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114 坂道を転がるように

「よっ! 待たせたな!!」

「速すぎて気持ち悪いわよっ! その辺に隠れてたんじゃないでしょうね?」


 ルーはラーナーチの町を出て、きょろきょろと空を見渡していた。

 『魔族でも来ないものか』と探していたのかもしれない。


「どのぐらいで感知できた?」

「全然ダメね。っていうかキミ、気配消してたでしょ?」

「魔族が来たらまずいし、ランクSに見付かったら撃墜されるからな。ルーも一度飛んでみる?」

「ややこしい部分のケアをキミがやってくれるなら、少し試してみようかしら」


 そこからしばらくルーの単独飛行訓練を行い、大太刀と荷物無しならある程度の距離を飛べるようになったところで、今回は終わりにしておく。


「やっぱり自分の身体以外の何かに気を取られるだけで、落ちちゃうわね」

「ルーの場合、身体にも気を付けなきゃいけない部分があるからな」

「絞め殺すわよ!?」


 望むところだ。

 ルーもラファも隠すところなく俺が愛する存在であり、もう以前のような微妙な距離感ではなくなっている。抱き締めるのに躊躇(ためら)いはない。幸せそのものだ。

 それでも二人には単独で飛べるようになってもらわないと、ランクS相当の魔族相手に飛べないハンデは大きい。


「寂しくなるなあ……」

「あたしはいいから、ラファを抱っこしてあげなさいよ」

「本当に? もう二度と抱き締めなくても寂しくない?」

「い、いいから、そういうのは!!」


 よしよし。まだまだルーをからかうネタには事欠かないな。

 などと思いながら第二飛行形態で飛んでいると――


 仁王様が空にも出現した。


「ラファ、予想どおりイチャラブってたよ……ごめん」

「違うわよっ!?」

「部屋割りを変えておきました――私と涼平さんです。私と、涼平さんです」

「なんで二回言ったのかな!?」


 そっちに手を回されるところまでは、想定してなかった……。


 三人でトリネーブの宿へ戻ると、小さな物体が廊下を突進してくる。真愛だ。

 その額には、毛筆の縦書きで『弐玖(にく)』と書かれていた。


「酷いですよう! 涼平さん!!」

「俺!?」


 その後ろから目薬の瓶とスポイトを手にしたフリシーが、日本の洋菓子屋さんの前に置かれた人形のような顔で歩いてくる――犯人だ。


「いいか名探偵真愛。緻密な推理において非常に役立つ人物が居る。ラファだ」

「それは推理じゃなくて強制自白でしょ……」


 ルーが隣で呆れているが、フリシーはビクッ、と身を震わせ、ラファに目薬を渡すと(きびす)を返し、脱兎の如く駆け出した。

 だが、俺の重力魔術で宙に浮いた状態だ。足がバタバタ動くだけでまったく前進しない。


「フ・リ・シー?」

「わ、わたくしは『眠っている人を守る魔除けのようなもの』と、お母様から教わっただけですのよ?」

「たぶん、そのデタラメを教えたのはフリシーの名付け親だな」

「嘘と知った上での計画的犯行と、名探偵アルノワは推理します」

「……達筆ね」

「練習しましたのよ?」


 真愛に強制連行されていった――

 そんなことより、二人はツイン子と顔合わせしたのだろうか?


