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102 ファーシカル・デート 其の六

 針葉樹の森に倒木の音が響く――


 大剣を持った《オーガ》は相棒が(ほふ)られようと気にせず、攻撃を仕掛ける。

 見た目から想像するような大振りではなく、鋭い太刀筋だ。

 ルーはそれを受けずにバックステップで躱し、相手が大剣を振り切ったところに

踏み込んで刀を突き入れるが、《オーガ》は横に跳んで突きを躱す。

 体躯に似合わず速い――


 一方のルーもまだ本気ではない。不敵な笑みを浮かべると、先程上空に飛ばした鞘を重力操作で《オーガ》の死角から打ち込む。

 《オーガ》は難なく鞘を躱すが、その動作で生じた隙を狙われ、あっさりと左足首が切断された。


 だが、相手は人間ではない。足首から先を失っても倒れることはなく、その足も使ってルーへ突貫する。

 振り下ろされた大剣は躱され、同時に右腕の上腕部から先を失う。


 咄嗟に左手一本に大剣を持ち替えた《オーガ》はそれを横薙ぎに振るうが、既にルーの姿は地上にはなく、二十マトほど上空から縦に斬撃を放ち、その勢いのまま縦に一回転した。

 ルーの姿を追い切れなかった《オーガ》の身体は縦に分割され、ゆっくりと左右に倒れていく。


「斬撃の速度も威力も上がってるな!」

「刀の重さも加わってるからね。だけどまだ使いこなせてる感じはしないかな」

「続けて他の魔族を探すか?」

「いいえ、今日はこれでやめとく。キミこそあんなのでいいのかしら?」

「俺の戦いを『あんなの』扱いかよ!?」

「だって擂粉木(すりこぎ)すら使ってないでしょ?」

「確かに……ジゼルさんの居眠りタイムが続くなあ」

「まあ、そろそろハシャートクを出るし、戦闘力の強化はその先でいいかもね」

「そうだなあ。今回はそういう目的じゃなかったし……どういう目的だっけ?」

「あたしに訊かないでっ!」


 戦闘によって広範囲に斬り倒されてしまった木を一ヶ所に纏め、討伐証明部位となるツノを採取した死体を焼いてその場を離れると、町へは移動せずに国境付近で休憩タイムにした。


