123 戻って戻った
俺が詩人と口論するのは、崩落を続ける島の上だ。
「家だけでなく、環境破壊ですか?」
「お前のせいだろうが!!」
たった二年弱とはいえ思い出の場所が、こんなにも呆気なく――
師匠の人形にまで酷いことを……。
「人形にあんなことして、呪われるぞ!!」
「お前が仕向けたんだろうが!!」
――あれ?
俺か? 俺だな……反省。
「そんなことより、その奇妙な武器はなんだ?」
「【ブルレスケ】こと、ジゼルさんです。リアクションはいいです」
「なっ――!?」
いいって言ったのに。
『【ブルレスケ】はじめました』って幟でも背負わなきゃダメなのかな。
「では、お前が【疾走する諧謔】なのか?」
「はい。変な二つ名ですみません」
「実力相応ということか……【峻厳迅壊】のお墨付きだからな」
「やっぱり有名人なんですね、ラス爺さんって」
「私の師でもある。ならば今回の戦闘は、ここまでにしよう」
「まだです」
「家と島を破壊したことは謝罪しよう――相手が【ブルレスケ】とはいえ、武器を破壊された屈辱との引き換えでは足りないか?」
「その武器はお高いやつですか?」
「昔の大戦で使用されていた骨董品というだけだ。価値は大したものではない」
「だけど古いものなんですよね……すみませんでした」
「いや、破壊されていなければ信じられなかっただろう。こちらもすまない」
話せば話すほど、『やはりランクSだな』と感じさせられる。
そうなると別の疑問が湧いてくるんだよなあ……。
「何故ここを襲撃したんですか?」
「【最強】から『ミシュクトルに魔人オクトが住み着いている』と聞いた」
「それだけですか……ギルドからの依頼でもないのに?」
「腕試しだ。奴がランクSでも勝てんと言うのでな」
「下手したら死にますよ? 奥さんも居るのに」
「ああ、そうだな……だが、他の冒険者からも奇妙な噂を聞いたのでな」
「『魔人が敵対するとは限らない』とか?」
「それを確かめたかったのだが……どうやら事実のようだ」
「どうしてそう思ったんですか?」
「視線はあるのに、これだけやっても怒気を感じない――それがすべてだろう」
「なるほど……」
居るのかよ!? 師匠。
俺でも気付かないほど微弱な気配を感知しているのか……さすがはランクS。
感心する一方で、俺はまだ未熟なのだと思い知る。
「だけど、ビビってるだけかもしれませんよ? 追って、討伐しますか?」
「お前如きに武器を破壊されたんだ……勝てる相手ではない」
「言い方!!」
「高価なものではないが、これでも愛着はあったんだ。許せ」
「住居破壊と環境破壊の罪がチャラになっただけですよ」
「言ってくれる――」
会話中にも浮遊島は崩落を続けている。
詩人が差し出した右手を握り返し、ここでお別れだ。
「どんな理由があってここに来たのかは詮索しない――今はな」
「偶々です。気配が気になって来ただけですから」
「そんな相手にこれだ……私もまだまだということだな」
「また会いましょう。次はこちらも殺す気でいきます」
「やめてくれ。花が枯れてしまうだろ?」
そう言って笑うと、詩人は飛び去っていった。
俺はじっと立ったまま、崩壊する島と一緒に地表へ落ちていく――
轟音と激震。そして舞い上がる土煙。
思い出の詰まった元浮遊島は、地表に巨大なクレーターを作った。
少し離れた場所でその様子を眺めていた俺の隣には、師匠が立っている。
「ごめん、師匠」
「『定めなきこそいみじけれ』じゃ。謝罪などいらん」
「だけど、師匠のパンツとオカズが……」
浮遊島のあった場所まで蹴り上げられた。
いつまでも現場近くに居るわけにはいかない。
【ナンバー・スリー】で生活の痕跡を片した師匠と共に、崩落現場を離れる。
互いに無言のまま南方の山岳地帯まで飛び、着地後にあらためて俺をじっと見つめた師匠が言う。
「なんじゃ其の頭は……」
「ああ、もう慣れちゃって気にしてなかったよ……変かな?」
「屈め」
背の低い師匠のために身を屈めると、しばらくぺちぺちやったり撫で回したりしていたが、満足したのか小さな手が離れた。
「外見に瞭然たる特徴など不要じゃ」
「子供達には大好評だったんだけどなー」
そう言って頭を触ると――フサフサになっていた。
「あの一瞬で!? 地球に召喚されるぞ師匠!!」
「阿呆。其の程度、治癒魔術で可能じゃ」
「っ!? 言われてみれば……俺も気付かなかったけど、ラファだって――」
「『坊主頭が好都合』と、黙しておったか。あの小娘……」
意味が分からない……だが、ラファもやろうと思えばできたのだろう。
そして師匠は、俺の腰にある擂粉木を見つめて言う。
「なんじゃ其の形様は……」
「こ、これはその……試用期間ってことで」
『エロガキ!!』
「また見境なく盛っておったのか」
「『また』ってなんだよ!? 俺は紳士的なHENTAIだぞ?」
「仔細は後程ジゼルから聞く。此処へ泣き戻った理由は?」
「泣いてないよ!? むしろ泣きたいのは今だよ!!」
俺がここに戻った理由を説明するあいだ、師匠は黙って聞いていた。
しばらく戻らないつもりだったのに虫のいい話ではあるが、これは俺達だけではなく、真愛達の成長のためでもあるのだ。
