107 作戦会議、または悪巧み
日が暮れるまでにトリネーブに着くには、抱えて移動するしかない時間になってしまったが、真愛には事前に確認しなければならないことがあるのだ。
同様の懸念を抱いたのか、ルーが真愛に尋ねる。
「真愛ちゃんは、トリネーブや次のサーシュに寄っても大丈夫?」
「え? 別に平気ですけど?」
「例の危険人物の件ですわね?」
「うーん……腹は立ったけど、裸見られたぐらいだし」
「でしたら涼平様に見られても平気ですの?」
「え!? セクハラでパワハラでモラハラですよう!! 涼平さん!」
「なんで俺が痛烈に批判されてるんだ!?」
「可哀想に……ほら、殴ってもいいのよ真愛ちゃん?」
「やっぱりそういうのって……ムードとか大事じゃないですかあ」
「いえ、ズバッと脱いでガバッといくのです、真愛さん」
「ラファは何を後押ししてるんだよ!?」
「それでも逃げるじゃないですか、涼平さんは」
「当たり前だ。年端も行かぬ少女がベッドに裸でダイブしてきたら、むしろ恐怖を感じるだろ!?」
「せ、セクハラです!!」
ボディブローを喰らった。正解が分からない……。
そして『トリネーブまで抱えて移動しなければ野宿になる』と伝えると、ラファが「RPS25で決めましょう」などと訳の分からないことを言い出したので、真愛とフリシーから引き離した。
ところがその二人は、何故か日本式のジャンケンを始めてしまう。
ああ、なるほど。『岩、紙、鋏』か――『25』の意味はよく分からないが。
やがてフリシーがこちらを向いて、「勝ちましたわ!」と報告する。
「なんだ? 晩御飯でも賭けたのか?」
「違いますわよ!? どちらが涼平様に抱かれるか決めていましたの」
「ちょっと、フリシー!?」
「待て、ルー。意味が違う」
「わ、分かってるわよ!!」
「小百合さんの恐れているようなことは起こりません。何故なら――」
「ラファもいいから。それじゃ真愛はルーに頼んでいいか?」
「いいわよ。あんまり飛ばさないでよね?」
「やはり危険なのは小百合さ――」
「フリシーはもう平気だよな?」
「ええ。慣れましたもの」
「私は、独り――」
「ラファは丸太でも抱っこして行くか?」
「ぐぬ……ヘタレのくせに……」
忍の者が何かぶつぶつ言っているが、俺とルーは無視してフリシーと真愛を抱き上げ、トリネーブへと急ぐ。
ルーは得物の大太刀が邪魔なように思えるが、手が塞がるときは重力魔術で浮かせたまま一緒に移動する。シューティングゲームのオプションみたいな状態だ。
どうにかトリネーブの壁門を通してもらえる時間内に到着したが、ゆっくり店に入って食事している暇はなさそうなので、宿でチェックインの手続きをするあいだに、ルーと真愛にはテイクアウトのできそうな店に行ってもらった。
その後、笑顔の二人が買ってきたのは――牛丼だった。
だがテイクアウトの器は丼鉢ではなく、重箱の形をしている。
「何よその顔! ちゃんと野菜も入ってるわよ?」
「この町の牛丼、ちょっとお高いですけど美味しいんですよ!!」
「真愛とフリシーには、栄養バランスの取れた食事をしてほしいんだけどなあ」
「あたしはバランス悪くてもいいってこと?」
「小百合さんは身体のバランスが悪いので問題ありません」
「ラファは良すぎなのよっ!!」
「わ、わたくしも今はバランスを崩すことを重視しますわっ!」
体調と体型の管理は各自に任せよう……。
宿は三部屋で俺は一人部屋、あとはラファとルー、真愛とフリシーで分かれる。
二人部屋に全員集合して、牛丼を食べながら今後の予定を話し合う。
当面の優先事項は、問題を起こしたスアレイダ王国のギルドへの対処だ。
俺達は正義のヒーローではないが、冒険者としての矜持はある。
今日もどこかで地球人が召喚されているかもしれない。新たに冒険者登録をしたヴィスティード人だって居るだろう。問題は『過去の出来事』では済まないのだ。
まず、ラーナーチギルドと【劉刀蛇尾】シェシェーナ・ロゥクに、まゅみぃさんが語ったとおりの問題行動があったかどうかを確認。
狂言とは思えないが、相手が相手だけにいきなり戦闘モードというわけにはいかない。そして事実と判明した場合、俺達が制裁を加えるのか、ギルド連盟による粛清を待つべきかだが……このメンバーで後者が選択肢に並ぶことはないな。
みんな、マーシャル家の件が引っ掛かっているのだ。
『ギルド連盟など信用に値しない』とまでは言い切れないが、対応が鈍重なことだけは事実であり、会議の議題に上がるのも一ヶ月以上先になるだろう。
どこかへ逃げる相手ではなくても、俺達の今後の行動も自由度が下がる。
つまり、議論の余地など最初から存在しないのだ――
「第一回、悪いギルドを懲らしめちゃうぞ作戦会議ー!!」
「おー! ぶっ壊すぞー!!」
「あ、真愛は留守番な?」
「なんでですかあっ!?」
一番ノリノリなのがヤバい。何より真愛は感情制御が未熟すぎる。
