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133 魔物が二匹

 ロアクルクに二泊すれば、もう次は当面の目的地であるエデルクアだ。

 短い旅が一つ終わる。


 のんびり遊んだ日もあるが、約三週間ほどの強化期間に、それぞれの成長と今後の課題が見えた。


 真愛は自然魔術の習得にも意欲的に取り込み、治癒魔術もそこそこ使えるようになってきた。体術はいずれ世界トップクラスになるだろう。

 フリシーも自然魔術の習得に意欲的だが、まだランクEだ。脳がついていかないので、通算三度ほど『死にかけた』らしい。無茶苦茶だな……ラファ師匠は。

 ビーチェの槍の扱いは、既にランクDレベルを超えている。

 問題の魔術もランクDとしての要求レベルには達した。低ランクの魔獣に殺されたりはしないだろう。


 そして、師匠との修行の総仕上げは、真愛達と別れてから三人で島へ向かう。


 フリシーとメリンダさんの知り合いであるイスクラさんの商店は、想像以上に広大な建物で、研究室、調合室、メイク指導室、更に指導員の指導室まで完備されているらしい。

 その広さに感嘆しながら販売ブースを眺めていたら、ふと、奇妙な看板に視線が釘付けになった。


「なんだあれ……漢字で【大成功!!】って?」

「わたくしの名付け親の先生と、お母様との合作だそうですわよ?」

「ああ、美邑先生か。何をやらかしたんだ……二人は」


 どうせロクなことではないのだろう。コスメショップに飾るには異様な文字だ。

 すると、店の奥から猛ダッシュで突進してきた金髪女性が、フリシーをぎゅっと抱き締める。


「フリシーーー! 久しぶり!!」

「イスクラ小母(おば)様もご壮健でいらして、何よりですわ」

「お・ね・え・さ・ん!!」

「えーっと、はい……イスクラお姉様」


 そういえば、親戚ではないんだな。

 『サラ』の創業者であるイスクラ・ノスコーヴァさんは、昔メリンダさんとパーティーを組んでいた、相棒のような人だと聞いている。天人で元ランクBらしい。


「そこのお前」

「はい。俺ですか?」

「殺す!!」

「なんで!?」

「大事な大事なフリシーを(たぶら)かした罪は、死して(つぐな)うべき」

「誑かしてはいませんけど?」

「遊びのつもり!? やっぱり殺す!!」

『ヤッチマエ!!』


 ジゼルさんは、俺が殺されそうになるとノリノリだな……。

 だが、こちらにも危険人物に対するカウンター危険人物が居るのだ。

 目の据わったラファが、ずいっと前に出て言う。


「元ランクBのおばさん如きが、涼平さんをどうにかできると思うのですか?」

「お前。ウチの商品使ったら殺す」

「私はノーメイクでも美の女神です。必要なのは、老化一直線のそちらでは?」


 うわあ……。

 殺気を発するラファに、店の外で待っていたルーがやってきた。


「またやってるのラファ!? 町の中で暴れたら厳罰だからね?」

「私は暴れません。何故ならこのおばさんでは、まるで相手になりませんから」

「ラファ、いくらなんでも言いすぎだ。ちゃんと謝るように。俺が殺されたら解決する問題なんだから、とにかくここは町の外へ行こう」


 また俺を殺したがる女性が増えた……ここは狂気の世界だ。

 ラファの暴言へのお詫びも兼ねて、気が済むようにさせてあげよう。

 そんな俺のことを誰も心配をしていない。酷い。


 町の外に出て十数分後――


 両手にバトルアックスを握り締めた金髪美女が、肩を上下に揺らしながら、ぜえぜえと息を荒らげている。

 今の俺を殺すには、まず防御魔術を打ち消せなければ話にならない。

 魔剣が相手なら話は別だが、ランクSでさえ全員は所有していない貴重品だ。

 俺が【ブルレスケ】を持てたのは、ジゼルさんが食いしん坊だからだ。


『チガウ!!』

「昨日もザッハトルテをホールごと丸呑みしてたじゃないですか」

『アレハモウドク! ハンセイノアカシ!!』

「壺の水飴かよ!?」

『ヤルマイゾ! ヤルマイゾ!』

「それは追いかける側の台詞だよ!?」


 なんでジゼルさんが狂言の『附子(ぶす)』を知ってるんだよ……。

 それはさておき、見境なく攻撃的になるラファをどうしたものか……と、胡座(あぐら)をかいたまま腕組みして悩む俺の前で、フリシーがイスクラさんにタオルを渡しながら言う。


「イスクラお姉様――【ファーシカル・フォリア】の皆様は、ティルス家にとって命の恩人であり、わたくしのお師匠様ですのよ?」

「分かってる。試しただけ」

「もう……そんなですから、ずっと独り身なのですわよ?」

「フ・リ・シー?」


 フリシーが斧を持った美女に追いかけ回され始めた。

 ホラー映画のような状況なのに、二人は夏の海岸を駆け回るような笑顔だ。

 つくづく変な世界だな……俺が言うのもどうかと思うけど。


 その後、ラファが美しい土下座で謝罪したあと、斧美女に何やらこそこそ耳打ちしている様子を怪訝な目で見ていると、イスクラさんが歩み寄って、ひと言――


「ヘタレ」

「なんで!?」


 そのまま店を抜け出し、自らの邸宅に俺達を招いたイスクラさんは、「みんなで泊まっていくといい」と言い残し、再び店に戻っていった。


 もう年末だ。繁忙期の真っ只中なのだろう。……俺を殺してる場合か。

 イスクラさんの店は、年始から一ヶ月ほど販売以外の業務を休業して、従業員に順番に休暇を与えるらしい。


 そして年が明ければ真愛達とはお別れだ。

 【ファーシカル・フォリア】は飛べるので問題無いが、難しいのはビーチェだ。

 単独移動は無理だし、真愛達もしばらくは中央大陸へは行けない。ランクBとCのコンビになればすぐにでも行こうとするだろうけど、できれば真愛はランクAになってからが望ましい。

