに別れて、二年近く離れ離れになった」

「はい。魔人に襲われたんですよね」

「真愛とフリシーには、いつでも会える」

「そうですわね。わたくしは……ちっとも寂しくありませんもの」

「フリシーの嘘吐き! わんわん泣いてたくせに!!」

「ワン!」

「あのねライカ……今のはそういう意味じゃなくて……」

「わたくしは泣いていませんわ! 真愛こそべそべそしていましたわよ?」

「フリシーは泣き叫んでも大丈夫だけど、真愛は体内魔石タイプの天人だ――その意味は分かるな?」

「はい……感情の(おもむ)くままに(ゆだ)ねると、魔石が暴走します」

「感情は人の心の豊かさでもあり、危うさでもある。優しい人ほど反転すれば残酷にもなってしまう――俺達天人は特別な存在だが、危うい」

「自分の中に爆弾を抱えてる状態ですよね……」

「それも気の持ちようだ。フリシーも分かるよな?」

「はい。お母様が常に飄々としていらした意味が、よく分かりましたわ」

「あれは元からだ。たぶん」

「そう……かもしれませんわね」

「だから楽しく、怒らず、嘆かずでいくぞ?」


「「はいっ!!」」


 教導担当者は、もっともっと長い時間を一緒に過ごす。

 愛弟子が残酷な方法で殺されることもあるだろう――

 やはり冒険者って凄いな……最初、変な職業だと思ってごめんなさい。


 二人は俺を好きだと言ってくれたが、俺にとっては大事な弟子であり、妹の投影なのだ……気持ち悪いお兄ちゃんでごめん。

 未来のことは分からない。俺はハーレム野郎なのだから。

 だけど今は、頼もしい弟子達の(すこ)やかな成長を祈りたい。


「ライカも二人のことを頼んどくぞ?」


 噛まれた。



§



 翌日午前。全員でエデルクア壁門前に到着し、真愛達の疲労を回復させる。

 中に入るのは真愛とフリシー、そしてライカのみ。

 ここでお別れだ。


「う、うぇぇ……っ……」

「泣くな、真愛。入ったらすぐに昇格試験だ。既に申請手続きは済ませてある」

「ほわあ!? な、なんで本人が立ち会わずに決まってるんですかあ!!」

「そういうこともあるんだよ……世の中には」

「フリシーも無茶しないようにね。メリンダさんが来ちゃうわよ?」

「ルー様……それは有り得るだけに、何より恐ろしいかもしれませんわ……」

「いえ、既にフリシアラさんの後ろに――」

「ひっ!?」


 振り返ったところには誰も居ない。

 そしてフリシーが向き直ると、俺達四人は五十マトほど離れていた。

 ビーチェは急な移動に目を回している。


「いつでも呼べ! 俺達はすぐに来てやるからな!!」


 そう言って手を振ると、振り返らずに飛んだ――



§



 行ってしまった。

 大事な大事な人が、手足が千切れても付いていきたい人が居なくなった。


 だけど、泣いてちゃダメだ。

 私は――私達は、あの人達と肩を並べて戦えるぐらい強くなる!!

 フリシーも決意の籠もった表情で、遠い空を見つめていた。

 天人の私よりずっとずっと大変だ……どうすれば強くなれるか、一緒に考えていこう。ライカもそうだ。ランクAだと、いつか勝てない魔族と出遭う。

 私が守るんじゃダメだ。みんなで強くならないと!


 二人と一匹でエデルクアの壁門を抜ける。

 門番さんは涼平さんのことを知ってるみたいだった。やっぱり有名人なんだな。

 また知らない町。ここから次のステップだ。


 ギルドは壁門のすぐ近くにあった。

 受付で昇格申請書を提出すると、大柄なおじさんが自己紹介のあと、にこやかな笑顔のまま、奥の闘技場に私とフリシーを案内してくれた。


 闘技場の中央には、甲冑を纏った小柄で青い髪の女性が立っていた――


「昇格試験の相手って、フィルさんだったんですかあ!?」

「遅いぞ。もう帰ろうかと思っていたところだ」

「す、すみませんでしたっ! すぐに攻撃しますねっ!!」

「落ち着け。まず、準備を整えてからだ」


 にこやかおじさんのアルバトさんが、少し困った顔で問いかけてきた。


「彼女はランクS相当なんだが、滝原君が『大丈夫』って言うものだからね。もし不安なら、私が彼女の代わりに君の相手をしても構わないんだが?」

「いえ、大丈夫です! 望むところです!!」


 あの領域に行かなければ、どんどん遠ざかっていく。

 私とフリシーが大好きになったあの人が。


 だから――私は双剣を抜いて、お腹から声を出す。


「よろしくお願いしますっ!!」

第五章終了。

まだまだ続きます。


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