117 収納上手になれない理由
トリネーブに戻ると一部屋に集まり、女性陣に正座させられ説教を喰らった。
ラファが『めくるめかない誓約書』の開示請求に応じてしまったのだ――
「ラファさんが可哀想です!!」
「至急改定案を要求いたしますわっ!」
「あたしは別にどうでもいいんだけど……」
「このように、非難轟々の有様なのです」
「あのなあ……俺は女性をエロい目で見ることもあるけど、頭の中のエロ優先度はみんなが思ってる以上に低いんだよ。男をなんだと思ってるんだ……」
「なるほど……お二人は、まだ――なるほど……」
「ビーチェは何を納得してるんだよ!? そもそも俺以外全員女性なんだから、俺が性欲を制御できなかったら危険だろ?」
「ふむふむ……そうなんですね。なるほど……」
ビーチェは顎に手を添えてしきりに頷いている。……どういう意味だ?
居残り組は円陣を組んで何やら話し込み始めた。ルーは強制参加だ。
天を仰ぎながら、このやり取りもどこかで区切りを付けないとな……と思っていると、ラファがつかつかと歩み寄り、言う。
「涼平さんは、女性側が断らない前提で考えているのが問題のようです」
「いや、俺が力尽くで襲いかかったら問答無用になるだろ?」
「襲いかかるのですか?」
「だから理性で抑え込むって話なんだけど――ああ、そういうことか」
「はい。問題は劣情そのものではなく、『どこで止めるか』なのです」
つまり、断られたら止めればいいだけで、『そういう対象』として見るのが悪いわけではないと言いたいのだろう。
真愛やフリシーが怒っていたのは、『俺から誘う気が無いのに失礼だ』という部分だが、『女性側が誘っても応じないくせに、俺の要求には強制力がある』と考えれば、確かに不平等な内容かもしれない。そこは見解の相違だ。
「うーん……『前向きに検討』でいいかな?」
「ご安心を。拒絶する者など居ませんので」
「ちょっと!? あたしを巻き込まないでよねっ!!」
「果たしてそう言い切れるでしょうか?」
「どういう意味よっ!?」
「なるほど……みなさんはそうなんですね……」
ビーチェは何を納得してるんだ……。
ともあれ――『めくるめかない誓約書』は主体を入れ替えて『甲』が滝原涼平、『乙』は記名者の文書に全面改定。『乙が拒絶の意を示した場合、甲は正しく己を律すること』という文言を追加。女性陣全員に配布された。
……何してるんだ、俺達。
『シネ!!』
ジゼルさんがお怒りだ。
実際、いつまでもそんな浮ついた話に興じている場合ではない。
次の町サーシュには、召喚失敗に巻き込まれた少年を残してきたのだ。
ナァーリさんは、性倒錯趣味などなさそうな普通のおばさんなので、身の回りの世話については心配していない。少年の心身の回復度合いだけが気になっている。
トリネーブを離れた俺達は、真愛達の修行を兼ねて遠回りでサーシュに向かうつもりだったが、ビーチェが加わったのであまり高速移動はできない。
適度に修行を織り交ぜながら、やはり最後は【ファーシカル・フォリア】の三人で残る三人を抱えて走るしかないだろう。
フリシーとビーチェの荷物も担いで歩きながら、真愛が言う。
「これは修行ですけど、この世界には収納魔術が無いのが不便ですねー」
「何それ?」
「異次元や同世界の別空間を使って、道具などの出し入れを可能にする魔術のことではないでしょうか?」
「へえ……あったら便利だなあ」
「難易度の問題だけでなく、この世界の神によって制限がかかりますね」
「できてもやっちゃダメってこと?」
「仮に任意の空間との接続が自由であれば、物の移動だけでなく、覗き放題、盗み放題、そして暗殺もお手軽になりますから。そして手を入れた先が見えなければ、どれほど危険かは言うまでもありません」
「『箱の中身はなんでしょう?』の凶悪版になるんだな。もし、魔獣の死体なんか収納してたら、ぐちゃあって……」
「やめてよね! 想像しちゃったじゃない!!」
口を横に開いて嫌そうな顔をするルーの隣で、顎に人差し指を添えたフリシーが尋ねる。
「つまり、できるかできないかよりも、そもそも向こうが見えなければ使えないということですのね?」
「頭に思い描いた物を手元に受け取る場合、『完全記憶と転移』には神の力が必要になるのです。例えば、収納した斧を取り出すと、切れない斧が出てくるといった事態も起こり得ますから」
「なるほど……正直者が得するやつだな」
「それなら金の斧がもらえますね!!」
「二人とも、理解してないでしょ……」
「それなら逆に……切れないナイフを収納して、よく切れるナイフを取り出せるんですか?」
「いい質問ですね、ベアトリーチェさん。『手元へ転移させる』方法の場合、十を基準として、劣化によって九や八の物が形成される可能性はありますが、元々十以上の物は存在しないため、どれだけイメージしても手元には現れません」