もし交戦状態になれば、相手はギルドそのものになるかもしれない。
ランクSはギルドにも国にも属さないが、ランクAは在籍しているのだ。
真愛とフリシーは絶対に留守番だ。というか、強制的に眠らせる。
「なるべく戦闘にならないよう穏便に済ませたいが、無理だ。ラファが居る」
「どういう意味でしょうか?」
「ラファは飛べるし眠らないから、撒く手立てが存在しないのだ」
「ずるいです!!」
「話が前に進まないわね……」
確かに。
重要なのは最終的に俺達が悪党扱いされない手段を考えることだが、普通に事情聴取したところで、相手が自供するとは思えない。
俺一人ならやりようはあるのだが、危険人物は確実に付いてくる。
そして今は【ファーシカル・フォリア】だけでなく真愛達も居る。だからこその作戦会議なのだ。
「作戦など必要ありません。ドーンと突っ込んで脳を弄ってやりましょう」
「いやもうラファ星人の襲来だそれ」
「チープなプラスチック模型になりますか?」
「おどろおどろしいボックスアートで、夜店のくじ引き屋で景品になるな」
「なんでキミの世代が知ってるのよ!?」
「フフフ……インターネットちからだよ、小百合さん」
「私は知らないです!! パーツが二つぐらいしか無いやつですか?」
「私のプラモには操縦者も付いてきます。ボックスアートに涼平さんが……ふふ」
「なんの話よっ!?」
恐ろしいことに、『ノスタルジア』には『地球の模型特集号』と『地球の珍妙な模型特集号』も存在するのだ。何してんの……メリンダさん。
脱線したまま加速を始めたところで、話題に付いていけないフリシーがふわりと縦ロールを跳ね上げ、華麗に話を本線へ戻してくれた。
「ですが――どのように過去の事案の真偽確認をなさいますの?」
「『こっそり書類を盗む』とかならよかったんだけどな……証拠かあ」
「当時居合わせた、もう一人の低ランク少女の現状も知りたいわね」
「【劉刀蛇尾】が、べったり引っ付いているかもしれません」
『コロス!』
「殺す――か。そのほうが簡単かもしれないな、ジゼルさん」
「ついに快楽撲殺コンビとして覚醒したみたいね……」
「なるほど。殺してゾンビ化させるわけですね」
「違うよ!? 順番の話だよ!」
「まずギルドに行って【劉刀蛇尾】と会うのではなく、【劉刀蛇尾】に会ってからギルドへ向かうわけですね」
「どうにかして誘き出そう」
「ではルベルムさん、色仕掛けでお願いします」
「あたし!?」
「いやラファ、小百合さんが相手の気持ちを一番よく分かっている。育ちすぎだ」
「どういう意味よっ!?」
いや、そのままの意味なんだけど……。
小さな真愛やフリシーは留守番に徹してもらう。関与させたくないのもあるが、何より移動時間がかかりすぎる。
「ランクAだと、魔人クラスじゃないと出てこないよなあ……」
「では、こういうのはどうでしょう――――」
§
作戦会議を終えて解散後、それぞれの部屋に戻ってしばらくすると、俺の部屋のドアがノックされる。――これはフリシーだな。
「どうした? 今日はもう休んだほうがいいぞ」
「わたくし一人でもできる訓練メニューなどがあれば……と」
「焦る気持ちは分かるが、短期間ではどうにもならないこともある。無理をすれば身体が壊れるぞ?」
「毎日少しずつでも積み上げられる鍛錬がありましたら、ご教授願いたいのです」
「フリシー。それは魔族と戦わない一般人でもできる。冒険者に必要なのは屋外での実戦訓練なんだよ。室内での筋トレもあまり意味が無いし、ラファみたいに魔術を鍛えるには、まだ基礎の練度が足りていない」
「確かに……でしたら、恋愛も実戦あるのみですわね?」
「実戦というか実践というか……ま、まあ、疲労はラファに回復してもらえるし、若干イレギュラーな方法なら無いこともないかなあ」
「みなさんと居られる期間に、僅かでも前進しておきたいのです」
「俺も短期集中メニューとして考えていなかった部分はあるな……だったら、寝る前より朝トレがいいかもしれない」
回復といっても万能ではないが、短期間での強化程度なら後々への影響も少なく済ませられるだろう。
俺はフリシーのために、寝る前ではなく起きてからの鍛錬メニューを考えて説明しておいた。基本的に冒険者が熟睡可能なのは、安心して眠れる条件下のみに限られる。疲れて眠るのを習慣付けてはならない。
今回フリシーに提案したのは、ラファが起きる前にハードなトレーニングを済ませて、ヘトヘトの状態を回復してもらうやり方だ。
身体能力はいきなり跳ね上がらなくても、身体の動かし方は覚えられる。
無茶と言えば無茶なのだが、短期集中でやるならそれぐらいしかないだろう。
目を輝かせて鼻息を荒くするフリシーに、「今晩はしっかり寝ておくように」と釘を刺して部屋に帰したあと、しっかり鍵を確認して俺も床に就いた――
俺は別の意味で安眠できないんだけどな……。