表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/322

117 収納上手になれない理由

 トリネーブに戻ると一部屋に集まり、女性陣に正座させられ説教を喰らった。

 ラファが『めくるめかない誓約書』の開示請求に応じてしまったのだ――


「ラファさんが可哀想です!!」

「至急改定案を要求いたしますわっ!」

「あたしは別にどうでもいいんだけど……」

「このように、非難轟々の有様なのです」

「あのなあ……俺は女性をエロい目で見ることもあるけど、頭の中のエロ優先度はみんなが思ってる以上に低いんだよ。男をなんだと思ってるんだ……」

「なるほど……お二人は、まだ――なるほど……」

「ビーチェは何を納得してるんだよ!? そもそも俺以外全員女性なんだから、俺が性欲を制御できなかったら危険だろ?」

「ふむふむ……そうなんですね。なるほど……」


 ビーチェは顎に手を添えてしきりに頷いている。……どういう意味だ?

 居残り組は円陣を組んで何やら話し込み始めた。ルーは強制参加だ。

 天を仰ぎながら、このやり取りもどこかで区切りを付けないとな……と思っていると、ラファがつかつかと歩み寄り、言う。


「涼平さんは、女性側が断らない前提で考えているのが問題のようです」

「いや、俺が力尽くで襲いかかったら問答無用になるだろ?」

「襲いかかるのですか?」

「だから理性で抑え込むって話なんだけど――ああ、そういうことか」

「はい。問題は劣情そのものではなく、『どこで止めるか』なのです」


 つまり、断られたら止めればいいだけで、『そういう対象』として見るのが悪いわけではないと言いたいのだろう。

 真愛やフリシーが怒っていたのは、『俺から誘う気が無いのに失礼だ』という部分だが、『女性側が誘っても応じないくせに、俺の要求には強制力がある』と考えれば、確かに不平等な内容かもしれない。そこは見解の相違だ。


「うーん……『前向きに検討』でいいかな?」

「ご安心を。拒絶する者など居ませんので」

「ちょっと!? あたしを巻き込まないでよねっ!!」

「果たしてそう言い切れるでしょうか?」

「どういう意味よっ!?」

「なるほど……みなさんはそうなんですね……」


 ビーチェは何を納得してるんだ……。

 ともあれ――『めくるめかない誓約書』は主体を入れ替えて『甲』が滝原涼平、『乙』は記名者の文書に全面改定。『乙が拒絶の意を示した場合、甲は正しく己を律すること』という文言を追加。女性陣全員に配布された。

 ……何してるんだ、俺達。


『シネ!!』


 ジゼルさんがお怒りだ。

 実際、いつまでもそんな浮ついた話に興じている場合ではない。

 次の町サーシュには、召喚失敗に巻き込まれた少年を残してきたのだ。

 ナァーリさんは、性倒錯趣味などなさそうな普通のおばさんなので、身の回りの世話については心配していない。少年の心身の回復度合いだけが気になっている。


 トリネーブを離れた俺達は、真愛達の修行を兼ねて遠回りでサーシュに向かうつもりだったが、ビーチェが加わったのであまり高速移動はできない。

 適度に修行を織り交ぜながら、やはり最後は【ファーシカル・フォリア】の三人で残る三人を抱えて走るしかないだろう。


 フリシーとビーチェの荷物も担いで歩きながら、真愛が言う。


「これは修行ですけど、この世界には収納魔術が無いのが不便ですねー」

「何それ?」

「異次元や同世界の別空間を使って、道具などの出し入れを可能にする魔術のことではないでしょうか?」

「へえ……あったら便利だなあ」

「難易度の問題だけでなく、この世界の神によって制限がかかりますね」

「できてもやっちゃダメってこと?」

「仮に任意の空間との接続が自由であれば、物の移動だけでなく、覗き放題、盗み放題、そして暗殺もお手軽になりますから。そして手を入れた先が見えなければ、どれほど危険かは言うまでもありません」

「『箱の中身はなんでしょう?』の凶悪版になるんだな。もし、魔獣の死体なんか収納してたら、ぐちゃあって……」

「やめてよね! 想像しちゃったじゃない!!」


 口を横に開いて嫌そうな顔をするルーの隣で、顎に人差し指を添えたフリシーが尋ねる。


「つまり、できるかできないかよりも、そもそも向こうが見えなければ使えないということですのね?」

「頭に思い描いた物を手元に受け取る場合、『完全記憶と転移』には神の力が必要になるのです。例えば、収納した斧を取り出すと、切れない斧が出てくるといった事態も起こり得ますから」

「なるほど……正直者が得するやつだな」

「それなら金の斧がもらえますね!!」

「二人とも、理解してないでしょ……」

「それなら逆に……切れないナイフを収納して、よく切れるナイフを取り出せるんですか?」

「いい質問ですね、ベアトリーチェさん。『手元へ転移させる』方法の場合、十を基準として、劣化によって九や八の物が形成される可能性はありますが、元々十以上の物は存在しないため、どれだけイメージしても手元には現れません」

