132 しつこい汚れと劇団員
「女海賊団!? なんの意味があるんですかそれ?」
三人の女性冒険者が、抜剣した八人の男女と争っていたので、弱めの【鳴弦】で場を静めてから双方の話を聞いた。どちらも代表者は女性だ。
要は『海賊が冒険者をスカウトして、ウザがられていた』という状況らしい。
「では、引き続きご歓談ください」
「ちょっとアンタ! 止めといて平然と立ち去ろうとするんじゃないよ!?」
「ランクAなんでしょ? こいつら全員しょっ引いてくれないと!」
「えー。面倒臭い……」
俺は可愛い弟子達と、楽しい地獄の特訓を始めたいのに。
「別に力尽くで連れて行こうってんじゃないんだよ。これから高速艇の時代が来るから、海賊も忙しくなるのさ。だからスカウトしてるだけだよ!」
「普通に海運事業でいいじゃないですか……なんで海賊? しかも女だけって」
「男は性欲処理が面倒臭いんだよっ! いちいち女、女――ってね。だから海の仕事は女だけのほうがやりやすいんだよ。海賊はナメられないように名乗ってるだけだよ! 要は海の運び屋さ!!」
「ややこしいなあ……だけど冒険者は運送屋じゃない。嫌がって当然でしょ?」
「そうよ! なんで狭い船で何日も過ごさなきゃならないのよ!!」
「あとはお二人で気が済むまで、ごゆるりと――」
「ちょっとアンタ! 立ち去ろうとするんじゃないよ!!」
もう関わりたくない……。
その時、遠方から強い気配が近付いてきた――二人だ。
目標地点はこちらではなく、真愛達が居るほうだ。
「ああ、そういうことか……」
町からも数人の男達が、真愛達のほうへ向かって走っている。
そこまでする理由は分からないが、目的は俺ではないと判明した。
だが、俺が心配するのは真愛達ではない――向こうにはまいが居るのだ。
おそらく女性冒険者三名もグルだ。
あの強い気配の人物が来るまで、俺の足止めをしたかったのだろう。
無駄なのに……と思いつつ、最速の瞬間加速でその場を離れた――
「よっ! 待たせたな!!」
「ほわあっ!? いきなり現れないでくださいよう!!」
低ランクから見れば、瞬間移動だ。
そして強い気配はまだ到着しない。飛行魔術すら使えない時点で論外だ。
少し待ってから、ようやく黒髭を貯えた大男が跳躍から眼前に下り立つ。
「向こうは失敗したみてえだが、俺様が来たからには――」
まいのボディーブローで撃沈した。貫通しなかっただけマシだ。
更にもう一人接近してきた男には、見覚えがある。
港で釣りをしていた冒険者だ。あの時点で海賊劇場は始まっていたのか……。
その手には、剣身がうねうねと波打った形状の、クリスと呼ばれるダガーを握り締めている。
「まい、ステイ。みんな気絶させたら話が訊けなくなる」
「……」
【コロス】と書いていたのは、このことだったのかもしれないな。
過去の経験からみて、俺より探知、感知の能力が高いのは間違いない。
俺がどこに居ても現れたもんなあ。おりこうさんだ。
釣り男は謎の《ゴーレム》を見て、困惑している。
もう逃げても無駄だ。あとは手向かって死ぬか、投降するかしかない。
元気に振りかざしたクリスダガーを捨て、釣り男は両手を挙げた。
「まだ上がいるのか?」
「ああ。オズマさんが来たら、お前らなんか……」
「ここに来るのか?」
「――もう遅い」
すると、真愛達の居る場所から気配がする。
これは――【加護】か!? 相手は一人。フリシーだけが連れ去られた。
殺す気があれば止めていた。拉致目的だ。
まいと真愛も反応したが、俺は右手を上げて制止してから、この猿並みの知能の底抜けコントに嘆息する。
「あの船、破壊してもいいんだけど……ここからでも可能だぞ?」
「な……なんだとっ!?」
「最後はあれで逃げるつもりだったんだろ? それより、なんでそんなに執念深く狙ってたんだ? 誰かの差し金かな」
「あががががっ!!」
天竺へ向かうお猿さんのように、頭を絞め上げる。
重力障壁の変形の要領で、輪っかを作ったものだ。
「こう見えて、俺は殺人を厭わないぞ? 特に仲間に手を出した奴は、なんの感情もなく殺せる――そういうふうに鍛錬してきたからな」
「お、俺を殺すより……はや、く……追わないと、追いつけや……しない……」
「何が目的かだけ言え」
「ま、マーシャル商会の関係者……捕まらず逃げてる奴が……居る……」
まだ居たのか……それは厄介だな。
俺達は大丈夫でも、メリンダさんと影パパが危ない。
続きはあとで尋問しよう。今はフリシーだ。
それにしても、あんな速度で逃げられると思うのか。考えが浅すぎるだろ。
いくら【気配遮断】の【加護】があっても、フリシーを連れていたらなんの意味もない。
この場は真愛達とまいに任せて、釣り男を気絶させた俺は二人を追う。
他の海賊も、すべて強めの【鳴弦】で失神させておいた。
どこへ連れて行くつもりなのかだけは確認しておきたい。もし、アジトみたいなものがあるなら、そこも潰さないと。
フリシーには悪いが、いきなり捕まえずに後を付いていく。
結局予想どおり港に到着したので、変な船の前まで先回りする。
二十代前半ぐらいの男は驚愕の表情で停止した。
