6.5
主人公視点ではありません。
建物の傍で懐かしむように話し込む二人が居た。
「メモリー州にはダブルスが数多く住んでいるわ。それこそピンキリに」
会話の内容には懐かしさの欠片もなかった。
ダブルス。テニスでもするのかと思うような単語を使った一人は、ただ静かにもう一人の瞳をのぞき込むように見た。
「わかっているよ。シャインとクイーンが一番重要だってことも、結託されたネットワークの要だってことも」
「突けば突くほど、情報と歴史が道を勝手に照らしてくれるわ」
「気が引けるよ」
一人はどうしても進まない様子で、もう一人の視線を受け止めきれないかのように重心をしきりに変えていた。
「今さらになってあの日本人かあの女に情でも移ったの? わかっているの?」
「そうじゃない。ただ、オレたちが目指す先とあの集団が目指す先に──」
「犠牲はつきものよ。過去にも歴史上にだって無血で長く続いたことはなにもない。その瞬間だけよ、誰かの血や涙は流されているのよ? だったら一つにするべきだとお互いに頷き合ったでしょう?」
「あれからいろいろと調べたんだ。北欧のある国王や日本の幕府終焉は──」
「ほんとうにそれが犠牲なしに語られた真実だと思っているの?」
先ほどか最期まで言わせてもらえず、考えていたことが尽きたのか、男は目の前の人物を見つめるしかなかった。今度はしっかりと相手の目を見つめて考えを改めてもらえるように念じているようでもあった。
おなじ場所で育ち、ともに力を合わせてきた親友。
苦しみと憎しみの涙を拭い合った姉と弟。
誰よりも心を開き合い、未来と希望を頼りに、一緒に生きてきた恋人。
そのどれもが当てはまり、すべてがふたりを支え合ってきた。
だからこそ、期待が勝手に大きくなっていく。
男が思い描いていた次には至らず、心を決めた──それが落命しようとも辞さない背を向けられたことに少なからずショックを受けた。
隔たりを感じたし、なによりもその隔たりを生んで、育てしまったのは己だという衝撃があった。
「ター、接触したメモリー州とその周辺の“名家”を瓦解させていく計画は次に進むわよ。準備をしておきなさい。“アビリティーズ”を叩き潰して、ダブルスもナチュラルも消滅させるのよ。二度と悲劇が起きないように」
そう声を掛けた時に見えた横顔には、元には戻せない時間への懐かしさとその悔しさがあった。男はそのわずかな表情を見逃さず、小さく頷いた。男の何かしらの反応を見届けることなかった背中は遠くになって、雑踏に掻き消えた。
男はただ、昔を思い出していた。それぐらいの時間を今は過ごしてもよいだろう、と言うかの背中を向け、建物の裏側に歩いていった。
お読み頂きまして誠にありがとうございます。
今後も主人公視点ではないエピソードが続くと思います。お読み頂く前に前書きにて注意表記は致します。どうぞよろしくお願いいたします。
また、ブクマ登録と評価をして頂いた方にお礼申し上げます。
どうかお付き合いいただけましたら幸いです。