6.
フロント通り
ミリアド・シティにある友人のカフェでちょっとだけ気持ちを落ち着かせたかった。
アメリカにやって来たとき、住居は手配してくれたし必要であれば食事も経費で落とせるように取り計らいを一応はしてくれた。
けれど、話し合い相手に関しては、合う合わないがある。
言えばどうにかしてくれたかもしれないけれど、こればかりは自分で見つけるしかない。
毎日昼食だけ足を運べるかぎりでいろんな店に行った。
アジア系、自分の中では多国籍料理店、メキシカン、インド料理のジャンルになる店、これぞアメリカン! イタリアン、カジュアルフレンチ、カフェ、大手チェーンカフェにハンバーガーショップ……日本人は珍しい地域ではないけれど、一人でふらっと来店は目を引くようだった。
メモリー州にやって来るのは旅行者はワンダー図書館と併設されている施設目当てで、食事もその施設内でプランが組まれているから外で食事するアジア系は珍しいのだろう。
住むにしてもミリアド・シティには連れが居て初めて訪れるところだと思われていそうだし。
そんな中で訪れたカフェで知り合った友人──当時はスタッフだと思っていたが、店長だった──は、同じくアジア系の見た目をしていたけれど、どの民族の血も入っていた。
正確に記すことができないくらいに全世界の血が入っているそうだ。
ネイティブという言葉だけでもアメリカ、オーストラリア、アラスカなどなど。
ただその血がどの世代で混じったのかは友人にもわからないそうだ。
言葉も知らないまま育ち、知り合いがそういった学問をしている人だったから一例に参加したきっかけで知ったそうだ。
「やあ、やあ! タロウくんがやって来ました」
陽気な声で、これまた表情も徹夜明けに見る太陽のように眩しい笑顔で声を掛けてくる彼の本名は私には発音しにくい。
日本大好き! な彼がタロウが良い! と言ったからタロウが定着した。
そんな彼はこちらに向かってくる時にも他の利用客への声掛けを怠らない。
できた人だと思う。私が日本で働いていた時はめんどくさいが先立っていた。
「バイトじゃなくて、お客さんとして来るなんて明日は豹が降るでしょう」
会話は日本語でしようとする。でも、こんな間違いはしょっちゅうだ。
「天気のひょうだから。動物のヒョウが降ったら大騒ぎでしょう」
「アクセントというか、使い分けが難しいよ。もっと外と触れ合って、母国の言語の難しさを知るべきだよ、日本人は」
そんな考え方があるのかと勉強になった。
言語学なのか、違った系統のものになるのか考えてみたいけれど、どうも気が乗らない。
「どうした? 浮かない顔して。まるで“赤い手”でも見たような顔じゃないか」
英語に切り替えたタロウの舌は饒舌で、聞き逃しそうになる。そんな彼が日本人でも“赤い手”を知っている人は情報通だと思う内容を口にした。
じゃあなぜ、タロウが知っているかというと……
「ワンダー図書館で見たんだ。すごいよな、どうやって変わったのか。奥が深い」
シャイン一族はメモリー州のあちこちに関わっている。
財団もあり、病院や図書館などを公共事業よりも充足させてきた。
その中で図書館は、世界中のあちこちの伝承や教訓としての童話を集めている。
日本の分類にはあやかしや都市伝説のものまである。閲覧は無理だけれど、翻訳したものや関連資料としてのライトノベルから小説が読める。
ちょっとした注目を集めており、日本好きが必ず訪れるスポットにもなっている。
そこまで注目しても大丈夫なのかと心配したけれど、最初のきっかけは浮世絵ブームだったらしい。そこから伝統のように集めだした。
それが表で、単に日本の人外ネットワークとの確立を築きたかったようだ。日本側としても廃れることなく口承以外の力である書籍やらを存続したかったからだそうだ。
「最近、事件が増えつつあるよなぁ。しかも人外だとか人だとか……どいつもこいつも生きてるだけじゃあねえか」
「どうして線引きするんだろうね」
「知らんねえけど、正義ってやつだろ。ところでさ、ワンダー図書館というか……ロレインというか、その、なんか聞いてねえか? ケイたん」
「ケイたんは止めろって。マジで」
タロウがおねだりする時によくケイたんと呼ぶ。背中に虫が這うような感覚になるから止めて欲しい。でも、聞かないからぞんざいな言葉遣いで正そうとしてしまう。
「ロレインの診療所に行って、クライアントになればいいのに」
「お前ねえ、患者と医者は向き合うだけなんだよ。寄り添うって言葉があるけど、それは目線を同じに変えることを言うんだよ。それになんたって、ロレインはミステリアスな女性なんだ」
延々とロレインを語るタロウは、行き過ぎた恋のようにも感じてしまう。
反面、応援したくなるような笑顔を見せる。
会えば何かと情報を聞いてくるし、シャイン一族の縁がある場所には行こうとするから、引いてしまう。
その話をしている時のタロウは微笑ましいとも思う。
似たものとして、親の気持ちになると言えば近いかもしれない。親は未経験だから、違うかもしれないけれど。
「タロウさん? 来客です」
一人舞台に終止符を打ったのはスタッフが呼び出す声だった。
タロウがまたなと言って、その来客者に近づいていく背中をなんとなく追う。
たまにやる暇つぶしを今日もやってみる。
映画でよく使われるみたいに、しっかりとした足取りのタロウをぼやけさせてカメラが絞る先はその来客者。
くっきりとした目鼻立ち、編み込みをした髪はブルネットというよりも黒を垂らした青とでも表現できそうだった。
タロウの顔がまた画面に入る。
その顔色は嬉しいとも怒ったとも言えない、諦め、驚きとも言える。そんな奇妙な表情だった。
さっと店内を見渡して外に出ていく二人。
そこで気が付いた。
知っているとは言えないけれど、見た顔だった。タロウの来客者は。
首の後ろがぶわっと広がる。