「勝手なことばかり言ってごめん。だけど、あの三人を助けてあげたい」
「教導者を探せばよかろう?」
「それは無責任だ」
「其の三名が男なら?」
「うーん……それはなんとも言えないかなあ」
「やはり去勢が必要かの」
「『やはり』ってなんだよ!? 俺は男だし、男の嫌な部分も知ってるからこそ心配してるのに、まるで俺が狙ってるみたいに――」
「落ち着け。冗談じゃ」
「抱き締めるぞっ!?」
そう言うと、師匠は両手を広げた。
拳骨を想定していた俺は、そのレアな光景に面食らってしまう。
「万事一歩ずつ、じゃ」
膝を突いて、ランクS冒険者にすら畏怖される小さな魔人を抱き締めた。
「ごめん、師匠。俺はずっとこんなで、周りにも迷惑かけてる……」
「其れもまた一歩じゃ」
「師匠ってこんなに優しかったっけ?」
「よく料簡したの」
「腹は立ったけど……ちゃんと相手の目的を訊くべきだと思ったから」
「大きな一歩じゃ」
ぽんぽん。と頭を撫でられ、少しは成長できたのかな……と思っていると――
『エロガキ!!』
まだ毒づいてる武器が居た。
師匠はジゼルさんを見つめ、一拍おいてから不敵な笑みを浮かべて言う。
「模擬戦か――あの喧騒の直後では無理じゃな」
「ずるい! また二人だけで女子会かよ!!」
というか、普通に『ジゼル』って呼んでたっけ。
やっぱり知り合いだったのかな? その話は後回しでいいだろう。
「修行は小娘どもがエデルクアに着くまでの期間じゃな?」
「うん。俺達はそのあと中央大陸へ移動する」
「無縁の小娘どもは知らん。涼平と連れ合いのみ来るがよい」
「どこに?」
島を、家を失ってしまったのだ――
それに【最強】とかいうランクSの動向にも、剣呑なものを感じる。
だが、師匠は逡巡することなく泰然と答えた。
「家を運ぶ。手伝え」
「どこからどこに!?」
予備の一軒家を浮遊島に運ぶ引っ越しを手伝ってから師匠と別れ、ミシュクトル東南の町コアンカヤに到着したのは黄昏時。
俺の気配を感知したラファが、壁門の外で待っていた。ルーも一緒だ。
すぐ戻る予定だったのに、詩人の襲撃のせいで遅くなってしまった。
「何してたのよ? ラファを止めるの大変だったんだからね!」
「てっきり祝言を挙げているのかと……」
「そっちの心配かよ!? それより、なんで剃刀を手にしてるんだ?」
俺の頭部を指し示し、ラファが答える。
「早く状態異常を治さなければなりません……玉手箱を開く前に」
「俺はどこから何年後の世界に帰ってきたんだよ!?」
夕食前に宿に寄って残る三人と合流。真愛とフリシーには髪の毛を引っ張られ、ビーチェは何故かおどおどと緊張しながら、「はじめまして」と挨拶した。
どこで俺を俺と認識してたんだ……。
そういえば、真愛達と会う前から坊主頭だったっけ……などと思い出しながら、専門料理店ではなく普通のレストランに入った。
ルーの前に拳骨より遥かに巨大なハンバーグが置かれ、鉄板の上で音を立てる。
ビーチェは何かぶつぶつ文句を言いながら、同じく鉄板の上が賑やかな日本式のスパゲッティ・ナポリタンに、粉チーズを振りかけていた。
食ってみれば分かる。それはそれで美味いから。
「それにしても【悉皆噛砕】が、態々ミシュクトルまで来るなんてね……」
「有名人なんですか? ルーさん」
「真愛ちゃんは『トール神』って分かる? あんな感じよ?」
「雷神じゃないですか!? 涼平さん、そんな凄い人と戦ったんですね!!」
「手加減されたけどな」
「それでも武器を破壊なさったのですわよね? わたくしには、相手が手加減していたとは考えにくいのですが……」
「むしろ手加減したのは涼平さんのほうです。相手の所業を考えれば、五体満足で帰れただけでも幸運と言えるでしょう」
「俺は妻帯者にそこまで酷いことしないぞ!? 奥さんが泣くじゃないか」
「でしたら――」
「『武器を憎んで人を憎まず』ですね!!」
「真愛ちゃん……その場合、『罪』はどこに行ったの……」
「私と結――」
「罪を問うのは難しいからな……住んでたのが師匠だけに」
「世界には、いろんな方がいらっしゃるのですわね」
「婚――」
「世界でも一人かもしれないけどなあ……どうなんだろう」
「シンなら何か知ってるかもしれないわね」
「く、悔しいけど……それなりに美味しい……かも」
「あの、涼平さん……」
「ん? ラファはアイスか。頼んでくるよ」
席を立つ俺の背中を刺すような視線は、無視しておこう。
全員分のアイスを浮かべて戻る。保冷できるので急いで食べる必要はない。
ラファが暗黒の手を伸ばし、ミント味のアイスを掴んで引き寄せた。
「なんだその技!?」
「情念が実体化したのです」
「そんなこと有り得るのか!?」
「便利ですね!!」
「いや、普通に重力魔術でできるでしょ……」
「これは、唐辛子と酢のソース……そういうのも……なるほど。次回は……」
「ラファ様は情念すら操れるのですわね……わたくしも見習わなければ」
「やめろフリシー。あれは『妖術』だ」
俺は螺髪ならぬ、妖怪『螺旋髪』の誕生を阻止する――冒険者の移動は百鬼夜行ではないのだ。
あと、ビーチェは食事に集中しすぎだ。