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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
46/57

19.7



 ロサンジェルス 街中のカフェ


 表は人ごみから騒がしいのに、この店はひっそりとしていた。

 理由はただ、この店がclose看板を何週間も掛けているためだった。

 経営者が我が身以外を放り出しての結果か、人外に襲われたのかはダイアナにはわからない。

 約束している相手の縄張りでもあるこの周辺を探って、拗らせたくなかった。だから、指定されたこの店で約束まで待つしかなかった。




 公式に、というか一般人には開示されない状況だけれど、“アビリティーズ”と一部のヨーロッパとアメリカは書類上では仲良くするという話し合いを交わした。

 それは日本やアフリカ、オーストラリアなどが手引きした。

 それだけ、その国々に居る人外たちに根強く、“アカデミー”への憎悪という名の炎が燃え上がりつつあるのだろう。


 だが、それでは留飲を下げられない者たちもいる。

 クイーンはその者たちを抑え込む役目を申し渡された。

 どうしようもない、避けようもない、誰かが引き受けて当たらなければならないことなのだ。

 起こってしまった悲劇を無かったことにはできない。けれども、今後起こる可能性をゼロにすることはできるはずだ。


 ダイアナは笑ってしまった。

 どこまでもアメリカらしい考えで、そして自らはその歯車のひとつになろうとしているのだと。


 ヒトとしてなのか、人外の血がそれを望んでいるからなのか。

 ダイアナ自身に何かを求めている者たちは信じ切って、着いていくと瞳が語っていた。

 愛国心からの想いはさることながら、クイーン一族はこれまでその者たち一族を庇護していたからでもあったし、ダイアナが毅然と流されずにすべての物事を対処していたからでもあった。



