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1900年よりも遥か以前 持ち主不明の記憶
馬車から足を下ろすと泥濘んでいるせいで靴が汚れる。
汚れても翌朝には元通りになっており、綺麗なままの同じ靴を、言わなくても出てくる。
ただ、同じ靴ではそれこそ足下を見られてしまう。
それではよろしくない。
躾けられてなくても己の生まれ育ちでは当たり前のこと。
自分自身の影のように、ささっと汚したものを無かったことにしてくれる存在が居るなんて考えもしなかった。
当たり前以前に、疑問にも感じる隙も考える枠すらなかった。
考えれば考えるほど、歯噛みばかりしてしまう。
新大陸にやってくるきっかけは些細な歯車に詰まってしまったゴミのせいだった。
忌々しいゴミ!
存在だけ認めてやっているというのに、邪魔だてをするとは!
おかげで未開の土地を切り開いている最中は回避できたものの、どこか面白そうでいて、中身のない往来とけたたましい蒸気機関車の下を歩いたりとしなければならない。
「恥さらしめ! 一度、根性を入れ直して来い!」
どこぞの軍人のように言う父親の顔が瞬時に浮かぶ。
持たされたのは当面の資金と小さな館のような小屋同然の家。
ヨーロッパに、それもいつだって混乱とプライドの両方を見せるフランスに居れば、その佇まいを見れば楽しもうとしただろう。
だが、取り巻きたちは居ない。
言ってしまえば、使用人すら居ないのだ。
使用人用の資金は別に用立てすることも可能だが、どうすれば良いのかさっぱりわからん。
誰に声を掛けて、どう交渉すればよいのかも。何もかも、今までのように楽しく暮らせるのかもわからない。
すべてが尽きようとしたときに、若すぎるが少年少女から脱したばかりのふたりが声を掛けてくれた。