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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
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5.


 メモリー州

 セシル記念病院

 


 フランス内で応急処置はされたけれど、人には適さない菌とでも言うしかないものに患部は汚染されていた。

 クイーン一族が持つネットワーク──シャイン一族と共同なのか繋がっているのか未だに不明──でアメリカに運ばれて手術を受けた。

 入院してその後はホームドクターに頼るのがアメリカ社会。

 でも、私は永住権も仕事用ビザもない。ただの観光目的のようなものだ。一応断っておくけれど、不法滞在も不法入国もしていない。クイーン一族のネットワークはそれも融通してくれていた。


 だから、私はドクターでもある、ロレイン・シャインに診てもらっている。

 運ばれてきた当初は患部以外にも転移を見受けられたようで、ロレインが構えている診療所では対応不可だとされて、定期検査ではシャイン一族グループのセシル記念病院で間借り診察を行う。

 今日は一か月の間を開けてみようという判断の最初の日だった。



 当のロレインはあくびを堪えながら、私の検査結果に目を通している。

 今はお昼時で、特別棟の一室では静かな時間がこれ以上ないくらいに怠慢に流れているから眠たくなるのも仕方がないのかもしれない。

 そんなロレインを見ていると、数日前にダイアナを怒らせたかもしれないことを聞いてほしくなった。


「何か言いたそうな顔ね」


 話の切り出し方を考えていると、まさかのきっかけを作ってくれた。

 ロレインの瞳が少しだけ煌めいているのは、吸血鬼の血が入っているからだろうか。


「ダイアナを怒らせたかも」


 のどが渇いて仕方がない。

 ダイアナが力を使う瞬間の、周囲に居合わせる者すべての全身をビリビリとさせ、水分をまるで奪い取るかのような感覚がどうしてだか覚える。


「あら、大変ね。ささいなことにも悩まなければならないなんて、人の一生は短いのに厄介ね」


 人生を悟りきっている口調を返しに、強張った肩が楽になった。

 誰かに話すには体力と脳を使う。

 聞き手の主観を話され、もやもやした気分を引きずる。

 そんな経験が重なってからは悩みを胸の内に留めておくようになった。

 でも、人外ハーフであるロレインやダイアナと接する内に、人よりもほんの少しだけ長命だというお蔭なのか、かなり視点が他人ごとすぎる回答をくれる。


 特にロレインは吸血鬼という不死に近い時間枠で息づいていた種と魔女という探求と知を蓄え続ける人を超えた人のハーフ。

 無敵であり、最悪の組み合わせだ。

 でも、一瞬の大変さをこうしてただ「大変ね」と言うだけで同情も共感もしないのは最高の組み合わせだと思う。


「この世界のどこかではいまだに純血種が棲息しているわ。その相手に出会った時の方が一番、苦しいのよ」


「好戦的とか?」


「排他的で、人なんて庭園を造る時に転がっている石や雑草みたいにしか思わないのよ。まあ、人もそんなところがあるわね。戦争がなくならない点がまさにそうね」


「どうやってコミュニケーション取ってるの?」


「国家間で話をできないことが無いのと一緒よ」


 その説明にすごく納得してしまう。

 現代ではインターネットやら共通の対国家が居ればちょっとした話の場がスムーズに整えられたりもする。


「それ専門で動く方がいらっしゃると」


「そうね。人には姿を見せないから狩られることもなかったわ」


「その人を怒らせたら……ヤバい?」


 語彙のことは一先ず脇に置いておく。

 ロレインが言ったのは、私たちがファンタジーや民話、伝承、口承とかで使われている妖精のことだと思う。


「居られなくなるわね。一言で済ますと、社会的抹殺」


 にやりと笑うその表情、雰囲気、室内の空気が濃くなり冷えていく。

 ロレイン、怖い。

 話題を変えつつも先ほどの内容から転じてみる。


「ケンカしたままよりも早く謝るべきだよね?」


 なにも変わらないままの空気。どこかしら興ざめした気配もあった。


「なんで怒らせたのかわかっているの?」


 だって、怒っているから……なんて口が裂けても言えない。

 口裂け女は人外なんだろうか。逃避してしまった思考はそんなどうでも良いことを浮かばせてしまう。


「怒っているから早いとこ謝って解消させよう。またいつものように構ってもらおう、なんてそれこそ繰り返しよ」


 繰り返し。

 なんでもお見通しの魔女の血。

 もしかしたら人の行動は、学習機能の一つにエラーが確実に出るように設計されているのかもしれない。

 永続的にこのエラーが発生し、人外は迷惑を被ってきたのかもしれない。

 だから、ダイアナが怒っている内容も、私の行動や言動も見聞きしたかのように指摘できるのかもしれない。


 彼女にとって私は、ダイアナが気まぐれで助けた相手。

 ちょっとだけ人のクセや人外の本能的行動に目ざとく気が付くだけのとるに足らない相手。もっと自己評価を高くすれば記憶力が少しだけ優れているだけの関わらなくても何にも痒くない人。

 でも……私は関わったからこそ。


「ぐるぐる回っていくばかりでも、答えなんて最初からないって知ってしまっても……その、希望があるはずの未来を語るのはいけないのかな?」


 親の仇を見る目で容赦なく射貫かれた。霧散した空気は呆れを通り越している証拠。大げさでもなんでもない。


「何も問題ないようね。怪我から変異してもいないし、数値もきわめて正常。また一か月後ね。お大事に」


 ダイアナと似たような結果に何故、なるのか。

 私はお気楽な、平和ボケしているだけの人でしかないからなのか。

 


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