そもそも釣り男の言葉もハッタリで、この男が最強ではない。まいにボコられた黒髭が一番強かった。それでもランクB程度だ。
【ファーシカル・フォリア】の弟子で有望な新人冒険者フリシーは、男が怯んだ隙に身体を高速回転させて脱出。一瞬で抜いたカットラスが、男の左腕を斬り飛ばした――
「ぐあああっ!?」
「わたくしに斬られる時点で、ランクC以下ですわね?」
「このガキっ!!」
男はどこにでも売っている平凡な短剣を抜いて、フリシーに斬りかかる。
いくら片手であっても、本来ならばフリシーが勝てる相手ではない。
俺は『明確な殺意』を確認したかっただけだ。
残念ながら、『失敗したら殺せ』のパターンだな……これは。
相手を【鳴弦】で行動不能にしてから、告げる。
「逃げるならどうぞ? フリシーは置いていってもらうけど」
【鳴弦】を解除した。おそらく、船にもう一人居る――
隻腕になった男は船に逃げ込んでいく。
【加護】を使える時点で天人だ。こんなことをすれば魔石の暴走が始まる。
ランクが低ければ、まず耐えられずに死ぬ。
何故こんなことを……やはりマーシャル商会絡みは、おかしなことが多すぎる。
そしてSFアニメみたいな船が、物凄い加速で港を離れる。
なるほど、飛魚みたいに空中に飛んで加速するのか。
「悪いがここで、海のもずくとなってもらおう」
「あの、涼平様……それをおっしゃるなら、藻屑ではありませんか?」
「えっ!?」
言いながら放った爆炎魔術が、滑空する変な船に直撃した。
『ツマラナイネタダナ』
「いや、ジゼルさん……俺はずっと、もずくだと思ってたんだけど……」
『ソコヌケノバカダナ』
「それは全肯定するけど……マジで!?」
異世界言語コントをしているあいだに、変な船は木っ端微塵になった。
さらには遠くでワニっぽい大型魔獣が跳ねている――
動力担当の海賊さんには悪いが、元々戦力的に助からない面子だと思う。
§
日が暮れて――夕食会アンド反省会だ。
「マーシャル商会絡みとは……しぶといですね」
「相手が誰でどこに居るかまで訊き出したから、ギルドにも手を打ってもらうよ。この一件は俺達だけでなく、国際ギルド連盟の沽券に関わる問題だからな」
「中央大陸ですか。手抜かりは許されませんね」
「最悪、俺達が行ってどうにかするさ。それと、今回の相手の一人は【気配遮断】の【加護】を使えたみたいだ」
「ランクが低いのに、気配を消してたってこと?」
ルーの推察どおりだ。つまり、ビーチェの【透明化】も鍛え方次第なのだ。
俺はフリシーに謝罪したが、当人は『自らの家庭に関係のある問題』『ランクC相当の腕を斬れた――嬉しい!』の二つで混乱状態にあるようで、誘拐されかけた事実はあまり気にしていないようだ。
海賊達は依頼されただけとはいえ、大掛かりな芝居まで打って一人の少女を連れ去ろうとしたのだ。相応の裁きを受けるだろう。
残る問題はメリンダさんへの連絡だが、ハシャートクギルドへの電信と、速達の送付依頼はすぐにやっておいた。
今日の相手程度ならメリンダさんでも勝てるが、やはり安全のためには冒険者の協力を――って、当人も再登録したんだっけ……いろんな意味で危険だな。
夜が明けたらこの町を離れ、フリシーとメリンダさんの知り合いが商店を営んでいる、ロアクルクへ向かう。
「真愛達のパーティーは、名前どうするんだ?」
「今決めても、まだ二人だけじゃ行動できないので……」
「俺達と分かれるまでに決めておいてくれたら、『【ナイペータンズ】はこの町に居るのか』とか、分かりやすいだろ?」
「セクハラですよう!!」
「即座に理解するなよ!?」
「わたくしは、目下躍進を遂げている最中ですわよ?」
「フリシーの裏切り者!!」
「そ、それなら……【空振る手の憂鬱】とか」
「なんか詩的且つ屈辱的な響きだよ、ビーチェ!?」
言いながら胸の前で手を空振らせるなよ……真愛も。
二人が昇格したとしても、ランクCとDが二人きりのパーティーとして活動するのは厳しい。他のパーティーと組んで行動するしかない。
その意味でもエデルクアが最適だろう。ギルマスのハースさんも居る。
アルバトさんや【カヤラク・ルク】の面々も、助けになってくれるだろう。
もう一つの問題であるビーチェの今後だが、やはり冒険者として魔族と戦い続ける道を選ぶつもりはないらしい。
ポテンシャルが高いだけに勿体無い気もするが、本人が決めたことが重要だ。
「ビーチェは音楽方面の指導者が居てくれるといいんだけどなあ……」
「それでしたら、ロアクルクのイスクラ小母様に尋ねてみるのがよろしいかと思いますわよ? 顔の広い方ですから」
「有名人とか?」
「本人の名前は知らなくても、化粧品ブランドの名前は世界中に知れ渡っていますから、愛好者の中に音楽関係の方もいらっしゃるかもしれません」
「『サラ』ですね」
「それ……私も使ってる……」
「他にいいものが少ないからね。あたしも使ってるわよ?」
「私は石鹸しか使ってません!!」
コスメシェアを寡占してるような状態なのか……凄いな。
あと真愛は、今のうちに他の女性陣からメイク講座を受けておくべきだな。