106 野良の見る夢
トリネーブまで訓練を兼ねての移動のはずが、これでは集団コントの訓練だ。
なので俺は、可及的速やかにクレーム対応する。
「狩り場荒らしはもう止まる。俺達は正真正銘のランクAだし、どうしても収入に困っているなら仕事の斡旋ぐらいはできるけど?」
「は、ハーレム野郎の施しなど受けるものか!!」
「黙れし、中二病。ウチらはフリーでいくって決めたし。冒険者はウザ無理」
「何故それほどまでに冒険者を毛嫌いされるんですの?」
「悪い冒険者も居るかもですけど……組織の構造的な問題ですか?」
弾ける若さが眩しい――
俺やラファは面倒だから避けてしまう話題にも、二人はグイグイ首を突っ込む。
するとジャージ女子は、クレープ生地の中にチョコクリームが入った親指サイズのお菓子を口に放り込み、「んー、甘し!!」と笑顔になってから軽い口調で言う。
「そも、教導担当が人格者とは限らないっしょ? クズだったら見殺し余裕だし」
「ランクAなら誰でも任命されるわけじゃないし、罰則もあるでしょ?」
「ルー。俺みたいなパターンもあるだろ?」
俺の教導担当者は、誰よりも速く現場から逃げ去った。
ルーも「ああ……そういえば」と、二年前の出来事を思い出したようだ。
別のお菓子の乗った紙皿をすすっと差し出しながら、真愛が尋ねる。
「まゅみぃさんは、教導担当者に酷い目に遭わされたんですか?」
「ウチは普通にランクCまで見てもらったけど、そこの中二病が……」
「変人パーティーに話すことないってまゅみぃさん! 過去のことなんて、オレはなんとも思ってないぜ!!」
「黙れし! 相手もワケアリみたいだし、モテナシ受けてダンマリはダメっしょ」
そして、褞袍ジャージ女子ことまゅみぃさんが、ハヤルワ君の過去に何があったのかを語ってくれた。
事件は一年前――
転生して半年ほどのハヤルワ君はまだランクEだったが、訓練と称してもう一人のランクE冒険者と共に、町から二十キマ以上離れた場所まで連れて行かれた。
そして、ランクDの魔獣《ダイアウルフ》と戦わされたらしい。群れで襲ってくる厄介な相手だ。
教導担当者は彼を助けようとはせず、もう一人の女子冒険者のほうへ向かう魔獣のみ斃していたという。
その微妙な魔獣のランクに首を傾げながら、真愛が問いかける。
「ハヤルワさんが邪魔だったってことですか?」
「ハヤルワではない、ワヤルハだ! オレは数カ月後に知った事実だが、もう一人の冒険者見習いの少女は、どうやらオレに気があったらしい。そして教導担当者も彼女に……」
「なるほど。『痴情の縺れ』というやつですね」
「ラファは身も蓋もないこと言わないの!」
「でもでも、それで冒険者全体に問題があるっておかしくないですか?」
真愛の言うとおりだが、俺にはなんとなくその先の予想が付いた。
甘みを摂取しながら苦い顔のまゅみぃさんが続ける――
「中二病が奮闘して生き残ったから、ややこしいことになったし」
「ギルドに訴えたんじゃないんですか?」
「当然っしょ。ギルドがどっちの言い分を信じたと思うし?」
「まさか……」
真愛が言葉を失った。
その程度で済んでよかったとも思うが、口には出せない。
結果的にハヤルワ君は、『自分が惚れた女の子に教導担当者が手を出さないように、虚偽の報告によって教導担当から外させようとした頭のおかしな少年』という扱いになり、彼はわけが分からないままギルドを追い出され、再度登録からやり直しになってしまったようだ。
ギルドごとグルでやられては、駆け出しの冒険者にはどうしようもない。
まず分かるのは、その教導担当者が天人ではないという点。そしてもう一つは、現時点でも目の前の二人では勝てない相手という点だ――
つまり、怒りの矛先を向けるべき相手は、今でものうのうと冒険者生活を続けている可能性が高い。
「それは、どこの国のギルドでしょうか?」
「ラファ――俺達はそういうのじゃないって言ってるだろ?」
「私が殴りに行きます!!」
「真愛ちゃん? 返り討ちにされるだけでなく、ペナルティを受けるからね?」
「そんな……納得いきませんっ!!」
ラファはまだしも、真愛は体内魔石タイプの天人なのに危なっかしいな。
俺達は『なんでも解決屋』ではないが、二人の憤りはよく分かる。
だが、当人の気持ちはどうなのだろうか?
