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110 その人物は想定の内か外か

 緊急事態云々以前に、青い俺は町へは入れてもらえない。

 直接空からラーナーチギルドの前に降下した。


 腕組みして睥睨(へいげい)する吽形(うんぎょう)像の前に、土下座する面々……ギルドの関係者か。

 訊くまでもない。『やっちまえ!』とかやっちまったのだろう。

 ラファの腕には真愛に借りたランクDの徽章(きしょう)。こうなるのは自明であった――


 そもそも、ラファがギルドに駆け込んだ目的は一つではない。

 もしギルドに【劉刀蛇尾(りゅうとうだび)】が居なかった場合、青い俺は飛行魔術で国外へ離脱する手筈になっていた。

 そのためにも、探知や感知の能力に長けた冒険者の有無を確認しておく必要があり、ラファは『ルトクーアから来た。魔人を追っている』と、引っ掛け発言をしたはずだ。


 スアレイダはエノレパドの西部とルトクーアの南西部に面する国で、俺達はルトクーアから来ているが、エノレパド方向からの入国となる。

 だが、仮に嘘を見抜くための人員が居ても、ラファは事実しか言っていない。

 『エノレパドの方向から来たよね?』と尋ねる者が居なかった場合、ギルド内に感知能力の高い冒険者が居ないことも分かる。


 慎重に事を進めたわりに【劉刀蛇尾】の実力はショボかったが、正面から喧嘩を売るためには、事前の調査が必要なのだ。

 今回は時間短縮のため、戦力の把握と誘導を並行した。


 ギルドに居た普通の冒険者達は、二重の意味で敵ではない。

 ラファが軽く【鳴弦(めいげん)】を発しただけでも、力量差を知ったことだろう。


「こっちはジゼルさんに助けてもらった。さっきの爆炎魔術による死傷者は?」

「あれは『こっちは今から皆殺しだぜヒャッハー!!』という合図ですので」

「ひいぃぃぃっ!?」

「まさか……【劉刀蛇尾】が、魔人に殺られたのか!?」


 抑揚のないラファの言葉に、ギルド関係者が恐れ(おのの)いている。

 そしてフレンドリーな俺まで恐怖の対象にされてしまった。そりゃそうか。

 このギルドで最強の冒険者の死体(ではない)を抱いて現れたのだ。

 なので俺は場を和ませるためにズラを外し、愛くるしい猫耳を装着した。


「実は魔人じゃなくて、青い猫ですにゃー」

「うわキモッ!」


 ギルド関係者の不評に、荒ぶる仁王様を制止する。

 遊んでいる場合ではない――俺はラファに、ここまでの経緯を尋ねた。


「こっちはどうなってるの? これ」

「私は穏やかに質問しただけなのです。向こうが『野郎共、やっちまえ!』などと三下台詞を吐いたもので、つい」

「知りたいことは訊けた?」


 ラファの話によると、一年前のギルマスは既に引退しており、現在のギルマスは【劉刀蛇尾】の言いなり状態らしい。うーん……やっぱりギルド連盟はダメだな。

 そして一年前にワヤルハ君と一緒に行動していた少女は、今もこの町で冒険者を続けているようだ。

 

「彼女のヤサは割れています。確保は全員合流後と考えていました」

「なんで犯人みたいになってるんだ……ルー達もそろそろ到着するし、関係者だけ集めて詳しい話を訊こうか?」

「涼平さんは、まず身体を洗うべきではないでしょうか?」

「そうだな。このままじゃ何をやってもコントだもんな」

「いえ、そのような獣を抱いた(けが)れを早く洗い落とすべきでしょう」

「ああ、そっちか……」


 【劉刀蛇尾】をラファに預けると、早速脳に何か細工を(ほどこ)されている。可哀想と言うには微妙な人物ではあるが、これで彼女の人生は詰んだ――

 ルーと俺が訊き出した内容だけでなく、細かい余罪もすべて自白させられる。


 やがて到着したルーとジーマさんに状況を説明して、『ランクA四名による強権発動』により、正式にラーナーチギルドを一時機能停止処分とした。

 一般の冒険者にとっては、何がなんだかよく分からない事態になっているため、『文句がある冒険者は模擬戦用の闘技場に来い』と、ジーマさんから伝えてもらうように頼んでおいて、俺は身体を洗って着替えを済ませ、鼻歌を歌いながら闘技場へ向かった――


