134 せめてもの願いの行く末
「まい、ステイ。これは化け物じゃない。真愛だ」
ファイティングボーズで真愛に対峙していたまいが、警戒を解く――
ランクS相当に警戒させるとは……さすが将来有望な天才だ。
「むふふー。まいちゃん、女は化粧で化けるんだよ!!」
「確かに化けたな……」
「……!」
襷掛けにぶら下げたスケッチブックに【けしよう】と書いて見せたまいに、真愛が軽い口調で言う。
「今は道具が無いけど、まいちゃんにもやってあげるね!!」
「……!!」
よかれと思っての言動ではあるが、真愛は大事なことを忘れている。
「真愛、フリシーに二文字を刻み付けられたあの日を思い出せ。まいが咄嗟に防衛反応をとったら、真愛の腹に風穴が開くぞ」
「よくもフリシー!! って、確かに……何か書き足したらダメなんですよね?」
「うっかり線を書き足したせいで暴走したら、可哀想だろ?」
「はい……ごめんなさい」
「…………」
まいもおでこを抑えて悩んでいる。子供もお化粧は好きだからな。
ただ、試すとしても真愛は傍に居てはならない。ランクS相当が暴走して助かるのは、俺とラファぐらいだと考えておくべきだろう。
「まいは違う自分になってみたいか?」
「……」
じっと真愛を見つめたあと、スケッチブックに【きもい】と書いた。
化け物が膝から崩れ落ちる――
そもそも、コントをするために町の外へ来たわけではない。
膝を突いた姿勢のまま、俺達の傍でぶるぶると震える小さな魔獣に視線を移した真愛が、「もひゃーっ!?」と不思議な声を上げた。
「珍獣の鳴き声か?」
「違いますよう! こ、子犬が可愛すぎて、もうちょっとで即死します!!」
「変わった即死だな……どうやって入ったのか、町の中に居たんだよ」
「飼ってもいいですか?」
「魔獣だ。人に害を為す」
「でもでも、こんなに小さいのに殺すんですか!?」
「いや、逃がそうかなって」
「他の冒険者に殺されますよう!!」
「魔獣だからな」
「私が殺します!!」
「えっ!?」
なんでそうなる? 変な方向に思い切りがいいなあ。
言葉の意味が分かるわけではないだろうが、犬のような魔獣は更に震えが大きくなった。このまま放っておいても死にそうだ。
すると、魔獣を抱き上げた化け物が言う。
「この子が悪さしたら、私が殺します!! だから……飼ってもいいですか?」
「町に入れなくなる。魔獣のテイマーは世界に一人しか居ない。そしてテイムされている魔獣も、世界でただ一体の高い知性を持った、ランクS相当の幻獣だけだ」
「じゃあ、この子が賢かったら飼ってもいいんですよね?」
「まず種別が不明だ。犬みたいだけど《レイビズ》ではない。あれはもっとグレイハウンド系の細身だ。それに額に魔石があるのは見たことがない」
「ボタン耳なのでテリアっぽいです。ひょっとして可愛いだけの珍種とか!?」
「それは分からないけど、誰かが何かの目的で町に連れて来たのかもしれないな」
「自分から入ってくるのって変ですもんね!」
「お金ですね」
忍の者がいきなり会話に参加した。
俺の気配が町の外に出たのを感知して、やってきたのだろう。
「ラファは知ってるのか? この犬型魔獣の種別」
「ランクA相当の幻獣種《フェルマク》ですね。質量保存則無視で巨大化が可能な魔獣です」
「それがお金と関係あるんですか?」
「いえ、真愛さん。お酒とお金を吐き出すのです。お酒のほうは、『魔獣が吐いたものなど気持ち悪くて飲めない』という当然の対応になるのですが、お金は使えますから」
「だけど巨大化するんだろ? 危なくて扱いが難しそうだけどなあ」
「知能が高いのです。子犬に見えますが、これが成犬でしょう。ただ――」
「やっぱり利口な子なんですね!!」
ラファの言葉を遮って真愛が興奮しているが、俺も一つ気になっているのは――額の魔石の種類だ。
どう見ても魔術に用いられる魔石ではない。『契約の魔石』とも呼ばれる冒険者が使用する魔石のように思う。
「ワケアリってことか……」
「出現事例の少ない幻獣ですので、専門家の意見を仰ぎたいところですね」
「テイムについても訊きたいし、シンに連絡をとってみるか」
明日この町を出るわけではないし、可能ならば――というところだが、いずれにせよギルドには報告しなければならない。
ランクS相当を抑えられる俺達が居る限り問題は起こらないが、何者かが利益を得るために魔獣を持ち込んだなら、歴とした犯罪だ。
その前に、俺も町に化け物は持ち込めない。
「真愛はメイクを落とすように。留置場に叩き込まれるから」
「警察隊のみなさんが探していましたよ?」
「なんでですかあっ!?」
ひょっとして、犬の震えが止まらない理由って……。
§
翌朝。
高速で接近する気配に、犬を抱いた真愛と町の外で待つことしばらく――
この世界で唯一無二の存在である、ジャバウォックのジェイが近くに降下。
そこからぽっちゃり体型の冒険者が降りてきた。
「やあ! 僕に用があるって聞いて飛んできたよ」