「俺は外で寝るとして、みんなの部屋割りはどうしたんだ?」

「野外で……そういうのも……」

「帰ってくるんだエロ妖怪。俺は『独りで寝る』と言った。もしくは寝ない」

「寝ずに……朝まで……」

「どうにかしてくれ、ルー」

「知らないわよっ!?」

「あの……私はルベルムさんと同室だそうです……」


 俺の後ろには、べとべとさんならぬ新たな妖怪――『透明ツイン子』が居た。


「【加護】か……そういうのは隠しておいてもいいんだぞ? 逃げたいときとか」

「に、逃げたくなるようなことをされるんですか……」

「しないよ。手の内を明かすほど俺達が信頼されてるとしても、外ではやめたほうがいいぞ? 第三者にも知られるからな」

「そそ、そんなに……ま、丸見えなんでしょうか?」

「いや、たぶんランクA以下なら気付かない。真愛とフリシーも気付いてなかっただろ?」


 面白い【加護】だが、低ランクのあいだは危険だ。絶対悪用される。

 そしてもう一つ、気になる点がある。


「もしかして、全裸なのか?」

「う……やっぱり見えてるんですか?」

「全裸なんだな……残念ながら見えてはいない」


 素晴らしいが、やっぱりダメだろ……この【加護】。

 すると、ルーが(さと)すように言う。


「あのね、ベアトリーチェさん。何かの間違いで解除しちゃったら、大変なことになるでしょ?」

「は、はい……衆目の前で全開です……あと、ビーチェで構わないです……」

「全開って……どんなふうに【加護】をお願いしたのか、なんとなく想像が付くけど、なるべく使わないようにね? 一緒に部屋まで行きましょう。ビーチェ」

「わ、分かりました……ありがとうございます」


 荷物の移動は既にラファ達が済ませてくれたようで、一人に見える二人は自分達の部屋へ向かった。

 ん? 何か忘れてるような……。


「さあ、涼平さん。めくるめく私達の部屋へ参りましょう!」

「言っとくけど、ジゼルさんも居るから。めくるめかないからな!!」

「三人でめくるめくわけですね?」

『エロガキ!!』


 まあ、めくるめかないだろう。それでは『目眩(めくるめ)く』が隠語になってしまう。

 そんなことより――【加護】の新たなバリエーションが現れたのは大きい。

 魔王は固有の【加護】を失うし、考えなしに悪事を働く天人は少ないとしても、マックスのように特殊なタイプも居るのだ。いろいろ想定しておくべきだろう。


 ラファとの『めくるめかないバトル』を終えてひと息つくと、全員集合して食事に出かける。

 あれやこれやと慌ただしい一日も、既に夕方だ。無駄なバトルで腹も減った。

 初めて別の町にやってきたツイン子に、食べたいものはあるか尋ねると、「も、もしあるならラザニアが食べたいです」と言うので、冒険者ギルドで『メニューにラザニアがありそうな店』を教えてもらうことにする。


 全員で行っても仕方ない。ギルドにはルーと二人で入り、受付で飲食店について訊いてから掲示板の前に立つルーの傍に行くと、何やら難しい顔をしていた。


「眉間に皺が寄ってるぞ。空腹の限界か?」

「違うわよっ! 魔人の情報があるのよ」

「この付近?」

「そうね……以前は北方で出没していたみたいなんだけど、最近になって南下した可能性があるみたい。魔人《ダガズ》。別名【人斬り魔人】と呼ばれてるって」

「人斬り……それってどこかで……」

「コジロさんの話ね。同一人物が魔人化したのかは分からないけど、そこそこ強いみたいよ?」

「うーん……この町には他にもランクAが居るから、任せておくべきかな」

「難しいところね。これは情報であって、あたし達への依頼じゃないし」


 ギルドを離れ、教わった店で腰を落ち着けてから、全員に魔人の情報を伝えた。


「討伐に行かないんですか!? ひょっとして私達が足手纏なんですか?」

「真愛、そうじゃくて、他にも冒険者は居るんだから、何もかも俺達がやる必要はないんだよ」

「でもでも、弱い人が出遭ってしまったら殺されますよね?」

「真愛さん、一つのパーティーだけですべての人々を守るのは不可能です。そしてランクというものは自覚であり、信頼でもあるのです」

「自覚と信頼……はい……そうですね」


 【ファーシカル・フォリア】に正式な指名依頼がくれば断るつもりはない。

 他にもランクAが居るなら手出しはしないだけだ。

 コジロさんから聞いた殺人鬼と同一人物かどうかは引っ掛かるが、現在の俺達にとっては、真愛とフリシー、そしてツイン子の安全が最優先なのだ。

 直接の依頼がなければ、このまま次の町へ移動してもいいだろう。


「まあ、偶々発見したらきっちり仕留めるけどな?」

「発見しましょう!!」


 真愛はヒーローショーを待つ子供ような目をしている。

 だが俺達はヒーローではない。まだ修行中の冒険者なのだ。

 真愛は本当に危ういな……これはフリシーにも念を押しておかなければ。


「フリシー?」

「はい。わたくしは真愛拘束術を学びますわ!」

「そういうのが得意な人物が居るからな」

「いえ、逃げられてばかりです。いずれめくるめきってみせます」

「もう用法が意味不明になってるだろ!? 主旨が変わってるし」


 魔人の話で盛り上がる俺達に圧倒されたのか、ツイン子は俯いて黙々とラザニアを食べている。


「俺は本場の味とか知らないけど、この世界のラザニアはどう?」

「は、話しかけないでください。食べるのに集中したいので!」


 美味いんだな……。

 ホウレンソウのニョッキをフォークで突き刺しながら、ラファが言う。


「聞くところによると、スアレイダの食べ物はなんでもカレー味らしいです」

「えっ!? 食べとけばよかったなあ」

「いくらカレーでも、なんでもは飽きるでしょ」

「ああ、それでラザニアか……これがカレー味だったら悲劇だな」

「やめてください! そう言われるだけでカレー味に思えてしまうので!!」

「あ、はい」


 恐るべし、カレー味。

 最後にチョコーレートプリンのようなドルチェの『ボネ』を、満面の笑みを浮かべながら口へ運ぶツイン子に、今後の予定を話してから、もう一つ尋ねておく。


「冒険者は続けるのか? 辞めたかったら辞めてもいいんだけど」

「え……そ、それは……辞めたほうがいいんでしょうか……」

「自分で決めたほうがいいわよ? あたし達が決めても、いずれどこかの町でお別れになるんだし」

「えっ!? そうなんですか?」

「真愛、ツイン子は中央大陸で歌手になるんだ。俺達とは別の道を行く」


 ツイン子のスプーンを持つ手が、小さく震えている。

 やはり一人になってしまうのは恐いのかもしれない。


「あ、あの……私――」

「音楽関係の知り合いかあ……メリンダさんに相談してみようか?」

「ノリノリで付いてきてしまうと思いますが、よろしいのでしょうか?」


 フリシーの言うとおりだ。そしてメイドさんもセットだ。

 それではどんどん集団が肥大してしまう……。

 ここは俺達だけでなんとかするべきだな。


「ん? ツイン子、何か言おうとしてなかったか?」

「い、いえ……なんでもない……です……」

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