 そうなると俺より成長が早い真愛でも、一年ほど先の話になるだろう。


「ビーチェは真愛達と一緒に冒険者を続ける気はないのか?」

「はい……冒険者をするなら、私が私じゃなくてもいいかなって……」

「そうか。いろいろ考えたんだな、ビーチェも」

「あと……涼平さんを刺し殺すのは無理かなって……」

「それも選択肢に入ってたのかよ!?」


 ならば俺のフサフサに慣れたビーチェは、中央大陸へ行くべきだろう。

 なるべく安全な町で歌を歌って欲しいが、どの国、どの町が適しているかはよく分からない。


 夕食時、そんな俺達の話を聞いていたイスクラさんが言う。


「だったらエルベリア王国のカルナァトって町へ行け。信用できる友人が居るから安全だ。強いぞ?」

「じゃあ私達もそこに!!」

「真愛……問題は町の中じゃなく、外だ。魔獣のランクが上がるんだよ」

「うん。エルベリアではランクB以上が『ワイルドハント』を起こす。危険だ」


 イスクラさんの言う『ワイルドハント』とは、魔族による『百鬼夜行』のような現象で、群れの動きを制御する統率者も存在する。

 ランクAの幻獣種である《レイス》に操られた魔獣の大群――それらが高ランクの集団だった場合、ランクS以外では抑えられない状況も起こり得るのだ。


 しょんぼりする真愛の背中を叩き、フリシーが声を張った。


「わたくし達は、【ファーシカル・フォリア】の弟子ですのよ。すぐに後を追ってみせますわよね、真愛?」

「う……うん、そうだよね! 足手纏にならないほど強くなって、涼平さんを略奪しないと!!」

「そうですわよ? いつまでも三人でイチャラブさせてはなりませんもの!!」

「タ・キ・ハ・ラ?」

「もう五体投地するから、どうにでもしてください……」



§



 年末かあ……師匠と二人のときは、おこたに蜜柑でのんびり過ごしたなあ。

 などと思いながら、一人で町を散歩する。

 他のみんなは、朝からイスクラさんによるメイク講座の受講中だ。

 自称『美の女神』も興味津々で、俺が抜け出しても付いてこない。


 視線の先に、買い物袋を抱えたお母さんと口論している幼女が居た――

 何やら子犬らしき動物を抱いている。これは……『家では飼えません』系だな。


「その子は魔獣かもしれないって言ってるでしょ? メイヤはみんなが殺されてもいいの?」

「まじゅうじゃないもん!!」


 もう一段階面倒臭いやつだ。

 だが、本当に魔獣なら危険だ。仕方なく声をかけてみる。


「あの……ランクA冒険者なんですけど、本当に魔獣なんですか?」

「しねー!!」


 いきなり足を蹴られそうになったが、相手の足が危ないのでひらりと躱し、バランスを崩した幼女を支える。


「へ、変態っ!!」


 今度はお母さんが、フランスパンのような長いパンをフルスイングする――

 パンが勿体無いので躱してから尋ねた。


「その動物、本当に魔獣なんですか? 危険な気配はしませんけど……」


 幼女が手を広げ、庇うように立ちはだかるのを押し退けたお母さんが、その動物の額部分を指し示す。

 怯える動物の額には、宝石のような遊色の輝く石があった――魔石だ。

 この母娘は運がいい。もう少し成長していたら、大人でも危険だ。


「メイヤちゃん――この子は魔獣だ。あと一週間もすれば、みんな食べられてしまうから、おうちでは飼えないよ?」

「でも……ぶるぶるふるえてたから……悪い子じゃないもん……」

「メイヤ、変態のお兄さんの言うとおり、魔獣は凄い早さで大きくなるし、他の魔族を呼び寄せるから、とっても危ないのよ?」

「でも……」


 黒い魔獣を抱き締める幼女。お母さんは今すぐ引き剥がしたいところだろう。

 俺には厳しいが、娘さんには甘いようだ。

 そんなとき、遠くから何者かが走ってくる。真愛だな。


「どうしたんですかあ涼平さーん!」


 だが、その姿を見た母娘は『やっぱり魔族が呼ばれたんだ!!』と、猛ダッシュでその場を立ち去り、俺の複雑な感情は行き場をなくした。

 そして母娘を戦慄させた生物が俺の前で停止する――うん、化け物だこれ。

 どう考えても遊ばれたとしか思えない、凄まじい化粧をした真愛が居た。


「なんだその顔は……」

「え? 変ですか!? みんなが『涼平さんに見てもらえ』って言うから、探したんですよう!!」


 ああ、それでか……真愛の後を追うように、遠くから警察隊が走ってくる。

 とにかく、ここに居ては魔獣と真愛が捕獲されてしまう。

 俺は二匹の魔物を抱え、町の外へと駆け出した。

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