「カレーまん、食べる?」

「ありがと。いただくわ」

「小百合さんの時代にはあったの? カレーまん」

「ええ。ピザまんもあったわよ? あたしはあまり食べられなかったけど……」

「もっと早くから言ってくれたら、いろいろ話せたのに」

「ラファも居るし。あんまり親密そうにするのはね……」

「真愛もそうなんだけど、ラファってそんなに遠慮すべき相手なのかな?」

「だって二十四時間ラブラブ光線を出してるのよ? 遠慮するわよ、普通」

「寝てるときもかよ!?」

「それに『共通の話題』って、入れない人にとっては疎外感が強いからね」

「ああ、それは確かに。つまり嫉妬と疎外感で機嫌を損ねるってことか」

「そうなっちゃうわね……そんなことより、キミはどうなのよ?」

「どうって、何が?」

「ラファと正式に恋人としてお付き合いするつもりはあるの?」

「うーん、そこかあ……それなあ……」

「こんな事態になったのは誰のせいか自覚してる?」

「うーん、俺かあ……俺なあ……」


 ルーが額に手を当てて深く息を吐いた。

 無言で「これだよ……」と発したようなものだ。


「だけど俺、ハーレム野郎宣言しちゃったんだけど」

「なっ!? バカなのキミは? ラファはよく平然としてるわね……」

「小百合さんはハーレム否定派なの?」

「当たり前でしょ? 逆だったら嫌でしょ?」

「当たり前だ」

「地球じゃなくても、男女の独占欲なんて同じものだと思うわよ?」

「俺はラファもルーも別の男と引っ付いたら嫌なんだけど、どうすればいいんだろうか?」

「し、知らないわよっ!! っていうかあたしが含まれてるの!? ハーレムに」

「じゃあ小百合さんは、いい男が見付かったらパーティーから離脱するのか?」

「分かるでしょ? あたしはそういうのじゃないって……」

「一生独身を貫くってやつ?」

「それは……分からないけど、そうなってもおかしくないわね」

「じゃあずっと俺達と一緒のパーティーに居ればいいじゃん?」

「そこなのよ、問題は……」


 今日のルーはこれまでとは少し違う。やはり俺が不在の時に、他の女性陣と何か話をしていたのかもしれない。

 そして俯き加減のまま、小さな声で呟く。


「ほんとのことを言うと、出ていこうと思ってたんだけどね……」


 それがどのタイミングの話なのかは、俺には分からない。

 ただ、どこか『そうだろうな』という感覚もあった。

 俺は心のどこかで焦っていたのかもしれない。折角合流できたのに、また離れてしまえば二度と会えなくなる――と。


 ルーは小さな声のまま続ける――


「ラファは『絶対駄目です』って言うのよ……おかしいでしょ? あたしなんて邪魔でしょ? って訊いたら『それは涼平さんが決めることです』だって」

「以前なら『ラファらしいな』で済ませたかもしれない。だけど今は、その発言の意図も分かる。その上で『やっぱりラファらしいな』と思うんだけどな」

「何それ? あたしは……恋愛が恐いのよ」

「魔族より?」

「そうね。戦って負けて死ぬより恐いかもしれないわね……」

「まあ、それは俺も似たようなものだけどな。メリンダさんにも説教されたし」

「でも、ラファとなら上手くやっていけるでしょ?」

「それを恋愛というなら、俺はルーのことだって好きなんだけど?」

「うーん……そうなるわよねえ、やっぱり」

「え? 分かってたのか?」

「いえ、あたしも同じだなーって意味。これを恋愛というなら、ね?」

「じゃあそういうことで」

「どういうことよっ!?」


 抱えて抑え込めない感情――それを恋だの愛だのというならば、未熟な俺達にとっては受け入れるか否定し続けるかしかないのだ。

 適切な距離を保ったまま季節のように移ろう、利害だけの関係では居られない。

 だから、俺はこの感情を開放してあげようと思う。


「ラファは最優先で守るべき女性であると同時に、俺より先に怒り、悲しんでくれる最高の仲間だ。どう言えば適切か分からないけど、俺の半身のような存在だ」

「それはラファに言ってあげなさいよ……」

「そしてルーは一緒に居ると心が安らぐ。感情がザラついたときでも、ルーが居てくれるだけで平静に戻れる。優しい香りのハーブみたいな存在だ」

「それはラファに言わないほうがいいわよ……」


 ルーは消え入りそうな声でそう言いながら、真っ赤になって俯いてしまった。

 俺は言葉を続ける――


「真愛やフリシーは妹みたいで可愛い。メリンダさんは、カッコよくて頼りになるお母さんだ。そして師匠は俺にとってはこの世界で最も偉大で尊敬できる女性だ。みんな俺が日本で死んでいなければ出会わなかった人達で、みんな素敵な女性だと思っている。だけど、やっぱりラファとルーは特別なんだよ」

「異性として?」

「そうだ。『一番最初に助けてもらったから』とかじゃないからな? 強いて言うなら、自然体で一緒に居られるところが大きいかな」

「そこはあたしも同じだと思うけど、なんていうか……ラファみたいに屍体愛好(ネクロフィリア)の領域までいくと、さすがに無いなあ……って」

「それは当然だ。ラファはラファという生物だから基準にしちゃダメだ」

「酷いこと言ってるのに……納得しちゃう自分が恐いんだけど」

「『俺とルー』は『俺とラファ』とは違うんだよ。それでいいんじゃないか?」

「うーん……よりによってハーレム野郎かあ……」

「ハーレム野郎だけど、俺は相手の気持ちを尊重するぞ。『今夜、部屋に来いよ』とか言わないし、そこが我慢できないなら女性と旅なんかしないから」

「もしそんなこと言ったら、翌朝二分割されたベッドと斬殺死体になるけどね」

「ベッドが可哀想だろ!?」

「あと――ラファは『ラスボスは師匠さんです』って言ってたんだけど?」

「謎生物の見解だ」

「どうかしら。たぶん当たってるわよ? あの娘の言うことは的を射てるから」

「何か思い当たる節でもあるのか?」

「うーん……それはあたしからは言えないかも」


 なんかモヤっと誤魔化されたぞ?


 そもそも師匠は師匠なのだ。修行中の冒険者目線なら、ラスボスとも言える存在かもしれないが、色恋沙汰に関与する人物とは思えない。

 確かに美少女ではあるが真愛達より幼く見える容姿だし、胸もぺったんこだ。

 料理の腕は最高級だしファッションリーダーだが、ストライクゾーンとして意識したことはないし、寝る時も別の部屋だったし……あれ? 意識してないなら同室でもよかったのだろうか……うーん?


「い、いや師匠は大丈夫だぞ? ……たぶん」

「まったく参考にならないわね……それ」


 ルーは出掛ける前に比べるとすっきりした表情だが、反対に俺はモヤモヤを抱えたままハシャートクへ帰還することになってしまった……。


「む。ルベルムさんが女の顔になっているのですが?」

「失礼ねっ! あたしは元から女なんですけど!?」

「確かに……少し表情が柔らかくなりましたね」

「メリンダさん。先に言っときますけど、俺達はハツァリトで《オーガ》を斃してきただけですからね?」

「その程度で何故涼平さんが疲れているのですか?」

「ラファさん、その程度で涼平さんが疲れるはずはありませんよ?」

「《オーガ》ってそんなに激弱なんですの?」

「フリシー、《オーガ》はランクA相当だよ! 私達は手も足も出ないから!!」


 いや、普通に『朝から飛び回って疲れてる』って発想はないのかよ……。

 俺を取り囲む元気な女性陣を余所に、『一人でエイネジアに戻って温泉に浸かりたい』という逃避衝動に駆られながらぐったりしていると、メリンダさんが両手をパンパンッと打ち鳴らして言う。


「では――明日はフリシーと真愛さんの戦闘実習、そして明後日に出発ということでよろしいでしょうか?」

「えっ!?」

「そうですね。いつまでもこの町に留まり続けるわけにはいきませんから」

「あたし達もだけど、真愛ちゃんやフリシーにとっても実戦経験は必要だからね」

「それでは、細かい部分は夕食後に決めましょう」


 俺の温泉願望が遠ざかり、現実が背中を押すように次の予定が決まっていく。

 これではハーレム野郎どころか、俺のほうがハーネスを着けられるのを嫌がる犬みたいな状態だ。


「ジゼルさんだけが俺の癒やしだよ」

『シネ!』

「ああ……今は罵倒すら心地いい……」

「また涼平が擂粉木と二人の世界に入っちゃってるわよ?」

「やはり難敵……」

凹凸(おうとつ)などなくとも愛は芽生えるのですわね」

「私にも希望の光が見えるよフリシー!!」

『イロボケ!!』


 そうだジゼルさん。みんなを叱責してやってくれ。

 そして、どうか俺を導いてほしい。争いのない世界へ――――


『シネ!!』

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