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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第二章 露呈
52/57

3.


「はじめまして。ティナ・アンダースです。早速、仕事の段取りの話をしましょう」


 形だけのあいさつには、天気の話や世間話をする隙も与えようとしないものがあった。

 そんな隙を作ることも、感じ取ることもできないけれど。


 ただ、彼女にはまっさらな新品のノートでいて、特別に誂えられたところがあった。

 おかしな表現だとわかっているが、これ以外には表しようがない。



 アンダース氏とダイアナが送ってきた資料、写真やらを見て、どのように語っていくのかを決めていく。

 ひとりでタロウの人生を切り取った写真、書類──資料と簡単に呼ぶには情が入り込んでしまいそうになる──を見たり、読んだりしていると、正当化した言い訳が整然と並び、重なり合っていた。

 罪悪感を吹き飛ばしていった。


「悪のイメージを植え付けられたタロウのことを、ひっそりと自分だけしか知らないままでいいの?」


 お腹の中に消えていく誕生日プレゼントに虚しくなって泣いた、かつての幼い自分がそう問いかけてきていた。

 必死になって、昼夜問わずにボイスレコーダーやメモに顔を近づけては、その生涯を私の目線と少し離れた場所から記した。

 ティナにも意見を求めては、タロウの歩みに感情だけを込めないようにした。

 第一案、第二案、第三案……とボツを作っては、新たな形を(ふち)取っていく。




「彼の心情を手探りで見つけようとしている部分をカットして、まるで彼から託されたかのような構成にするのは……いささか疑問を感じます」


 その言葉に私は肩が落ちた。

 眠ってしまいたい──こみ上げてくる思いが欲求に負けそうになる。



 もうこれしかない、と思ってすべてを新しくして、吹き込んだボイスレコーダーと簡単な流れを書いたメモをティナに渡した。

 その翌日で、彼女は私にこう言ってきた。

 知り合ってはじめて、感情を全面に見せていた。他の人が見れば、言葉に起伏があるのかどうかすらもわからないし、表情に変化があるのかも不明だろう。

 ただ私には、彼女の変化が波のようにして変化するのがわかった。

 何かに怒っているのも、それが私のせいだということがわかる。その波の飛沫(しぶき)から見て取れるから。



「どう書けば、タロウをぐっと身近に感じさせるのかわからないんだ」


 はじめてティナに、タロウのことをタロウと呼んだ。

 ずっと“彼”だとしか言わなかった。

 自分の中の思い出、記憶は、その時の私が持つべきものだとしていた。客観的にしていれば、物語を書けると思っていた。


 寝不足で、瞼が閉じそうになる私が言った言葉に、ティナは眉を上げた。そのまま見慣れた表情で、本心を覆い隠していく。そこには確実にあるはずの本心を。


「誰も身近に感じないでしょう。読んで、どこかで共感を覚えたり、誰かに似ていると感じたりしてはじめてそう思うだけ。手に取るとき、怖いもの見たさでしかないのです」


 結局、主観から抜け出せていないのだと言外に語っていた。

 ──あなたにだって、“彼”の人生のすべてを知ってもいないでしょう?

 と、瞳が語っていた。




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