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124 当然の如く

 どんな因縁なのか――


 馬鹿弟子が破壊した戦鎚には見覚えがあった。

 忘れるものか。あの日、あの場所で、気狂い転生者が振り回していたものだ。

 感慨などない。ただ、あの少年の手で忌まわしい記憶の一つが粉砕された。


 涼平が島を離れてまだ一ヶ月と一週程度。凄まじい速度で成長している。

 貧弱な小娘達と関わらなければ、今でも東の大陸の何処かを呑気に流離(さすら)っていただろうに、こうして世界の趨向(すうこう)を捻じ曲げ、機運を我がものにしてしまう。


 巨大な湖の上空に浮かぶ島から視線を向けるのは、遠く西の空――


 無謀で大胆ならば短命に終わるからこそ、人は凡俗へと成り果てる。

 それは自明の理だ。その一方で、臆病者が長らえるとは限らない。

 臆病者の【最強】リアン・カーベルの劣等感は、(おの)が身を焼く炎と化すかもしれない……心が弱い者に、強さは(まぶ)しすぎるのだ。


 この世界が停滞を維持できているのは、『愚直たる希望の力』のおかげだ。

 しかし、ロディトナ消滅を切っ掛けに、世界は新たな局面へと動くだろう。

 淀みから流れが生まれれば、誰かの背中に過剰な重荷を乗せて『あれが負ければ終わりだ』と不安を煽り、失敗すれば『その器ではなかった』と(そし)る――

 どの世界、どの時代でも変わらない。


 ジゼル・トゥオネラは言った。


『舞台の最後に頭を抱えるのが誰になるのか、貴方も楽しみなんでしょ?』


 それが涼平本人だったとしても、笑って一緒に死んでやろう。

 その前提で、答えた――


「まだ舞台は整っておらん。貴様も聖堂へ逃げ帰るなら今のうちだぞ?」

『いつまでも上から目線で居られると思わないでよねっ』

「使い手は一流でも、勝てなければ武器が二流ということだ」

『い、言わせておけばっ! まだランクAのエロガキじゃないのっ!!』

「くだらん(こだわ)りで、未だ武器として使わせておらんのだろう?」

『そ、それはっ……』

「信じろとは言わん――せめて応じてやれ。あれは腕の一本や二本、軽く捨てる」

『分かってるわよっ!! だからちゃんと護ってあげてるのにっ!』

「ほう……」

『何よそれっ!? ほんとムカつくわね、このロリババア魔人っ!!』


 天然の女(たら)しか。まったく……末恐ろしいな、涼平は。



§



 一夜明けてコアンカヤの町を出た俺達は、二手に分かれる前にもう一度ルートを確認した。ミシュクトルの南方を、東から南、そして西へと時計回りに進む。

 師匠のところへはランクAの二人が向かい、一人は残って真愛達の指導をする。


「三人はルーに任せて、今日は俺とラファが離脱する」

「あの、涼平さん!! 離脱の前に質問があります!」

「その物体は……なんですの?」


 俺の眼下では、赤いケープコートを纏い、フェネック耳と尻尾を生やした無表情の《ゴーレム》が、女性達から俺を護るように立ちはだかっていた――


「紹介が遅れたな。これが『激カワ道』を極めんとする《ゴーレム》の、まいだ」

「おでこに名前がありますね!! 可愛い!」


 真愛はさすがのコミュちからで、まいのハートもすぐに掴んだ。

 赤いコートの下で、尻尾がぶんぶん振られている。


「なんで顔があるのよ!? 服まで着てるし」

「私達にとって、永遠のライバルなのです」

「どういう意味!?」


 ラファとルー相手には、ファイティングポーズだ。

 そしてフリシーはよく分かっていないのでいいとして、もう一人問題児が居る。


「か、可愛いというより……キ――」


 瞬間加速でビーチェの口を塞ぐ。


 世間知らずは仕方ないとして、状況次第では即死だ。この辺から指導しなければならないのか……大変だなあ。

 正面に立って口を塞いだ俺を、上目遣いでじっと見つめるビーチェの顔が、どんどん赤くなる。強く押さえすぎたか……いや、まだ見慣れてないのか?