「飛んだのはオレだよ、シン」
「先生、お久しぶりです。ジェイもいい子にしてたか?」
「ガキ扱いするな!! タキハラも魔王やっつけたんだってな! やるじゃん」
「俺もジェイに負けないように成長しないとな!!」
「それで、用件はあれかい? 滝原君」
そう言って真愛が抱いている《フェルマク》を指し示した。話が早くていい。
他のみんなは修行のために町を離れている。今日は二対二の特訓だ。
シンに昨日の経緯を話して、『契約の魔石』が額に埋まっている意味を訊いた。
「おそらく、召喚されたのだろう。過去に同様の事例がある。僕もこうして実例を目の当たりにするのは初めてだけどね。魔石が露出しているのは転生の証だ」
「確かに、見える場所にある必要はないですよね……」
つまり、『見えている』のではなく『見せている』という解釈なのだ。
誰が何のために――って、神様か。理由は不明だけど。
すると突然、真愛がぼろぼろと泣き出した。
「ほんとに……犬が転生したんですかあ……?」
「ああ。そう考えるのが妥当だろう。幻獣《フェルマク》には不思議な言い伝えがあるんだよ。『過去に犬を飼っていた冒険者の前に現れ、人を襲わない』ってね。そして、命が尽きれば死体は消える。不思議な魔獣なんだよ」
真愛が泣きながら《フェルマク》に顔を埋めた。
そういえば、真愛は火事に飛び込んだんだよな……愛犬を助けるために。
これが神様のやったことなら、あの時、町に現れたのも偶然ではないのだろう。
そしてシンは『冒険者』と言った。護れる力がある者の前にしか現れないのかもしれない。
「安全にテイムできますかね?」
「僕はジェイのテイマーといえるかもしれないが、《フェルマク》は、ただ尽くすためだけに転生しているんだと思う。つまり――主人が拒絶しなければ、もう一生傍を離れないと思うよ?」
「はだじばぜんっ!!」
号泣する真愛の涙をぺろりと舐めた《フェルマク》の額の魔石が、すーっと体内に消えていった。おそらく、『契約成立』のような意味合いだろう。
いろんな不思議現象を見てきたが、こんなに心が温かくなるものは初めてだ。
「だけどランクA相当にしては、強い気配を感じないんですけど?」
「小型化していると能力値も子犬並になるのか、あるいは飼い主に合わせて能力値が成長するのかもしれないね……実に興味深い」
そう言って見つめるぽっちゃり体型のおじさんに、か弱い子犬を抱き締めた真愛が半身になって言う。
「触らせません!!」
「真愛……シンは学者さんなんだ。信用してもいいぞ?」
「生物学者じゃなく、言語学者だけどね」
「じゃあこの子と話せるようにしてください!!」
「無理だろ」
「ジェイが言うなよややこしい!」
「その子が話せるんだから、この子も話せます!!」
「オレを『その子』とか言うな!!」
「涼平さんの友達なんだから、私とも友達じゃないですか!!」
「えっ……」
ジェイが困惑している……真愛の超理論には勝てないって。
シンはこのあとルトクーアに用事があって、長居はできないらしい。
いつでも気軽に会えるので、別れもあっさりしたものだった。
真愛は『失礼な口を利いた』と、犬と一緒に土下座していたが、シンは気にしていない。何より、真愛達にとって顔見知りの冒険者が増えたことが重要だ。
「万が一暴走したら――分かってるな?」
「はい。私が一緒に死にます!!」
「犠牲が出たら死んでも許されないかもしれない。気軽に死のうとするな」
「じゃあ涼平さんが私を殺してください!!」
「そうじゃなくて、ここからは自分の力で《フェルマク》の生態を知るんだ。そうすればきっと、その子は真愛達の力になってくれる」
「はい……そうですよね。私が信じないと独りぼっちですよね……」
「もうちょっとで、なんの関係もない幼女に飼われるところだったけどな?」
「う、裏切り者ーっ!!」
「似てたのかもな……昔の真愛に」
「な……」
「な?」
「なぎばぜんがらあっ!!」
泣きながら言うなよ……。
俺も『これにて一件落着』とまでは思えないが、ここは過去の事例を信用するしかないだろう。『やっぱり危険だ』とか言ってたら堂々巡りだ。
あとはギルドに報告と、真愛には取扱説明を受けさせねば。
町に入るときは小型化するため、必然的に《フェルマク》を連れた冒険者の目撃例も少なかったのだろう。そこは徹底させないとトラブルの元となる。
「その子の名前はどうするんだ?」
「考えるまでもなく、『ライカ』です!!」
幻獣《フェルマク》ことライカは、人間に戻った主人の胸に抱かれたまま、元気に尻尾を振っている。
「真愛達を守ってやってくれよな?」
そう言いながら頭を撫でようと手を伸ばすと、普通に噛まれた。
「おお、甘噛だ。可愛いな」
「やめてください涼平さん! ライカの牙が無くなったらどうするんですかあ!!」
「え……」
よく見ると、顔に皺を寄せて必死で齧り付いていた。ガチかよ!?
俺は「ごめん」と謝って、釈然としない気持ちのままギルドへ向かった――