「『錬成ではなく、あくまでも転移魔術』ということになるのですわね」

「そうです。あんこ型の涼平さんを出現させたくても、ソップ型の涼平さんが現れてしまうわけです」

「なんで力士で例えるんだよ!?」

「金の斧が……」

「真愛ちゃん、イソップの寓話じゃないからね?」


 魔術では難しくても【加護】なら可能だろうか――もし、転生時に要求した天人が居たら、使い方次第では厄介だな。

 ふと、真愛の【加護】について訊いていなかったことを思い出した。


「真愛は固有の【加護】ってお願いしたのか? 『全裸透明』みたいなやつ」

「り、涼平さん……刺しますよ?」

「ビーチェは凶暴だなあ」

「自分のHPとMPが見られます……あと、『一番強い人ぐらいの感じで成長したいです』って言っときました!!」

「ふわふわしてるわね……意味あるのかしら」

「酷いですよう! この世界のシステムが、こんな感じだって知らなかったんですからあ!!」

「もっとゲームっぽい世界だと想像したんだな……地球の知識が(あだ)になったか」

「MPなんて、ほぼほぼ魔石の使用残量ですよ? 『使えないー』ってガッカリしました」

「まあ、分からないよりはマシかな。それじゃHPは体力? 生命力?」

「もっとアバウトです。強いて言うなら『強さ』みたいな?」

「この世界の神様って、かなりテキトーなのかしら……」

「強さかあ……確かに『強さが削られている』とか、意味が分からないな」

「せめて相手のHPが見られたらよかったんですけど、巫女(ふじょ)さんに『他者の情報獲得は不可』って言われて」

「役に立たないなあ」

「酷いですよう!!」


 ちなみにマックスは、能力値を上げるための必要経験値が分かる【加護】を得ていたようで、彼は【魅了】に絶対の自信があった上で、真愛の【加護】を訊くために自らの秘密を明かしたようだが、その内容を聞いて頭を抱えていたらしい――

 だが【加護】は良くも悪くも神属性なので、こちらの世界に来る前に、どんなことが必要かを想定できた天人がいれば、強化に繋がるだろう。


「俺の場合は、たぶん本来召喚されるはずだった人が、いろいろ考えてたみたいなんだよなあ……腐女は把握しきれてなかったけど」

「たぶんですけど、私も同じような【加護】が組み込まれているっぽいです!」

「確かに……真愛も成長速度が速いもんな」

「今、わたくしの頭の中で『試合終了』という言葉が鳴り響きましたわ……」

「いえ、フリシアラさんの条件は私と同じです。死にかけましょう」

「ラファは何を推奨してるんだよ!?」

「完全に死ななければよろしいのですわよね?」

「フリシーも乗り気にならないで!?」


 ルーと俺が呆れ、ビーチェが怯える前で、ラファとフリシーは拳を合わせて不敵に笑っている。

 そういう世界とはいえ、どういう発想なんだよ……。

 

 一方で俺も、ランクが下るほど荷物の負担が大きいことを失念していた……。

 ビーチェも体力と量子重力魔術を強化しておくべきだろう。

 俺は妖怪『おばりよん』みたいな師匠を担いで走らされてたもんなあ。

 重さに慣れる前に、どんどん重くなっていくという――


 今後の課題を考えていたその時――不意に魔族の気配を感知した。


「運がいいのか悪いのか……魔人だな。十五キマほど先からこちらへ進んでる」

「まだ距離はありますが、魔人《ダガズ》でしょうか?」


 唐突に立ち止まった俺とラファに、他の面子は少し進んでから止まった。

 相手はまだこちらに気付いておらず、周囲には他の高ランク冒険者も居ない。

 追いかけてこられても面倒だ。ここは(たお)しておくべきか。


「魔人相手なら一人でやれるけど、相手を確認するまでは二人で行こう。ラファは三人の警護を頼む」

「遠距離攻撃が来るから、三人は近寄っちゃダメだからね?」

「はい、邪魔になりますから。遠視能力を鍛えます!!」


 俺とルーで先行して、相手の出方を窺う。

 この付近には崩れた古城跡などもあるが、あまり木が生えていない砂地なので、視界を妨げる障害物は少ない。程無く向こうも俺達に気付いたようだ。

 【人斬り魔人】と言われているぐらいだし、きっと近接戦タイプだろう。

 彼我の距離は、四キマ以内になった。


「お? この距離で斬撃飛ばしてくるか」

「このまま遠距離で仕留める?」

「ルーは近距離のほうがいいだろ?」

「そうね。だけど――っ!!」


 俺達は魔人の斬撃を躱し、ルーもお返しに、と鞘のままの【加密列(カミツレ)】で、当てる気のない斬撃を飛ばす。

 それは『こちらもこのぐらいは届くぞ?』という返答だ。

 魔人や魔王は時に撤退を選択することもある相手なので、通常であれば示威のためだけの牽制攻撃はしないが、傍に俺が居るからな。逃げても追い付ける。

 向こうも先程より巨大な斬撃を飛ばしてきたので、俺が擂粉木(すりこぎ)でこん、と殴って破壊した。彼我の実力差は明白だ。


「それじゃ行くわね!」


 言うと同時に、瞬間加速でルーが接敵する――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