「ビーチェ。俺だ、滝原涼平だ。そしてこの赤いケープコートを纏っているのは、ランクS相当の魔族だ。容姿に対する中傷は即、死に繋がると思え」

「どんな警告よ!?」

「やっぱり強いんですね!!」

「真愛さんも瞬殺です。一瞬で肉塊にされます」

「それほどですの!?」


 フリシーは真っ青になったが、それほどなのだ。肉塊にはしないと思うけど。

 混乱を落ち着かせてから、ラファとルーに向かって小さく拳を繰り出すまいに、優しく語りかける――


「久しぶりだな、まい。よく似合ってるぞ。そしてちゃんと汚さないように着てくれてるんだな、ありがとう」

「……!」


 ドヤポーズだ。『当然!』という感じだろうか。

 一ヶ月ほどしか経過していないとはいえ、どこにも変化が見られない。

 これが最終形態なのだろうか? ちょっと残念なような、これでいいような。


「ああ、そうか……師匠が『そのままでいい』って言ったからかもしれないな」

「魔族仲間の意見ですから、尊重しているのでしょう」

「それで、どうすればいいのよ、この《ゴーレム》の扱いは?」

「会話できないからなあ……ジゼルさんも無理?」

『デキルカ!!』

「だよなあ……」


 重要な問題点は三つ。


 一つは敵対の意思の有無。これはもう『無い前提』で考えるしかない。

 二つめは、今後どうするつもりなのか、さっぱり分からないところだ。

 以前と同様に、いきなり目の前に現れて去っていくのか、それとも付いてくるのだろうか……。

 更にもう一つ。

 これが一番の問題だが、獰神が魔族としてのまいをどう扱うつもりなのか……。監視役だとすれば、自由奔放に逸脱している。


「まいはミステリアスな女だな……」

「……!!」


 ドヤァポーズである。

 まあ、修行相手と考えるかな――まいを抑えられないようでは、俺達はランクS相当の魔族に勝てないことになる。


「こちらに問題があるとすれば、ジゼルさんかもなあ。殺しちゃダメですよ?」

『ナンデ!?』

「まいは凄くいい子なんだから、いい子を殺したらジゼルさんが極悪人ってことになります。もしジゼルさんが剣のまま魔王化したら、ややこしいじゃないですか」

『ハァ!?』


 理屈が謎すぎて、ジゼルさんが混乱している。

 逆に言えば、その謎理屈が発動しているのがまいなのだ。

 魔族なのに可愛さ最優先で生きているせいで、よく分からない状態に……。

 いくら俺が信用していても、他の冒険者がまいを攻撃すれば状況は深刻化する。 だからまいにも注意しておこう。


「いいか、まい。俺達はしばらくミシュクトル国内を移動する。まいは自由にして構わないけど、人間を襲ったら許さないからな? 俺はもう、まいより強いぞ?」

「……!?」


 尻尾がぶんぶん振られた。やはり嬉しいのだろうか。

 そしてランクS相当の速度で放たれた鋭いストレートを跳躍で躱し、まいの後方へ降り立って小さな身体を持ち上げる――

 想像より重かったが、レディーに失礼なので口には出さずにおく。


「まい。これからもこうして遊ぶのは俺だけだ。あと師匠な。他の冒険者に同じことをしたら、もう俺とは遊べなくなる。いいか? 堪えるか、戦略的撤退だ」

「…………」


 後ろ向きの『高い高い』状態のまま、ゆっくりと尻尾が揺れる。

 そっと下ろすとこちらへ向き直り、俺をじっと見つめてから深く頷いた。

 といっても、首が無いのでお辞儀したような格好だ。可愛い。


「誰も傷付けなければ好きなように生きていいんだ。ただ、問答無用で襲いかかる冒険者も居るから、まいは反撃せずに俺のところに来い。ちゃんと俺が叱ってあげるからな。昨日もランクSなのに無抵抗の家を破壊する乱暴者を、『めっ!』ってしてやったんだぞ」

「……!」

「抵抗する家があったら恐いでしょ……」


 ルーが怯えている。ホラー映画は苦手なタイプだったな。

 まいの行動はまいに任せよう。上司が何を考えているのかもよく分からない。


「真愛、フリシー、ビーチェ――あらためて冒険者の心得だ。死ぬときは呆気なく死ぬ。だから町の外では気を抜くな」


 ランクC相当とも戦えるのは真愛ぐらいだ。他の二人はランクDにも勝てない。

 三人は真剣な表情のまま首肯した。


 南ルートでエデルクアまでに通る町は、現在地コアンカヤを入れて七ヶ所。

 一般人なら一ヶ月以上かかる道程だ。おそらく移動中に年越しになるだろう。

 真剣な話を終えると、ラファが気の抜けるような話題へと移行させた。


「南西の町ヨフルアには、巨大温泉地があります。楽しみですね」

「大昔に王族が保養地にするために防壁を作らせた町だな。地球にも似た雰囲気の景勝地があるんだよ」

「石灰棚になっている場所でしたら、パムッカレですね」

「なんでラファが知ってるんだよ……」

「『ヴィスティードと地球の観光地比較特集号』に載っていました」


 何より記憶力が異常だ。通算でどれだけ読んだのかは不明だが、冒険者は本など大量に持ち歩けない。読了後に焼くかギルドに寄付しているはずだ。

 ギルドに置かれたバックナンバーの古本は、冒険者だけでなく一般人も安く買えるので喜ばれている。


 それは置いといて、重要なのは温泉だ。そして温泉と聞くと過剰反応する女子が一名――


「混浴は断固拒否するからね!!」

「え……全開で混浴なんですか?」

「混浴の場所は全開じゃないぞ? ビーチェ。冬は寒いけど、プールみたいに水着でウロウロできる。ルーは一人で宿の部屋風呂な?」

「涼平が部屋で、あたしはみんなと大きな温泉に入るの!!」

「では私も部屋風呂で」

「わたくしも」

「私も部屋で全開で!」

「わ。私は透明になれるので……どこでも全開で大丈夫です……」

「そこの二人!? 分かったわよ! あたし一人別行動すればいいんでしょっ!!」


 なんという頑固一徹……そんなに裸体を晒すのが嫌なのか……当然か。

 『ズバッと全開』が平気なほうがおかしい。ビーチェは『透明限定』だけど。


 いつまでも全開――ではなく、温泉談義で盛り上がっている場合でもないか。

 話の続きは帰ってからということにして、俺とラファは師匠の新居へ向かう。

 そして後方には、赤いケープコートを纏った《ゴーレム》が付いてきた。


「なんか、子連れみたいだな……これ」

「お義母様への報告ですね」

「予想どおりの返しだなー」

「いえ、そちらではなく、実は寝ているあいだにこっそり……」

「ちょっと待て!?」


 ぺろりと舌を出して先行するエロ妖怪の飛行魔術も、かなり上達している。

 だが――ラファは師匠の凄さを、まだほんの一部分しか知らないのだ。

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