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128 お巡りさん、この人です

 昨日、ラファ達が師匠から言付かった命令により、俺は一人で島へ向かう。

 嫌な予感しかしない――


 以前の家と同じ間取りのキッチン脇のテーブルで、向き合って座る。

 これは説教モードだな……と思っていると、湯呑みを置いた師匠が口を開く。


「涼平――貴様は小娘二人が死したとき、暴走を抑制できるか?」

「いきなりだな!? できるできないじゃなく、抑える。たとえ目の前で惨殺されたとしても、俺は魔王化せずに持てる力をすべて出しきって相手を(たお)す」

「勝てぬ相手なら?」

「全力で逃げて、鍛えてから再戦する」

「最古の幻獣からも逃げ(おお)せると?」

「無理かもしれないけど、獰神(どうじん)だって俺を魔王化させたら退屈になるだろ」

「生かされている自覚は有しておるのか」

「『生かされてる』っていうより、『遊ばれてる』とは感じるかな」


 ただ、幾つか腑に落ちない点もある――


 普通の転生者なら、夜が明けて一日が始まれば、自動的に明日がやってくるかのようにその日を過ごす。なんなら『こんな日常がずっと続けばいいのになあ……』などと、停滞のループに自ら飛び込んでしまう者も居るかもしれない。


 その良し悪しは別として、俺は違う。

 目が覚めて眠りに就くまで、『今すぐにでも最古の幻獣と戦いたい』という自暴自棄にも似た衝動が、付き纏って離れない。

 そんな俺の焦りを、師匠も察しているのだろう。


「昨日――小娘に渡され、ある誓約書を見た」

「へ?」

「そして小娘どもは口を揃えて言った。『深く関わらずに死ぬ気だ』と」

「それは……そこまでは……」

「『子を作れ』とは言わん。()れど、焦燥の先にあるのは失望じゃ」

「どう繋がるんだ? それ」

「誰が失望すると思う?」


 獰神か……。

 師匠はメリンダさんと同じことを言いたいのだ……やはり見透かされている。


「なんとなくだけど、『そうなるように突き動かされている』感覚はある。もしかすると、元々招かれる予定だった人物と関係があるのかも……」

「うむ。我が思うに、自死じゃな」

「え!? だけど俺は事故死だぞ?」


 師匠が言うには、自殺でこの世界に転生した者も、病気や事故で死んだ者と同様に神託を受け、召喚儀式で転生しているらしい。

 それも神と獰神のゲームの一つであり、自殺者を招いているのは獰神だ。

 二つの入り口から入って一つの通路を通り、出口も二つ。そういうシステムか。

 暴走すれば神の与えた【加護】を失い、魔人、魔王化して獰神の駒となる。


 つまり――


「俺は本来、獰神側の駒になる予定だったってことか!?」

(しか)るに、過程で誤謬(ごびゅう)が生じた」

「ややこしいことになってるんだな……」

「相反する状況の並立が、()の証左であろう」

「それが『めくるめかない誓約書』に繋がるってこと?」

「違う。貴様の思惑を読み取った小娘どもに繋がっておる」


 うーん……誓約書は、ある種のテストってことだろうか。

 だが、俺の抱える問題は昨日今日に始まったものではないのだ。

 今は『神と獰神の駒』の話が気になる。


「師匠が心配するほど、あの二人との距離は遠くないぞ? 隙あらばイチャイチャしてるし。それより、獰神側の駒は『魔人や魔王化しやすい人物』が選ばれてるってことになるのか?」

