5.5
とある慈善パーティー会場
ダイアナはうんざりした顔を見せない術を身に着けてしまった。
なにも取り繕うことに抵抗しているのではない。
アカデミーでも家でも教え込まれていたから、ありのままの自分をさらけ出さないでいることは笑顔を作ることと同じだ。
さらに分厚くなっていくことに、どうしてだか手放さなくていいものを放り捨ててしまった気分になるだけだ。
言葉通りの宣伝塔として、今夜のパーティーに出席したことに後悔もしていた。
皆が持ち寄った品々をオークションにかけて、集まった額はもちろん寄付される。見せつけるようにして、それとは別に寄付もする。
そのお金が誰に、どのようにして、どうやって、どんな風に使われるのかはどうでもよいかのような者どもにあるのは──競争心。
一応はこの会場のセキュリティを請け負っている社の者として、アルコールの類は口にしていない。今も手にしているのはスパークリングウォーター。
ふと「炭酸水」という言葉が浮かぶ。
懐かしい顔と匂いがふんわりと脳裏と鼻腔をくすぐる。
どうして引きつけられるのかは説明がつかない。
四年前であれば、理由なんてどうでもいいとすら思っていた。でも、今ではあれこれ考えて遠ざけるための言い訳を重ねるために、説明も理由も欲している。
「やあ、ダイアナ。最近は頻繁に見かけるね? でも、一口も入れないなんて」
中学校時代では結構モテたタイプで、高校に上がって埋もれてしまうような男がすぐ傍に立つ。
安全な距離は置いているし、気配も消そうとはせずに近づいてきた。
けれど、懐かし顔を思い出していたダイアナは思わず舌打ちを聞こえない程度にした。
「デライト。あんたはもう少し足音を出そうしなさい」
言われた方は近づくための気配も言われた足音もすべて出していた。
自分の中の美徳──それも家訓──を破ってまでしていることにデライトはむっとしてしまった。
「そのデライトはやめてくれないか? 一族みんながデライトなんだから、居合わせたときにややこしいだろ」
口調も表情も仕草も、映画に出てくるモテ男の名前アリ取り巻きがするようなタイプ。
ケイだったら面白がるだろうな、とふんわりと気分が柔らかくなる。
「別にあんたの一族に会うつもりも、予定もないから大丈夫」
そう言うと適当に挨拶をして切り上げようとした。
「最近、ロレイン・Sとはつるまないんだな」
ほんとに嫌な男だと思った。
魔術師の古い家系。
根絶の時代もどうにかハーフだけで──魔女や魔術師だけのハーフと繋いできたと有名──一族。
こだわりとしか言いようのないことに執着するせいで、アカデミーでも浮いていくようになった。
子を継ぎたいとも積極的に思われなくなって、この男が一番のとばっちりを受けていた。
ただ、本人にも問題がある。さきほどからの言動や行動がそうだし、今口にしたような、言わなくてもいいようなことをしてしまう点。
「あんた、何が知りたいわけ?」
安全な距離を置いている理由がわかった気がしたダイアナは、睨みつけるでは物足りない表情をしていた。
威嚇にはやさしいそんな表情にも関わらず、デライトは微睡むような笑みを浮かべていた。
「だって、ブライアンがコソコソと鼻を動かしてるだろ? 誰のことを一番知りたいのかわからないけどさ」
言わなくてもわかるだろ? そんな顔をしているのが腹立たしい。
ブライアンという名が出たせいか、会場内の複数人が耳ざとい者たちは聴覚を最大限にしていたり、顔を向けていたりとしている。
伝播するように、二極化してしまった空気はたやすく切れてしまいそうだった。
噂ほど、回りやすい毒はない。
ある意味、名声を手にした男への苛立ちが募る。
溜息を押し殺して、デライトの言葉を聞き流すだけに徹しようとした。
「結構、本気で動いているようだよ。日本の中に擬態している者たちを使っているみたいだし。気を付けたほうがいい」
微かに頷くような仕草をする者が幾人か見えた。
ダイアナは戸惑いを覚えた。
立たせてはいけない場所に立たせてしまったのだろうか。
川だけでなく、山や谷、岩に風を読み間違えたのだろうか。