「『錬成ではなく、あくまでも転移魔術』ということになるのですわね」
「そうです。あんこ型の涼平さんを出現させたくても、ソップ型の涼平さんが現れてしまうわけです」
「なんで力士で例えるんだよ!?」
「金の斧が……」
「真愛ちゃん、イソップの寓話じゃないからね?」
魔術では難しくても【加護】なら可能だろうか――もし、転生時に要求した天人が居たら、使い方次第では厄介だな。
ふと、真愛の【加護】について訊いていなかったことを思い出した。
「真愛は固有の【加護】ってお願いしたのか? 『全裸透明』みたいなやつ」
「り、涼平さん……刺しますよ?」
「ビーチェは凶暴だなあ」
「自分のHPとMPが見られます……あと、『一番強い人ぐらいの感じで成長したいです』って言っときました!!」
「ふわふわしてるわね……意味あるのかしら」
「酷いですよう! この世界のシステムが、こんな感じだって知らなかったんですからあ!!」
「もっとゲームっぽい世界だと想像したんだな……地球の知識が徒になったか」
「MPなんて、ほぼほぼ魔石の使用残量ですよ? 『使えないー』ってガッカリしました」
「まあ、分からないよりはマシかな。それじゃHPは体力? 生命力?」
「もっとアバウトです。強いて言うなら『強さ』みたいな?」
「この世界の神様って、かなりテキトーなのかしら……」
「強さかあ……確かに『強さが削られている』とか、意味が分からないな」
「せめて相手のHPが見られたらよかったんですけど、巫女さんに『他者の情報獲得は不可』って言われて」
「役に立たないなあ」
「酷いですよう!!」
ちなみにマックスは、能力値を上げるための必要経験値が分かる【加護】を得ていたようで、彼は【魅了】に絶対の自信があった上で、真愛の【加護】を訊くために自らの秘密を明かしたようだが、その内容を聞いて頭を抱えていたらしい――
だが【加護】は良くも悪くも神属性なので、こちらの世界に来る前に、どんなことが必要かを想定できた天人がいれば、強化に繋がるだろう。
「俺の場合は、たぶん本来召喚されるはずだった人が、いろいろ考えてたみたいなんだよなあ……腐女は把握しきれてなかったけど」
「たぶんですけど、私も同じような【加護】が組み込まれているっぽいです!」
「確かに……真愛も成長速度が速いもんな」
「今、わたくしの頭の中で『試合終了』という言葉が鳴り響きましたわ……」
「いえ、フリシアラさんの条件は私と同じです。死にかけましょう」
「ラファは何を推奨してるんだよ!?」
「完全に死ななければよろしいのですわよね?」
「フリシーも乗り気にならないで!?」
ルーと俺が呆れ、ビーチェが怯える前で、ラファとフリシーは拳を合わせて不敵に笑っている。
そういう世界とはいえ、どういう発想なんだよ……。
一方で俺も、ランクが下るほど荷物の負担が大きいことを失念していた……。
ビーチェも体力と量子重力魔術を強化しておくべきだろう。
俺は妖怪『おばりよん』みたいな師匠を担いで走らされてたもんなあ。
重さに慣れる前に、どんどん重くなっていくという――
今後の課題を考えていたその時――不意に魔族の気配を感知した。
「運がいいのか悪いのか……魔人だな。十五キマほど先からこちらへ進んでる」
「まだ距離はありますが、魔人《ダガズ》でしょうか?」
唐突に立ち止まった俺とラファに、他の面子は少し進んでから止まった。
相手はまだこちらに気付いておらず、周囲には他の高ランク冒険者も居ない。
追いかけてこられても面倒だ。ここは斃しておくべきか。
「魔人相手なら一人でやれるけど、相手を確認するまでは二人で行こう。ラファは三人の警護を頼む」
「遠距離攻撃が来るから、三人は近寄っちゃダメだからね?」
「はい、邪魔になりますから。遠視能力を鍛えます!!」
俺とルーで先行して、相手の出方を窺う。
この付近には崩れた古城跡などもあるが、あまり木が生えていない砂地なので、視界を妨げる障害物は少ない。程無く向こうも俺達に気付いたようだ。
【人斬り魔人】と言われているぐらいだし、きっと近接戦タイプだろう。
彼我の距離は、四キマ以内になった。
「お? この距離で斬撃飛ばしてくるか」
「このまま遠距離で仕留める?」
「ルーは近距離のほうがいいだろ?」
「そうね。だけど――っ!!」
俺達は魔人の斬撃を躱し、ルーもお返しに、と鞘のままの【加密列】で、当てる気のない斬撃を飛ばす。
それは『こちらもこのぐらいは届くぞ?』という返答だ。
魔人や魔王は時に撤退を選択することもある相手なので、通常であれば示威のためだけの牽制攻撃はしないが、傍に俺が居るからな。逃げても追い付ける。
向こうも先程より巨大な斬撃を飛ばしてきたので、俺が擂粉木でこん、と殴って破壊した。彼我の実力差は明白だ。
「それじゃ行くわね!」
言うと同時に、瞬間加速でルーが接敵する――