「なんだ。これだけか……」


 闘技場にはたった三名の冒険者しか居なかった。

 相手は町の外から戻った冒険者のようで、ラファとは対峙していない。

 そのため何がなんだか分からないまま、ここで相手を待っていたようだ。

 リーダーらしき人物は二十代後半の男性でランクB。他の二人はランクCか。


「おいハゲ! この町で好き勝手に暴れてるらしいな?」

「どんなふうに話を聞いたんですか?」

「『ハーレム野郎が【劉刀蛇尾】とギルドを蹂躙(じゅうりん)した挙句、もっと女を差し出せと要求している』と聞いた」

「まあ、そんな感じになるのかな……それで、あなた方はどうしたいんですか?」

「戦ったところで勝てはしないが、こんなふうに他所の国のギルドに介入する正当な理由が、あんたらにあるのか?」

「ギルド連盟からの要請ではないですね」

「そのギルド連盟から選ばれたランクSでもないのに独断制裁か。強ければ何をしてもいいのかよ?」


 そこにラファがやってきて、特に表情を変えることなく口を開いた。


「新たなランクS選出は、現役のランクSの意見が最重要視されます。連盟の偉い人達はそれを各ギルドに通達するだけで、任命権も責任を負う力もありません」

「えっ!? そうなのか?」

「冒険者としてあるまじき行為を咎められるべきは、【劉刀蛇尾】です。彼女の発言以外の真実を知っていると、どのような根拠もって言えるのですか?」

「第三者が現場を見ていなければなんとでも言える。そこはお互い様だろう」

「では、当事者の一人にも意見を聞いてみましょう」


 そう言って鳥笛を吹く――目白(メジロ)の鳴き声のような、可愛らしい高音だ。

 すると、その音につられた鳥のように、一人の冒険者が闘技場に現れた。


「ワヤルハ君と同期の冒険者か」

「はい。重要参考人として召喚しました。下手人(げしゅにん)のイロです」

「はじめまして、ベアトリーチェ・ジェンマです。イロってなんですか?」

「知らないなら知らないままでいいかも……」


 ベアトリーチェ・ジェンマ、十六歳。男の娘などではなく、本物の女性。

 深い紺色でアニメみたいなツインテールの髪、瞳はデマントイド・ガーネットのような明るいグリーン。日本だったらコスプレとかしてそうなタイプの美少女が、上目遣いでおどおどしている。


 確かにワヤルハ君みたいなタイプが似合いそうな容姿だ。

 彼は褞袍(どてら)ジャージ女子に夢中だが。世の中ってそんなもんだよな……などと思いながら、じっと見つめてしまった俺をじっと見つめながら、(しのび)の者が言う。


「既に満員です。乗車拒否です」

「何がだよ!? そういうんじゃないぞ? なんでこういうときだけ心を読んでくれないのかな?」

「あの……私は何故ここに呼ばれたのでしょうか?」


 ツインテ少女が怯えている。

 知らない冒険者から闘技場に呼び出されたら恐いよな。

 ラファに頼んで経緯(いきさつ)を説明してもらうと、放置されたままの三人の冒険者も黙って話を聞いていた。


「――そうだったんですか……確かにハヤルワさんは、『虚偽の事実に基づく教導者への不服申し立てに対する厳正な処分』が、下されたことになっています」

「貴方は目の前で起こった事実を、証言するよう求められたはずですが?」

「はい。だけど……言えば何をされるか分からなかったので……恐くて」

「それは嘘です。貴方は、彼と二人で町を追い出されるのが恐かったのでしょう」

「だって……知らない世界に転生して、周りは化け物ばかりで……」

「恐いのは当然だ。だけど、そんな恐い世界でワヤルハ君は(たくま)しく頑張ってるぞ。難しい選択をしたとは思うけど、いい仲間にも巡り会えたみたいだし。彼は『過去のことなど気にしていない』と言ってた。あんなまっすぐな人間が不当に扱われたのは許せない」

「ハヤルワさんは無事なんですね……よかった……」


 ツインテ少女の瞳から、はらはらと涙が零れ落ちる。

 泣くぐらいなら名前もちゃんと覚えてやれよ……。

 

 彼女の口から語られた証言は、俺とルーが尋問した内容と合致している。

 縄女は小百合さんの質問に対し、『美少女をこよなく愛する趣味がある』と認めた上で、こう言った――


『ビーチェは気が弱い。何も言えやしないと分かってた。あの生意気なオスガキのほうは、死んだところで知ったこっちゃないね! こんなクソみたいな世界にのこのこやってきて正義の味方気取るバカが、どこで何人死のうと誰も気にしちゃいないんだよ!!』


 『ビーチェ』はベアトリーチェ、つまりツインテ少女のことだろう。

 ん? 順番が逆か……覚えづらい名前は苦手だ。

 現在不服申し立てに闘技場へやってきた三人の冒険者も、ある意味ワヤルハ君と似たような心境なのかもしれない。何を信じ、なんのために戦うのか――


 だから俺は言う。


「俺は【劉刀蛇尾】を許さない。そんな俺を許せないなら、いつでも相手になってやる。ただし、俺はランクSを超えて獰神(どうじん)とのドツキ漫才を目指す男だ。それなりの覚悟をもって挑んでもらいたい」

「ランクSを超えるだと!? 調子に乗るな!!」

「超える。特に、今ここに到着した変人とか早く超えたいし」

「なっ――いつの間に!?」


 三人の冒険者が驚愕している。

 俺の背後に立っていたのは――【テクフレ】だ。……実は暇人なのでは?


「オゥ!! 気付かれていたんだネ!」

「わりと遠くからキモ気配を感じてました」

「もう随分経つのに覚えていてくれんだネ! 嬉しいヨ!!」

「お久しぶりです。何一つ変わってませんね、【テクフレ】さん」

「まさか少年がここに来ていたとはネ! 僕も驚きだヨ!!」


 質問せずとも、何故彼が現れたのかは概ね想像が付く――

 あれだ。コンビニ強盗の通報みたいなものだ。

 ラファがドーン! とかやった時点で、こちらへ向かっていたのだろう。

 気配に気付いたのか、【劉刀蛇尾】を連れてルーとジーマさんもやってきた。


「えーっと、説明が面倒臭いので、ジゼルさんに聞いてください」

『コロス!!』

「オゥ! 【幻砂(げんさ)の白鳥】にも会えるとは。尊敬すべき大先輩だネ!!」

『キモイ!!』


 そこは同意。だが、誰が正しくて何をどうすべきかは、ランクS二人で話し合ってもらうのが一番手っ取り早いのだ。


『イーヤー!』


 ジゼルさんを【テクフレ】に渡すと、擂粉木から雲丹(ウニ)のような形状に変形した。

 そんなに嫌なのか……。

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