「然様。貴様自身も、寸毫(すんごう)の差によって異なる状況に置かれたであろう」

「うーん……それこそラファやルーが頑張ってくれなかったら厳しかったかな」

「其れも遺漏(いろう)によって生じた不具合じゃ」

「俺は不具合なのかよ!?」

「冒頭の質問を覚えておるか?」

「『暴走を抑えられるか?』だろ」

「不安を吐露しておれば、此処(ここ)で旅を終わらせた」

「不具合と暴走と強制終了って、俺はパソコンかよ!?」

「『ぴーしー』と言え」

「そこはどうでもいいよっ!」


 謎の焦燥感が俺由来の問題でないなら、それはそれでホッとする部分だ。

 元々転生者になる予定だった眼鏡君が、何を抱えていたのかは分からない――

 それでも、願わくば同じことを繰り返していなければいいな。

 俺はこの世界でそれなりに楽しく生きている。ルーの水着姿だって楽しみだ。

 一方で魔人や魔王を無条件で救いたいとは思わない。遊び半分で人を殺すなら、殺して止める。


 だが、ここで訊きづらい疑問が一つ思い浮かんだ。

 師匠は俺の表情からそれを読み取ったのか、お茶を啜って深い息を吐いてから、ゆっくり語り始めた。


「我は……病死や事故死でもなければ、自死でもない――然れど、罪人じゃ」

「それって、どういう状態?」

「心中じゃ」

「それって自殺では……?」

「互いに相手を(あや)めた。同時にな」

「なるほど……なかなかに重い過去の持ち主なんだな」

「貴様は軽佻(けいちょう)にすぎる――が、其れでよかろう」


 そう言って師匠は席を立ち、話を打ち切る。

 俺と師匠の関係は、『重い話をしたから、このあとはゆるりと過ごそう』などという甘いものではない。

 その後はしっかりと叩きのめされた。むしろ、いつもより厳しかった。


 俺達にとって最優先課題である広域防御魔術は、一朝一夕で習得できるものではないが、『中央大陸に入るまでに会得せよ』と師匠も念を押した。

 こうなると、真愛達よりも俺達の特訓がメインなのかもしれない――


「ラファとルーはどう? 成長速度は置いといて、二人とも凄く頑張ってるから、まだまだ強くなれると思うんだけど」

「早々に捨てるがよい」

「そんな!?」

「冗談じゃ。すべては涼平――貴様次第と思え」

「責任重大だな」

「捨てるがよい」

「なんで!?」


 捨てられるのは俺のほうかもしれないけどな……。

 心配ばかりかけてる気がする。このあいだも死にかけたし。


「あと、ジゼルさんと話せるようになるには、何が足りないんだろう?」

「さあ? 存外、意固地になっておるだけかもしれん」

「マジで!? 普通に話したいのになあ。『坊主頭のどこが好きなの?』とか」

『チガウ! シニカケロ!!』


 元気にはなったけど、凶暴さは控えめでいいのになあ。



§



 それから更に数日が経過した。


 現在宿泊しているワギレムという町は、【メトゥス・ゼロ】の航路にある。

 巨大移動型浮遊島は、現在ルトクーアを航行中だ。


 前回の周回から約一ヶ月――今回は貨物の積み下ろしには参加しない。

 『貴重なランクA』ということで、ギルドでは(すが)るような目で見られたが、断固拒否。運搬仕事は【メトゥス・ゼロ】と一緒に移動している冒険者に任せておく。

 ただ、事後報告も兼ねて颯波(さっぱ)さんには挨拶しておきたいので、搭乗許可証だけは発行してもらった。当然のようにラファも付いてくる。


 前回の俺はバカールの契約に含まれる存在だったが、今回はちゃんと当人が許可を得ていなければ、正規の搭乗者とは認めてもらえない。

 真愛やフリシーも乗りたがっていたが、あれは空飛ぶ遊園地ではない。

 せめて仕事を手伝えるランクになってから行くべきだろう。


 ルーに真愛達の修行を任せ、俺とラファは早朝からルトクーアへ飛んだ。

 隣国なので、然程時間を必要としなかった。


「おう! 涼平じゃねえか!! 飛べるようになりやがったのか」

「お久しぶりです颯波さん。世界最速を目指してます」

「そいつぁいいな。ジゼルも一緒か」

「やっぱり知り合いだったんですね。もう一人一緒に来たのは、俺の仲間のラファイエ・アルノワです」

「妻です」

「おう! 嫁さんか。よろしくな!!」


 もう否定するのも面倒になってきた……。

 そして「なんだその風采は……」と苦笑する颯波さんに擂粉木(すりこぎ)を預けていると、遠方から女性の叫び声が聞こえてきた――レイチェルさんだな。


「ちょっと! なんでラファがここに居るのよーっ!?」


 え?