「俺も教導担当者に捨てられたから、ワヤルハ君の気持ちは理解できる――もし、相手が心の底から申し訳ないと思っていたら、許せるのか?」
「オレはワヤルハだ――って、合ってるじゃないか!? もう過去の話だ……個人の感情などどうでもいい。オレはもっと強くなって、ギルドに属さない転生者を受け入れる組織を作ってみせるぜ!」
「ウチもそこには賛同しかないし。復讐とか無駄労力っしょ」
「つまり、二人は新しい愛に生きるということですね」
「そうだ」
「はあ!? だだ、誰がラブ命とかゆったし? こんな中二病、圏外だし!」
ラファの一言にワヤルハ君は深く頷き、まゅみぃさんは激しく動揺している。
いい関係じゃないか。
遠回りで時間のかかるやり方であることは否めない――それでも『冒険者としてやり直すべきだ』とは、とても言えない。
考えて出した結論に異論を唱えられるほど、俺達も経験豊富ではないのだ。
すると真愛が、恐る恐る口を開いた。
「お二人には、私が所属していたパーティーが迷惑をかけてしまって、すみませんでした。でも、私みたいに低ランクでパーティーから外れてしまった人は、きっと困ってると思うんです……だから、もし町とかでそういう人を見かけたら、無理をしないように言ってあげてほしいんです」
一生懸命語る真愛の言葉を、二人は黙って聞いていた。
実際、孤立した人や、主力を失って途方に暮れている冒険者も居るだろう。
みんながギルドで仲間を募って続けるとは限らない。辞めたっていいのだ。
褞袍を着たジャージ女子は、まっすぐな言葉が気恥ずかしいのか、少し顔を背けながら言う。
「ウチらは仲間を見捨てないし、絶対。だから……うん。それは見とくし」
「ありがとうございます! メッチャいい人ですね、まゅみぃさん!!」
「やめろし!! ウチら、アンタのリーダーを攻撃――って平然としてるけど」
「死にませんから。涼平さんは」
「何度も殺そうとしたんですけどねー!!」
「あんたら……どんな関係なんだよ……」
「俺も教えてほしいし……」
話を聞く限り二人は報復行動に出る気はなさそうだが、冒険者の問題は冒険者が処断せねばならない。
当該ギルドと問題行動をとった人物の名前を訊いておいた。
場所はルトクーアの南西にあるスアレイダ王国。ラーナーチという町のギルド。
教導担当者の名前は【劉刀蛇尾】シェシェーナ・ロゥク――って、女かよ!?
変わった二つ名が示すように、変わった武器を使う人物らしい。
「小百合さんの未来の姿ですね……」
「どういう意味よっ!?」
こよなく少女を愛する女性は実在する――それは悪いことではない。むしろ同性ならギトギト感がなくていいのでは? と思うのだが、声には出さずにおく。
するとラファが、乗せすぎた食べ放題ケーキの皿を見たような表情で嘆息する。
「涼平さんは特殊性癖の盛り合わせさんなのですね……私もなるべく善処します」
「声に出してないよな、俺!?」
いずれにせよ、ギルドが腐っているなら普通に粛清対象だし、ギルドの関係者が総入れ替えされてもおかしくない。
ワヤルハ君が災難に遭ったように、転生者の命を軽んじられては困る。
ただ、正式な粛正には逮捕令状のような手続きが必要になる。独断で乗り込んで『お前ら、悪さしてるんだってな?』とぶっ潰すような痛快娯楽活劇ノリは、事後処理が煩雑なものになる。
ラス爺さんは、その辺を気にせずにぶっ壊すから【峻厳迅壊】なのだ。
まあ、やりようはある――これから俺達が何をするにせよ、褞袍ジャージ女子と黒い男にはなんの関係もない話だ。
ここらでおやつタイムもお開きにするべきだろう。
「いろいろと行き違いがあったけど、結果こうしておやつを分け合う仲になれた。俺から言えるのは、二人には命を大事にしてほしいってだけかな」
「世界を引っ繰り返すような英雄になりたいわけじゃない。オレはまゅみぃさんと二人で、ギルドに所属する以外の選択肢を作りたいだけだ」
「ウチもそこは協力するし。中二病一人だと秒死余裕だし」
「確かに。もっとべったりと引っ付いておかないと、通りすがりの魔人などに瞬殺されるでしょう」
「そ、そこまで弱くないぞオレは!?」
「えーっと……ワヤルハさんは、涼平さんの戦績知らないですよね?」
「涼平様はこれまでに、魔人三体、ランクS相当の魔獣三体、魔王一体を討伐されていますわよ?」
「「はあ!?」」
褞袍ジャージ女子と黒い男が、絶句したまま顔色を失っていく――
「いや、単独で斃したのって青竜刀の魔人と魚と《ドラゴン》ぐらいだぞ?」
「それ、全部片手間に斃したやつでしょ? キミは異常なの。自覚しなさい」
テーブルと椅子を片しながら、ルーが言う。
そしてラファが俺の左腕に抱き付いて、ひと言。
「惚れても私が九割ですから」
「ずるいです! どんどん増えてるじゃないですかあ!!」
ラファは俺の体内に入った寄生虫にも嫉妬するような人間なので、言っても無駄だが、野良冒険者の二人は結構いい感じの関係なのだ。心配するようなことは起こらないだろう。
――などと思っていると、何故か黒い男が黒い剣を抜いて言う。
「あんたと本気で戦ってみたくなったぜ」
「どういうこと!?」
しかし褞袍ジャージ女子の手刀によって、黒い男は速やかに気絶させられた。
「超謝罪するし。このバカはあとでタコ殴っとくし」
「殴らなくていいから。だけど、ワヤルハ君はちゃんとした剣技指導を受けたほうがいいんじゃないかな?」
「何か手を考えてみるし」
最後がグダグダなのはしょうがない。お互いまだまだ未熟なのだ。
俺も二人に対して適切なアドバイスは思い付かない。
ただ一つ言えるのは――
「しばらくは東の大陸に居たほうがいい。中央大陸は、まゅみぃさんは大丈夫でもワヤルハ君には厳しいと思う」
「ウチらとアンタらは目的が違う。当分行く気は無いし。だけど、ありがと」
そう言って優しく微笑むまゅみぃさんは、意外と転生前は仕事から帰宅すると即ジャージに着替えてビールを飲むような、面白女性だったのかもしれないな……。
黒い男を巨大な荷車に放り込んで手を振る褞袍ジャージ女子に別れを告げて、俺達はトリネーブの町を目指した。