表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/322

134 せめてもの願いの行く末

「まい、ステイ。これは化け物じゃない。真愛だ」


 ファイティングボーズで真愛に対峙していたまいが、警戒を解く――

 ランクS相当に警戒させるとは……さすが将来有望な天才だ。


「むふふー。まいちゃん、女は化粧で化けるんだよ!!」

「確かに化けたな……」

「……!」


 (たすき)掛けにぶら下げたスケッチブックに【けしよう】と書いて見せたまいに、真愛が軽い口調で言う。


「今は道具が無いけど、まいちゃんにもやってあげるね!!」

「……!!」


 よかれと思っての言動ではあるが、真愛は大事なことを忘れている。


「真愛、フリシーに二文字を刻み付けられたあの日を思い出せ。まいが咄嗟に防衛反応をとったら、真愛の腹に風穴が開くぞ」

「よくもフリシー!! って、確かに……何か書き足したらダメなんですよね?」

「うっかり線を書き足したせいで暴走したら、可哀想だろ?」

「はい……ごめんなさい」

「…………」


 まいもおでこを抑えて悩んでいる。子供もお化粧は好きだからな。

 ただ、試すとしても真愛は傍に居てはならない。ランクS相当が暴走して助かるのは、俺とラファぐらいだと考えておくべきだろう。


「まいは違う自分になってみたいか?」

「……」


 じっと真愛を見つめたあと、スケッチブックに【きもい】と書いた。

 化け物が膝から崩れ落ちる――


 そもそも、コントをするために町の外へ来たわけではない。

 膝を突いた姿勢のまま、俺達の傍でぶるぶると震える小さな魔獣に視線を移した真愛が、「もひゃーっ!?」と不思議な声を上げた。


「珍獣の鳴き声か?」

「違いますよう! こ、子犬が可愛すぎて、もうちょっとで即死します!!」

「変わった即死だな……どうやって入ったのか、町の中に居たんだよ」

「飼ってもいいですか?」

「魔獣だ。人に害を為す」

「でもでも、こんなに小さいのに殺すんですか!?」

「いや、逃がそうかなって」

「他の冒険者に殺されますよう!!」

「魔獣だからな」

「私が殺します!!」

「えっ!?」


 なんでそうなる? 変な方向に思い切りがいいなあ。

 言葉の意味が分かるわけではないだろうが、犬のような魔獣は更に震えが大きくなった。このまま放っておいても死にそうだ。

 すると、魔獣を抱き上げた化け物が言う。


「この子が悪さしたら、私が殺します!! だから……飼ってもいいですか?」

「町に入れなくなる。魔獣のテイマーは世界に一人しか居ない。そしてテイムされている魔獣も、世界でただ一体の高い知性を持った、ランクS相当の幻獣だけだ」

「じゃあ、この子が賢かったら飼ってもいいんですよね?」

「まず種別が不明だ。犬みたいだけど《レイビズ》ではない。あれはもっとグレイハウンド系の細身だ。それに額に魔石があるのは見たことがない」

「ボタン耳なのでテリアっぽいです。ひょっとして可愛いだけの珍種とか!?」

「それは分からないけど、誰かが何かの目的で町に連れて来たのかもしれないな」

「自分から入ってくるのって変ですもんね!」

「お金ですね」


 (しのび)の者がいきなり会話に参加した。

 俺の気配が町の外に出たのを感知して、やってきたのだろう。


「ラファは知ってるのか? この犬型魔獣の種別」

「ランクA相当の幻獣種《フェルマク》ですね。質量保存則無視で巨大化が可能な魔獣です」

「それがお金と関係あるんですか?」

「いえ、真愛さん。お酒とお金を吐き出すのです。お酒のほうは、『魔獣が吐いたものなど気持ち悪くて飲めない』という当然の対応になるのですが、お金は使えますから」

「だけど巨大化するんだろ? 危なくて扱いが難しそうだけどなあ」

「知能が高いのです。子犬に見えますが、これが成犬でしょう。ただ――」

「やっぱり利口な子なんですね!!」


 ラファの言葉を(さえぎ)って真愛が興奮しているが、俺も一つ気になっているのは――額の魔石の種類だ。

 どう見ても魔術に用いられる魔石ではない。『契約の魔石』とも呼ばれる冒険者が使用する魔石のように思う。


「ワケアリってことか……」

「出現事例の少ない幻獣ですので、専門家の意見を仰ぎたいところですね」

「テイムについても訊きたいし、シンに連絡をとってみるか」


 明日この町を出るわけではないし、可能ならば――というところだが、いずれにせよギルドには報告しなければならない。

 ランクS相当を抑えられる俺達が居る限り問題は起こらないが、何者かが利益を得るために魔獣を持ち込んだなら、(れっき)とした犯罪だ。


 その前に、俺も町に化け物は持ち込めない。


「真愛はメイクを落とすように。留置場に叩き込まれるから」

「警察隊のみなさんが探していましたよ?」

「なんでですかあっ!?」


 ひょっとして、犬の震えが止まらない理由って……。



§



 翌朝。

 高速で接近する気配に、犬を抱いた真愛と町の外で待つことしばらく――

 この世界で唯一無二の存在である、ジャバウォックのジェイが近くに降下。

 そこからぽっちゃり体型の冒険者が降りてきた。


「やあ! 僕に用があるって聞いて飛んできたよ」