 俺が首を傾げていると、ラファは「教導担当者です」とだけ言い残して、素早くレイチェルさんに駆け寄ると――鷲掴みにした。たわわな部分を。

 何してんの!?

 そして、悲鳴を背中に聞きながら俺のところに戻ったラファが言う。


「挨拶です」

「どんな関係なんだよ!?」

「私が育てました」

「何を!?」


 セクハラ仲間の颯波さんは、擂粉木を手にしたまま唖然としている。

 いや、待てよ……『揉む』という言葉に過剰に反応してた理由って……。


「私が育てました」

「警察隊に引き渡すわよ!!」


 そういうことのようだ……引き渡したほうがいいと俺も思う。


 状況が入り組んでしまった――

 颯波さんはジゼルさんと知り合いで、レイチェルさんはラファの教導担当者。

 俺はマーシャル家とロディトナ消滅の話をするために来た。


「順番をどうしたものか……」

「揉むのですか? 涼平さんも」

「違うよっ!!」


 とりあえず、俺は一人でぼけーっと空を眺めて、俺以外の面々の話が終わるのを待った。

 やがて話を終えた颯波さんが、擂粉木を渡しながら言う。


「師匠がアレとはな。世界ってのは稀におかしな方向へ回りやがるもんだぜ」

「ご存知でしたか。アレが師匠です。会ってみますか?」

「遠慮しとくよ。よくアレと二年も過ごせたもんだな……」

「エロいことはしてませんよ?」

「殺されるぜ、お前さん……」


 名前を出さないのは『そういう相手』だからだ。

 そして颯波さんも、師匠がどれほど強いのかよく知っているらしい。

 ラファはまだ話し込んでいるので、俺は当初の目的を切り出す。


「魔王の骨の件は片付いたんですけど、片付かなくていい場所まできれいさっぱりなくなってしまいました……」

「ロディトナか……俺も責任は感じてるが、あの速度じゃあ誰も反応できねえよ」

「そんなに一瞬だったんですか?」

「時間を止めたんじゃねえか? ってぐらい有り得ねえ速度だ」

「こんな表現もあれですけど……住人達は恐怖する暇もなかったんですね」

「ああ。『せめてもの救い』と思わねえと、俺らもやってられねえよ」

「最古の幻獣の姿は、誰も見たことがないんですよね?」

「現れるのも消えるのも一瞬だ。戦うとかいう次元じゃねえな」


 やはりその領域か……鍛えてどうなるものではなさそうだ。

 そこに話を終えたラファとレイチェルさんが合流する。


「そっちも知り合いたぁおかしなもんだな」

「私が一番吃驚したわよ! ランクAで飛行魔術だし」

「地上に居りゃあ情報も飛び交ってたんだろうけどな」

「颯波さんはどうせ無頓着だから、今と変わらないでしょ?」

「ちげえねえ。俺ぁここが性に合ってるんだよ」

「愛弟子の成長を(つぶさ)にチェックしていなかった、レイチェルさんが悪いのです」

「ずっとぼんやり過ごしてた子が、そこまで成長するなんて思ってなかったのよ」

「む。ぼんやりとは聞き捨てなりませんね……揉めるだけ揉みますよ?」

「やめなさい!!」


 レイチェルさんは例のポーズになった。

 やはりラファは、昔からラファだったんだな……。

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