 だが、ダイアナは自問自答の末に嘲笑が浮かぶ。


 わたしは自分の気持ちを優先しているのだと。

 ジョンを失ってはじめて、ケイの気持ちに寄り添えるようになったし、モヒニーの喪失した末に自分を抹消したいと願う感情も。

 なによりも祖先がアメリカで世間を欺き続けたのかも。



 そろそろ約束の時間がくる。

 そう思って移動しようとした時、携帯電話が振動した。

 表示を見なくても、それが誰かはわかっていた。

 ケイ以外が今日、この日に掛けてくるわけがなかった。すぐさま電源を落として、弁護士にも見えるようなスーツのポケットに落とし込んだ。

 どうせ、約束の相手は席に持ち込ませないようにするのだから。




 目的地までは等間隔で車に乗った誰かに監視をされ続けていた。

 それならいっそのこと、その車で運んで欲しいと思っていると約束の場所に着いた。


 どこにでもありそうな住宅でもあり、夜には秘密のパーティーが開かれているような家だった。

 でも、売り出し中の立て札は吹きさらしで傷んでいるが、建物自体は手入れはされていた。立て札の周辺すらもそうなのだから、カモフラージュだろう。

 たとえば、撮影協力に使っている物件だとか、ほんとうは分譲でやり取りしたいのだけれど賃貸か代替ホテルだとか。


「お待ちしておりました、シニョリータ」


 白髪だが、体躯は軍人風の紳士が扉を開けてダイアナを歓迎した。

 きっと年齢もとてつもなく上で、彼にしてみれば、未婚の女性はお嬢さんでしかないだろう。

 それにヒト社会で声高に示すことのすべては人外社会では通用しないことがある。

 時間枠が違いすぎて、目上の者の知識が一番、有難いのだ。

 変革を叫んでも、生き証人、生き字引の知恵を借りなければヒトとの共存は難しい。

 無かったことにされている存在をすんなりと認めたり、受け容れたりはすぐにはできないのがヒトなのだから。



「すまないね、ミス・クイーン。なかなかそちらに行く時間がどうしても取れなくてね」


「こちらこそ、お時間を作って頂いてありがとうございます」


 ダイアナをさらに迎えたのは、太陽の下で灼けた肌と節くれだった手を持った中年男性だった。

 訛りを感じさせないが、先ほどの軍人風の紳士に一言二言話す際はイタリア語だった。

 彼らの立ち位置が反対のように感じるが、人外社会のそれも上の世代ではよくあることだった。

 もちろん、ダイアナは彼がどんな人物かは知っていた。切っても切り離せない相手でもあるからだ。



「ちょっとしたものしか出せないが、つまんでくれ。時間が砂浜のようにサラサラしていることを最近知るとは、長生きするもんではないな」


 そう笑う彼が相手の隙を、どんな時でも狙っていることも知っていた。


「いえ、お構いなく。ほうとうはこちらがささやかな席上を用意しなければならないのですから」


「ふむ。余裕は大切だ。私自身も今はないから、この言葉は自戒として使うがね」


「仰る通りです」


 ダイアナは本心からそれを実感した。返す言葉に力も入っていた。


「お互いに、時間が惜しい状況だ。本題、というのはクイーンマザーから聞いている。それでだ──私たちを言い含めて、そちらには得もないだろう?」


 暗にジョンの死を知っていると物語っていた。もう半日以上の時間が過ぎた。


「損得ではなく、自らの信念で動いています。今、この状況ではなくても──」


「御託は結構。なんらかの利があることくらいわかりきっている。私たちには輝いてすら見えない利がね」


 軍人風の紳士がスプラッツアと数種類のつまむものを持って入って来た。

 中年男性は目を輝かせて、それを手にした。ダイアナは微動だにしないまま、続きを待った。


「私にとって、これは水分補給も同義だ。まあ──今回は大陸入りの手助けやアカデミーを放り出された子たちをここのことを教え導いてくれていた恩がある。クイーンマザーはもちろん、君にもね」


 オリーブを口にして、祈りの言葉のようなものを呟いた中年男性はにこりとした。


「協力しよう。上下など無しに」


「ありがとうございます。ミスター・ムッシュ」


 背筋を伸ばしたまま、それでも本心から感謝の言葉を口にしたダイアナを見て、ミスター・ムッシュは嫌そうな手ぶりをした。


「いずれ、お互いに手を組んだことを後悔しないときに聞きたいものだ」


 ダイアナは祖母──クイーンマザー直伝の笑みを向けて、辞去の挨拶をしようとした。


「そうそう。前アカデミーによって結ばれようとしたデライトとの縁は? 潰さなくていいのかな?」


 その言葉にダイアナは牙と肌がじくじくとするのを感じた。

 ミスター・ムッシュは挑発している時の口角の上げ方だった。

 名前の通り、好きになれないと思った。


「そこまでのご配慮をして頂くわけにはまいりません。お気遣いだけ、心に留めておきます」


「それはシャインもかな? 候補には、たしかどちらも上がっていただろう?」


「わたしと同じ、と言いたいところですが、聞かねばわかりません」


 ダイアナの返事に眉を上げて、おもしろそうにしていた。その表情にも瞳にも何を考えているのかは読み取れなかった。


「ダイアナ・クイーン。あなたは変わりましたな。家長の椅子に座る日は近い」


 これほど丁寧な言い方をミスター・ムッシュから聞いたことがあっただろうか、とダイアナは思った。顔には出さずに、ただお辞儀をして背中を向けずに退室した。



─────



「セニョール。無事にクイーンの敷地内に入ったのを確認いたしました」


 軍人風の紳士が中年男性に報告をした。ミスター・ムッシュでありながら、彼はセニョールでもあり、パパでもあった。ただ、相手との関係がその呼称に表れるだけで違いはなかった。


「ありがとう」


 労いの声を掛けたが、退室する様子のない軍人風の紳士に顔を向けた。


「手を結んでおきながら、切り捨てられる可能性の行動はほんとうに取らなくてよろしいのですか?」


「ああ。あの子に流れている血を心配しているのかもしれんが、あの得体の知れない日本人をうまく使おうとしているから大丈夫だ。盾にされるのなら、盾にしてやろうという魂胆。まさしくクイーンの正統な血だ。シャインとは違う」


「要らぬことを言って申し訳ございません」


 頷くだけで二人の会話は終了し、ミスター・ムッシュは機嫌良さそうにグラッパを所望した。





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