「飛んだのはオレだよ、シン」

「先生、お久しぶりです。ジェイもいい子にしてたか?」

「ガキ扱いするな!! タキハラも魔王やっつけたんだってな! やるじゃん」

「俺もジェイに負けないように成長しないとな!!」

「それで、用件はあれかい? 滝原君」


 そう言って真愛が抱いている《フェルマク》を指し示した。話が早くていい。

 他のみんなは修行のために町を離れている。今日は二対二の特訓だ。

 シンに昨日の経緯を話して、『契約の魔石』が額に埋まっている意味を訊いた。


「おそらく、召喚されたのだろう。過去に同様の事例がある。僕もこうして実例を目の当たりにするのは初めてだけどね。魔石が露出しているのは転生の(あかし)だ」

「確かに、見える場所にある必要はないですよね……」


 つまり、『見えている』のではなく『見せている』という解釈なのだ。

 誰が何のために――って、神様か。理由は不明だけど。


 すると突然、真愛がぼろぼろと泣き出した。


「ほんとに……犬が転生したんですかあ……?」

「ああ。そう考えるのが妥当だろう。幻獣《フェルマク》には不思議な言い伝えがあるんだよ。『過去に犬を飼っていた冒険者の前に現れ、人を襲わない』ってね。そして、命が尽きれば死体は消える。不思議な魔獣なんだよ」


 真愛が泣きながら《フェルマク》に顔を埋めた。

 そういえば、真愛は火事に飛び込んだんだよな……愛犬を助けるために。

 これが神様のやったことなら、あの時、町に現れたのも偶然ではないのだろう。

 そしてシンは『冒険者』と言った。護れる力がある者の前にしか現れないのかもしれない。


「安全にテイムできますかね?」

「僕はジェイのテイマーといえるかもしれないが、《フェルマク》は、ただ尽くすためだけに転生しているんだと思う。つまり――主人が拒絶しなければ、もう一生傍を離れないと思うよ?」

「はだじばぜんっ!!」


 号泣する真愛の涙をぺろりと舐めた《フェルマク》の額の魔石が、すーっと体内に消えていった。おそらく、『契約成立』のような意味合いだろう。

 いろんな不思議現象を見てきたが、こんなに心が温かくなるものは初めてだ。


「だけどランクA相当にしては、強い気配を感じないんですけど?」

「小型化していると能力値も子犬並になるのか、あるいは飼い主に合わせて能力値が成長するのかもしれないね……実に興味深い」


 そう言って見つめるぽっちゃり体型のおじさんに、か弱い子犬を抱き締めた真愛が半身になって言う。


「触らせません!!」

「真愛……シンは学者さんなんだ。信用してもいいぞ?」

「生物学者じゃなく、言語学者だけどね」

「じゃあこの子と話せるようにしてください!!」

「無理だろ」

「ジェイが言うなよややこしい!」

「その子が話せるんだから、この子も話せます!!」

「オレを『その子』とか言うな!!」

「涼平さんの友達なんだから、私とも友達じゃないですか!!」

「えっ……」


 ジェイが困惑している……真愛の超理論には勝てないって。


 シンはこのあとルトクーアに用事があって、長居はできないらしい。

 いつでも気軽に会えるので、別れもあっさりしたものだった。

 真愛は『失礼な口を利いた』と、犬と一緒に土下座していたが、シンは気にしていない。何より、真愛達にとって顔見知りの冒険者が増えたことが重要だ。


「万が一暴走したら――分かってるな?」

「はい。私が一緒に死にます!!」

「犠牲が出たら死んでも許されないかもしれない。気軽に死のうとするな」

「じゃあ涼平さんが私を殺してください!!」

「そうじゃなくて、ここからは自分の力で《フェルマク》の生態を知るんだ。そうすればきっと、その子は真愛達の力になってくれる」

「はい……そうですよね。私が信じないと独りぼっちですよね……」

「もうちょっとで、なんの関係もない幼女に飼われるところだったけどな?」

「う、裏切り者ーっ!!」

「似てたのかもな……昔の真愛に」

「な……」

「な?」

「なぎばぜんがらあっ!!」


 泣きながら言うなよ……。

 俺も『これにて一件落着』とまでは思えないが、ここは過去の事例を信用するしかないだろう。『やっぱり危険だ』とか言ってたら堂々巡りだ。

 あとはギルドに報告と、真愛には取扱説明を受けさせねば。

 町に入るときは小型化するため、必然的に《フェルマク》を連れた冒険者の目撃例も少なかったのだろう。そこは徹底させないとトラブルの元となる。


「その子の名前はどうするんだ?」

「考えるまでもなく、『ライカ』です!!」


 幻獣《フェルマク》ことライカは、人間に戻った主人の胸に抱かれたまま、元気に尻尾を振っている。


「真愛達を守ってやってくれよな?」


 そう言いながら頭を撫でようと手を伸ばすと、普通に噛まれた。


「おお、甘噛(あまがみ)だ。可愛いな」

「やめてください涼平さん! ライカの牙が無くなったらどうするんですかあ!!」

「え……」


 よく見ると、顔に皺を寄せて必死で(かぶ)り付いていた。ガチかよ!?

 俺は「ごめん」と謝って、釈然としない気持ちのままギルドへ向かった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