20.
ワシントン.D.C. 何もないアパートの一室
静かなアパートの一室は寒々しさが含まれた静けさがあった。
そこでダイアナは、無言でロレインと対峙していた。しながらも過去に意識がいっていた。
「家長を継ぐのはおまえ。それしか考えられないね」
そう祖母が言う。母親であり、血の繋がりのない養母もそれを嬉しそうにしていた。
父親はわたしの生母一族が企てたことによることで、精神のバランスとともに身体も壊してしまっていた。
人懐っこい笑顔に、甘いマスク、鍛えてもいる体躯。でも、誰かの笑顔の下に隠された顔があることを知らなかった。
「それがいい。僕もそう思うよ」
そう父親が言うのが嫌いだった。
それは諦めではなく、強い者の言葉に従うことで、自分が愚かなることを訂正しようとする姿を見るのが嫌だった。
疑うことを知らないなら、何度も間違い、必死に見る目を肥やせばいいのにといつも思ってきた。
「ダイアナ、根を詰めるのはいいけれど、休みも必要不可欠よ」
養母がそう言ったとき、わたしはずっと考えてきたことを言葉にした。
「わたしはお父さまとは違う道を歩く。クイーン家を興した方のように、大切な者やそのさらに大切な者を守れるように」
養母はヨーロッパ人特有の笑顔をこぼして、さらに思案気を纏わせて頭を撫でてくれた。
「反面教師が傍に居てよかったわ。でも、履き間違えないでね? 大切な者たちはあなたが抱え過ぎて、傷つくことがどんなに悲しむかってことも考えていないと大変なことになってしまうから」
そう言った養母は、わたしをほんとうの子どものようにいつも世話を焼いてくれた。妹も弟も姉への敬意が欠けていると叱ってくれたし、わたしが家のルールを理解しようとしなかったら愛情たっぷりに叱ってくれた。
わたしは間違えてしまっているのだろうか。
そう養母、いや。母さんに尋ねたかった。
最近は疎かにならざる得なかった交流を、きちんと図りにいきたかった。このまま進んでしまうと、大変なことになりそうで心細かった。
これまでの努力も、焦点を当てられずにいても別になんともなかった。
ロレインですら、ダイアナはできて当たり前だと思う節を持っていようと気にもならなかった。
ロレインも周囲から相当なプレッシャーを受けているから、目を凝らすことだけに注意を払うことが難しい。かなりの努力をしても、できないことを抱えているロレインになら許せるし、周囲が決めつける部類の者でも構いはしなかった。
何が嫌かって、未来は勝手に狭まっていくことだ。
どんなに拡げても、すぐに元通りになってしまうこと。
これに尽きる。
「ディー。あんたが大きな野望を持っていたとは驚きだわ」
だからこの言葉には、ぽろっと取れてしまうような、喪失感があった。
当のロレインは、罵倒や貶し、哀しみに怒りのどれも顔にも声にも出さないようにしている。いっそのっこと、出してくれた方が良かった。
「ジョンの死に堪えているのはわかっている。あんたを支えたいとは思う。でも、友だちだからこそ、線引きをさせてもらうわ。
ケイは日本に帰すわ」
「いつからあんたはケイの保護者で、わたしよりも上の目線で言うようになったの?
元々どっかの貴族だか知らないけど、そのコネでアメリカで生活してきたあんたらは偉いのか知んないけど。その態度が無性に腹立つ」
腹が立ったのはほんとうだった。
ケイの意思も聞かないで、勝手にドクター判断で出した帰国宣言は沸点を低くさせた。
けれど、こう言ってすべてから距離を取りたかった。ケイが悲しみを堪えた瞳で見つめてくるのを見るのは、たぶん耐えられないだろう。
「あらそう? これで交渉成立ね」
いつもなら見透かしたような物言いにも反応していたかもしれないけれど、どうしてもそれが有難かった。
間違えているかもしれない道を歩むには、真の正しさを目の当たりにする場所に居ると悲鳴を上げてしまうのだろうから。
「ケイをお願い」
モヒニーへの尋問の際に、悪魔のささやきかのようにケイを潜入させることを自分自身に踏み止まらせるには、今しかないのだから。
「言われなくても」
そう言って立ち去っていくかつての友の背中ですら、ダイアナは見送れなかった。